喧嘩の理由
撮影後、いつもの様に朝倉君が送っていくと言ってくれたけど、リョウさん達とカラオケに行く約束をしている事を彼に伝えた。
すると朝倉君は驚いた様に私を見た。
「え?カラオケ?」
「うん、打ち上げと親睦を兼ねて行こうって事になって……だから、今日は送ってもらわなくてもいいから」
「じゃ、カラオケ終わったら電話しろよ。迎えに行くから」
「え?いいわよ!そこまでしてもらう訳にはいかないし…それに、何時になるか判らない---」
朝倉君の申し出に、私は慌てて首を振った。そんな……迷惑になること出来ない、彼女でもないのに。
私の言葉に何故か彼はムッとした表情をした。
「あいつが一緒だからか?」
「え?」
あいつって?リョウさんの事?……彼が何を言っているのか解らず、思わず顔を見つめてしまった。
「お前、男の趣味悪いな」
どういう意味?もしかして私がリョウさんを好きと思ってる?……それにしても何か馬鹿にされた様な口調に私はムッとして言い返した。
「いくら朝倉君でも、言っていい事と悪い事があると思うけど…それに、私の男の趣味をどうこう言う権利ないでしょ」
思わずそう口走ってしまった私は、朝倉君をその場に残し何も言わずに帰ってしまった---そんな事は初めてだった。
「あれぇ?メイちゃん!お酒飲んでないの?」
リョウさんは手にビールのジョッキを持って、私の席の隣に座った。
ここは、カラオケ屋の一室。
私、リョウさん、瑛さん、真帆さんの4人で親睦会と称して集まった。
3人は前から撮影で面識があるけど、私は今回の仕事で初めて一緒にお仕事したという事で、リョウさんが『モデル同士親睦を深めよう』と彼らに声をかけた。唯香さんは仕事があるという事で辞退したらしい。
私は事務所のモデル仲間しか親しい人達はいないので、今日のお誘いはとても嬉しかった。瑛さんも、真帆さんもとても気さくで話しやすい。みんな、歌って飲んで盛り上がっていた。
私も来て良かったとは思っているけど、朝倉君と喧嘩別れみたいに帰って来た事が気にかかってお酒を飲む気分じゃなかった。
「あ……はい、明日朝から用事が入ってるので」
「そっか、じゃ、しょうがないね。今度、飲みに行く時は一緒に飲もうね」
リョウさんはそう言うと、にっこりと笑って自分のビールを飲む。
その時、リョウさんが誤ってビールを自分の服にこぼした。それを見て思わず、私はハンカチを彼に差し出した。
リョウさんは笑って受けとると、濡れた服を拭いてから『洗って返すね』と言ってポケットにしまった。
「いいですよ、捨ててくださっても。結構古いですから」
「メイちゃん!次歌って!」
真帆さんはかなり酔っぱらっていて、満面の笑みで私にマイクを渡してきた。
「え?……私?」
驚いている私に3人が拍手で歌う様に促す。
ここは、歌わないとシラケてしまうよね?……私は、得意な曲を入れるとマイクを掴んで歌い始めた。
もう、そろそろお開きの時間になる頃、リョウさんが他の2人には聞こえない位の小声で話し掛けてきた。
「メイちゃん……君、唯香とは仲が良いの?」
唯香さん?---リョウさんから意外な人の名前が出たので、思わず彼の顔をみてしまった。
すると、彼は苦笑いした。
「唯香さんとは、仲が良いというか……仕事ではアドバイスを貰ったりとかはするんですが、プライベートを話すことはないです」
私がそう答えると、リョウさんはホウッと息を吐いた。
「そうか……じゃ、君に話すのはまずいかな。巻き込んでしまっては悪いかも」
リョウさんの言う意味が解らず、私は首を傾げた。
「リョウさん?」
私が呼びかけると彼は『気にしないで』とほほ笑んだ。
その後、リョウさんが席を外したタイミングで、真帆さんが私に話し掛けてきた。
「メイちゃん、さっきリョウと話してたけど……もしかして、唯香の話だった?」
驚いて真帆さんを見ると、『やっぱりね』と溜息をついた。
「あの……真帆さん、一体何があったんです?その……リョウさんと唯香さん---今日も唯香さん、皆さんを無視してましたよね?」
私の質問に真帆さんは『あ、気がついた?』と笑顔を浮かべた。
「うん、実は元々私達、高校時代からモデルをしていて、その当時はとっても仲が良かったの。だけど最近、唯香ったら私達を避けているみたいで、話すことすら出来ない状態なんだよね?おそらくリョウと何かあったな?---って、私は思ってるんだけど」
