【ディア】との撮影
月1回の【アンジェリア】の企画会議の日。
私はいつも参加するようにしていた。本当は参加しなくてもいいらしく、唯香さんは今回も来ていない。
今回の企画は、人気ファッション雑誌【ディア】と【アンジェリア】のコラボで、【ルージュ】と【ブラン】の服を着て、【ディア】のモデルと一緒に撮影するというもので、インタビューも入るらしい。
「で、【ディア】の方からは、『真帆』と『リョウ』、『瑛』が出てくれる事になった」
吉澤さんがホワイトボードに書き込んでいく。
「雪村、【ルージュ】と【ブラン】のメンズをこの企画用で準備出来るな?」
吉澤さんの言葉に雪村さんが頷いている。
「大丈夫−−−各々5着づつ、今製作してるから」
「……よし、おい田辺、【ディア】の担当とは話し合い出来てるよな」
田辺さんは温厚な感じの男性で、どうやら彼が今回担当しているみたいだった。
「はい、カメラマン、ヘア、メイク−−−全てうちが指定していい事になりました」
田辺さんの答えに満足そうに頷くと、吉澤さんは私の方を見た。
「メイちゃん−−−」
いきなり呼ばれて、私は慌ててしまった。
「は、はいっ?な、何ですか?」
吉澤さんは一瞬、言うのを躊躇ってから私へ笑いかけた。
「あのさ、今度の撮影ってリョウや瑛との一緒の撮影が多いんだけど、メイちゃん大丈夫?」
「…と、言うと?」
何故か嫌な予感がして、思わず不安な顔をしてしまった。
「そうだなぁ…カメラマンの意向にもよるかもしれないけど、【ルージュ】ってどちらかというと、大人なイメージだから、セクシーさを求められるかも…まぁ、キスくらいは覚悟しててくれた方が---」
え?……キス?
私が吉澤さんの言葉を心の中で反芻していると、雪村さんが立ち上がった。
「ちょっと、吉澤君!メイちゃんにそんなことさせないわよ。メイちゃん気にしないでいいから。私がそんな事させないからね!」
雪村さんは私を安心させるように言ってくれたけど……
ちょっと待って下さい。キスって、みんなの前で---それも朝倉君もいる前でやるのぉ?
「---私、大丈夫ですよ。カメラに向かってするフリだけですよね?」
祈る様に恐る恐る吉澤さんに尋ねてみる。彼は困った様にうーんと唸っている。
「カメラマンがどう言うかなんだけどね。俺も判らない…ただ、覚悟はしててほしいかな」
「判りました」
吉澤さんの返事を聞いて私は半分諦めの気持ちで答えた。
会議が終わって帰ろうとすると、朝倉君が私に話し掛けてきた。
「メイ、車を表に回してくるから待ってて」
彼はそう言うと、車を取りに駐車場へ向かう為会議室を出て行った。私はその後姿を見ていたが、雪村さんが朝倉君に話し掛けているのが見えた。
2人は何か話をしていたが、雪村さんが何故か怒った様に行ってしまった。
何があったんだろう?
気にはなったが、結局朝倉君には聞けなかった。
「……うっ、美味しい!久々だわ…手作りのご飯」
朝倉君の作ったご飯は相変わらず美味しくて、私は思わず声に出していた。
「お前、飯はちゃんと食べろよ。今は忙しいんだから、体力はつけとかないと」
「---わかってるんだけど、外食や弁当が多いから」
「自分で作れよ」
「家に帰ったら即、眠ってるし。それに朝倉君みたいに上手くないもん」
どうせ、女らしくないですよ。私は拗ねたように言う。
「とりあえず、保存食作ってあるから持ってけ。これとご飯だけでも少しはましだろう?味噌汁くらいは自分で作れ」
そう言って朝倉君は、何個かの容器を紙袋に入れて私へ差し出した。
「え?いいの?ありがとう!助かる----朝倉君いい旦那さんになるわね…奥さんになる人が羨ましいな」
本当はそんな事、考えたくもない---朝倉君が誰か他の女性と結婚なんて---
「そうだな、いつになるか判らないけど」
彼が言った言葉で、自分が傷付いたのがわかる。自業自得なんだけど、泣きたくなった。それでも無理して笑う。
「大丈夫、朝倉君の奥さんになりたがる人は沢山いるよ」
私って意外に自虐的だったんだ。
心の中でぼんやりとそんな事を思う。
その後はたわいもない話を夜更けまでして、私は朝倉君に家まで送ってもらった。
【ディア】との撮影当日。
私と唯香さんは、時間前にはそれぞれのブランドの服を着てスタジオに入った。
「おはようございます」
元気に挨拶しながらスタジオに入って来たその人は、爽やかな笑顔を浮かべスタッフみんなに会釈をしていた。その後から2人の男女が挨拶しながらスタジオへ入ってきた。
最初に入って来た彼が、私と唯香さんの方へ歩いてくると手を差し出した。
「はじめまして、リョウです。2人と撮影一緒に出来て光栄だよ。今日はよろしく」
「あ、はじめまして。メイです。今日はよろしくお願いします」
私はそう言うと、彼の手を取り握手した。
彼はニコッと笑うと、手を握り返してきた。
そして唯香さんの方へも手を差し出したが、彼女はその手を無視した。
「早く撮影を始めましょう。時間が勿体ないわ」
唯香さんの一言で、撮影が始まった。
残りの2人---瑛さんと真帆さん---とも私は挨拶したけど、唯香さんはリョウさんの時と同じ様に無視していた。
私はその光景にハラハラしたけど、3人は全く気にしてない様子で撮影には何の影響もなかった。その事に私は少しほっとした。
唯香さんとは瑛さんと真帆さんが一緒に撮影に入った。
白い服の唯香さんと、淡いベージュのスーツに淡い綺麗なピンクのシャツを着た瑛さん、彼のシャツと同じピンクの服を着た真帆さんは、唯香さんを引き立てるように見せている。
唯香さんは今日も清楚で、綺麗だった。
私はリョウさんが一緒だった。私はボルドーのドレスに、リョウさんは黒のスーツに着替えていた。さきほどのにこやかな表情とは違って、彼は大人の男の顔をしていた。その表情に不覚にもドキドキしてしまう。
撮影は順調でカメラマンさんの指示で、リョウさんは私の腰に腕を回し、身体を引き寄せて顔を近づけてきた。
うー、近すぎます。顔が赤くならない様に意識を集中した。
運よくキスだけは免れたので少しホッとした。いくら撮影でもやっぱり、キスは無理だなと思ってしまう。
撮影が終わり、その後5人で対談という形でインタビューが行われた。撮影の感想や服の印象や着た感想などをそれぞれがコメントし、それが済むと今日の予定は全て終了だった。
唯香さんは次の仕事が入っているという事で、インタビューが終わるとすぐに帰ってしまった。
そして私はインタビューの後、リョウさん、瑛さん、真帆さんの3人に誘われて、親睦会を兼ねたカラオケに行く事になった。
そのことで、まさか朝倉君と喧嘩になるとは思いもしなかった。




