友達として……
翌日---朝10時に彼は私のマンションまで迎えに来てくれた。
私は、その数分前に入口で彼が来るのを待っていた。
「おはよう、家で待ってればいいのに…着いたら電話するつもりだったし」
助手席に乗り込んだ私に、彼は呆れたように言った。
「うん、何か早く起きちゃって。家にいても落ち着かないから」
本当は緊張のあまり、一睡もしてなかった。それでも彼に向かって笑いながら答えた。
「……もしかして、寝てないとか?」
彼が訝しげに訊ねたので、慌てて首を振る。
「ううん、ぐっすり眠ったよ!むしろ寝過ぎたくらい?」
そう言う私の顔を、疑わしそうに見ながら彼は、ゆっくりと車を発進させた。
「ところで朝倉君……連れて行きたい所って?」
車が走り出してしばらくして、私は彼にさっきから聞きたかった事を尋ねた。
「…着いてからのお楽しみ」
彼が前を見ながらそう答えので、私は思わず『ケチ』と呟いて窓の外を眺めていた。
するとさすがに一睡も出来なかった身には、車が走っている時の揺れが何とも心地良く、私はいつの間にか深い眠りに落ちていた。
「おい麻生、起きろ!着いたぞ」
肩を揺すられて私は眠りから覚めた。
「うーん…どこ?……」
ゆっくりと目を開けて、辺りを見回す。
そこは隣の県に新しくできたコミュニティセンターだった。
「え?ここ?」
思ってもいなかった意外な場所に、私は目を丸くした。
「そっ、ほら早く降りろよ」
「あ、待ってよ!」
朝倉君はすたすたと先に歩いて行く。それを見て私は慌てて車から降りた。
建物の中に入ると、彼はエレベータールームへと向かった。
「ねえ、一体どこに行くの?」
エレベーターが下りてくるのを待ちながら、私は彼に問いかけた。
「うん…来るの迷ったけど、どうしても麻生と来ないとだめだと思ったから----あ、来た」
扉が開くと朝倉君は中に乗り込み、私が乗るのを待ってから最上階のボタンを押した。
それを見た私は、エレベーター内の案内板から最上階の表示を探した。
「……え?プラネタリウム」
私は思わず朝倉君の方を見た。
「何で?」
中学の時の事を思い出す。あの時、行かなければ良かったと何度も後悔した−−−
「あの時、プラネタリウムに行ったのがきっかけで、俺達気まずくなっただろ?だから、もう1度お前と見に来て、あの時の事がリセット出来たらと思って…」
彼は真剣な顔でそう言うとじっと私を見た。
−−−彼も後悔していたの?−−−
私は、お互いあの日の事をずっと気にかけていたんだと思い、彼に笑いながら頷いた。
「うん、解った」
そして最上階のフロアに着いた。
ここは最新式の機種を設置していて、内装も綺麗だった。
「うわー、今のプラネタリウムって綺麗なのね」
私が辺りを見回しながら呟くと、朝倉君はふっと微かに微笑んだ。
上映が始まり天井に現れる四季折々の星座を見ながら、私は彼が言っていたリセットの意味を考えていた−−−
上映が終わり建物から出ると、私達は駐車場へと歩いていた。
「やっぱり、最新式は違うわねー綺麗だった!」
私がそう言って朝倉君の方を見ても、彼は何も言わなかった。
その沈黙が気になり、私は更に話し掛ける。
「どうかしたの?気分が悪いとか?それともお腹空いた?」
「いや……そうじゃなくて…麻生、実は俺…お前に話したいことが……」
そう言って躊躇っている彼に私は問い掛けた。
「何?」
彼は一瞬緊張して、それから覚悟した様に話し始めた。
「俺、ずっとお前に謝りたかった。昔、お前に向かって『背の高い女は好きじゃない』って言ったこと、すげー後悔した。本当はすぐにでも謝りたかった。だけど、意地になっていて結局謝れないままお前が転校してしまって……」
私は彼の話をじっと聞いていた。
「だから今更だと思うけど、謝りたいんだ。嫌われているのは分かるけど---」
「私、朝倉君の事嫌った事ないわよ!」
何で?彼は私が嫌ってると思ってるの?
