懐かしい再会
「いらっしゃいませ!」
扉が開いたと同時に、威勢の良い声が店内に響いた。入口にいたスタッフに朝倉君が名前を告げると、すぐに奥の個室へと案内される。
「おぉ! 朝倉、来たな」
個室の扉を開けた朝倉君に誰かが声を掛けた。
その声につられて中にいた人が一斉に振り向いた。彼はみんなに恐る恐る片手を上げて挨拶した。
「よぉ、みんな久しぶり」
私はそんな彼の後ろからそっと中を覗いた。部屋の中にはすでに大勢のクラスメートが集まっていた。
「……さ…つき…ちゃん?」
誰かが私の名前を呼んだ。私はその声の方を見た。
そこにはすっかり大人の女性になった、それでも昔の面影の残る麻美ちゃんがこちらを見つめていた。 私と麻美ちゃんの視線が合う。
「麻美ちゃん…? 麻美ちゃんだよね!」
私は確かめるように麻美ちゃんへ声を掛ける。
朝倉君が後ろにいた私を促して、先に部屋の中へと入れてくれた。
私は靴を脱いで、麻美ちゃんの傍へと歩いて行く。
麻美ちゃんはあの頃と変わらない笑顔で私を迎えてくれた。
「五月ちゃん! 来てくれたんだねー 久しぶり、元気だった?」
「うん、元気! ごめんね、なかなか連絡出来なくて……」
「ううん、こうやって来てくれて嬉しい! 今日はゆっくり出来るんでしょ?」
「2、3日こっちに泊まる事にしたから」
「良かったぁ! 今日はいっぱい話しようね」
私は麻美ちゃんの隣に座ると、2人で再会を喜んだ。
すると、私達の周りに当時仲の良かった女の子達が集まってきた。
女子が数人集まれば本当に賑やかで、近況報告等を聞きながら少しはしゃいでいる自分を感じた。
---来て良かった---
みんなと話しながら私はそんな事を感じた。
「そういえば……麻美ちゃん、林原君と結婚するんだね。おめでとう!」
しばらくして私は麻美ちゃんにそっとお祝いの言葉を伝えた。
「ありがとう!」
麻美ちゃんははにかみながらそう答えた。
本当に幸せそうで、私も嬉しくなった。
「五月ちゃんは? 朝倉君とはまだ?」
「え? ううん、そんな予定は無いけど……」
私は答えに気をつけながら答えた。
「何か意外……朝倉君はすぐにでも結婚するかと思ったけど」
「どうして?」
「だって、朝倉君って中学生の頃、五月ちゃんの事好きだったでしょ?」
当然の様に麻美ちゃんは話しているけど、それは違うと思う。
「まさか、麻美ちゃんの勘違いだよ」
「そんな事ないわよ。だって朝倉君、五月ちゃんがいつもやっていた花壇の水やりを3年生になるまで、ずっとやってたんだよ。それって簡単な事じゃないでしょう」
そうなんだ---朝倉君、ずっと面倒見てくれてたんだ。
私は思わず、彼の座っている方を見た。
朝倉君はビールを飲みながら、林原君や他の男子と楽しそうに話をしている。
「ねぇ、麻美ちゃん、林原君と付き合ったきっかけって何だったの?」
話をはぐらかす様に私は麻美ちゃんへ訊ねる。
このまま話していたら、私達が付き合っていないことがばれてしまいそうで怖かった。
私の質問に麻美ちゃんは頬を染めながら少しずつ話し始めた。
「うん、きっかけは同窓会かな? 私、大学は他県だったから地元から出てたんだよね。だから数年ぶりに戻ってきて、同窓会の話を聞いて懐かしくて参加したらそこに林原君もいて……最初、私達の話題って五月ちゃん達の事だったんだよ」
「え? 私達?」
意外な話に私は驚いた様に麻美ちゃんを見た。
彼女は笑いながら頷くと、林原君の方に視線を移した。
「そう、五月ちゃんと朝倉君……私達って2人と仲良かったから、ずっと心に引っかかってたの。あの事」
「……麻美ちゃん」
「ごめんね、私、あの頃、2人に嫉妬してたと思う」
「嫉妬?」
「うん、少し言葉は違うけど、1年の頃ってまだ恋とか知らなくて、だけど親友の五月ちゃんは好きな人がいて、それが羨ましいような寂しいような気持ちを抱えてた。だから2人が冷やかされてても、何も言えなくて……だからその後2人がぎこちなくなった時、少し心が痛かった。でも、謝れなくて……ごめんね、五月ちゃん」
