爆弾発言の余波
私が着替えて戻って来ると、スタジオにいた全員の視線が私の方へ集まった。
---な、何? どうかした?---
みんなの表情が様々で私は戸惑った。
雪村さんは少し不機嫌そうな顔で、吉澤さんは複雑な表情でこちらを見ていた。唯香さんは無表情のまま私を見ていたけど、その視線が怖い。
そして、朝倉君は---呆然としていた。
「メイ、着替えは済んだ? じゃ、みなさんお先に失礼します」
リョウさんは満面の笑みで、みんなに挨拶すると私の腕に手を添えて歩くように促す。
私もみんなに軽く会釈をして、リョウさんと一緒にスタジオを後にした。
「一体、何があったんです? みんなの様子が変でしたけど」
リョウさんの車の助手席に乗り込むなり、私は尋ねた。
すると、彼は楽しそうに笑いながら私の方を見た。
「ん、メイちゃんが着替えに席を外した時に、雪村さんから『仲が良いみたいだけど……』って聞かれたから、『数日前から付き合ってます』って言っちゃったんだよね」
だよね……って……
「リョウさん、仲が良いところをアピールするのには協力しますけどっ、『付き合ってます』はまずいですよっ!」
「まぁまぁ……落ち着いて。でもさぁ、その時の2人の反応…面白かったよ」
そう言って笑うリョウさんは、いたずらが成功した子供の様に見えた。
「唯香は必死に無表情を装ってたけど、一瞬だけ動揺したのを俺は見た! 朝倉君は呆然としてたよ。よほどショックだったんだね。気の毒に…」
誰のせいですか……私は呆れて溜め息をついた。
でも……ショックを受けてたって本当? 私が戻った時も、呆然としていたよね。その事に気づいて少しだけ心が浮き立つ。
「でも、どうするんですか? そんな事言っちゃって。次の撮影で『この前のは冗談でした』って、謝るんですか?」
私がそう言ってリョウさんの方を見ると、笑みが恐い……また何か企んでますか?
「いや……訂正しないよ。しばらくは付き合ってる事にしておいて、向こうがどう出るか見てみようかと…」
「何もなかったらどうするんですか?」
「その時はその時……でも今日の反応見てたら、脈ありかなって思うんだよ」
何故か自信満々のリョウさんを横目で見ながら、私は溜め息をついた。
「何? メイちゃん、どうかした?」
「いえ…何でそんなに自信満々なのかなぁって思って」
私がそう言うと、リョウさんは苦笑いで答えた。
「自信なんてないよ。あったら唯香に『何で別れるって言ったんだ?』って、正面きって問い質してるさ。それが出来ないからメイちゃんや瑛たちを巻き込んでる……情けないよな」
え?リョウさん、意外なんですが……私がまじまじと見ていたので、照れたのか気まずいのか、彼は咳払いをすると話題を変えた。
「で……せっかくだからご飯食べて帰ろうか。俺、美味くて安い定食屋知ってるんだけど、メイちゃんはお洒落な店がいい?」
「いいえ、定食屋さんとか好きですよ。私」
「じゃ、決まり」
私がそう言うと、リョウさんは笑って車を発進させた。
「ねぇ……メイちゃん、あなた本っ当にリョウの事好きなの?」
爆弾発言から数日後のある日、私は雪村さんからいきなり尋ねられた。
今日は【ルージュ】の新作を仮縫いすると言う名目で、【グローリー】の雪村さんのデザイン室へと呼ばれた。
「な、何でそんな事聞くんですか?」
思わず動揺してしまう。
私が答えに詰まっていると、雪村さんはホウッと溜息をついた。
「メイちゃん……怒らないで聞いてね。私はあなたは朝倉君が好きだと思っているの」
真剣な目で雪村さんは私を見つめる。私は何も言う事が出来ず、彼女の目を見返すのがやっとだった。
「前に『朝倉君、どう?』って言った事あるでしょう? あれって、私は結構本気で言ってたのよ。2人を見てたら何か……こう自然って言うか、本当にお似合いだと思ってたの。だから……メイちゃんがリョウと付き合ってるって聞いた時、正直驚いたわ……だって、メイちゃん……撮影の時、いつも朝倉君の姿追ってるわよね? 話をしてる時もとても嬉しそうだし」
ばれてた? いつも私が彼の姿を追っているの。
顔が赤くなっていくのが分かる。そんな私を雪村さんは同情するような目で見ている。
「ごめんね…本当は気づかない振りをしようと思ってた……でも、このままじゃ2人……見てられない」
「……どういう事? メイ…あなた、リョウの事が好きなんじゃないの?」
いきなり第三者の声が聞こえて、私と雪村さんは声のする方へと振り向いた。部屋の入口に唯香さんが立っていてこちらを睨んでいる。
「唯香?」
「唯香さん……」
「朝倉さんが好きなら……なんで、リョウと付き合うのよ。リョウは身代わりって事? そんなの彼が可哀想だわ」
責めるような唯香さんの声に、私はつい言い返してしまった。
「リョウさんを振った唯香さんに、どうこう言われる筋合いはないと思いますけど? じゃ、唯香さんは何でリョウさんを振ったんですか?」
思わぬ私からの反撃に唯香さんは言葉を失った。そして、唇を噛み締めるとそのまま部屋を出て行ってしまった。
私たちのやり取りを見ていた雪村さんが、私に問いかけてきた。
「メイちゃん……何かわけがありそうね? 良かったら話してくれない? もしかしたら協力出来るかもしれないわよ?」
その声に思わず雪村さんを見ると、先程とは違って嬉しそうに微笑んでいる。
「雪村さん……」
「大丈夫! 私こう見えて結構口は硬いのよ」
人差し指を口元に当てながら、雪村さんはそう言った。
本当は彼女を味方につけて、朝倉君の誤解を解きたい! だけど、リョウさんと唯香さん2人の問題をそんなに簡単に人に言う事は憚られた。
「……ごめんなさい、雪村さん。今はまだ、誰にも話せません」
私が俯いてそう答えると、彼女はポンと私の肩を叩いた。
驚いて雪村さんの顔を見ると、ニッコリと笑った。
「うん、分かった! 私はメイちゃんを信じるわ。もし言いたくなったらいつでも言ってね……話ぐらいならいくらでも聞いてあげる!」
「ありがとうございます」
私は雪村さんにお礼を言った。
その翌日、美樹ちゃんから電話があった。
内容は美樹ちゃんのお母さん---つまり、朝倉君のお母さんでもあるおばさんが、私に会いたいといっている---と言う内容で、私は時間が空き次第会いに行く事を約束した。
おばさんに会うのを楽しみにしていた私に、電話で朝倉君は会うのは駄目だと言ってきた。
さすがにその言い方にムッとした私は、つい突っかかってしまった。
彼は呆れたように『リョウと付き合っているのに、他の男の彼女としてその親に会うのはリョウに申し訳ないだろう』と言われ、今の自分の立場に気づいた。
---そうだ、今は一応リョウさんの彼女という事になっているんだ---
本当の事を言いたい誘惑に駆られたけれど、それを我慢して小さく答えた。
「……そうだね、リョウさんに悪いわよね? でも、会いたかったなぁ」
「解ったか? いいな? 美樹から言われたら断れよ。お前の為だ」
「うん……解った…」
私は残念な気分で答えた。




