思いがけない再会
企画会議の当日---私を迎えに来てくれたのは……吉澤さんだった。
「吉澤さんが迎えに来るって、朝倉さんどうかしたんですか?」
私は車に乗ってから、彼に訊ねた。
もしかして、私に会いたくないとか?
すると、吉澤さんは運転しながら答えた。
「あぁ、あいつ……何か熱出したとかで、今日は欠勤なんだよ。だから俺がメイちゃんを迎えに来たって訳」
「熱って…大丈夫なんですか?」
「一応、病院には行けって言ってあるけど…どうかなぁ。電話の様子だとかなりきつそうだったよ。
まぁ、朝倉は仕事に関して真面目に取り組む奴だから、ここ数日無理してたみたいなんだよな--自己管理がなってないって言ってしまえばそれまでなんだけど」
吉澤さんの話を聞きながら、私は帰りにでも様子を見に行こうかと考えていた。
1人暮らしで病気になるといろいろと不安を感じてしまう。私もそうだったから、出来るだけ健康には気を付けるようにしている。
「早く治るといいですね……」
私は小さな声で呟いた。
「そうだな…まぁ、朝倉は大丈夫だろう」
吉澤さんは明るく答えた。
今回の企画会議の内容は【ディア】からの申し入れで、3か月間連続で【アンジェリア】の特集を組むと言うものだった。前回の特集で双方の売り上げが伸びたのが理由らしい。
【ディア】の担当はリョウさんだそうだ。今回はモデルはせずに、取材などを中心に行うと言っていた。
会議自体はスムーズに進行し、予定時間を少し過ぎたくらいで終了した。
終了した後、私が帰る準備をしていると、何故か雪村さんが私へ茶色い封筒を渡してきた。
「え?……雪村さん、何ですか?これ…」
すると、雪村さんは申し訳なさそうな表情で、私の方を見た。
「メイちゃん…こんなお願いするの失礼だとは思うんだけど、この書類を朝倉君に持って行ってくれないかしら?会議の資料なんだけど、これが無いと朝倉君、出勤した時に困ると思うのよね」
「わかりました、いいですよ。どうせ今日は予定も入ってませんし……朝倉さんの家に届ければいいんですよね?」
私の返事に、雪村さんはホッとした様に笑顔を浮かべた。
「ありがとう!助かるわ。今度、メイちゃんに美味しいものご馳走するからね!」
「いいですよ、別に。それじゃ、失礼します」
私は封筒を受け取りバッグにしまうと、会議室を出たところに吉澤さんが待っていた。
「メイちゃん!送るよ」
「あ、いいです。1人で帰れますよ……吉澤さんも仕事忙しいでしょうし。それに雪村さんからお使い頼まれました」
「雪村……?あいつに何を頼まれたんだ?」
吉澤さんは眉間に皺を寄せ、顔を顰めていた。
「はい--書類を朝倉さんの家まで持って行って欲しいって」
「は?で…メイちゃんは了解したのか?」
「どうせ、今日は何も予定ないですし」
頷きながら私は答えた。
吉澤さんは何故か溜息をついたが、気を取り直した様に私を見た。
「で、あいつの家まで行けるの?」
「大丈夫ですよ---どうしてですか?」
「いや……いい。じゃ、気をつけて帰ってね」
「はい、それじゃお疲れ様でした。お先に失礼します」
私は吉澤さんにお辞儀をすると、そのまま朝倉君の家へと向かった。
途中で飲み物と果物を買って、彼のマンションまでやって来た。
朝倉君の家のインターフォンを押す。
もしかして……寝てる?
なかなか返事がなくて諦めようかと思った時、『はい?』と部屋の中から声が返ってきた。
え?女の人?
私が驚いている間に玄関が開き、中から若い女性が現れた。
うゎ、可愛い人……
私は思わず相手の顔をまじまじと見つめてしまった。
色が白くて、髪は肩までの長さで緩くウェーブがかかっている。目はパッチリ二重で更にアイメイクを施している。
もしかして……朝倉君の…彼女?
「あの…何か御用ですか?」
私を怪訝そうに見ながら、彼女が尋ねてきた。
「あ…ごめんなさい。私、麻生と言います。朝倉さんに会議の書類を届ける様に頼まれたので…」
私の説明に、怪訝そうな顔をしていた彼女がにっこりと微笑んだ。
「そうなんですか…あ、どうぞ中に入って下さい。もうそろそろ目を覚ますと思いますから」
「いえ…書類を届けにきただけですから…あ、これ良かったら食べて下さい」
そう言って彼女に、先程買った飲み物と果物を渡した。
「じゃ……お大事に」
「わざわざ、ありがとうございます」
私は軽く頭を下げ、帰ろうと彼女へ背を向けた。
「麻生?」
その瞬間、自分の名前を呼ばれて咄嗟に振り返る。
そこには壁に寄りかかってこちらを見ている朝倉君がいた。
「あ、起きたんだ!良かった。彼女、会議の資料とお見舞い持って来てくれたのに、帰ろうとしてたのよ」
彼女が朝倉君に話をしている。その話を聞いた彼は私の方を見た。
「せっかく来たんだから、お茶でも飲んでけよ。こいつが淹れるから」
「でも、熱があるんでしょ?安静にしてた方がいいし」
私は心配もしていたが、出来ればそのまま帰りたかった。朝倉君と彼女が2人一緒にいる所に居るのは辛すぎる。
だけど私のそんな胸の内を知らない朝倉君は、ほほ笑むと彼女にお茶を入れる様に言った。
彼女はにっこりと可愛らしい笑顔を浮かべると、台所へと入って行く。
私はどうしていいか分からず、玄関に立ち尽くしていた。
「ほら、早く中へ入れ。ドア開けっぱなしの方が、体が冷えて良くない」
「あ、ごめん」
慌ててドアを閉めると、朝倉君は私を家の中へと招き入れた。
朝倉君と向かい合ってソファに座った。台所では彼女がコーヒーを淹れているらしく、良い香りがリビングまで漂ってきた。
「ごめんなさい、お待たせしました。コーヒーで良いですか?」
カップを3客、トレーに載せて彼女が台所から出てきた。
「あ…はい、大丈夫です」
私は思わず背筋を伸ばして座り直した。
うわぁ、何か緊張するんですけど。もう……帰りたい!
