リョウさんの企み
「はいっ?!」
リョウさんは私の反応を面白がる様に、笑いながらこちらを見ている。
「…うん…だからね、俺と付き合わない?」
「リョウさん、唯香さん一筋でしたよね? 何言ってるんですか…」
私は呆れて、リョウさんの顔を見た。
リョウさんは、高校生の頃から付き合っていた唯香さんを、振られた今でも想い続けている……はずなんだけど?
「そうだよ……だからね、ちょっとした企み? メイちゃんにも協力…いや、同盟を結びたいなぁと思ってね」
「どういう意味ですか?」
私は、悪戯を思いついた子供の様に笑うリョウさんを訝しげに見た。
「無理ですって! っていうか……リョウさんはいいかもしれませんけど、私は望み薄いですからっ。そんな事しても無駄です」
リョウさんは撮影の時の唯香さんの態度が、自分を嫌っているものではないと踏んだ様だった。
私と一緒の撮影の時の唯香さんの表情が、辛そうな事がそう思った理由であると……
だから私と付き合ってる事にして、それを見せつければ唯香さんから何かしらの反応が引き出せるのではないかと思いついたらしい。
「リョウさんはいいですよ? 上手くいけば嫉妬されてよりが戻る可能性もありますけど、私は逆に『応援する』って言われた事もあるんですっ! 余計空しくなるから嫌ですっ」
そうよ! 前に朝倉君は『応援するから』って私に言ってた。あの時は否定したけど、もしこんな企みに乗ったらそれこそ、私の想いは望み薄になってしまう---まぁ、元々彼は私の事なんて、恋愛対象には見てないけどね。
「……ねぇ、メイちゃん。彼は君の事、少なくとも友達以上には思っていると俺は思うけど?」
「何が、根拠ですか?」
ふて腐れてしまっている私に、リョウさんは苦笑した。
「そうだね……俺がメイちゃんの事を訊ねると、彼は凄く嫌そうな顔をするんだよ……本人は隠してるつもりだろうけど目がね……警戒するように俺を見るんだ。まぁ、それが面白くて俺もちょっかいかけるんだけど」
その時の事を思い出したのか、楽しそうに笑い出した。
リョウさんの話に、私は少しだけ期待してしまう。
「だからね……2人で唯香と朝倉君をわざと挑発しない? もちろん、メイちゃんに朝倉君が何かしらのアクションを起こしてきたら、正直に話してこの計画から降りていいよ」
そんな事言われても……
私はリョウさんの言う『企み』に乗りたい誘惑に駆られていた。もしも、彼が本当に友達以上に見ていてくれるのなら、可能性はあるのよね?
「……少し…時間を下さい。やっぱり騙す事には変わりないと思うし。その覚悟が今はないです」
「うん、解った。いいよ、無理はしないで。ただ仲が良いことだけは、アピールしてもいいよね?」
リョウさんは笑って、私にウインクをした。
「はい、仲が良いのは事実ですから、そうですよね?」
「勿論、可愛い後輩だと思ってるよ。もしも俺に唯香がいなければ、メイちゃんを好きになってる位に君のことは気に入ってる」
「それは…ありがとうございます」
私は微妙な表情でリョウさんにお礼を言った。彼はそんな私をみてほほ笑んだ。
「ん、じゃ、この話は終わり---ごめんね、わざわざ来て貰って。一応考えてて」
そう言って話を締めくくり、リョウさんは冷めかけたコーヒーを飲み干した。
カフェを出てリョウさんと駅で別れると、私はそのまま家に帰った。
今日は朝早くに出掛けたから、家の中は少し散らかっていて私は片付けながら、さっきのリョウさんの言葉を思い出していた。
---彼は君の事を少なくとも友達以上には思っている---
本当だろうか? 確かに友達としては好かれているとは思うけど、恋愛対象としてみているかは怪しい。下手にリョウさんの『企み』に乗って、墓穴を掘りたくはない。
考えても答えは出ず、堂々巡りを繰り返すだけなので、私はリョウさんの『企み』について深く考えることは止めることにした。
そして数週間後……
【ディア】の撮影の前日、リョウさんから電話があった。
---あ、メイちゃん? 俺…リョウだけど、明日の撮影よろしくね! それで帰る時、仲の良い所をアピールしたいから送って行くよ。だから「朝倉君に『帰りは送ってくれなくていい』って言ってほしいんだけど---
「リョウさん……本気ですか?」
まさか、本当に仲の良い所をアピールするとは思ってなかった私は、リョウさんの本気に感心するというか呆れるというか……驚きの一言だった。
---勿論、俺はやると行ったらやります! だからメイちゃん、悪いけど付き合ってね---
有無を言わさないリョウさんの口調に、私はため息をついた。
唯香さん……凄い人に愛されてますね……恐らく逃げられないと思いますよ……
思わず唯香さんに同情してしまう---反面、そこまで思われて羨ましい気持ちも無いわけではない。
---メイちゃん?---
「わかりました。明日はリョウさんに送ってもらいますから。これで、進展なかったら空しいですけどね」
---その時は、次の作戦を考えるよ---
諦めるって言葉は知らないのでしょうか? リョウさん。それとも唯香さん限定ですかね?
