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神の代行者  作者: 粉雪草
3/8

-戦場に咲いた小さな花- 3

 白銀色の雪がとある村に降り続く。地面はすでに雪で覆われている。真っ白な世界が赤い絵の具をこぼしたように汚れる。それは人の血だ。

 黒いローブを被った男達が村人をその手に持った剣で切り裂く。また真っ白な世界が赤く汚れた。その作業を男達がもくもくと続ける。

「止めなさい!」

 凛とした声が村に響く。同じローブを纏った少女が村の入り口で叫んでいた。歳は15、6だろう。身長は目視で160前後。男達はうっとうしそうにその少女を見た。

「……こいつらは犯罪者だ。斬って何が悪い」

 真ん中の男がその少女を睨む。フードを被っているため表情を判別するのは難しい。だが、その口調からは少女に対する敵意が感じられる。

「彼らはザイフォスで裁くべきです。 ……と言っても伝わらないですよね」

 少女は地面を駆ける。男達は武器を構える。

「我が五感を捧げ……」

 少女がつぶやく。男達はそれぞれの武器を構えて臨戦態勢だ。倒さなければ自分が死んでしまう。

「……信じる道を切り開く力を!」

 少女は異界の門を左右に開く。右手に太刀を、左手に刀を持つ。敵の数は六人。各々は少女に向けて駆けてくる。

「……瞬撃……!」

 少女が叫ぶ。刹那、少女の姿が消える。男達が目を見開く。そして、気づいた時には体を斬られていた。六人の男が倒れる。高速の6連撃。それがこの少女のよく使う基本技だ。少女は刀を一度振って刀についた血を払う。

「ツバキ、先行しすぎだ」

 ツバキと呼ばれた少女の後ろから同じローブを纏った筋肉質の男が現れた。歳は20くらいだろう。

「ゆっくりはできません。急ぎましょう、ゼファー」

 ツバキはゼファーと呼んだ筋肉質の男に先を促す。

「後はこいつらをザイフォスに送るだけだろう」

 村で震えている者を睨みつけた。この村は城塞都市ザイフォスの北東に位置する村だ。ザイフォスのスラム街から税を払えない者を引き取り、過重な労働を強いていた。

その証拠を掴んだ強行派の代行者が即座に介入した。過重労働の命令をしている者を狩り、働かされている者を解放するためだ。ツバキ達が所属する穏健派は過重労働の命令をしている者を捕らえ、ザイフォスで裁く事を目的としている。穏健派は代行者の能力を使い自らが裁くことはしない。あくまで市民が裁く事を優先している。

 二つの派閥の考えは違い幾重にも衝突を繰り返している。中には代償を払うことで常人を超えた能力を発揮することができる代行者同士の苛烈な戦いの中で命を落とす者もいた。そのため最近では衝突する機会も増え、顔を合わせただけで戦いになる事もある。弱き者を守るために自ら犠牲を払う。想いは同じ。でも、お互いの顔を見ただけで戦う。そんな状況がもう数十年続いているらしい。

「他の強行派が来たら厄介です」

「ふむ。強行派如きで代償は払いたくはないな」

 腕組みをしながらゼファーが頷いた。ツバキも頷く。刀を残った者に向ける。

「指示に従い、ザイフォスまで来なさい!」

 鋭く凛とした声が村に響く。それを聞いた者は抵抗を止めた。代行者に一般の者は敵わない。それだけ能力差がある。安心して刀を下ろした時に雪を踏む音が後ろから聞こえた。とっさに振り向く。

「今回はそちらの方が早かったようだな」

 黒いローブを纏った男。身長は180前後。低い声ではあるが柔らかさを感じさせる不思議な声だった。ツバキとゼファーが武器を構える。

「代行者、シラヌイ!」

 ツバキは叫んでから地面を駆ける。最大の速度で太刀を横薙ぎに振るう。

「おっと」

 シラヌイと呼ばれた代行者はその刀を半歩下がって避けた。追撃のために左手に握る刀を振り下ろす。だが次の瞬間には刀を防がれていた。漆黒の大鎌が男の手に握られていた。ツバキの頬に汗が伝う。

「武器を収めてくれると助かる」

 シラヌイはツバキの胴にナイフを向ける。この距離だ、避けられない。速さに関してはこの代行者には勝てないのだから。

「……なぜ殺さないのですか」

 ツバキは顔を落としてつぶやいた。これで見逃されたのが5回目。五回も殺せる機会があったのだ。

「心が真っ直ぐな者を殺したくはない」

 シラヌイは笑顔で言った。フードで見えにくいが確かに優しそうな笑顔が見えた。

「……あなたはいつもそうやって笑っていますね」

 ツバキは一度後ろに飛んだ。それから異界の門に武器を戻す。その後ろではゼファーが武器を構えている。

「どうしたい?」

 ゼファーはシラヌイを睨みながら言った。

「ザイフォスで裁くのだろう? 無罪で解放されたら狩りにいくさ」

 それだけ言ってシラヌイは背を向けた。

「貴様ならここにいる者を全て狩る事ができる。なぜしない?」

「その必要がない。俺は……」

 シラヌイが二人に振り向いた。

「この無駄な争いを止めたい。二つの派閥を一緒にすることでな」

 シラヌイは笑っていた。その笑顔は夢を見る少年のようだった。もう30歳であるというのに夢のような事を語る男だ。だが言葉だけではなくこの男を中心にして派閥の溝が埋まっているのも確かである。

「ゼファー……私は分からなくなる時があります」

「……俺もだ」

 ゼファーは腕組みをして一度瞳を閉じた。それからすぐにシラヌイに背を向けて歩き出した。



 翌日。ツバキはザイフォス西にある穏健派本部の教会の自室で目覚めた。起き上がり鏡を見る。髪が少し伸びてきた気がする。ツバキの黒い髪は肩くらいの長さである。少し前は首辺りだった気がする。そんな事を考えていたらノックの音がした。

「はい」

 ツバキの声を聞いてドアが開いた。茶色の髪を腰まで伸ばした18歳前後の女性が部屋の前に立っていた。同じ教会に所属するイレイナだ。

「起きてたみたいだねー」

 落ち着いたというよりのんびりした声が部屋に響く。この人物はいつものんびりしている。この世界が全てイレイナになれば争いなんて起こらないだろう。

「何か用ですか?」

 こちらから切り出さないととんでもなく時間がかかる。

「うん。一緒にご飯でも作ろうと思って」

 イレイナが笑顔を向けた。ツバキも笑顔を浮かべる。動きやすいラフな恰好の上にイレイナから受け取ったエプロンを巻く。終始笑顔なイレイナに続いてツバキも歩く。途中でゼファーに出会う。大人二人が通るには少し狭い通路だ。ゼファーのような大きい男性とすれ違うにはやや狭い。

「む……」

 ゼファーが体を窮屈そうに通路の隅に背を向けるようにして張り付く。

「ありがとうございますー」

 イレイナがのんびりとお礼を言った。ツバキは一つ会釈した。

「なあ……」

「どうしました?」

 ゼファーが小声でツバキに話しかける。ツバキは小首を傾げて質問する。

「たまにイレイナが心配になる時があるんだが」

 イレイナのあののんびりとした性格が心配なのだろう。

「私もたまに思います。でも、腕は確かですから大丈夫だと思います」

 ツバキは苦笑を浮かべた。

「ふむ。そうか」

 ゼファーはそれだけを言ってまた歩き出した。ゼファーは筋肉質で恐そうなイメージがあるが仲間想いである。いつも仲間を気にしている所があり、その優しさに何度か救われている。ツバキとゼファーはこの教会に入ってからの付き合いである。ツバキは8歳で能力に目覚めた。能力の使い方が分からず困り果てていた時にこの教会に拾われたのだ。思い返せばもう8年の付き合いだ。イレイナはこの教会からさらに西にある大聖堂所属の代行者だ。たまにしかこの本部に顔を出さない。そのためにこの教会ではツバキとゼファーの二人でいる事が多い。あまりにも長くいるので結婚しないのかと聞かれる事もあるが二人にはその気は全くなかった。お互いの事を嫌ってはいない。どれだけ一緒にいても不快感はない。安心する事もある。だが、共に人生を歩む相手ではないのだ。仲間としての切れない絆があるだけなのだ。

「どうしたの?」

 考え事をしていたらイレイナに顔を覗き込まれた。ツバキが驚く。

「少し考え事です」

 ツバキは慌てて平静を整えた。いらない勘繰りをされたらたまらない。イレイナが勘違いしたら大変だ。思い込んだら訂正するまでかなりの時間を使ってしまうからだ。表情を引き締めてから台所に立ったツバキであった。



 城塞都市ザイフォス。騎士の国と呼ばれるこの大陸最強の国である。ザイフォス住民街の真ん中に一つの教会がある。強行派の教会だ。

 ブロンドの髪をした修道女が慎重に料理を運ぶ。8歳ではあるが料理もナイフの腕もかなりのものである。まだ体が成長しておらず料理を運ぶのは大変らしい。

「エレナ、手伝うよ」

 シラヌイは笑顔を浮かべて他の料理を運ぶ。

「ありがとう、シラヌイ」

 エレナと呼ばれた修道女がはにかんだ笑顔を浮かべた。

「お前は誰にでも優しいな」

 白髪の男性がシラヌイを見て溜息を混じりに言った。長い髪を後ろで縛った細身の男だった。年齢はシラヌイと同じで30歳。だが、能力を使う度に老けてしまうため見た目は40歳くらいに見える。

