今と三回目
最寄りの駅に着くと、僕は構内にあった喫茶店に入った。喫茶店といってもチェーン店で、とくにこだわりもない店だ。
僕はホットコーヒーを頼んで、お金を払った。コーヒーが安っぽいトレイに置かれると、僕は奥の壁際の席にそれを持っていった。
店の外では、大学生や主婦、たまにサラリーマンが改札口を出たり、入ったりしていた。僕は目的もなく、ここでコーヒーを飲んでいる。全然面白くない。だが、こうなったものは仕方がない。何もやることがない今、こうするしかないのではないだろうか。
運命の手綱は自分が持っているものではない気がする。きっと誰かがどこかで決めていて、勝手に僕らに当てはめているに違いない。もしくは全知全能のコンピューターか何かが決めているのかもしれない。
それとも、それは現実逃避で、実は運命も人生の選択も、無意識のうちに、もしくは意識的に僕らがどこかできちんと決めているのだろうか。
思えば、二人きりの教室でいくらでも話せたのに、なぜ僕は高校時代好きだった佐藤とそんなに話をしていないのだろうか。僕が緊張して話せなかったというのも一理あるだろうし、佐藤が僕に興味がなかったせいもあるだろう。(興味云々の実際は分からないが、一度を除いてほとんどの場合、佐藤から僕に話しかけてこなかったんだから、そう思うのが正解だろう)
もし、それが人生の選択の一つだったとしたら、なんて勿体ないことをしたのだろう。僕と彼女が恋人同士になったら、僕は美味しくないコーヒーを昼間から飲む無職にならずに済んだかもしれない。働かずにお金を稼げていたかもしれないし、経済的に裕福とは言えないにしろ、幸せな家庭を持っていたかもしれない。
……。
どっちにしろ、これも現実逃避にすぎない。二ヶ月後に死ぬかもしれない俺は、ありのままを受け止めることにする。過去も現在も変えられやしないのだ。
僕と佐藤の第三回目の会話は前回、前々回と同じように、二人しかいない教室でしたものだった。
夏は過ぎて、もう秋がやってきていた。
「おはよう」と僕は教室の扉を開けて言った。開け切るのと、言い終わるのは同じくらいだった。
「扉が喋ったのかと思った」佐藤は驚いた顔でそう言った。
「扉が喋ったんだよ」
僕はそう言って、一学期とは違う、廊下側の席へと座った。
「そういえば、私たち今日、日直じゃない?」
佐藤は一学期と同じ席だった。くじ運がいいのか、悪いのか。
「そうだね」
「私が日誌書いて先生に渡すから、森村くんは黒板を消してくれない?」
「いいよ」と僕は返事をした。
「鍵は私が返すから」
「分かった」
その間彼女はこちらを見ずに本を読んでいた。僕を見たのは僕が教室に入ってきたときだけだった。
「……」と僕は何かを言おうと考えていたが、その何かは出てきそうになかった。好きな子の横顔を数秒間見てから、僕は平たい鞄からウォークマンを取り出して、何を言っているのか分からない騒がしい洋楽を聴くことにした。
思い出してみると、僕が彼女と会話をするのは彼女との間に何かあったときのような気がする。
コーヒーが半分なくなったあたりで、僕はそう思った。
第三回目は日直が一緒になった日。第二回目は完全試合を達成された日だった。――第一回目は、なんだ。あれは、特に何もなかった気がするが。……記念かな。高校に入って初めて会話をした女子は彼女だ。僕は女の子と話がしたかった。……いや、それを理由とするのは弱いかな。
なぜかそのとき「運命」という言葉が脳裏をかすめた。だが「何に対する運命なのだ」、そう僕が思うとあっさりとその言葉は引き下がった。
例え彼女との会話が運命だったとしても、あまりにも結果がぼんやりとしている。彼女は僕の恋人でも、友達でもなかったのだ。なんとかクラスメイトだった関係だ。ただ僕が淡い恋心を彼女に対して持っていた。それだけだ。
相変わらず外では、人々が行き交っていた。これが夕方になってくると、もっと慌ただしくなるのだろう。僕はこれから、死ぬまでの時間をどうにかしなければならない。潰すか、費やすか、操るかだ。