休日の出来事
今日は朝早くから目が覚めた。
昨日、家に帰って来てから、美樹ちゃんを何処へ連れて行こうかと、あれこれ話題の場所や人気のあるお店等をパソコンで検索していたら、深夜になっていて慌てて眠った。
だから少し寝不足気味ではあるけど、せっかく起きたのだからと家の掃除と洗濯を済ませると、午前7時を回っていた。
朝食は美樹ちゃんが準備してくれているはずだから……私は出かける準備を始めた。
--- ピンポーン ---
朝倉君の家のインターフォンを押す。中から人の気配がすると、扉が勢いよく開いた。
「五月ちゃん、おはよう! 早かったね」
嬉しそうに美樹ちゃんが私に笑いかけてきた。
「おはよう! ごめんね、早く目が覚めちゃって。少し早かったかな?」
「ううん、朝食の準備は出来てるから。ねぇ、早く入って」
そう言って、私を家の中へと招き入れた。
美樹ちゃんの後について部屋の中へ入った私は、朝倉君の姿が無いのに気づいた。
「そう言えば、朝倉君はまだ寝てるの?」
「ううん、兄貴、熱下がったって言って、朝早く会社に行った」
呆れたように美樹ちゃんが答えた。
「大丈夫なの? 昨日、あんなに苦しそうだったのに」
「止めたんだけど、『もう平気だから』って、私の言う事なんて聞かないもの。もう知らない」
「そうなんだ、無理しなきゃいいけど…」
私がそう呟くと、美樹ちゃんはふふっと笑った。
「五月ちゃん、兄貴の事心配なんだね」
「え? ちが…っ、ただ昨日の様子を知ってるから気になっただけで…」
しどろもどろな私の答えに、美樹ちゃんは心得た様な顔でほほ笑んだ。
「まぁまぁ……ところで、今日はどこへ連れてってくれるの? 楽しみにしてるんだけど?」
うん、話の切り替えが上手いなぁ---感心しながらも昨日考えたプランを話す。
まずは、最近出来た話題のショッピングセンターへ行き、それからランチが美味しいとモデル仲間から薦められたカフェで食事をするというプランを告げると、美樹ちゃんは目を輝かせて喜んだ。
「わぁっ! 楽しみ--早く、食べて出掛けよう! 今、コーヒー淹れてくるから、五月ちゃんは座ってて」
「あ、私も手伝う?」
「ううん、メーカーで温めてあるから、カップに入れるだけ」
そう言って、美樹ちゃんはキッチンへと入っていった。
テーブルには、焼き立てクロワッサンにベーコンエッグとサラダ、綺麗にカットされたフルーツがお皿に盛られて並んでいた。
「すごーい! 美樹ちゃん、本当に料理上手いわね。羨ましいなぁ」
私は感心すると同時に、高校生に負けている自分に少し情けなくなった。
「だって、うちのお母さんってば、子供たちには強制的に料理させるんだもの。上手くなるの当たり前! まぁ、結果的には自分の為になってるけどね」
美樹ちゃんは笑いながら、トレイにコーヒーカップを載せて戻って来た。そして私の前にカップを置くと、向かいの席に着いた。
「どうぞ、食べて! お口に合うかどうかはわからないけど?」
「では、遠慮なく! いただきます」
私は目の前のご馳走を堪能した。うん、美味しい! 至福の時間だわ。
お腹も満たされ、コーヒーを飲む。
後片付けを手伝って、それから美樹ちゃんと一緒に朝倉君の家を出た。
「うわぁ、可愛い洋服が沢山あるっ---あ、あのお店この前雑誌に載ってた!」
美樹ちゃんはあちこちのショップを覗きながらはしゃいでいる。
その後ろをついて歩きながら、私は喜んでいる彼女を見て嬉しくなった。
「ねぇ! 五月ちゃん、あのお店に入りたいんだけどいい?」
指差したショップは今、高校生の間で人気のあるブランドのお店だった。
--- やっぱり、女の子だなぁ ---
私はくすっと笑うと、美樹ちゃんの方を見て頷いた。
「いいよ、何か欲しいのあるの?」
