昔の様に
全ての取材が終わった後に反省会があり、それも終わった頃には夜も更けていた。
私は朝倉君が送ってくれるというので、彼が車を取りに行っている間、会社の入口で吉澤さんや雪村さんと一緒に話をしていた。
すると突然、雪村さんが私に向かって真剣な表情で訊ねた。
「ねぇ、メイちゃん。朝倉君のことどう思う?」
「は、はいっ?雪村さん、な、何ですか?突然---そ、そういう、雪村さんこそ……」
いきなりの質問に私は焦ってしまった。何で?私の気持ちに気づいたの?
「私?私はねぇ、可愛い弟って感じ?---それより、何か2人いい感じかなぁと思って…朝倉君はお奨めよ。ねぇ、吉澤君?」
雪村さんはニコニコと笑いながら、吉澤さんに同意を求めている。
---弟って……朝倉君、気の毒かも---
同意を求められた吉澤さんを見ると、考え込む様に黙り込んでいる。
まさか、吉澤さんも私の気持ちに気づいているとか?もし、そうなら朝倉君も?
私は恥ずかしくて、思わず俯いてしまった。
その時クラクションが鳴り、振り向くと朝倉君が戻って来たところだった。
「主任、雪村さん、何なら送って行きますけど?」
「いや、大丈夫だ。終電まではまだ時間あるからな」
「そうそう、それにお邪魔でしょう?」
雪村さん!止めて下さい。
私は、心の中で彼女に懇願したが、雪村さんは意味深な笑みを浮かべている。
「へ?」
朝倉君は、雪村さんの言葉の意味が解らず首を傾げている。
「な、何、言ってんですか?変なこと言わないでください!朝倉さんにも迷惑ですよ」
焦った私は雪村さんに向かってつい、口調を強めてしまった。
すると、吉澤さんが朝倉君の方へ近づいて行き、小声で何かを告げている。彼はその言葉に真っ赤になりながら言い返していたが、吉澤さんはそんな彼を見て笑っていた。
それから二人は、私達には聞こえない位の小さな声で何かを話していたけど、私が助手席に回った時には話を終えた。何だろう?すごく気になるんだけど……
「それじゃ、お疲れ様です。気を付けて帰って下さいね」
私は車に乗り込むと、吉澤さんと雪村さんに挨拶をした。2人が笑顔で手を振ってくる。朝倉君はそんな2人に向かって軽くクラクションを鳴らすと、車をゆっくりと発進させた。
車の中はすごく気まずい雰囲気だった。
どうしよう?朝倉君、さっきの2人の言葉に気を悪くしたのかな?---思わず中学の時の事が蘇った。
今度また、あんな風に気まずくなったら、もう二度と立ち直れないかも……そう思ったら、目頭が熱くなってきた。
私は顔を見られたくなくて、外の景色を見つめていた。
「そう言えばお前、腹減ってないか?」
突然、朝倉君が話し掛けてきた。
「うん、空いているけど……」
「何か、食って行くか?」
私はてっきり真っ直ぐ送って行くだろうと思っていたので、その言葉に驚いて彼の方を見た。
「食べたいけど……こんな時間からだと居酒屋とかでしょ?料理がちょっとね……食事は気を使うように社長に言われているから」
私がそう答えると、朝倉君は納得したようだった。そして、思いついた様に問いかけてきた。
「おい、ちょっと遅くなっても大丈夫か?」
「?---明日はオフだから平気だけど」
すると彼は車の進行方向を変えた。
知らないマンションの前に着いた時、私はそっと彼に訊ねた。
「…ここって?」
「ん?俺んちだけど」
朝倉君はさらっと答えてから気づいた様で、慌てて私に説明した。
「待て、誤解するな!あの2人の話は忘れてくれ。俺にその気はないから、安心しろ!」
---その気はないって……安心させる為かもしれないけど、そんなに魅力ないのかな?少し…いや、かなり傷つく---
「…俺は、お前に飯を食わそうと思って連れて来たんだよ」
きまり悪そうに彼が言う。
「え?」
意外な言葉に驚いた。
「朝倉さん、料理できるの?」
「お前……俺が誰の息子か忘れてないか?」
「あ---おばさん!」
私は彼の母親の顔を思い出し、懐かしさで思わず笑顔になった。
「そっ、大学進学で一人暮らし始めてから外食が多くなると、母さんの飯がどんだけ有難かったか判って、休みに入る度に家に帰って習ってた。意外に素質あったらしくて、結構美味いぜ」
「へぇ、そうなんだ。おばさんの料理懐かしいな……うん、ご馳走になろうかな。すごくお腹空いてるし」
久しぶりに手料理を食べたいという誘惑に思わず負けてしまった。
「じゃ、決定ということで」
彼は車を駐車場へ停めた。