「ゼラルドも手伝って下さい」

 エレナが頬を膨らませる。

「料理を教えてやったんだ。それでいいだろう」

 ゼラルドは腕を組みながら料理を待つ。シラヌイとエレナが長机に料理を並べる。

「ゼラルドが料理をできる事が私には衝撃です」

 ゼラルドの左に座っている神父が苦笑した。

「ふん。料理くらいは基本だ」

 ゼラルドが並べられた料理を見る。エレナが緊張した顔でゼラルドの顔を見る。並べられたのは硬そうなパンと、クリームシチューだ。

「見た目はよし。後は……」

 シチューを口に入れた。味を確かめる。エレナが緊張した顔で見つめる。

「80点」

 味の評価を出した。エレナは驚いた顔をしてから自分もシチューを口に入れる。難しい顔をした。

「どれどれ」

 シラヌイも席についてシチューを口にする。

「100点だ」

 シラヌイは満面の笑顔を浮かべてエレナを撫でる。神父も口に入れてから微笑んだ。エレナは頬を赤らめて微笑む。

「お前達……甘やかせすぎだ」

 ゼラルドが鋭くシラヌイと神父を睨む。エレナが怯える。

「ゼラルドが厳しいんだ」

 エレナを抱きしめながらシラヌイがつぶやいた。

「シラヌイ、いいのです。ゼラルドは厳しいけれど……優しいですから」

 エレナは微笑んでゼラルドを見た。この子は賢いとゼラルドは思う。厳しくするのはエレナのためだと分かっている。この年齢で分かるのだから将来が楽しみだとゼラルドは思う。

「そういえば……仕事の話があるんですよ」

 神父がポケットから一つの紙を取り出した。

「ほう」

 ゼラルドが紙を受け取る。東国の騎士が不穏な動きをしており、騎士を先導する者の中に赤いローブを纏った人物がいる。

「赤いローブを纏った男……」

 ゼラルドは一度瞳を閉じた。シラヌイは首を傾げた。二人とも記憶にはない。

「やはり分かりませんか。という事で調査に行こうと思いましてね」

 神父が落ち着いた顔をして二人を見た。二人は頷いた。

「穏健派も動くかもしれないな」

 シラヌイは表情を引き締めた。最近は二つの派閥の動きが活発である。遭遇する可能性は高い。

「あんな者達、斬ればいい」

「それでは駄目だ。協力できる事は協力しなければ」

 挑戦的な笑みを浮かべるゼラルドと、それを止めようとするシラヌイ。いつもの光景だ。神父は溜息をついた。

「ふん。貴様はいつもそうだな」

 ゼラルドがシラヌイを睨む。

「俺は変わらない。いつか二つの派閥を一緒にしてみせる」

 シラヌイは真っ直ぐにゼラルドを見た。

「二人ともそこまでです。仲間で争わないで下さい。食べたら行きますよ」

 神父が一度手を叩いた。二人は黙って席についた。食事が開始された。



 ツバキは黒いローブを纏った。フードは被っていない。ツバキはこのフードが嫌いだ。視界を遮るからである。

「場所はザイフォス北の村だ」

 後ろを歩くゼファーが目的地を告げた。そこで不穏な動きをする東国の騎士達がいる。その中に見慣れない赤いローブを纏った男がいるらしい。その情報の真偽を確かめるためにツバキとゼファーが動いている。イレイナは指示を求めて大聖堂に帰還している。

「おそらく強行派とも会うだろう」

「そうですね。次は負けないです」

 ツバキは真っ直ぐに前を見た。強行派と聞いて自然にシラヌイの顔が思い出された。あの笑顔が、あの優しさがツバキは嫌いだった。戦士として甘すぎる。

「奴と会うかは分からないのだぞ」

 ゼファーが溜息をついた。ツバキは一度ピタリと止まった。ぎこちなく振り向く。

「まあ、そうですね」

 なぜそこまであの男が気になるのか不思議だった。出来れば会わない事を祈ってツバキは前を再び歩き出した。



 ザイフォスから北に向けて数時間で一つの村がある。その村はザイフォスの政策に反発した者が住む村である。その村からさらに北にある村や東国に作物を売って生計を立てている村で畑が多い。村人は農具を片手に歩いており、その服は砂で汚れていた。戦いとは遠のいた村に東国の騎士達が入ってきた。村人は見慣れない鎧に戸惑った。

「この村に何の用ですか?」

 60歳を超えた村の代表が先頭を歩く赤いローブを纏った男に質問した。

「用か……。簡単な事だ。その命をもらう」

 低い声でつぶやいて赤いローブを纏った男が剣で村の代表を貫いた。そして、捨てるように横薙ぎに剣を振るう。代表は力なく倒れた。

「まずは一人」

 赤いローブを纏った男はローブの中から黒いオーブを取り出した。そのオーブが禍々しく光る。すでに死んでいる代表が黒い光に変わり、オーブに吸い取られる。

 その光景を見た村人は駆け出した。むろん逃げるためだ。

「さあ、殺しなさい」

 赤いローブを纏った人物が手を上げる。東国の騎士が騎士剣を抜く。無抵抗な村人は騎士から逃れるように逃げる。それを追う様に騎士が地面を駆けた。



 シラヌイ達がついた時には悲惨な状況だった。地面には血がついており、木でできた家は崩れ、畑は大勢の足跡。まさに廃墟だった。

「なんだこれは……」

 シラヌイの手は震えていた。こんな事は今までに起きた事はない。明らかにやりすぎだ。事の限度を超えている。前を歩くと同じ黒いローブを纏った人物がいた。同じ強行派だ。

「何があった」

 ゼラルドが先を進み質問する。

「さあな。来た時にはこの有様だった。あんた達よりも数分先に来ただけだからな。こちらが聞きたいくらいだ」

 その強行派の男性もこの有様に驚いているようだった。同じ派閥のやらかした事ではないらしい。やはり噂の赤いローブの男が原因らしい。情報交換している時に後ろからまた別の一団が現れた。二人組みだった。先頭を歩いているのは黒い黒髪をした少女。見ただけで分かった。穏健派のツバキだ。

「これは……まさかあなたたちが!」

 ツバキの腕は震えている。ゼファーは鋭く強行派を睨む。

「おい。つまらない言いがかりは止めろ!」

 強行派の男が異界の門を出して臨戦態勢を取る。

「武器を取りますか。やはりあなた達なのですね」

 ツバキが鋭く睨む。自らも異界の門を開く。

「我が五感を代償に捧げ……」

 その中から太刀と、刀を掴む。

「信じる道を切り開く力を!」

 ツバキは刀と太刀を抜いて高速で駆ける。こんな事をする外道を生かしてはおけない。全力で斬るつもりで地面を高速で駆ける。相手の代行者も地面を駆けた。だがその二人よりも速く一人の男が地面を走る。二人の武器が重なる瞬間。その間に一人の男が入った。

「止めろ!」

 シラヌイが叫ぶ。右手の大鎌でツバキの太刀を防ぎ、左手に握るナイフで同じ強行派の男の剣を止めた。二人の力を受け止めて体が悲鳴を上げている。二人は一瞬戸惑う。だがすぐに表情を引き締める。

「止めてくれ!」

 もう一度シラヌイが叫ぶ。二人はどうしていいのか分からないという顔をした。一旦ツバキが後ろに飛ぶ。強行派の代行者は仲間を斬るわけにはいかずに距離を取る。

「あなた達ではないのであれば……どうして武器を出したのですか!」

 ツバキが叫ぶ。

「先に疑ったのはお前だ!」

 強行派の男が叫ぶ。各地でこんなやりとりが繰り返されている。別の派閥を信じようとしない。そして、戦ってしまう。

「本当に止めるんだ」

 シラヌイが二人に言った。シラヌイは異界の門に武器をしまう。ナイフも腰に戻す。武器を持たずにツバキにゆっくりと近づいた。

「話を聞いてほしい」

 真剣な顔でシラヌイが近づく。強行派でこんな事をするのはこのシラヌイという男だけだ。正気ではない。この距離ならツバキなら簡単に斬れる。自らは死ぬかもしれないのに、信じてもらうために丸腰で近づいてくるのだ。自分の事などまるで気にしていない。二つの派閥の事を真剣に考えて行動している。信じてみたいという気持ちがツバキの中で浮かんだ。でも、信じるには確かなものが欲しかった。

 ツバキが地面を駆ける。刀を構える。それを見てゼラルドが地面を駆けようとする。それを神父が止めた。

「必要ありません」

「何!」

 ゼラルドが分からないという顔をしている。このままではシラヌイがやられる。ゼラルドの速度なら防げる。だが、神父はゼラルドの肩を強く掴んだ。珍しく真剣な顔をしている。

「ちっ……」

 ゼラルドは舌打ちをしてから踏みとどまった。



 ツバキが刀を振り上げる。シラヌイはいつもの笑顔を浮かべてツバキを見た。死ぬかもしれないのに笑っていた。自分が死んでもいいのだ。無抵抗で斬られる事で分からせようとしている。強行派にも信じられる人がいるのだと。