「うんっ、この前雑誌に新作のワンピースが載ってて、それがすごく可愛かったの! 欲しいなと思って」
「じゃ、試着してみたらいいよ。私がチェックしてあげる」
「ほんとっ? やった! 『メイ』に見立てて貰えるなんてラッキー!」
満面の笑みで言うと私の腕に自分の腕を絡めて、美樹ちゃんは目的のお店に入って行った。
結局何点か試着したけれど、1番最初に着たワンピースが似合っていると言う私の意見で、それを購入することになった。
会計の為にレジへと向かう美樹ちゃんの手から、私はそのワンピースを取り上げた。
「え? 五月ちゃん?」
驚いた顔で私を見る彼女へ微笑んで、レジのスタッフへ商品を手渡す。
「今日の朝食のお礼……プレゼント」
「い、いいよっ! そんな、お礼なんて。私が連れてってってお願いしたんだもの」
「ううん、私も楽しいから……妹とショッピングしてるみたい、憧れていたんだ」
その言葉に美樹ちゃんは目をまん丸くして私を見た。
「ホント? 五月ちゃんも楽しい?」
確かめる様に私に訊ねる。そんな彼女に私は頷いた。
「うん、楽しいよ。美樹ちゃんはもしかして嫌?」
私のその言葉に、思いっきり首を振る。
「楽しいっ! 私もお姉ちゃんとの買い物って憧れてた。だって兄貴となんて行かないし」
確かに---朝倉君は美樹ちゃんが洋服を買うのに付き合ったりはしなさそう。
「じゃ…本当にいいの? プレゼントしてもらっても?」
上目使いに私の方を窺っている。
「うん、貰ってくれたら『お姉ちゃん』としては嬉しいな」
その言葉に美樹ちゃんは本当に嬉しそうな顔をした。
「ありがとう! 喜んで頂きます、『五月お姉ちゃん』」
折角なのでスタッフの子に断って、美樹ちゃんはワンピースに着替えた。
真っ白なワンピースは彼女によく似合っていた。
それからお店を出て、別のお店を見て回った。
「あれっ? メイちゃん!」
後ろから声をかけられて振り向くと、そこにはリョウさんがにっこりと笑って立っていた。
「リョウさん! 何? どうしたんですか、こんな所で」
私はリョウさんの方に数歩近づきながら尋ねた。
「あぁ、今日は雑誌の取材。ショップの紹介と、街中にいるオシャレな娘を探して誌面に載せる為、ここにいます」
そう言うリョウさんの傍には、カメラマンの青年とメイク担当らしき女の子が一緒にいた。
「メイちゃんは、今日は仕事?」
「あ…いえ、今日はお休みで妹分と一緒にお買いものです」
「妹分?」
リョウさんは後ろに立っていた美樹ちゃんを見た。そして爽やかな笑顔で自己紹介を始めた。
「こんにちは! 俺『リョウ』って言います。一応モデルしてるんだけど、本業は【ディア】の編集者です。メイちゃんとは【ルージュ】の撮影で一緒に仕事してる」
「あ…初めまして。私、朝倉美樹と言います」
美樹ちゃんは緊張してるのか、いつもの威勢のいい話し方ではなかった。
「朝倉……?」
リョウさんが何か言いたげに私の方を見た。
「あ、美樹ちゃんは【グローリー・コーポレーション】の朝倉さんの妹さんです」
私がそう言うと、納得した様に頷いた。
「そうか……朝倉君の妹さんなんだ---君のお兄さんとも一緒に仕事してるんだよ」
「そうなんですか? 兄がお世話になってます」
美樹ちゃんは深々とリョウさんに頭を下げた。リョウさんはそんな美樹ちゃんを驚いた様に見た。
「いやぁ、さすが彼の妹さんだね。しっかりしてる---そうだ、美樹ちゃんだったね。君、モデルしない?」
「ち、ちょっと…リョウさん!」
驚いてる私に向かって、リョウさんはニコニコと笑いながら言った。
「さっきも言った様に、今街中のオシャレな娘を探していたんだ。丁度いい! 美樹ちゃんなら大丈夫! 今着てる服も可愛いし」
「だけど……」
私が思いとどまらせようと口を開こうとした時、美樹ちゃんの声がした。