「何かって?」
「リョウと唯香って---高校生の時から付き合ってるのよ」
意外な話に私は驚いた。え?でも、今日の2人ってどう見てもそんな感じじゃなかった。むしろ、初対面みたいな顔していたし。
真帆さんは笑って話しを続けた。
「でも、この事を知ってるのって、私と瑛くらいだから。他の人は誰も知らない。それで、今日の撮影は私達が来る様にリョウから話があったの。もしかしたら、私や瑛には何か話してくれるんじゃないかって思ったんじゃないかな?」
そうだったんだ。リョウさんと唯香さん---確かにお似合いの2人だ。
「私たちの事も無視するから、リョウはメイちゃんなら何か聞いてたりするかなって思ったのかもね。唯香って意外に人見知りで、友達もなかなか作れない子だから。あ、リョウには私が言った事内緒ね!」
真帆さんはそう言うとウインクした。瑛さんは横で黙って聞いていたが、私を見て苦笑した。
「メイちゃん、ごめんね……折角、親睦の為に呼んだのに、変な話聞かせて」
瑛さんが申し訳なさそうに言った。
「いえ、皆さんと仲良くなれて嬉しかったです」
私は本心からそう答えた。
その一方で、私は一向に鳴らない自分の携帯をずっと握りしめていた。
さっきから何度か席を外した時に、朝倉君に電話を掛けているんだけど、呼び出し音ばかりで出る気配がない。折り返し掛かってくるかと期待しながら待っているのに……今も着信履歴には彼の携帯番号は無い。メールで『今、どこですか?気づいたら連絡下さい』って入れてもあるのに………もしかして、無視されてる?---その事実に思い当り、心がチクッと痛くなる。
さっき、私が何も言わず帰ってしまったから怒ってる?
不意に中学校の時の事を思い出し、気持ちがざわついた。
どうしよう?このまま、喧嘩したままだったら……
そう思うと、居ても立っても居られなかった。
席を立ち、カラオケルームを出て通路で携帯を開いた時、リョウさんが戻ってきた。
私は携帯を持ったまま、リョウさんを見る。
「どうしたの?焦ってるみたいだね」
リョウさんが首を傾げながら私を見た。
「あ、いいえ……」
「もしかして、朝倉さん?」
リョウさんの言葉に私は驚いて彼を見た。
「何で?」
「ごめんね、さっきスタジオで2人の会話を聞いちゃったんだ……君たち付き合ってるの?」
「いいえ、そんなんじゃないです---【アンジェリア】の仕事の時は朝倉く…さんが送迎をしてくれる事になっているので」
私がそう答えると、リョウさんは怪訝な顔をした。
「……それにしては、2人の会話って痴話喧嘩をしているカップルのものだったよ?」
「なっ……違いますっ!リョウさんの聞き間違いですっ!」
顔が赤くなるのが分かる。
そんな私を、リョウさんは面白そうに見ている。
「メイちゃん、朝倉さんの事好きでしょう?」
何で?そんなに私って分かり易いの?
焦っている私にリョウさんは優しく答えた。
「だって、メイちゃん---撮影の時、朝倉さんの事目で追ってたでしょう?俺、近くにいたから君の目の動きで判っちゃっただけだよ」
あぁ………穴があったら入りたい。
思わず俯いた私に、リョウさんは更に言葉を続けた。
「大丈夫、たぶん気づいたの俺だけだから。気にしないの」
そんな問題でもないです。リョウさんにバレたんですから。
「絶対、誰にも言わないで下さいね?」
私が念押しをしたら、リョウさんは首を傾げた。
「彼に言わないの?」
その言葉に私は否定するように、思いっきり首を振った。
「言いません!彼は私の事、何とも思ってませんからっ!---むしろ、迷惑になりますっ」
「そんなことないと思うけど?」
「とにかくっ……お願いします。リョウさん、内緒にしてて下さい」
必死に訴える私に同情したのか、リョウさんは安心させる様にほほ笑んだ。
「分かった。言わないよ---でも、もし相談したい事があったら俺に言ってね?力になれるかもしれないよ」
「はい、ありがとうございます」
私はホッと息をつくと、リョウさんに頭を下げた。
カラオケ屋の前で3人と別れると、私はその足で朝倉君の家へと向かった。
結局、彼から電話は来なかった---それが私を不安にした。
どうしよう?仲直り出来なかったら?
