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 三回連続でアルバイトに受からなかったことが癪に障った僕は、思いきって散歩に出ることにした。学生でもない、フリーター志望の無職が平日の真っ昼間に外に出ることは恥ずべきことだと思っていたが、全くもってそんなことはなかった。邪魔をしているのは世間や社会、それに囚われている自分自身であって、外そのものは、少しも僕を邪魔者扱いしなかった。

 春の陽気は気分を大きく高揚させてくれた。桜のつぼみが少し青く、そして赤くなっているのを確認すると、心の底からぽかぽかとしたものが沸き上がっているのを感じた。

 だが、僕もそこまで単純じゃない。重い鉛のようなものが、肺と心臓、またその近くにある肉やら脂肪やらの間に挟まっているのを認識していた。

 アルバイトなんて、するものじゃないな。だいたい貯金はまだあるのだから、あと二ヶ月くらい無職で生きられる。

 そう心の中で呟きながらも、僕はため息を吐いた。鉛はどこにも移動しなかった。

 もともとアルバイトに落ちたのは、職種の選択が悪かったせいもある。だから、それなりに難しいこともなんとなく理解していた。だが、これほど自分が必要とされていないとは思わなかった。彼らは僕のような若い男ではなく、女性や、年老いた男が欲しかったのだ。たった一人の異端児も、集団に入ることを許さなかったのだ。僕が望んだものは老人ホームや女性専用車両に入るほど変なことではない。でも、無理だった。

 僕はもう一度ため息を吐いた。鉛の代わりに口から笑みを含んだものが出た。

 まぁ、どうでもいいことだ。アルバイトなんて、僕がしなくても誰かがするのだ。金がなくなったら死ねばいい。それで人生は終わるが、それがいけないことだとはちっとも思えない。誰かに迷惑はかかるかもしれないが、僕が迷惑するわけでもなければ、全人類が迷惑するわけでもない。もし、迷惑するから自殺なんてやめろと言うやつがいたら、言ってやろう。僕は三回連続でアルバイトに受からなくて迷惑したと。

 誰かが困れば、多くの誰かが困らなくてすむのだ。

 ……僕だけが困って、その状態でいれば誰も迷惑しないって?

 ああ、その通りだ。でも、それって我慢できないよ。全くもって我慢できない。

 僕は誰もいない公園を通り抜けて、線路の高架下へ出た。懐かしい場所だった。この暗いねずみ色にくすんだ高架下を通って、高校へと通っていた。もう七年も前のことだ。あの頃は楽しかったような気がする。同時に学校へ行くのが億劫だった気がする。好きな授業もあったが、嫌いな授業もあった。化学や数学がそうだった。自分の出席番号と日付が合った日にその授業があると、前日寝付く前と、当日朝起きた時に気分が落ち込んだものだ。

 高校時代に仲がよかった友達は今、何をしているだろうか。噂によると、一人がパチンコ店で働いていて、一人が大学院に行っていて、一人が仕事を辞めて専門学校に通っていた。そして、クラスの誰かがすでに結婚していて、子供がいるとか。……まぁ、僕には関係のない話だ。

 高架下を南にある駅の方へ歩いていると、頭上では二本、電車が通った。それが出す、騒がしい複合音を聞いていると、ぼんやりと頭に浮かんだのは、昔好きだった子のことだった。

 彼女の名字は佐藤だった。名前は「しおり」だったような気がするし、「かおり」だったような気もする。

 僕がどんなに早く教室へ行っても、彼女は僕よりも先に教室へ来ていて、窓際の席に座って本読んでいた。本は一週間に一回、たまに二回変わった。僕が覚えているのは、「ゴリオ爺さん」と「荒野のおおかみ」というタイトルだ。だが、覚えているだけでそれがどんな話なのか、誰が書いたのかなんて知らない。僕は読書とは全く縁がないのだ。漫画も読まないし、ファッション雑誌も手に取らない。どうやって情報を得ているのか自分でも不思議なくらいだ。

 とにかく、彼女は僕よりも早く教室にいる唯一の少女だった。

 彼女と会話したのは三年間で十二回と一回だ。つまり十三回なわけだが、あとに付けた一回は校外での会話なのでカウントすべきかどうか迷っている。高校三年間というのは、その期間を過ぎた僕らにとっては特別すぎるものなのだ。高校三年間を過ぎた今でも体験できる校外での行動は、あまり記憶にない。

 ああ、だから、つまり……。

 あとに付けた一回は入れないことにしよう。僕が彼女と会話したのは、高校三年間で十二回だ。


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