「私…やりたい! 憧れてたんだ、モデル」
「え? 美樹ちゃん?」
私は美樹ちゃんの方を振り向いた。彼女ははにかんだ笑みを浮かべた。
「だから…私は【メイ】のファンだったの。メイに憧れてた」
「よし……じゃ、決定! 何枚か写真撮らせてもらうね?」
そう言ってリョウさんは、美樹ちゃんを撮影場所の広場へと連れてった。
「いやぁ、助かった! ここは俺が奢るから好きなの頼んでね」
あの後、美樹ちゃんは何枚か写真を撮られて揚句、ショップ紹介の写真にも出る事になってしまった。
まぁ……美樹ちゃんが楽しそうだったからいいのかなぁ…朝倉君が知ったらどう思うかが心配だけど。
そんな事を思っていたら、目の前にメニュー表が差し出された。
「五月ちゃん、何食べる? 私はこのおおすすめコースがいいかなって思うんだけど」
今私達は撮影を終え、リョウさんに連れられてイタリアンのお店へと来ていた。他のスタッフは一足先に社へ戻って行った。
「うん…私も美樹ちゃんと同じのでいいよ」
リョウさんはお店の人に合図を送り、オーダーを告げた。
料理が運ばれて来る間、リョウさんは美樹ちゃんとさっきの撮影の話や雑誌の話などをしていた。
私は2人の会話をただ黙って聞いていた。
美樹ちゃんがモデルに憧れている? 確かに彼女は背も高いし、スタイルも申し分ない。本気でやるなら渡瀬さんに口添えしてもいいかなとは思うけど、朝倉君が反対しそうな気がする。
彼は何だかんだ言っても、美樹ちゃんの事はとても可愛がっている。それは昔から変わらない。
「五月ちゃん、料理冷めちゃうよ?」
物思いに耽っていて、料理が来たのに気付かなかった。
「あ、ごめん……いただきます」
私は慌ててナイフとフォークを手に取ると食事を始めた。
「ご馳走様でした。美味しかったです」
お店を出てから、美樹ちゃんはリョウさんに向かってお辞儀をした。
彼はにっこりと笑いながら、手を振る。
「いや、こちらこそ、美樹ちゃんがいて助かった。雑誌出来たらあげるね。メイちゃんかお兄さんに渡したらいいかな?」
「是非! 出来たら五月ちゃんに渡して下さい。兄には知られたくないので」
「え? 朝倉君はモデルに反対?」
「わからないですけど、良い顔はしない気がするので……」
美樹ちゃんは言葉を濁した。そんな彼女にリョウさんは心得たという様に頷いた。
「分かった! メイちゃんに渡すから安心して…ごめん、ちょっとメイちゃんと話があるんだけどいいかな?」
そう言うとリョウさんは、私の腕を取ると美樹ちゃんと少し距離を開けた。
「な、何ですか? リョウさん」
いきなりの事に焦って尋ねる私に、いたって冷静にリョウさんは訊ねた。
「メイちゃん、今日の夜って時間ある? 少し話したい事があるんだけど」
「今日ですか? 夜だったら大丈夫だと思います」
「良かった、じゃ、後でメールする」
そう言って私の腕を解放すると、美樹ちゃんへ挨拶して社へと帰って行った。
その後夕方まで2人であちこち見て歩いてから、美樹ちゃんを家まで送り届けると、私はリョウさんとの待ち合わせに指定されたカフェへと向かった。
リョウさんは先に来ていた。私の姿を見つけると軽く手を上げてきた。
「何ですか? リョウさん、話って」
コーヒーを頼んでから、私はすぐに訊ねた。
「うん、実はメイちゃんにお願いがあるんだけど」
「お願い?」
しかし、リョウさんはなかなか本題を言おうとしなかった。
「唯香はメイちゃんと話とかする?」
「唯香さんですか? 最近は話しませんね。何か前よりも近づきにくい感じです」
私の言葉にリョウさんは黙り込んだ。
「…リョウさん?」
「ねぇ…メイちゃん、俺と付き合わない?」
「はいっ?!」
思いがけないリョウさんの言葉に、私は絶句するしかなかった。




