初めての取材
取材の日---当日
私は初めての取材に、朝から緊張していた。
---ピンポーン---
突然、家のインターフォンが鳴った。
「---はい」
「おはよう!朝倉だけど」
インターフォン越しに朝倉君の声を聞き、私は急いで玄関のドアを開けた。
彼は取材の時間に合わせて、私を迎えに来てくれる事になっていた。
「よっ!って……お前、寝てない?」
私の顔を見て、朝倉君が心配そうに訊ねてきた。
はい…緊張のあまり、ベッドに横になっても目が冴えて結局一睡もしてない。
「え?やっぱり判る?」
思わず自分の顔を両手で押さえる。
「目が赤い…」
私の目を覗き込むように彼が答えた。
顔が---近いよ!---私はそれに気づき、顔が赤くなるのが判った。
「ち、ちょっと待ってて、すぐ出かけられるから」
赤くなった顔を見られない様に彼から離れると、部屋の中へ慌てて荷物を取りに戻った。
(変に思われなかったよね?)
私は胸のドキドキが治まるまで、少し時間をかけて玄関へと向かった。
「大丈夫だよ!そんなに緊張しなくても……雪村さんも一緒に取材を受けるんだ。気楽に構えてていいよ」
朝倉君は会社に向かう車の中、私を安心させるように話しかけてくる。
「うん…判ってるんだけど。初めてだからやっぱり緊張する」
そう言った私の右手が、突然温かいものに包まれた。
驚いて自分の手を見ると---朝倉君が手を握っていた。
え?手を握られてる?
彼の方を見ると、運転中なので前を向いたままだ。
(やだ、余計緊張するんだけど)
固まってしまった私に気づかないのか、彼が握った手を離す気配はない。
しばらく黙っていると、唐突に彼が口を開いた。
「メイなら大丈夫だよ。中学の時も委員会やら生徒会で、全校生徒の前でしゃべってただろう。緊張なんて似合わないぜ」
「それとこれとは違うよ」
私が反論すると、彼は握った手に力を込めた。
「大丈夫だ。自信持て!」
朝倉君にそんな風に勇気づけられ、少しだけ気が楽になって来た。
すると、私の手を握っていた彼の手が唐突に離れた。
「---着いたぞ」
「うん…」
急に離された手が寂しくて、私は自分の手をじっと見つめていた。
【グローリー・コーポレーション】の応接室の中。
私は【ルージュ】の服を着て、雪村さんと並んで座っていた。何故か朝倉君が部屋の入口に立ってこちらを見ていた。
「メイちゃん、落ち着いて…大丈夫。怖くないから」
安心させる様に雪村さんは言ってくれたんだけど、ダメ!無理!
「私、帰っていいですか?別に話す事ないですし…」
雪村さんに懇願すると、彼女がぼそっと呟いた。
「私も帰りたい」
その時、入口に吉澤さんが現れた。相変わらず颯爽としてるなぁと彼の方を見る。
「どうだ、2人共……大丈夫か?」
私達の様子を見ると吉澤さんは不安そうな顔で、朝倉君に向かって話し掛けた。
「すごい緊張してますよ。2人して帰りたいとか言ってますし…」
彼は先程の私達の会話を吉澤さんに話して聞かせていた。
「……雪村、お前普段あんだけ言いたい放題いうくせに、なに猫被ってるんだよ」
吉澤さんは雪村さんに向かって話し掛ける。
すると、今迄緊張で固まっていた雪村さんが突然、吉澤さんに向かって怒りだした。
「何ですって?誰が猫被ってるのよ!失礼な---元はと言えば、吉澤君が取材なんか受けるから悪いんでしょ。私たちの方こそいい迷惑よ!」
私は、突然怒りだした雪村さんに驚いた。いつも、にっこりとほほ笑んで可愛らしい人だと思ってたんだけど、今の彼女は何か男前な感じ?