麻美ちゃんは申し訳なさそうな顔をして私に頭を下げる。
「麻美ちゃんは悪くないわよ、謝らないで」
焦って言う私に、少し微笑みながら麻美ちゃんは話を続けた。
「そんな気持ちをずっと抱えてて---そんな時林原君とあの頃の話が出て、彼も2人を庇えなかった事に後悔してたって……だから2人が再会して付き合ってるって聞いて、私達本当に嬉しいの。それに付き合うきっかけを作ってくれたのは2人だし。いろんな意味で感謝してる」
「麻美ちゃん……」
その後は私達2人共、他の女の子達も交え昔話で盛り上がっていた。
「はぁーい! みんな、注目して下さぁい」
突然大きな声でみんなの注目を集めたのは---橋本君(麻美ちゃんが教えてくれた)だった。
私達は思わず話を止めると彼の方を見た。
橋本君はみなの視線が集まったのを確かめると、林原君と麻美ちゃんを呼び手招きした。
「知ってる奴もいるとは思うけど、何とうちのクラスから夫婦になるカップルがいます。林原と後藤---何か一言お願いします」
2人は顔を見合わせながら照れている。
「おめでとう!」
「よかったね!」
「結婚式はみんなを呼んでよ!」
クラスメートが、各々お祝いの言葉を口にする。
麻美ちゃんは今にも泣きそうな、でも幸せそうな微笑みを浮かべていた。
林原君はそんな麻美ちゃんを見つめながら、みんなに向かって挨拶を始めた。
「えーっと、祝福の言葉ありがとう。俺と麻美は半年後に結婚します---式にはみんなを招待したいんだけど、来てくれるよな?」
彼の問いかけにクラスメート全員が『当たり前だろ』『来るなって言っても行くから』といった返事を返している。
「よしっ、全員招待するから欠席は無しだぞ」
皆が頷きながら答えている。
「あの…本当にみんなにこんなに祝福されて、私感動してます……林原君と結婚なんて中学の頃には想像もしてなかったのに、今はとっても幸せです。ありがとう…」
麻美ちゃんも感極まった様に涙声でみんなへ挨拶する。そんな彼女の肩を林原君がそっと抱き寄せると、麻美ちゃんはぽろぽろと涙を零した。
「後藤! 湿っぽくなったら駄目だろ! 折角のおめでたい話なのに……さて、ではあと1組…カップルがいるんだよなぁ……そっちも挨拶してもらおうか」
橋本君は満面の笑みでそう言って、視線を朝倉君の方へ移した。
「---じゃ、朝倉…と麻生、こっちに来て挨拶、挨拶。麻生は中学以来だから、近況も聞かせてくれよ」
え? 私?
手招きしながら笑顔でこちらを見ている。周りの皆が笑顔で拍手をしている。
私は覚悟を決めて橋本君の方へと歩いて行く。
「おい、朝倉! お前も来いよ」
橋本君に促されて朝倉君も私の隣へ並ぶ。
「えー2組目はこちらの…朝倉、麻生のカップルです。2人は偶然再会したそうですが…どういった経緯で?」
「朝倉君の勤める会社のブランドのイメージモデルを私がすることになって……それで再会したの」
私は朝倉君が話を始めるよりも先に言葉を紡いだ。
「それで付き合う事になったのかぁ……良かったな、2人とも。やっぱりお前達は付き合う運命だったんだなぁ」
しんみりと言う橋本君に、クラスの男子が『お前が言うと何か感動が薄くなるから言うな』と茶化した。
橋本君は『何でだよ?』等と反論している。その間に朝倉君が私へ囁いた。
「お前、何で否定しなかった? 誤解を正すチャンスだったのに」
「…そんな事しても、場がシラケるだけでしょう? どうせ今だけだもの…朝倉君は嫌よね? ごめんね、今日だけ我慢して」
彼の言葉に何故か反抗したくなって、私はつい喧嘩腰な物言いをしてしまった。
「な…っ…」
「おい、朝倉! 麻生があのモデルの『メイ』って事で、心配もあるんじゃないか? 周りにはイケメンのモデルも多いだろうし、声かけられそうだよな」
橋本君は屈託のない笑顔で、朝倉君に質問を投げかける。
少し酔っているのか顔を赤くした朝倉君が、ぶすっとした表情で答える。