「分からない……」

 ツバキがシラヌイに刀が当たる前に止めた。その手は震えていた。震えている手をシラヌイが握った。

「今は分からなくてもいい。だが強行派も穏健派も自分達の正義のために戦っている。こんな残虐な事はしない。決して」

 ツバキは真っ直ぐにシラヌイを見た。いつもの優しい笑顔があった。敵にまでこんな優しい笑顔を浮かべる人間がいる事が信じられなかった。

「分からない!」

 ツバキは握られた手を振りほどいた。それと同時にバランスを崩す。だが倒れる事はなかった。シラヌイが支えてくれた。

「ならゆっくり考えるといい。この場だけは信じてほしい」

 優しい言葉がツバキの耳に届いた。ずっと忘れていた女性の部分がかすかに反応した。それを慌て追い出す。

「分かりましたから。離れてください。私はあなたの優しさが大嫌いなんです」

 それだけ言ってツバキが離れた。武器を異界の門に戻す。顔はほのかに赤い。それを見て強行派の男も武器を収めた。

「必要なかったでしょう?」

 神父がゼラルドに向けて笑顔を向けた。

「まさか本当に止められるとはな……」

 ゼラルドは信じられないものを見るような目でツバキとシラヌイを見た。本当にできるのかもしれないと思った。この男なら。

「さて……お前達でないとするならこの有様はなんだ?」

 今まで黙っていたゼファーがシラヌイに向けて質問した。死体がないのがおかしい。死体を消すには代行者の浄化の力で光に変えるしかないだろう。一般人の仕業ではない。

「おそらく噂の赤いローブの男でしょう」

 神父がゆっくりと歩きながら口を開いた。

「その男が代行者だと……?」

 ゼファーは一度瞳を閉じて考える素振りをした。

「ええ」

 神父が頷く。周りの者も考え出した。もしそうだとするなら説明できるが、それを確かめる手段がない。

「確かめる必要がある」

 シラヌイが強く言った。

「そうだな。その方が早い」

 ゼラルドが頷いた。神父も頷く。穏健派の二人もそれしか方法がないのだろうゆっくりと頷いた。

「また情報を集めます。今は帰るしかないでしょう」

 神父はそれだけを言って帰り道とは違う方向に歩き出した。ゼファーも情報収集のために歩き出した。他の者は一旦戻るしかなかった。



 翌朝。ツバキは目覚めた。最悪の目覚めだった。

「なんですか……あの夢は……」

 今回見た夢が最悪だったのだ。昨日、シラヌイに支えられた事をまた夢で見た。バランスを崩したツバキをシラヌイが片手で支えてくれた。その時の自分の顔は歳相応の少女の顔だった。気にでもしているというのであろうかあの男を。もう一度鏡を見た。少し伸びた髪。女性らしいといえばそうも言える。

「髪……切りましょうか」

 ぼそりとつぶやいた。今は代行者としてしっかり役目を果たしたい。浮ついてなどいられない。ゼファーは情報収集に出かけて帰ってこない。今なら少しは自由な時間もある。そう思った時には体が動いていた。今回は代行者として動く訳ではないのでローブを着ることはできない。私用で強行派と会って戦いになどなったら面倒だからである。移動に馬を使いたいので西国の衣装である袴に着替えた。

 軽食を済ませて馬に乗る。向かうのはザイフォスである。教会で切ってもらってもいいのだが切ってもらう相手がいない。自分で切るのはさすがに難しい。どんな髪型でもいいと思うまで女性は捨てていない。ちゃんとした店で切ってもらうためにザイフォスに行くのだ。

 もやもやした気持ちを振り切るために馬を走らせた。



 シラヌイが住民街を歩いている。手には一切れのメモ。そこには食材が書かれている。エレナに買出しを頼まれたのだ。たくさんの食材を持つことはエレナには無理だ。結局は誰かと一緒にいかなければいけない。それなら男一人で買い物に行って運んできたほうが効率がいい。

「商店街か……久しぶりだな」

 たまには買い物もいいものだと思った。自然と笑顔になる。



 ツバキはザイフォスについて東の城門に馬を止めた。それから住宅街を進む。ほどなく歩いてから会いたくない人物に遭遇した。

 歳は30歳。サラサラの黒髪が目印の長身の男。その表情はいつも笑顔だった。優しさが全身からでている男だ。シラヌイである。

 気づかれないように隅を歩く。だが、すぐにシラヌイは気づいた。無視してくれる事を期待したが、それは無理な話だった。

「これはツバキさん、こんにちは」

 笑顔を向けて話しかけてくる。知り合いにあったら男女関係なく声をかけるのがこの男だ。気さくな性格もあり男女共に人気がある。

「……こんにちは」

 関わりたくないという空気を全身から出した。

「今日はローブではないのだな。その姿の方が似合っている」

 シラヌイはいつもの笑顔を浮かべて言った。ツバキの顔が赤くなる。

「な……なにを言ってるのですか!」

 ツバキが思わず叫んだ。

「そういう恰好もしたほうがいい。まだ若いのだからな。あんな無個性なローブを着ていたらもったいない」

「……なぜ……もったいないと思うのですか?」

 つい気になったので質問してしまった。

「周りに言ってくれる人がいないんだな。ツバキさんは綺麗な方だ。普通の恰好をすればたくさん言い寄ってくる男がいるだろうな。もったいないと思うんだ」

 笑顔のままシラヌイが言った。

「も……もしかして口説いてますか?」

 顔を赤くしてツバキが質問した。綺麗だなんて言われた事がない。

「あはは……それはないだろう」

 シラヌイが笑った。あろうことか腹を抱えている。

「笑う所ではないでしょう!」

 ツバキは頬を膨らませた。

「俺は未婚だが30歳のおっさんだぞ。それがうら若き16歳を口説くなんておかしいだろう?」

 自然に考えればそうだ。ツバキは自分は何を言っているのだろうかと思った。

「そ……それはそうですね。男なんて皆そんなものかと思っていました」

「それは偏見だ。まともな奴もいる。西国の出身なら着物でも着て街を歩いて見るといい」

「なぜ……ですか?」

「言っただろう。ツバキさんは綺麗な方だ。言い寄ってくる男なんてたくさんいる。そうすれば嫌でも男の見分け方が分かるさ」

 たくさん言い寄ってくるかは謎だが、男を見極める目はつきそうだった。

「そこまで言うなら次は着物でも着ましょうかね」

 しばらく着ていない。また着るのもいいだろう。自然と笑顔になった。

「着物は好きみたいだな。おしゃれをするのはいいさ」

 シラヌイが笑った。ツバキも自然と笑っていた。

「……参考までに聞いていいですか?」

「なんだい?」

「私の髪ですが。長いほうがいいですか? それとも短いほうがいいですか? 今日は髪を切りにきたんです」

 なぜか聞いてしまった。どうしても聞きたかった。

「ふーむ。長いほうがいいと思う」

「理由はなんですか?」

 ツバキが詰め寄る。

「なんだろうな。やはり女性らしいと思う。それにそれだけ綺麗な髪だ。伸ばせばさらに綺麗だと思う」

 顎に手を置いて考える仕草をしている。この人は平気で人を褒められるらしい。ツバキの顔がさらに赤くなる。

「そうですか。それなら伸ばしましょうかね」

 ツバキが笑顔を向けた。最初のぎこちなさはもうなかった。

「髪を切りに来たのにか?」

「はい。新しい発見があったのでよしとします」

「そうか。気をつけて帰ってな、ツバキさん」

「はい。あなたも気をつけて、シラヌイさん」

 始めてちゃんと名前を呼んだ気がした。去っていくシラヌイの背中を見て、話せば強行派も穏健派もないのだと思った。いや、あのシラヌイという男だからだろう。彼は自然と人を惹きつける。そんな魅力を持っている。

「本当にできるかもしれませんね、あの人なら」

 自然とつぶやいていた。いつかあの人の隣で同じ想いを抱えて戦える日がこればいいと思った。帰りのツバキは上機嫌だった。



 穏健派の本部教会。時刻は夕方を過ぎて辺りは暗くなっている。ゼファーは自分の身長よりも巨大なドアを開けた。中に入り左のドアを開ける。そこには食事に使う長机と椅子がある。そして、料理を作る台所があった。この時間ならツバキが夕飯を作っていると思ってここを訪れた。

「あ、おかえりなさい。ご飯はもう少しですよ」

 明るいツバキの声が返ってきた。こんなに明るいツバキは珍しい。

「何かあったか?」

「い……いいえ、何もありませんよ」

 ゼファーの質問にツバキが頬を赤らめて答えた。ゼファーの直感が恋愛関係だと告げている。

「……シラヌイに会ったのか?」

「ど……どうして分かったんですか?」

 ツバキが驚いた顔をしていた。

「何年一緒にいると思ってるんだ」

「えっと……八年ですね。もう何でも分かってしまうんですね」

 ツバキが苦笑した。ゼファーに隠し事なんてしても無駄である。顔色一つで分かってしまう。ツバキもゼファーの無表情から気持ちを察することができるのと同じである。

「そうだ。よもや敵に恋するなんてな……」

「こ……恋! 違いますよ。私はあの人の優しさは大嫌いなんですから!」

 そうは言うがツバキの顔は幸せそうだ。ゼファーは止める気はない。ツバキとはただのパートナーでしかない。誰と恋愛しようが構わない。仕事だけしっかりしてくれればよかった。

「大嫌いか。とてもそうは見えないがな」

 それだけを言ってゼファーが食器を並べ始めた。

「もう知りません!」

 ツバキは頬を膨らませて料理に集中した。



 城塞都市ザイフォスから北に一日ほど馬で進んだ所に村がある。この村は北の宗教国の領土だ。その村の村人は赤いローブで体を包んで頭を地面につけている。この村に現在いる一人の少女に祈りを捧げているのだ。その祈りを受けている少女が村の外に向けて歩いている。全身が真っ白な少女だった。髪も纏っているローブも、肌ですら病人のように白い少女。