私は即座に否定した。
「え?だけど、時々気まずそうな顔するよな?」
彼は問い掛ける様に私を見た。
「それは…」
言えない−−−自分の気持ちをもて余して、ついそんな顔をしているなんて。
私が答えに詰まっていると、彼は話を続けた。
「出来れば昔の様に、友達として付き合っていけたらと思って…」
「友達…?」
私は小さな声で囁く。
彼は頷くと更に話を続けた。
「麻生、あの時は本当に悪かったと思ってる−−−ごめん!」
朝倉君はそう言うと頭を下げた。
「ち、ちょっと、朝倉君!やめてよ、もう私は気にしてないから…」
その姿に私は焦ってしまった。
「それに、私だって酷いこと言ったし---お互い様だよ」
「でも、お前は謝った。俺がそれを受け入れなかっただけだし」
申し訳なさそうに言う彼に、私は首を振る。
「ねえ、もう忘れよう。昔のことだし。それに朝倉君の言ったことは間違ってないよ」
「は?」
朝倉君は意味が解らないという顔をして、私を見つめた。その視線が痛くて、私は自嘲気味に笑みを浮かべた。
「男の人は、背の高い女の子よりも、背の低い可愛い女の子の方が好きよ。私の元彼も結局はそういう子を選んだもの…だから、朝倉君の言葉は正し----」
「馬鹿っ、んな訳ないだろう。男がみんなそうだとは限らない!お前の良さが解らない元彼が馬鹿なだけだよ。頼むから自分を卑下するな……今はみんなが注目するくらいの『いい女』になったんだから。自信持てよ」
本気で怒っている様子に私は驚いてしまい、つい彼の顔をまじまじと見つめた。
「ありがとう…でも、ちょっと照れくさいんだけど。朝倉君に『いい女』って言われるの」
意外な言葉に照れてしまい、そう言って笑った。
その言葉に彼が赤くなるのが分かった。
そんな彼を見るのは初めてで、私は心がふわふわとする感じについ笑い出した。
「ねえ、お昼何食べに行く?私、朝早かったからお腹空いたんだけど」
「あ…ああ、近くにイタリアンの美味しい店があるらしい」
「イタリアン?やった!私、大好き。早く行こ!」
この話は終わりとばかりに、私は昼食の話をしながらそのまま車へと向かった。
イタリアンは本当に美味しかった。それでつい、デザートまで食べてしまった。
私が食べすぎたと気にしていると、朝倉君は可笑しそうに笑った。
「ひっどい、人が真剣に悩んでいるのに…笑うなんて!」
「どこが?あんだけ美味そうに食ってたじゃないか。いいんじゃない?たまには」
確かにそうだ。今更どうしようもない。
「そうだね、明日から少し控えればいいか」
食事が終わった後、近くにあるショッピングモールへ行こうという話になった。
別に何かを買うといった目的がないまま、2人でいろんな店を覗いてまわった。
「あ、ごめん。少しここで待っててくれる?」
「何?どうかした?」
私は朝倉君にごめんとジェスチャーで謝り、来た道を戻る。
角を曲がった所に可愛い雑貨を扱っているお店があって、さっきそこで『あるもの』を見つけた。
それを買うために私は急いでお店に入ると、その『あるもの』を手に取りレジへと向かった。
「ご、ごめんね、遅くなって」
思ったよりも時間がかかってしまい慌てて戻ると、彼はベンチに座っていた。
「いや、別にそんなに慌てて戻って来なくてもいいのに」
彼は笑って立ち上がった。
しばらく辺りを散策していたが、夕方になったので帰ろうと駐車場へと戻った。
車の中では他愛もない話をして、帰りの道は和やかだった。
朝倉君は、車を私のマンションの前で止めてくれた。私は先程から手の中に握りしめていた『あるもの』を彼の目の前に差し出した。
「何?」
「手……出して」
彼は首を傾げながら手を差し出す。
大きな掌に私は握りしめていた『あるもの』をゆっくりと落としていく。それはまるで銀色の雫のように彼の手の中へと落ちていく。
それはシルバーで出来た、地球をモチーフにしたストラップだった。これを見た時、朝倉君に上げたいと思って買いに戻った。
「え?これ……」
驚いた様に朝倉君は私を見た。
私は恥ずかしくなって助手席から降りると、ドアを閉めて窓越しに手を振る。
「今日のお礼。さっきショッピングモールで見かけて、朝倉君にぴったりだと思ったから---プラネタリウムに連れて行ってくれた事、わざわざ昔の事謝ってくれた事……全部嬉しかったから。大丈夫、私達友達でいられるから。もう昔の事は忘れて---」
「麻生…」
私はマンションの入り口まで行くと振り返った。
「じゃ、また今度。次は仕事だね」
「ああ…じゃ、またな」
彼が車の中から手を振ってきた。私は笑顔で応えるとマンションの中へと入っていく。
部屋の中に入って、私は自分が泣いている事に気づいた。
その日---やっぱり彼にとっては、私は友達以上の存在には成りえないのだと思い知った。