朝倉君の家は2LDKで、男の人の一人暮らしにしてはとても綺麗に整頓されていた。
「あの……何か手伝う?」
私はリビングにいたけど、何か落ち着かない。
「いや、必要ない。って言うか邪魔?」
彼はキッチンで料理をしながらそう言うと、私の方を見て笑った。
……邪魔って…私は思わず、頬を膨らませた。
「邪魔って、ひどくない?」
「俺、自分のペースで作るから、人が入って来たら調子狂う」
鍋の中を覗きながらそう言う彼は、料理に集中している。
「わかった、テレビ見てる」
確かに私が手伝うよりも、彼が1人で作る方がはかどりそうなので、テレビを見る為にソファへ座った。
「わぁ、美味しそう!」
テーブルに並んだご飯に私は感動した。さすが、おばさんの息子だなと思った。
ご飯、鮭の塩焼き、キンピラ、だし巻卵、豆腐とわかめの味噌汁と和食のメニューで、自分ではあれだけの短い時間でこんな風には到底作れない。
「別に、作り置きとありあわせだぞ」
朝倉君は当たり前の様に言うけど、私からしたらすごい事だと思う。
「ううん、短時間でこんだけ作れるって偉いと思う。ましてや男の人だし」
「…とりあえず、食べようぜ。冷めちまう」
2人向かいあって座ると、遅い晩ご飯を頂いた。
「美味しい!良かったーご馳走になって。下手したら家でラーメンだったかも」
「お前、食生活、気を付けるんじゃないのか?」
朝倉君は咎めるように私を見て言った。
「だって、こんなに料理上手くないし…1人で食べるの美味しくないし…」
「もし良かったら、時々飯食いにくるか?俺も誰かに作る方が作り甲斐があるし」
「え、いいの?わーなんか、中学の時思い出すね」
彼の思いがけない申し出に、昔の事を思い出して懐かしくなった。思わず笑みが零れる。
「そういえばこの前から言いたかったんだけど、仕事の時は『朝倉さん』で良いけど、今みたいに仕事が終わったら昔の呼び方にしないか?俺も『麻生』って呼ぶから」
唐突な彼の言葉に、私は思わず彼の顔を見つめた。
「いいの?」
「俺はその方がいいけど、お前は?」
「私もそれが良い」
昔の様に仲良く出来るのかなと、少し嬉しくなる。
「じゃ決まり。麻生さっそくだけど、食器片付けはお前がやって」
彼が面白そうに私を見ている。思わず上目使いで呟いた。
「朝倉君、昔に比べて意地悪くなってない?」
「俺が?飯も食わせたのに、意地悪?」
「---分かった、ご飯食べたら洗います」
確かにご飯作ってくれたんだから、その位は当たり前よね---私はそう言うと、黙々とご飯を食べ始めた。
私が食器を洗い終わったのを見ると、朝倉君はソファから立ち上がった。
「さて、じゃ麻生んちまで送るよ」
「いいって、ここからタクシーで帰る。朝倉君も疲れてるでしょう。ご飯もご馳走になったし何か悪い」
慌てて首を振ると、彼は当然とばかりに出かける為にジャケットを羽織る。
「別に、平気だって。それに俺も明日休みだし」
でも、疲れているはずなのに……私が躊躇ってると、彼が訝しげにこちらを見た。
「何だよ。俺が送ったら何か問題でも?家に彼氏が来てるとか」
思いがけない言葉に私は驚いて彼を見た。
「まさか、彼氏いたらここには来ないでしょう。っていうか、朝倉君は大丈夫なの?私がここに来ても」
「俺も、別に今彼女いないし」
何とはなしにお互いの視線が合う。
「あ、じゃ、送ってもらってもいい?」
私は恥ずかしくなって彼から視線を外すと、明るく彼に問いかけた。
彼はホッとした様に私に笑いかけると、鍵を取りに寝室へ向った。
私のマンションの前に朝倉君は車を停めてくれた。
「じゃ、今日はありがとう」
車から降りて窓を覗き込みながら彼にお礼を言った。
だけど、朝倉君は返事もせず何か考え込んでいる。
「朝倉君?」
私は首を傾げながら、声を掛けた。すると彼は何かを決心した様に私の方を見た。
何?どうかした?
顔がいつになく真剣だったので、私は思わず目で問いかけていた。
「なぁ麻生、お前明日暇か?」
「え?まぁ予定はこれといって無いけど…」
「もし良かったら明日、出かけないか?」
朝倉君の思いがけない誘いに、私は戸惑った。
「連れて行きたい所があるんだ。駄目か」
私は思わず頷いていた。
「うん、わかった。じゃ明日ね」
「10時に迎えに来るから」
連れて行きたい所ってどこなんだろう?……そんな事を考えながら別れのあいさつをすると、私は自分のマンションへと入った。