「我らの神よ。これを……」

 赤いローブを纏った男がオーブを差し出した。少女が受け取る。そのオーブから黒い霧のようなものが現れて少女を包んだ。数秒後には少女の中に入った。

「これで三割か。よき働きだ」

 少女が赤いローブを纏った男に視線を合わせる。男は深く頭を下げる。

「我らの神のためであれば……」

 男は喜びで声を震わせた。

「ふむ。励めよ」

 それだけを言って少女が立ち上がった。

「聞け! 我らは準備が整い次第、西の国を壊滅させる。そして、我の力を全て取り戻す」

 少女の声を聞いて歓喜の声が轟いた。これでザイフォスに怯える生活が終わる。

「ついてくるメンバーは後で伝える。それ以外の者は我の帰りを待つがいい」

 少女は笑った。周りの者は頭を地面につけた。



 数日後。ツバキは自室で唸っていた。床には着物が並んでいる。故郷である西国から持ってきた物だ。異界の門から取り出した素材で作った特別な着物である。ローブを纏う事が多く長年着ていない。シラヌイに言われたことが気になって着物を着ることにしたのだ。その色で迷っている。

「やはり……これですかね」

 薄い緑色の着物を掴んだ。帯は真紅。悪くはない。一度頷いて着物に着替えた。着物の上に割烹着のような布を纏い朝食を作る。西国でよく食べる米に、汁物、あとは魚である。

 もう少しでできる所でゼファーが現れた。ゼファーの目は驚きで見開いている。

「ど……どうしたのだ?」

 ゼファーらしくなく言いよどんだ。

「たまには着てみようかと思いまして。どうですか?」

 ツバキが着物を見せる。ゼファーの反応はなぜかぎこちない。そわそわしている。そんなにおかしいのだろうか。

「やはり似合いませんか。刀ばかり振り回していますからね。西国出身の者が着物が似合わないなんて泣けてきます」

 ツバキが溜息をついた。

「いや……あまりにも似合っているので驚いた」

 ゼファーが感想をやっと言った。この男は嘘をつかない。

「本当ですか? 嬉しいです」

 ツバキが笑顔を浮かべた。着物姿になればいろいろな男が言い寄ってくると言うのは嘘ではないらしい。

「女性らしい恰好をすれば違うものだな。ツバキの場合は元が綺麗だからな」

 ゼファーが微笑んだ。数年ぶりにゼファーが笑っているのを見た気がした。

「……なんだか褒められてばかりですね。皆で何か企んでませんか?」

「そんな事はない。むしろそうだとしても俺は乗らないな」

 そういう事に興味がないのはツバキも知っている。どうやら嘘ではないらしい。女性としての自信を少しだけ取り戻したツバキだった。



 ザイフォス、教会隣の広場。ゼラルドは一つの槍を持って鋭い突きを繰り出す。それから頭上で回転させてから振り下ろす。日課の鍛錬だ。

「すごいものですねー」

 神父があくびをしながらのんびりと言った。

「貴様もしたらどうなのだ」

 鋭い突きを放ちながらゼラルドが睨む。

「私は情報収集で忙しいのです。おかげで寝不足です」

「何か分かったのか?」

「ええ。どうやら彼らの狙いは西国のようです」

「西国? 軍事的には何の問題もない国だぞ」

 西国と聞いてゼラルドが不思議そうな顔をした。あの国に住む者は温厚な者が多い。商売は上手いが剣を取って戦うには向かない人間が多い。城塞都市ザイフォスもいい商売相手として見ている程度だ。

「はい。何の問題もない国です。そこに東国が絡んでるのがよく分かりません。東国も貿易をしてる相手ですからね」

 神父が顎に手を置いた。分からないという顔をしている。

「そうか。理由は分からないが西国の人間が虐殺されるのを黙って見ている訳にはいかないか」

「そうですね。今回は穏健派も協力してくれるでしょう。まあ、主犯を捕らえるという方向となりますが」

 めんどくさそうに神父が言った。

「いちいち周りくどい奴らだ」

 ゼラルドが溜息をついた。

「シラヌイが聞いたら訂正しようと真剣になりますよ」

「あいつもあれでめんどくさい人間だ」

 ゼラルドは再度溜息をついた。



 東国の騎士が動いている。その知らせは城塞都市ザイフォスの騎士達の中にも伝わっていた。

「我らはどうする?」

 ブレイブナイツの一人であるグリウスはもう一人のブレイブナイツであるデュレンに意見を求めた。グリウスは茶色の髪をオールバックにした厳つい男性である。考え事があると髪と同じ口髭を触るのは彼の癖だ。

「我らは動かない。王命だ」

 デュレンは王命を口にした。王の命令は絶対命令。逆らうことはできない。デュレンとは始めてブレイブナイツになった男だ。年齢は52歳。ボサボサの白髪を肩まで伸ばした男で体中に傷がある。引退をしたいがブレイブナイツの数が思ったよりも増えずに引退が長引いている。

「西国に向かう振りをして挟撃という事も考えられる。また、おとりの可能性もあるか」

「そうだ。自国の守りを優先する」

 デュレンは腕を組みながらグリウスと同じ考えであることを示した。

「待ってください」

 白い鎧を着た若い騎士が声を上げた。それと一緒に黒い鎧を着た女性騎士も前に出る。

「どうした」

 グリウスが軽く睨む。それに負けずに真っ直ぐにグリウスの目を二人は見た。グリウスは驚いた。この若さで真っ直ぐに見てくる者がいるとは。大抵の騎士は恐くて目を逸らしてしまうのだ。それだけグリウスと一般の騎士との実力差がある。

「西国を……隣国を見捨てるのですか!」

 白い鎧を着た騎士は必死に叫ぶ。隣の女性騎士も同じらしい。

「言っただろう。自国の防衛を最優先とする」

「しかし……!」

 白い鎧を着た騎士は引き下がらない。

「我らの任務は!」

 グリウスが大声を出した。白い鎧を纏った騎士が姿勢を正す。

「城塞都市に住む住民を守る事です!」

 負けない大声で返す。

「貴殿のしようとしている事は住民を危険に晒す事だ。分からんのか」

 それを聞いて白い鎧を着た騎士は悔しそうに顔を落とした。

「……分かりました」

 残念そうに後ろに下がる。

「待て……お前の名は?」

「はい。シュレイン・トレイターです」

 姿勢を正して名乗る。次に隣にいる女性騎士を見る。

「サキア・フレイルです」

 同じように名乗る。

「その名前覚えておこう」

 この二人なら上がってくるとグリウスは思った。デュレンを見る。デュレンも同じ事を思ったらしい。この後に東国の大部隊が城塞都市ザイフォスに向けて進行してくるのはまた別の話である。



 西国に騎士が向かっている。その知らせを聞いた時にはツバキは教会を飛び出していた。馬を引いて教会の前まで来させる。馬に乗ろうとした時に自分が着物を着ていることに気づいた。さすがにこれでは乗れない。浮ついていた自分がとても愚かに見えた。

「後ろに乗れ」

 ゼファーが短く言った。馬にゼファーが跨る。その後ろにツバキが乗る。ゼファーの腰に手を回して体を安定させて、両足を左側に向ける。これなら着物でも馬に乗れる。

「落ちるなよ」

「気にせず飛ばしてください」

 ツバキはゼファーの背中を見た。大きな背中だと思った。いざという時は頼りになる自分の相棒。この感覚は家族に近い。それも父親の感覚だ。

「分かった」

 短く言ってゼファーが馬を走らせる。故郷を助けるために一頭の馬が走った。



 二頭の馬が西国に向けて走る。シラヌイと神父が乗る一頭と、ゼラルドが乗る一頭だ。犠牲が出る前に何とかたどりつきたいがさすがに距離がある。馬で飛ばしても三日はかかる距離だ。

「急がなければ」

 シラヌイが珍しく焦れた声を出した。

「焦っても仕方ありませんよ」

 神父がのんびりと言った。物理的に時間がかかるのはどうしようもない。焦ったところでたいして変わらないのだ。

「こういう時にのんびりできるのも才能だな」

 ゼラルドが溜息混じりに言った。チラリとシラヌイを見た。神父の軽口にも反応がない。相当焦っているようだ。シラヌイは弱き者が死ぬ事を極端に嫌う。助けられなければ自分を責める時もある。自分の事よりも他人なのだ。うっとうしいくらいに他人に優しい男だ。ゼラルドのような自他共に冷たいと思う人間には理解できない男だ。だから一緒にいる。一緒にいて退屈しないのだ。