「……確かに、相手のモデルに嫉妬もするよ。撮影の時なんて物凄く近づくからな…時々、耐え切れなくてスタジオ出る時もある」
思いがけない朝倉君の言葉に、私は思わず彼の顔を見た。
それって……
「うわぁ、目の前でそれはキツイな」
橋本君の相槌の後、彼は更に言葉を続けた。
「だけど仕事だし…上がってきた写真を見たら「あぁ、やっぱり綺麗だ……凄いな」って感心するよ」
「…なぁ、それって惚気と思っていいのかな?」
橋本君は面白そうに私達を見比べている。その視線に思わず顔が赤くなるのが判った。
朝倉君がちらっと私を見てから、橋本君へ頷いた。
「あぁ、そうだ」
「ごちそうさまです……で、お前達は結婚は?」
「……それは、まだまだだ。今はお互い仕事が忙しいしな」
朝倉君は差しさわりのない返事をし、橋本君は納得した様に頷いた。
「そうか…あ、でも、結婚式には全員呼べよ」
「勿論、結婚式をする時は全員呼ぶさ!」
彼の返事にその場にいたクラスメート全員が歓声を上げた。
私は恥かしさでしばらく顔を上げる事が出来なかった。
それから2時間程---私は麻美ちゃんや他のクラスメートとの話に夢中で、朝倉君とは話をすることはなかった。
もうそろそろお開きという頃に朝倉君の姿を探すと、彼はかなり飲んだらしくうとうとと眠っていた。
「---朝倉君? ねぇ、大丈夫?」
私が声を掛けても、彼は生返事を返すだけで起きる気配は無かった。
そんな彼に気づいた林原君が、朝倉君の肩を揺する。
「おい、朝倉!大丈夫か? しっかりしろ」
それでも目を覚まさない朝倉君を困った様に林原君は見下ろしている。
私は心の中でため息をつくと、意を決して林原君に告げた。
「いいわ、私の部屋に運んでくれる? 時間も遅いし、このまま帰したら家の人が驚く---」
「わかった」
林原君は頷くと自分よりも体格の大きい朝倉君を担いだ。
びっくりしている私に笑いながら『このぐらいは平気だよ。毎日重い商品を運んでるんだから』と言うと、麻美ちゃんに自分の荷物を預けタクシーをつかまえるとそのまま私の泊るホテルまで、朝倉君を連れて来てくれたのだった。
「それじゃ、俺達は帰るよ」
朝倉君をホテルのベッドへ寝かせて、皺になるからと上着とズボンを林原君が脱がせてくれた。
それでも目を覚まさない彼に少し呆れていると、2人が私に声を掛けてきた。
「うん、ありがとう。今日は楽しかった」
私がお礼を言うと、林原君はニッコリと笑った。
「いや、俺も麻生と久しぶりに会えて良かった」
「五月ちゃん、明日会えない? もう少し話がしたいな」
「明日は……約束があるから、明後日なら」
「それじゃ、明後日! 連絡先教えて?」
そして私達はお互いの携帯番号を交換した。
「じゃ、おやすみなさい」
「おやすみ」
2人は仲良く帰って行った。
「さて、どうしよう……この酔っ払い」
シャワーを浴びてバスローブを羽織り髪をタオルで拭きながら、隣のベッドでぐっすりと眠りこんでいる朝倉君の寝顔を覗き込んだ。
眠っている時の彼の顔は無防備でいつもの彼よりも幼く見える。
しばらくその寝顔を見つめていると、不意に彼の瞳が開き私を見た。
---え?
そして次の瞬間、彼は私を自分の腕の中へ引き込んだ。
突然の事に抵抗する暇もなかった私はただ固まっていた。
そんな私の頭上から彼の切なげな声が聞こえてきた。
---何で、俺じゃないんだ---
---あいつよりも俺の方が、お前の事をずっと前から好きだったのに---
驚いて彼の方を見上げるとその瞳は私を見ている訳ではなく、空を見つめている様だった。
好きって……誰の事を言っているんだろう。そんな事を考えた瞬間……胸が痛んだ。
今だけ……今だけいいよね?
私は彼の胸に顔を寄せてそっと囁いた。
「私も、あなたの事が好きよ」
すると、彼の腕が更に私を抱き寄せた。まるで、もう離したくないという様に---
私は堰を切った様に何度も朝倉君に向かって「好き」と呟いた。
そして彼は私を抱き締めたまま、安心した様にまた深い眠りについた。