すると、怒られているはずの吉澤さんはニヤっと笑っていた。
「うん、その調子だ。雪村、いつものお前でいいんだよ」
「は?」
意味が判らないと言った顔で、雪村さんは吉澤さんを見ている。
「無理して言葉を選ぶな。お前はこの【アンジェリア】に対する思いをそのまま言葉にすればいいんだ。その後の事は俺達の仕事だ----という事で、頑張れよ!あ、メイちゃんもね」
私達に微笑んで、朝倉君の肩を叩くと吉澤さんは部屋を出て行った。
「何よ…自分だけ言いたい放題言って……」
雪村さんはぶつぶつと文句を言っている。
私はさっきの2人にびっくりしたおかげ?で、緊張が和らいでいた。
「でも、吉澤さん優しいですね。雪村さんの事心配して見に来てくれたんですよ」
吉澤さんはもしかして雪村さんの事---さっきの彼の言葉でそう思ってしまった。
「…メイちゃん、それは無い!あいつに限ってそれは絶対無い!」
私の言葉に雪村さんは、力強く反論した。
そんなやり取りをしている間に、取材の時間がやって来た。
私と雪村さんはその日、3件の取材を受けた。
最初は緊張の為、なかなか思った様に話が出来なかったけど、段々落ち着いて質問にも答えられる様になってきた。
そして3件目---
部屋に入って来た人を見て、思わずため息が出た。なんて…言うか、男の人なのに凄く色っぽい。
「初めまして、『フォロー』編集長の日下部と言います。今日はお2人に会えて光栄です」
日下部さんは、名刺を私と雪村さん2人に差し出しほほ笑んだ。
うっ、綺麗すぎます---思わず赤くなる。雪村さんも同じ気持ちなのか、頬に赤みが差している。
「初めまして、【アンジェリア】チーフデザイナーの雪村瞳子と申します。こちらは専属モデルのメイです。今日はよろしくお願いします」
さすが、雪村さん。落ち着いた様子で自己紹介をしてくれた。私はその横で軽く会釈をしただけ。
「それでは、まず【アンジェリア】を作ったきっかけから…」
日下部さんはにっこりとほほ笑んで取材を始めた。
1時間余りの取材だったけど、日下部さんは途中に雑談を挟んだりして、私達が話しやすい雰囲気を作ってくれた。
彼は終始笑顔で、その微笑みについ見とれてしまう。---ごめん、朝倉君。美しいものを鑑賞するのは別物です。
「最後に…メイさんにお伺いしたいのですが、何故今の事務所に?」
「あ、社長が私をスカウトして下さったのが、この世界に入るきっかけでした」
「社長さんは確か、渡瀬千沙さんですよね?」
「そうです。社長の事知ってらっしゃるんですか?」
「彼女は、元カリスマモデルですよ。この業界にいれば当たり前の事です。ところでメイさん、一度あなたの事務所を取材させてくれませんか?社長にも話を聞いてみたい」
日下部さんは名刺の裏に何か書き込み、私に差し出した。
「これを渡瀬さんへ…裏に連絡先が書いてあります。取材を受けて下さるならここへ連絡してほしいと伝えて下さい」
「わ、判りました。必ず伝えます」
真剣な眼差しで見つめられ、思わず顔が赤くなる。彼の手から名刺を受け取るとバッグへしまった。
「今日は、わざわざお時間を頂きありがとうございました。【アンジェリア】の記事、いいものが書けそうですよ」
そう言ってほほ笑むと、同行してきたカメラマンと共に部屋を出て行った。
私と雪村さんは日下部さんが出て行くのを見送ると、同時に溜息をついた。
「……カッコよかったわねー日下部さん。私すっごい緊張しちゃった。何?あの色気---脈上がりっぱなしなんだけど」
雪村さんは目を潤ませて、うっとりとした表情をしていた。
「ホント、素敵でしたねー大人の男って感じで…」
私も思わず本音を漏らした。
朝倉君が私達を見て顔をしかめている。
それから数分間、私達2人は余韻に浸っていた。