「日が落ちるまでは飛ばすぞ」

 シラヌイは真っ直ぐに前を向いて馬を走らせた。



 日が落ち始めた所でゼファーは馬を止めた。

「ここで休む」

「……もう少し行かなければいけません!」

 ツバキが強くゼファーを掴む。

「馬を休ませる」

 それだけを言って馬から降りた。ツバキは馬を見る。かなり疲れていた。一日走っていたのだから当然だ。

「……あと二日……走れなくなったら終わりですね」

 ツバキが顔を落とした。少しは冷静になってきた。ツバキも馬から降りる。その時に後ろから馬が二頭現れた。そこには見慣れた顔があった。シラヌイ、神父、ゼラルドだ。

「シラヌイさん……!」

 ツバキは慌てて名前を呼んだ。ここで争うことになったら問題だ。

「ツバキさんか。あなたたちも西へ?」

「ああ。今回も敵対するか?」

 ゼファーがツバキの前に立った。ツバキは西国についてから力を使いたいだろう。温存するためには自分が戦うのがいいだろう。

「お願いです。力を……力を貸してください。西国が……!」

 ツバキがゼファーの前に立って頭を下げた。三人は驚いた。事ある事に衝突した穏健派が頭を下げたのだ。それだけ故郷を思っている事が伝わった。

「元々そのつもりだ」

 シラヌイは馬から降りて優しくツバキの頭に手を置いて語りかける。

「いいのですか……?」

 ツバキはその手を優しくどかしてシラヌイを見た。その瞳は潤んでいた。シラヌイは笑顔のまま頷いた。

「やれやれこれでは私達は何も言えませんねー」

 神父はゼラルドに笑顔で言った。

「なんでお前は楽しそうなんだ。まあいい。今回はシラヌイに免じて協力しよう」

 ゼラルドはシラヌイの背中を見ながらつぶやいた。

「すまない」

 シラヌイは二人に笑顔を向けた。

「……これがこの男の力か」

 ゼファーは笑顔を向けた。穏健派と強行派が始めて協力体勢を作った瞬間だった。



 男達は焚き火の前で座っている。そこから少し離れた所で火を起こしてツバキが料理を作っている。焚き火で沸かしたお湯で作ったお茶を神父が飲んでいる。かなりまったりしている。

「ふぅ……」

 幸せそうに神父がつぶやいた。

「貴殿はいつも緊張感がないな」

 ゼファーが隣で溜息をついた。

「どうして堅物ばかり集まりますかね。疲れて仕方ありません」

 神父が三人を見た。いつもは笑顔のシラヌイも今回は表情が固い。シリアスモードだ。

「まあ生き抜きも大切ではあるがな」

 ゼラルドが焚き火を見ながらつぶやく。ゼラルドはいつも冷静だ。休める時はとことん休む。

「一理あるな」

 ゼファーが腕を組みながら瞳を閉じた。

「そういえばシラヌイ」

「なんだ」

「二人はできてるのですか?」

「はぁ?」

 神父の質問にシラヌイは表情を歪めた。ピクリとゼファーが反応する。ゼラルドも若干興味を持った。

「いやーどうも仲がいいみたいでしたからねー」

「おい30歳と16歳だぞ。有り得ない」

 シラヌイがちらりとツバキを見た。着物姿は思っていたよりも似合っていた。元々美人なだけあって女性らしい恰好をしたら息を呑むほど綺麗だった。焚き火と月明かりに照らされたツバキの横顔は女神のようだった。

「まんざらでもない様子ですねー」

「ふむ。貴殿なら問題はないか。派閥が一緒になったらの話だが」

「良かったな。代償を払い終わる前に子孫を残せる」

 三人が焚き火を見ながら適当な事を言う。

「三人とも冗談はそれくらいにしてくれ」

 シラヌイは顔を赤くしてつぶやいた。悪乗りもいいかげんにしてほしい。

「何が冗談なんですか?」

 その時にツバキが帰ってきた。携帯用の食料を軽く調理して温めた物を手に持っている。

「いえー、ツバキさんとシラヌイの事ですよ」

「祝福する」

「お前達の子供の訓練くらいはつけてやる」

 三人が祝福の視線を送ってくる。ツバキの顔が真っ赤になる。

「な……なにを言ってるんですか! 私達はそういう関係ではありません」

「そ……そうだ。こんなおっさんと恋人だと思われたら可哀相だろう」

 二人が同じタイミングで慌てる。三人は同時に思った。脈ありだと。それと同時に溜息をついた。なんだか負けた気がした。

「お前達のその連帯感はどうしたんだ」

 シラヌイが顔を落としてつぶやいた。ツバキの視線を感じる。視線を合わせたらツバキは逸らした。こんな事を言われると意識してしまうのだろう。

「さーて、冗談はこれくらいにして食べますか」

「そうだな」

「うむ」

 三人が食事を始める。ツバキとシラヌイも無言で食事を開始した。



 早朝。ツバキは簡易テントの中で目覚めた。外に出て朝日を浴びる。次の瞬間に体が震えた。さすがに寒い。

「大丈夫か」

 シラヌイが笑顔で話しかけてきた。着ていたローブをツバキにかけてくれた。

「いりません」

 ツバキはシラヌイにローブを返す。

「年頃の娘は難しいな」

 シラヌイは笑いながらローブを着た。

「私はあらたの優しさが大嫌いなんです!」

 それだけを言ってツバキが火を起こす。朝食をつくらなければいけない。

「二人を起こそう」

 たいして気にした様子もなくシラヌイはテントに戻った。強い風が吹く。肩が震えた。素直になれない自分に腹が立つ。でも、あの優しさに甘えたら好きになってしまう。敵を好きになってしまう。私はもう戦えなくなってしまう。それが恐かった。だから避けてしまう。出そうになる涙を何とか堪えて朝食作りに没頭した。



 朝食を済ませて馬を走らせる。今日も馬の後ろに乗っている。

「迷っているのか?」

 数時間走ってからゼファーが口を開いた。ツバキが震える。

「聞くまでもないか」

 震えただけで分かってしまったらしい。本当に敵わない。

「迷っているのでしょう。私はあの優しさが恐いです」

「そうか」

「ゼファー、どうすればいいのでしょう?」

「向き合ってみるしかあるまい」

「……向き合うですか。ゼファーは厳しいですね」

「俺はあの男のようにはなれない」

「そうですね。ゼファーはゼファーですからね」

 ツバキは笑った。ゼファーも笑った。向き合ってみようとツバキは思った。どうなるかは分からないけれど。何かが変わる事を信じて。



 日が落ちたのを見て馬を止める。あと一日だ。明日の夜には西国につくだろう。

 男達が焚き火を見る。昨日と同じ光景。

「さて、昨日の続きですが」

 昨日と同じように神父がお茶を飲みながらおもむろに切り出す。

「お前はそんなに俺をいじるのが楽しいのか?」

 シラヌイが溜息をついた。

「ええ」

「こいつの性格の悪さは今に始まった事ではない」

「いい加減に覚悟を決めたらどうなんだ」

 三人が畳み掛ける。この三人は何がしたいんだとシラヌイは思う。

「ツバキさんは俺の優しさが嫌いなんだと。俺は優しくしているつもりはないんだけどな」

 三人が頷く。

「シラヌイは自然で優しいですからね。私とは間逆の人間です」

 苦笑を浮かべて神父がつぶやく。ゼラルドが一つ頷く。

「今夜時間があるならツバキと向き合ってみてくれないか」

 ゼファーが真面目な顔でシラヌイを見た。

「……向き合う。まあ話をするくらいなら構わないが」

 シラヌイがちらりとツバキを見た。ツバキは料理を運んできた。目が合う。すぐに視線を逸らされた。嫌われているようにも見える。

「今夜……シラヌイが話があるそうですよ」

「大事な話のようだ」

 神父とゼラルドが面白そうに微笑んだ。

「お前達勝手に話を……!」

「ちょうどいいです。私もはっきりさせたい事があります」

 ツバキが真っ直ぐにシラヌイを見た。シラヌイは一度頷いた。

 料理を食べて、近くの湖でタオルを濡らして体を拭く。それから皆がテントに戻った。

 シラヌイは一度テントから出る。ツバキがテントの外に出て待っていた。ツバキの黒い瞳とぶつかった。

「少し離れましょう」

 ツバキがテントから離れる。その後をシラヌイが続く。テントから十分に離れた所でツバキが振り向いた。

「私はあなたが嫌いです」

 開口一番にいつもの言葉を聞いた。

「知っている」

「本当に分かっていますか?」

 ツバキが震えながら質問した。本当に分かっているのだろうかとシラヌイも疑問に思った。

「……いいや、分かっていないのかもな。そこまで器用ではない」

 苦笑するシラヌイをツバキが見た。ツバキの瞳は潤んでいる気がした。シラヌイは目を疑った。

「そうです。あなたは分かっていません」

「そうだな。分かっていない。だから教えてほしい」

 シラヌイが一歩近づく。ツバキは一歩離れる。シラヌイが大きく一歩を踏み出してツバキの手を取った。ツバキの言葉を待った。

「…………本当に優しいのですね」

「俺は優しくなんてない。誰かが悲しむのを見たくないんだ。だから、俺で力になれるならなんだってしたい」

 誰にでも優しい男性。その男性が自分だけを見てくれるのはとても幸せだと思う。でも、この優しさに触れたらツバキは駄目になってしまうと思った。戦えなくなってしまう。

「もう優しくしないで下さい。私は戦えなくなります」

 瞳に涙を浮かべてツバキは弱々しくつぶやいた。

「すまない」

 シラヌイは顔を落とした。ゆっくりとツバキの手を離した。離れていく指先が、離れていく温かさがとても残念だった。強引な男性なら弱ったツバキを抱きしめたりしただろう。そんな事をされたらどこまでもついて行ってしまうとツバキは思った。そうしないでいてくれる。こちらの想いを分かってくれる。本当に優しい人。

