一回
僕は卒業式をなんとなく迎え、それが終わると友人たちと写真を撮りあった。その写真はもうどこかへ消えたか、卒業アルバムに挟まっている。卒業してから、僕はあれを開いたことがない。もしかしたら、もう開かないかもしれない。
あの日の教室はざわめいていた。合格発表を待っている生徒も、どこか浮つき、どこか寂しそうだった。笑っている顔の中に、喪失感があった。だが、そう思ったのは僕がそうだったからで、彼らはそんなことを少しも感じていなかったかもしれない。
あの日、佐藤の姿を初めて確認したのは、校門を出てからだった。教室にも、卒業式にも彼女はいただろうが、ちっとも視界に入ってこなかった。
僕の数歩先に佐藤はいて、僕と同じ帰り道を歩いていた。
僕に迷いはなかった。少し早く歩いて、彼女に追いついた。
「卒業おめでとう」
僕が彼女の隣にくると、彼女は僕を見上げた。僕はまた身長が伸びたようだった。
「おめでとう」
「……どうだった? 卒業式」僕は聞いた。
「……練習しなくてよかったんじゃないかな」
「だよね」
僕らはそう言うと、しばらく黙って歩いた。高架下にやってきても、僕らは黙っていて、駅に向かって歩いた。
「この道だったんだな。帰り道」
「うん」
会話は続かなかった。今彼女が読んでいる本について聞こうとも思えなかった。最後まで僕は臆病で、高校時代が終わったのにも関わらず、傷つくのが怖かった。
しばらく進むと、佐藤は立ち止まった。
それにつられ、僕も足を止めた。
「こっちだから」彼女は僕とは違う道を指差した。
「そうか」
「うん」
「……」
僕は唾を飲み込み、肺に残っていた酸素を吐いた。
「……」
だが僕は、そのまま息を吸った。
「元気で」僕はそう言ってしまった。
佐藤はそんな僕を見て、笑った。
「森村くんもね」
時間が少し進む。ここに残ることが僕にはできない。
「またな」
「またね」
僕らはそう言って、三秒ほど視線を合わせてから、お互いの帰り道を進んだ。僕は急に涙が出そうになり、一度振り返ったが、やはりそこには誰も立っていなかった。
これで、佐藤とした十二回と一回の会話は終わりだ。この次の会話は七年後、僕が三回連続でアルバイトに受からなかった日にある。
高校時代と同じで、それもまた、なんてことない会話だが……それでもきっと、いつかきっと、思い出すのだろう。