私が心の中で突っ込んでいる間に、リョウさんは『じゃ、明日ね!』と明るく言うと電話を切った。
切れた電話を握りしめながら、明日の事を考えると憂鬱になった。
その翌日は撮影の為、朝倉君が家まで迎えに来た。
「……おい、麻生…どうかしたのか?」
撮影場所へ向かっている車の中で、朝倉君が心配そうに話し掛けてきた。
「えっ? 何で…」
窓の外を見つめていた私は、驚いて彼を見た。彼は前を向いたまま答える。
「いや……何か、うかない顔してるから…」
私は無理して笑顔を浮かべた。
「何もないよ、ちょっと緊張してるかな?」
「…は? ……緊張?」
「だって、今回は唯香さんがメインじゃなくて私なんでしょう? そんなの初めてだし……唯香さんに申し訳ないかな……って」
本当はリョウさんの『企み』に乗るのが嫌で、出来れば今日は行きたくないなと朝から気が滅入っている。もしも、朝倉君が何とも思わなければ、ただの一人相撲になってしまう。
「別に、今回は【ルージュ】がメインなだけで、来月は【ブラン】なんだから、申し訳ないって思うのは大袈裟じゃないか?」
「それは……そうだけど」
私の心中など知る由もない朝倉君は、私の言った言葉に対し励ますように答える。
その言葉に私は返答が出来ずに、ただ黙っていた。
スタジオでは【ディア】のスタッフと【アンジェリア】の社員が、各々の段取りの確認と準備に慌ただしく動き回っていた。
唯香さんは既にメイクと着替えを済ませていて、カメラマンの準備待ちといった様子だった。
「唯香さん……おはようございます」
私はいつもの様に唯香さんへ挨拶をする。
「おはよう、メイ。今日はあなたがメインね? 頑張って」
「はい、よろしくお願いします」
私が答えると、唯香さんはフッと笑ってメイクさんと一緒にスタジオの隅に行き椅子へと腰かけた。
「じゃ、メイ。君も準備をしないといけないから……控室はこっち」
朝倉君はそう言って、私を控室へと案内した。
着替えを済ませてスタジオへ戻ると、リョウさんが来ていた。私に気づくと笑顔を浮かべて近づいて来た。そんなリョウさんに笑顔で挨拶する。
「メイ、今日はよろしく」
リョウさんは満面の笑顔で私の手を握りしめる。
それはリョウさんの企みに対してだと、私は思った。
「あ……こちらこそ」
「それじゃぁ、撮影始めるか!」
そして撮影が始まった。
撮影は、予定よりも早く終了した。
あぁ、とうとうこの瞬間がきた。
私は一層憂鬱な気分になった。
リョウさんが私の方へと近づいて来る。そして周りに聞こえる様に、少し大きくはっきりとした声で私に話し掛けた。
「メイ、俺が送るよ! 着替えておいで」
「え? でもリョウさん、今から社に戻るんじゃないんですか?」
私は白々しく尋ねる。周りの反応が怖い。
「いや、今日はそのまま解散だから、大丈夫。なんなら食事してから帰る?」
リョウさんは余裕のある口調で、さり気なく私に訊ねる。
私はただ頷いて、周りを見ない様に努めた。
「それじゃ、着替えてきますね」
「あぁ、待ってる」
私は力なくリョウさんに微笑むと控室に戻ろうとして---朝倉君の方へ歩み寄った。
「朝倉く……さん、今日は私……リョウさんと帰るので、送ってもらわなくていいです。ごめんなさい」
朝倉君の反応を見るのが怖くて、俯きながら謝ると、彼の顔も見ずに急ぎ足で控室へ戻った。
まさかその時、リョウさんがみんなの前で爆弾発言をしてるなんて、私は夢にも思わなかった。