「本当にこの優しさが……大嫌いです」

 ツバキは瞳に大粒の涙を浮かべてつぶやいた。シラヌイの横を走って駆け抜ける。泣いた顔なんて見られたくない。シラヌイは決して振り返らなかった。

「これでいいんだ。俺は……」

 シラヌイは顔を落として胸元にある金色の懐中時計を開いた。時計は反時計回りに回っている。数字は1~10だ。短針は十年単位。長針は年単位だ。短針は10を指している。長針は10に触れるか触れないか。これが完全に10に重なる時にシラヌイの寿命は尽きる。代償の金時計だ。

 シラヌイは左手の指を見た。もうすでに光になりかけている。終わりが近い。そんな所でまだ先が長い女性の一生を縛るわけにはいかない。そこで抱きしめないなんて甲斐性無しだと思われるかもしれない。だが、シラヌイはこれでいいと思った。また数年後にいい男性に出会えばいいと思う。自分はあと数日で死んでしまう人間なのだから。



 早朝。今日の夜には西国につく。戦いが始まる。こんな状況で戦うというのか。ツバキの瞳は少し腫れていた。酷い顔だと思う。

「……いいか」

 ゼファーの声がした。

「はい。大丈夫です」

 ツバキが控えめにつぶやいた。テントの中に朝食が入れられた。

「それを食べて準備ができたら……来い。準備はしておく」

 ゼファーはそれだけを言って去っていった。本当に何でもお見通しらしい。やはり父親みたいな人だと思う。さほど年齢は変わらないというのに。ツバキは少し元気になった自分を感じた。朝食を済ませて瞳の腫れが少し治ってからゼファーの操る馬に乗った。強行派は先に行ったらしい。腫れた瞳を見られたくなかったのでちょうど良かった。

「行くぞ。その腫れ引くといいな」

「そんな事は言っていられません。守るんです……弱き者を」

「そうだな」

 ゼファーが馬を走らせる。弱き者を守るために疾走する。



 白い少女は西国についた瞬間に手を上げた。東国の騎士は騎士剣を抜く。

「ひれ伏せ」

 少女が手を下ろした。上空から2Mはある白銀色のランスが落ちてくる。それが木で出来た家を破壊する。あらかた破壊してからは1Mのランスを降らす。それが村人を貫く。

「さあ、行くがいい」

 その声を聞いて東国の騎士が前進する。少女の周りには赤いローブを纏った者が数名護衛のために剣を構える。まるで虐殺である。死んだ者は黒い霧となり、オーブに集まっていく。

「止めろ!」

 馬から降りたシラヌイが大鎌を構える。ゼラルドも飛ぶ。

「お前達相手をしろ。私は行く」

 少女が赤いローブを纏った男達を残して前を進む。

「お前は行け」

 ゼラルドが大鎌で赤いローブを纏った男達を切り裂く。その間を縫うようにシラヌイが駆ける。遅れて穏健派の馬が通る。ゼファーはゼラルドと神父に加勢した。

「行け! 弱き者を守るために」

 ゼファーがツバキの背中に叫んだ。それを受けてツバキは故郷の地を駆けた。



 少女がランスの雨を降らせる。村人はランスに貫かれる。東国の騎士は動けない村人を切り裂いた。

「脆いものだな」

 少女は簡単に命を散らす村人を哀れな生物を見る目でつぶやいた。

「止めろ!」

 鋭い男性の声。振り向くと黒いローブを纏った男性がいた。その手には黒銀の大鎌が握られている。大鎌の柄には黒竜の鱗がついている。異界の獣を呼ぶ事ができる召喚士の第五段階だ。異界の獣が形を変えて武器となる。その武器を手に持った時は今までの能力をはるかに凌駕した力が出せるのである。

 声と共にシラヌイが駆ける。少女が両手に持つ長さ1Mのランスで突く。シラヌイは右手に持った大鎌でランスを砕き、左手で持つナイフでもう一つのランスを砕く。

「ほう」

 少女は不気味に笑った。シラヌイは躊躇なく大鎌で少女を切り裂く。少女の体から黒い霧が溢れる。

「やはり殺せないのか!」

 シラヌイは少女を見て顔を歪める。

「その大鎌……そうか貴様とは一度会っているな。あの時の生き残りか」

 少女が不気味に笑った。シラヌイと少女は一度戦った事がある。強行派の本部がこの少女に襲撃されたのだ。たった一人の少女を退かせるのに代行者数名の命を落とした。シラヌイの加勢でようやく引かせることができたのである。

「……お前はなぜこのような事をする。どうしてこうまでして殺せる!」

 シラヌイが叫んだ。その時にツバキが駆けつけた。後ろで刀を構える。

「どうしてか……。力ある者がこの世界を統治する。過ぎた力を持つお前達は不要だ。神の代わりに我が世界を導こう」

 少女が新しいランスを取り出す。

「神の代わりが必要であれば俺達代行者が務めを果たす。神の代わりに弱き者を救ってみせる」

 シラヌイが大鎌を構えて駆ける。

「ふっ……貴様程度の腕で……」

 少女がランスを持って駆ける。シラヌイも一緒になって駆ける。シラヌイが大鎌とナイフでランスを破壊する。

「ツバキ!」

 シラヌイの言葉を聞いてツバキが駆ける。

「……刹那!」

 少女の周りに異界の門を開く。両足を両手を胴を刀が貫く。少女が濃い霧を出す。動きを封じた。

「はあぁぁーーー!」

 シラヌイが渾身の一撃を当てる。濃い霧が少女から溢れる。

「ちっ……だがこの程度ではな」

 少女は強引に体を動かす。刺さった刀を吹き飛ばす。

「この!」

 ツバキは一気に距離を縮める。

「……瞬撃……刹那……終撃……!」

 高速の六連撃、そして異界の門から6本の刀が突き刺さる。そして、一撃を浴びせてから止めの回転斬り。全て当てた。

「人間が……!」

 少女は強引に前に進む。ランスを取り出してツバキの胴を横薙ぎに殴打した。ツバキが軽々と吹き飛ぶ。木の家に体をぶつける。

「くっ……」

 動こうとした瞬間に口から血が溢れた。

「ツバキ!」

 シラヌイは庇うようにツバキの前で武器を構える。

「後はお前だ。といってももう長くはないか?」

 少女が不気味に笑った。その言葉を聞いてツバキはシラヌイを見た。シラヌイの左手が光に変わっている。まるで浄化を受けた時のようだ。

「……まさか代償……」

「そうだ。こいつの代償は命。私には全て分かる。もう命はない」

 ゆっくりと少女がランスを構えた。長引かせたほうが少女にとっては有利なのだ。ツバキは頭が上手く働かない。シラヌイが死んでしまう。その時に昨夜の事を思い出した。シラヌイは手を取るだけで他に何もしなかった。その本当の理由が分かった。

「死んでしまうから」

 ツバキがぽつりとつぶやいた。シラヌイの背中しか見えないから本当の理由は分からない。ただの自分の勝手な妄想かもしれない。思い上がるなと言われるかもしれない。

「俺は歳上が好きなんだ」

 前を向いたままシラヌイがつぶやいた。嘘だとすぐに分かった。

「本当にあなたの優しさは大嫌いです」

 最後まで好きだと言えない自分が憎らしかった。でも、自分に縛られる事なく生きてほしいと願うシラヌイの優しさは嫌いだった。男なら一緒に連れて行って欲しかった。好きになった男性となら一緒に死ねるのだから。

「そうか。それでいい。最後にこの命を使って一撃を当てる。後は任せた」

「はい」

 ツバキは頷いた。

「クローディア……最後の力を貸してくれ。俺の命を全て使っても構わないから」

 シラヌイは大鎌を強く握った。力が伝わってくる。代行者最後の能力。第六段階。代償を全て払う事で使える能力だ。シラヌイの場合はどれだけ寿命があっても第六段階を使ってしまえば死んでしまう。その代わりに異界の獣が持てる力の全てを貸してくれるのである。残りの寿命はもうない。持続できる時間は限られている。ただ一撃を当てるだけなら問題はない。

 少女が武器を構える。その瞬間にシラヌイが消えた。少女が気づいた時には斬られていた。切断面から大量の霧が溢れる。その霧が止まらない。

「ぐぅ……」

 少女が崩れる。何とか体をランスで支える。

「シラヌイは村人を! こいつは……私が倒す!」

 ツバキの刀が赤く光る。リミットブレイクだ。少女がゆらりと起き上がる。ゆっくりとランスを構える。

「……瞬撃!」

 少女を切り裂く。少女の抵抗力はもうほとんどなかった。ランスを砕き、全身を刀で切り裂く。止めの終撃を当てようとした時に少女が動いた。

「舐めるな!」

 少女がツバキの首を絞める。ツバキの意識が薄れる。危うく刀を落としそうになる。

「ま……け……ない」

 ツバキが左手に握った刀で少女の手を切断した。少女が手を押さえる。

「シラヌイの……命を……使った機会で……す。絶対に……負けるわけにはいきません」

 ツバキが踏み込んだ。少女が一歩後ろに下がる。

「……終撃……!」

 太刀で一撃、回転してさらに一撃を浴びせた。少女の体が黒い霧となる。押さえようとしても止まらない。形を保てず崩れていく。

「なぜだ……我が……この程度で……力が……たり……」

 それだけを言って少女が消える。残ったのは黒い霧だけだった。それを荒い息を整えながら数秒見てから地面を駆けた。叶うのであれば最後の瞬間を見送りたい。ツバキが全力で駆けた。