彼女はコーヒーをテーブルに置くと、朝倉君の隣に座って私に微笑んだ。
そして彼に向かってはしゃぎながら訴える。
「…ねぇ!紹介してよ」
朝倉君はその言葉で、私の方を見ながら彼女へ紹介を始めた。
「あぁ、そうか…彼女は今、一緒に仕事をしているメイで……」
「うそっ!あの【ルージュ】の?−−−私、あなたのファンなんです!」
彼の紹介を途中で遮り、彼女は私の両手を掴むと強く握ってきた。
その勢いに思わずたじろいでしまった。
「……あ、ありがとうございます」
「写真と印象が違うから気付かなかった!でも私、今の貴女がいいな−−--何かナチュラルで一緒にいて落ち着く感じ」
え?
私は言われた事が意外で、思わず彼女の方を見た。
普段の私は--そう、今みたいに化粧っ気も無く、シンプルなシャツを着ていて、【ルージュ】のメイだと誰も気づかない……はっきり言って『地味』なんだけど、モデルとしてそれはどうかと思っている。
更に彼女は続けた。
「……今のメイを見たら、【ブラン】の方が合ってると思うのに…」
彼女の言葉に、朝倉君が尋ねた。
「何でそう思う?」
「は?だって今のメイには【ルージュ】みたいな真紅より、純白とか淡い色が似合うでしょ?絶対!---
あ、誤解しないで!【ルージュ】の時もカッコいいよ!だから私は好きになったんだから」
「ありがとう−−−こんな風に直接言われた事、ないから何か凄く嬉しい」
私は本当に嬉しくて、彼女にお礼を言った。
すると彼女ははにかみながら微笑んだ。
「ごめんなさい!素人のくせに生意気言って……」
「確かに生意気だな−−--でも参考にはなった。ありがとうな」
朝倉君の言葉に彼女はびっくりしたように目を丸くしている。そして更に言葉を続けた。
「で、お前はいつ自己紹介するんだ?」
彼女はその言葉に私の方を見ると姿勢を正した。
私も思わず、背筋を伸ばす。
「初めまして!私、朝倉美樹と言います。初対面で生意気言ってごめんなさい」
「……え?美樹ちゃん?」
思いがけない名前に、私はまじまじと彼女を見つめる。
私の記憶にある小さな女の子と、今目の前にいる可愛い女の子が一致しない。
美樹ちゃんもそんな私を不思議そうに見ていた。
「そうだよ。俺の妹の美樹」
朝倉君の言葉に、彼女の大きな瞳が小さい頃の美樹ちゃんの瞳と重なる。あぁ、美樹ちゃんだと懐かしさで嬉しくなった。
「本当にあの美樹ちゃん?こんなに大きくなって……全然判らなかった!」
突然の私の変化に美樹ちゃんは戸惑った顔で、朝倉君を見る。
「お前はまだ小さかったから覚えてないか−−−麻生だよ。俺の中学の同級生で、よく夕飯食いに来てた奴……『五月ちゃん』だよ」
彼の言葉を聞いた美樹ちゃんは、驚いた顔で私の方を見た。
「『五月ちゃん』?あの?……」
美樹ちゃんの言葉に、私は頷く。
すると、彼女は立ち上がると私の横に座り抱きついてきた。
「五月ちゃん!会いたかったぁ−−−もうっ!全然連絡くれないんだもん。私も母さんも心配してたんだよ」
良かった!覚えてくれてた。私は嬉しくて彼女に微笑んだ。
「ごめんね、美樹ちゃん。でも私も会いたかった!」
そう言って美樹ちゃんを抱きしめる。
「まさかあのメイが五月ちゃんだったなんて嘘みたい---兄貴ってば、五月ちゃんの事何も言わないんだから!」
そう言って美樹ちゃんは朝倉君の方を咎めるように見たが、彼は何か考えているようでこちらを見てはいなかった。
「忙しいから、言うの忘れてたのよ。たぶん」
私達が話をしていると、朝倉君が突然立ち上がった。
「……俺…寝る」
「あ、その方がいいよ---夕飯出来たら起こすから!五月ちゃんも食べてってね」
「え?美樹ちゃん、作るの?凄い!えっと、まだ中学生?」
「今年、高校に入学したの」
美樹ちゃんと話をしてる間に、朝倉君は寝室へと戻って行った。やっぱり、起きていたのがいけなかったみたい……
私は美樹ちゃんと一緒に昔話をしながら、夕食の準備を手伝う事にした。