そんな思いのまま、彼の家のインターフォンを押す。返事が無い---ドアへ耳を押し当ててみる。人の気配がしない。
時計を見ると夜中の1時を過ぎていた。こんな時間までどこへ?
私は朝倉君のプライベートを知らない事に気づいた。
どうしよう?帰る?それとも---帰るかどうか分からないけど待つ?
しばらく考えて、私はマンションの入り口で待つことにした。
1時間位そこに立ってたと思う。ふと私を呼ぶ声が聞こえて振り向いた。
朝倉君は驚いた様に私を見ていた。お酒を飲んでいるようで、顔が少し赤い。
「良かった、家にいないみたいだったからどうしようかと思ってたの」
「何で?---」
意外というような声で言われ、私は怒ってはいないのかな?と少し安心して笑顔になった。
「だって、自分で帰る時電話しろって言ったくせに、電話に出ないんだもの。私の事すごく怒ってるんだと思って、カラオケ出て真っ直ぐここへ来たの---さっきの事、謝りたくて」
私がそう言うと、朝倉君は慌てて自分の携帯の画面を見た。そして、申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「ごめん---吉澤主任と2人で飲んでた」
彼の言葉に私はホッと息をついた。
「良かった。また、昔みたいに喧嘩したままは嫌だったの」
「俺の方こそごめんな。変な事言って」
朝倉君は少し俯きながら謝った。
「ううん、でも吉澤さんに言われたからって、律儀に送り迎えしてくれなくていいよ。自分で行けるときは行くし、帰れる時は帰るから。朝倉君、自分の時間がなくなっちゃうよ」
私は前から気になっていた事を言った。別に送迎してくれなくても、まだ明るい時間とか電車が多い場所へなら自分でも行けるし、朝倉君だって仕事で忙しいんだから無理してほしくない。
「大丈夫だよ、気にするな。もし、無理な時はちゃんとそう言うから」
朝倉君は私を安心させる様に、笑って答えてくれた。それを見て私も頷く。
「うん、そうして……じゃ、私、帰るね」
「……ああ」
とりあえず仲直り出来た事で、私は安心した。朝倉君に笑顔で手を振り、帰ろうと彼へ背を向けたその瞬間---私は朝倉君の腕の中にいた。
「---えっ、ち、ちょっと朝倉君!」
いきなりの事に私は焦って、彼の腕の中から逃げようとした。すると彼は更に私の身体を強く抱き締めた。
な、何っ!どうなってるの?朝倉君、何で?私を抱き締めてるの?!
私は軽くパニックに襲われた。
だけど、どんなに逃げようと試みても彼の腕の力は弱まらない。私は観念して彼の身体に自分の身体を預ける様に力を抜いた。
彼から微かにお酒の匂いがした。
スーツ越しに彼の体温を感じる。
今だけいいよね?自分の事を好きで抱きしめてくれてるなんて思いこんでも。
しばらくすると、朝倉君はそっと私を離してくれた。
「ごめん……少し酔ってるみたいだ」
私は恥ずかしくて、彼の顔を見ることが出来ず横を向いてしまった。
「あぁ、びっくりしたぁ。もう、お酒飲みすぎだよ、気をつけてね。それじゃ」
朝倉君の視線を感じて、私は挨拶もそこそこに慌てて大通りへ向かって走った。
大通りまで来ると、私は歩調を緩めた。
朝倉君、何かあったのかな?
先程の彼の行動が不可解で、私はその晩、結局眠れなかった。