 シラヌイが大鎌を振るう。今は第三段階の大鎌を使っている。もうこれ以上の力は出せない。騎士が大鎌で切り裂かれる。一人を倒した所で意味がない。他の騎士が村人を切り裂く。止められない。もっと力があれば止められるというのに。今はこれが精一杯だった。

「体が……」

 体が光となっていく。それを止める手段はシラヌイにはない。その時に崩れた家が見えた。黒髪の少女が前をぼうっと見ている。家族が殺されて意識が薄れているらしい。その姿を見た時にはシラヌイは走っていた。騎士が剣を構える。間に合わないと思った所で村人が庇う。

「間に合ってくれ。最後に救わせてくれ!」

 シラヌイが駆ける。大鎌で騎士剣を受け止める。

「なんだ……貴様は!」

 騎士が慌てて、後ずさる。

「…………」

 黒いローブを纏った人物は無言で騎士との距離を詰めて、大鎌を横薙ぎに一閃した。その大鎌は騎士の鎧を……体を実体がないかのようにスルリと通過した。その瞬間に騎士の鎧が地面に落ちた。騎士は血を流すこともなく、消えた。そこには眩しい光の粒があるだけだった。

「……罪深き者に……一つの救いを……」

 シラヌイが瞳を閉じて、一瞬だけ黙祷をした。その光が天に向かって昇っていく。その様子を少女は黙って見ていた。

「大丈夫か……?」

 シラヌイが少女に確認をした。少女はコクリと一つ頷いた。次の瞬間にはシラヌイは苦しそうに表情を歪ませた。首からかけている懐中時計を開けた。

「……これが最後か……。最後に救えてよかった」

 シラヌイは光に変わっていく。少女が覆いかぶさってきた女性をどけて、近づく。

「痛むの?」

 少女がシラヌイの頬に触れて質問する。

「ああ。代償を払わないといけないんだ。これは仕方のないことだ」

 目線を合わせて少女に優しく微笑んだ。その声は冷静だった。

「もう死ぬのはみたくない。あなたのような力があれば救える?」

 少女が黒い瞳をシラヌイに向けた。

「これは……誰にも使える力では……ない……」

 光に変わりながら苦しそうに言った。その瞬間に少女に変化が起きた。少女の右横に黒い空間が現れたのだ。少女は自然にその空間に手を入れた。そして、何かを掴んだ。

「そうか……。君は使えるのか……。ここで消えるのは……天命だな。私の名はシラヌイだ……。それを持って……城塞都市……《ザイフォス》へ……。そこへ行って……自らの進む道を決めるといい」

 それだけを言って、シラヌイは光に変わる。それと同時に少女が黒い空間から漆黒の大鎌を取り出した。それはシラヌイの大鎌だ。

「……私は戦える……もう……誰も……死なせない」

 大鎌を持って少女は歩きだした。東国の騎士が斬りかかってくる。

「こいつらが……皆を。騎士は弱い人を守るのに」

 少女は駆けた。騎士が剣を振るうよりも速く力任せに大鎌を横薙ぎに振るった。騎士が吹き飛ぶ。

「私が皆を……皆を守るんだ」

 少女は瞳に涙を溜めてつぶやいた。ツバキはその光景を見て絶句した。あの人の大鎌を見知らぬ少女が振り回している。戦い方も、戦う意味も分からない少女が。ツバキの手が震えた。少女を叩いてその大鎌をもぎ取りたい衝動に駆られた。でも、それではいけないのだ。そんな事をあの人は望まないだろう。

「正しく導かないといけません。あの人が望む未来をこの少女が切り開くのでしょうから」

 ツバキがつぶやいて援護するために地面を駆ける。この少女にあの大鎌が渡ったのは何か訳があると思った。そして、今日この時にこの少女と出会ったのもまた天命なのだとツバキは思った。



 そこまでツバキが馬車の中で話した。シラヌイは黙って聞いていた。

「……私は優しくはない」

「分かっています。そして先代の代わりになる必要もありません」

 ツバキが微笑んだ。

「私は自分の道をただ歩くだけだ」

「それでいいのです。あなたの道を貫いてください。クリスと一緒に。その道が私と重なる時がくればいいと思います」

 微笑んだままツバキが言った。

「そうだな。ツバキは話してくれた。次は私が見せよう。言葉だけではなく……行動でな」

 シラヌイが前を向いてつぶやいた。ツバキは一度頷いた。見せてほしいと思う。あの人が目指した道を。その時は協力できると思うから。

「ところで……何で話の途中で視点を変えられるんだ?」

 シラヌイが疑問を口にした。全てがツバキ視点でツバキが見たものを話すのなら分かるのだ。だがツバキは見ていない強行派の教会での一時や、騎士の話まで知っていた。

「聞いた話もあります。エレナさんとか、サキアさんとか。それと本になってるんですよ?」

「本だと?」

「はい。名前は変えてありますけど……モデルは先代シラヌイと……恥ずかしいですが私が」

「……知らなかった」

「一部内容が変わっていますけどね。強行派に聞いたらだいたい合ってるそうです。それを参考に話しました」

「……本と今回の内容はどこが違うんだ」

「…………本はハッピーエンドです」

「なるほど。現実はこんなものか」

 シラヌイは窓の外を見た。

「はい。こんなものです。初恋は叶わないのです」

「……認めた。大嫌いではなかったのか?」

「本当に馬車ごと両断していいですか?」

 ツバキが異界の門を開きそうだ。

「まあ今はクリスに出会えたのだからいいだろう」

「……そうですね」

 ツバキが微笑んだ。過去は過去として綺麗に取っておこうと思った。そして、今を生きようとツバキは心に決めた。



 宗教国ヴェルス。ザイフォスの北に位置する宗教が盛んな国だ。住民は赤いローブを纏い信仰する神に祈りを捧げている。山の頂に立ち住民の祈りを受けている真っ白な少女。

 自らを神の使いと名乗り、この宗教国をまとめている少女だ。白い髪に白い肌。穢れのない真っ白なローブを身に纏っており、そのあまりに白い姿と、この大陸にはない琥珀色の瞳がその少女を浮世離れさせている。

その真っ白な少女が黒いオーブを手に取る。

「…………」

 少女は無表情にオーブを見つめた。少女の前には頭を地面につけて祈っている赤いローブを纏った男達がいた。

「これでいいだろう」

 少女が不敵に笑った。オーブを男達に向ける。先頭で祈っていたトルティが立ち上がって、両手でオーブを手に取る。オーブが禍々しく光る。

「貴様の僕を呼ぶがいい」

 少女はトルティの耳元で囁いて、すぐに離れた。トルティは緊張をした顔で一度頷いた。

 トルティは一度瞳を閉じる。オーブが黒く輝く。

「そうだ。それでいい」

 少女は無表情にオーブを見つめる。オーブが輝きを増した瞬間に異界の門が開く。

「これは……!」

 トルティの目が驚きで見開かれる。禍々しい異界の門から高さ2Mはあろう異界の獣が姿を現した。その姿は獅子だった。だが、一般的な獅子とは違う。背中に硬い鱗をつけ、頭には巨大な角。

「それが貴様の僕だ。強そうで安心したぞ」

 少女が笑う。その笑みを見てトルティは満足した顔でその獅子を見た。次こそは使命を果たしてみせる。そう心の中で誓う。それが命を救ってもらった神への唯一の恩返し。

「ありがとうございます、我らの神よ」

 トルティは跪く。

「貴様のそういう所は好きだ」

 少女が身を屈める。トルティの口に一瞬だけ少女の口が重なる。トルティはすぐに頭を地面につけた。

「光栄です。我らの神よ」

 それだけを言ってトルティは立ち上がり、国の外に向けて歩き出した。

「可愛い人間だ」

 少女が不敵に笑う。周りの男達は神の言葉を待ち頭を地面につけたままだ。

「聞け!」

 少女が声を張る。

「はっ……!」

 男達が一斉に声を出す。

「貴様達の役目はこの次だ。準備を怠るな」

 少女が指示を出す。男達は少女に祈りを捧げた後に一斉に準備を進めた。



 木製のナイフが宙を舞う。武器を失ったローラは栗色の髪が乱れるのも気にせずに慌てて後ろに飛ぶ。

「せいっ……!」

 掛け声と共にエレナが木製のナイフを容赦なく横薙ぎに振るう。ローラはすれすれでナイフを避けた。さらに後ろに下がって地面に落ちたナイフを取る。

「りあぁーーー!」

 ローラが次の瞬間に地面を駆けた。

「……まずは合格ですね。次に移ります」

 エレナが低い声を出した。ローラの背中に寒気が走る。何かくると直感で理解したが駆け出した足は止まらない。エレナがナイフを振り下ろす。いつもとたいして変わらない。これなら大丈夫だと思いナイフで受け止める。

「がら空きです」

 冷たいエレナの声が響いた。それと同時にローラの右腕が折れそうなほどの衝撃を受けた。エレナが左足で蹴ったのだ。ローラが軽々と吹き飛び、教会の広場を滑る。それでも止まらない。教会の壁に体を打ちつけてようやく止まった。

「ケホっ……!」

 ローラがむせた。何とか起き上がろうとするが体が動かない。

「…………」

 無言でエレナが近づく。そして、左腰から本物の金属ナイフを抜いてローラの顔に突きつける。ローラは一度唾を飲み込んだ。殺気が分かるようになるまでには鍛えた。エレナのナイフから殺気を感じていることだろう。

