回想〜淡い想い-1-
メイの中学時代のお話です。
私が通う中学校は市内でも大きく、4つの小学校から生徒が集まっていた。
その中でも私が通っていた小学校が一番大きく、生徒の半分以上は同じ小学校の出身だった。
だから、新しい中学校生活も不安はあまりなかった。
入学式が終わり、生徒はそれぞれ自分の教室へと向かう。
私は小学校から仲の良い麻美ちゃんが一緒だったから、2人で1年の教室へと向かった。
教室の中にはやはり知らない子が沢山いて少し戸惑ったけど、出席簿順に席が決まっていたため、そこへ座った。
何気に横を見ると、背が低いぽっちゃりした男の子が不安そうにしていた。見たことがない子だったので、おそらく他の小学校から来たのだと思った。
「ねぇ、どこの小学校から来たの?」
私はその男の子に声をかけていた。彼はびっくりしたようだけど答えてくれた。
「あ、俺はN小から」
「私はY小よ。あ、私『麻生五月』っていうの。よろしく」
「こちらこそ、俺は『朝倉大樹』」
それが私と彼の初めての出会いだった。
私の家は両親共稼ぎだった。
だから家にはいつも私1人で、それが嫌で学校の生徒会活動に入った。
部活も考えたけど、部費や試合等があれば送迎の心配もしないといけないので諦めた。
学級委員もやっていたから、結構遅くまで学校に残っている事が多く、それでも家に帰ると両親はまだ帰っていなくて、夕飯は自分で作るかコンビニのお弁当を食べることが普通になっていた。
夏休みに入ったある日−−−
私は生徒会の用事で、学校にやって来た。
用事を済ませ帰ろうと校舎を横切った時、花壇が目に入った。
夏休みに入っている為、誰も水をあげてないのが一目でわかるほど花は枯れかかっていた。
私は校舎の中に入って、用具倉庫からホースと如雨露を持って戻ってくると、蛇口にホースを付けて水をまき始めた。
水の匂いがただよい、水しぶきが顔にかかり気持ちがいい。
花も心なしか元気になった様に見えて、私は少し心が和んだ。
その日から毎日夕方、水やりに行くのが私の日課になった。
そんなある日、いつもの様に水撒きをしていると誰かの視線を感じた。
その視線の方向を見ると、図書館の窓から朝倉君がこちらを見下ろしていた。
「朝倉君!図書館に来てたんだ。宿題?」
彼は無言で頷いた。
「麻生はわざわざ花壇に水やりに来てるのか?」
「うん、毎日来てるよ」
私は当然のように頷いた。
「何で?」
朝倉君は解らないとでも言うように聞いてきた。
「だって水やらなきゃ、枯れちゃうじゃない。可哀想でしょ?」
私はそう言って水やりを再開するため、花壇の方へ向き直った。
水やりを終わり片づけをしていると、朝倉君がこちらへやって来た。
そして私の隣まで来ると、立ち止まって見上げてきた。
「先生に頼まれたのか?」
「違うよ」
「何でわざわざ…面倒くさくない?」
片付けをしながら私は答えた。
「うーん、面倒くさくないと言えば嘘になるけど、もし私が来なかったから枯れていたってなったら嫌だし、それにこんなにきれいに咲いてるの見たら嬉しくない?」
彼が黙ったままなので、私はホースと如雨露を手に取り校舎の中へ入って行った。
その翌日から朝倉君は、私が水やりをしているのを図書館の窓から見ていた。
何も言わないで、ただ見られるのはあまり楽しいものではない。
私はある日、我慢の限界とばかりに彼の方を見上げた。
いきなり私と目が合い、彼は驚いた様な顔をしていた。
「見てないで、手伝ってよ。結構大変なんだから」
私がそう言うと、彼は『わかった』と花壇へやって来て、水撒きを手伝ってくれた。まさか本当に手伝ってくれるとは思わなかったので、正直驚いた。
その日から朝倉君と2人で水やりをやることになった。
「うち共稼ぎなんだ」
私たちは夏休みの間、お互いの事を話す程に仲良くなっていた。
「へぇ、麻生のとこ共稼ぎなんだ」
「うん…朝倉君のとこは?」
「うちは母親が専業主婦だから、いつも家にいる」
「いいなぁ、羨ましい」
「そうかなぁ、『宿題は?』とかうるさいよ」
「……贅沢」
私は母親がいつも家にいる家庭に憧れていたから、朝倉君の家が羨ましかった。
おそらく、彼にはそんな私の気持ちなど解るはずはなかった。
「あ、ごめん。私買い物したいから」
学校からの帰り道、コンビニの前で立ち止まると私は中へと入って行った。
今日は両親共に遅くなると、朝から聞いていたのでお弁当を買おうと思ったのだ。
なぜか朝倉君も店の中までついてきた。
お弁当のコーナーでお弁当と飲み物を取るとレジへ行こうとした。
「…麻生、弁当買うのか?」
「うん、今日はお父さんもお母さんも遅くなるって言ってたから…1人分作るのもね」
彼はそう言った私の手から、お弁当と飲み物を取り上げると元の場所へ戻す。
「ちょっと!」
驚いた私に、朝倉君は当たり前のようにこう言った。
「だったら俺んち来ればいいよ。母さんも食べてくれる人が多いと嬉しいはずだし…」
そして躊躇う私を、自分の家まで引っ張って行った。
「まぁーっ!大樹にガールフレンドがいたなんて!あ、初めまして。大樹の母です」
私が朝倉君のお家にお邪魔すると、彼のお母さんは大はしゃぎで出迎えてくれた。
朝倉君はそんなお母さんに顔をしかめていたが、私はすごく嬉しかった。
「初めまして、麻生五月です。突然お邪魔してすみません」
「いいのよ!気にしないで。五月ちゃん、良かったら晩御飯まで食べて行って」
さすがに図々しいと思い、辞退したのだけど2人に説得され、夕飯が出来上がるまで彼の妹の美樹ちゃんを遊ばせていた。
朝倉君のお母さんのご飯はとても美味しく、私は全部平らげていた。
お母さんは楽しい人で、お料理が趣味という事や朝倉君の小さい頃の事とか色々話をしてくれて、私は久しぶりに楽しい夕食をとることができた。
帰りは途中まで朝倉君が送ってくれて、その時『時々家に来て夕飯を食べたらいい』と言ってくれたのをきっかけに、私は朝倉家のお夕飯に招かれる機会が増えたのだった。