「テストをします。このままだとあなたは死にます。どうしますか?」

 冷たいエレナの声がローラの耳に届く。8歳の幼女にするにはあまりにも厳しいテストだ。

「…………逃げたい。でも……逃げない」

 涙声でローラがつぶやいた。それを聞いてエレナがナイフを下げた。

「合格です。明日からは蹴りにも注意してくださいね」

 エレナがしゃがんでローラの頭を撫でる。ローラはボロボロと泣き出した。

「うぅ……頑張ったよ」

「分かってます」

 エレナがローラを抱きしめた。ローラは優しくなったエレナに甘えるように抱きついた。

「私がローラを一人前の戦士にしますからね」

「うん」

 ローラが泣き止むまで二人は抱き合っていた。



 ザイフォス、商店街。腰まで届く茶色の長髪を揺らしてキュリアが歩いている。その手には二本の槍。一本は自分の槍で、もう一本はスレインの槍だ。自分の槍は仕方がないが、スレインの槍は借り物だ。壊したままでは会わす顔がない。商店街の中で騎士団が使う武器を作っている鍛冶屋がある。石で出来た工房のような二階立ての鍛冶屋。そのドアを開けた。

「おじさん、いるー!」

 キュリアが叫んだ。

「おう、待ってな」

 太くて低い声が遠くから聞こえた。大きな竈がある鍛冶屋の奥から一人の男が現れた。丸太のような両手、髪と同色の茶色の口髭が特徴的な40代の男。ここの鍛冶屋の主だ。

「すいません。直せますか?」

 キュリアが槍を二本渡す。男が受け取り難しい顔をした。

「こいつはまた派手に折ったな。譲ちゃんくらいだよ。金属槍をへし折るのは」

 溜息をつきながら鍛冶屋の主。キュリアは苦笑いをした。

「もっと軽くて、硬い槍があればいいんですけど」

「軽くはできるが……硬いのはな」

 鍛冶屋の主が難しい顔をした。その時に後ろのドアが開いた。キュリアがおそるおそる後ろを向いた。そこには白い鎧を着た金髪の騎士がいた。その端正な顔はすぐに分かった。スレインだ。

「これはキュリア殿。奇遇ですね」

 スレインが眼鏡を右手で押し上げた。スレインはキュリアを見ながら折れた槍を見ていた。気づいている。キュリアの頬に冷や汗が流れた。

「ごめんなさい。槍を折ってしまいました」

 ぺこりと頭を下げた。スレインが微笑んだ。ここまで真っ直ぐに頭を下げられたら怒れない。むしろ怒るつもりはない。戦いで折れたのだから。槍がキュリアの力に追いつかなかっただけの事だ。

「構わない。主人、頼んだのは?」

「出来てるよ」

 鍛冶屋の主が一本の金属槍をスレインに渡した。その素材を見てキュリアが目を見開いた。

「ミ……ミスリル!」

 ここらで二番目に硬い金属だ。それを買うにはかなりの金がいる。

「金貨3枚だ」

「ああ」

 スレインが金貨を3枚渡す。キュリアは自分が折った槍を見つめた。

「これ……もしかして……」

 折った槍を持ち上げて、おそるおそる主人を見た。

「ああ。ミスリルの槍だ」

 キュリアはそれを聞いた時に震えた。金貨三枚。金貨一枚が副官の一年分の給料。ざっと三年分だ。生活費等を考えればざっと5年分。とても買える様な槍ではない。

「ごめんなさい。」

 キュリアは地面に頭をつけて土下座していた。それほどまでに高価な槍だ。

「いや、そこまでしなくても」

 スレインの頬が引きつっている。

「いえいえ。この償いはします。何でも言ってください」

 地面に頭をつけたままキュリアが言った。

「……それなら……」

「はい!」

 元気よくキュリアが返事をした。

「まずは顔を上げて」

「え……はい」

 呆気に取られて顔を上げる。端正な顔に笑顔を浮かべたスレインがいた。

「立って」

 スレインが笑顔のままつぶやいた。キュリアがしぶしぶ立ち上がる。

「これでいいさ」

 スレインがそれだけを言って槍を布で巻いて手に持った。鍛冶屋から出ようとする。

「待ってください。これでは……納得が」

 キュリアはスレインの手を取った。

「……困ったな。では、お茶でもどうですか? 私の驕りで」

 スレインが笑った。

「そんな事でいいんですか?」

 キュリアが戸惑う。

「ええ。キュリアさんのような素敵な女性とお茶ができれば幸せです」

 スレインが綺麗に笑った。キュリアの顔が真っ赤になる。

「あー、お前らここをどこだと思ってる」

 鍛冶屋の主は腕組みをして、二人を睨む。

「す……すいません」

 キュリアがか細い声で謝った。

「あと槍はここまできたら直せん。変わりにこいつをやる」

 鍛冶屋の主が一本の槍を渡した。

「……また試作品ですか?」

 キュリアが槍を握る。見たこともない槍だ。

「ああ。試してみてくれ。気に入ったのならやる」

「分かりました。いつもありがとうございます」

 ぺこりとキュリアが頭を下げた。

「いや、譲ちゃんの腕は確かだ。また感想が聞きたい」

 鍛冶屋の主は笑顔を浮かべてから奥に戻っていった。あの堅物の主が認めた槍の腕。信頼する事ができる人柄。ここまでの人物はなかなかいないとスレインは思う。今回、お茶に誘ったのはキュリアという人物をもっと知りたいという素直な気持ちからだった。スレインはキュリアをエスコートして喫茶店へと入った。



 クリスとカイトが乗った馬がザイフォスの教会の前で止まる。

「馬を返してくるよ」

 そう言ってカイトが馬を引く。

「エレナには会わないのか?」

「今は会えないよ。失敗したからさ」

 さも当然といった顔でカイトがつぶやいた。成功した時か情報がある時くらいしか会いたくないらしい。彼なりのけじめなのだろう。

「分かった」

 それだけを言ってクリスがカイトを見送った。その時に馬車が教会の前で止まる。少し離れて走っていたグレイスも教会の前で止まる。シラヌイが馬車から降りた。一旦ツバキも馬車から降りる。

「今回は世話になった」

 シラヌイが恥ずかしそうにそれだけをつぶやいた。ツバキと、グレイスが目を丸くした。

「こちらこそ」

 ツバキが笑顔を浮かべてそれだけをつぶやいた。からかうのはいけないと思った。シラヌイはできる限りの誠意を見せたのだから。

「シラヌイさん!」

 エレナが駆けてきた。馬車の音が聞こえたのだろう。

「ただいま」

 シラヌイが微笑む。エレナの顔を見ると平和な場所に帰ってきた気がするのだ。

「おかえりなさない。冷えますから中に入ってください」

 エレナが教会を指差す。

「確かに冷えるな」

 クリスが手に自分の息をかけて温める。そして、手を合わせた。

「それは大変ですね」

 エレナが笑顔を浮かべてクリスの手を握った。クリスが慌てた顔をする。

「そんな事はしなくても……」

 クリスは離れようとするがエレナはさらに手を引いて胸元の谷間まで寄せる。エレナのふくよかな胸がクリスの手に当たる。柔らかい弾力がクリスの指に伝わった。一瞬で顔が真っ赤になる。

「お兄ちゃんだ」

 遅れてローラがクリスを発見して駆ける。クリスの足に抱きついた。

「…………」

 ツバキが無表情でクリスを見た。

「いやー、羨ましいね。両手に花。俺も手が冷えたな。ツバキ、温めてー」

 グレイスが白い歯を輝かせてツバキに寄る。後方にいるシラヌイからまたパンチがくると思ったが、前方から強烈なパンチがきた。

「ぐえ……」

 潰されたカエルのような声を出してグレイスが倒れる。グレイスが何とか顔を上げる。そこには冷たい表情をしたツバキがグレイスを見下ろしていた。おそらく今はグレイスしかその表情は見えないだろう。

「グレイス、あまりふざけていると怒りますよ?」

 そこには阿修羅がいた。グレイスが震える。声は優しいがかなり恐い。誰だ、ツバキを怒らせたのは。完全にとばっちりだ。

「わ……悪かった……」

 グレイスが立ち上がりその場を去った。ツバキもその場を去る。その背中にエレナに手を握られ、ローラに甘えられて身動きが取れないクリスが何とか振り向いて声を張り上げた。

「今回は助かった。また……一緒に戦える事を祈っている」

 精一杯の声だった。その声を聞いてツバキが立ち止まる。どんな顔をすればいいかツバキは迷った。心の中がモヤモヤする。ろくな表情ができない。何とか綺麗な笑顔を作って振り向いた。

「私もそう祈っています」

 綺麗に笑えた気がした。クリスは笑顔を向けてくれた。その笑顔に満足して前を向いた。怒りも嫉妬もすでに心の中にはなかった。次はあの爆乳修道女のように胸で悩殺してやろうかといたずら心が湧いてきた。そう思った時には自然な綺麗な笑顔を浮かべていた。

「まったくいい表情だねえ」

 グレイスがツバキだけに聞こえるようにぽつりとつぶやいた。それから彼らは振り返らなかった。ツバキは馬車に、グレイスは馬に乗った。彼らも彼らの教会に帰るのだろう。次は戦う事がないようにシラヌイも祈りたかった。



 とある渓谷。岩陰に身を隠しながら神父が駆ける。今は東国に向かう道を進んでいる。

「…………」

 珍しく表情を引き締めて岩場から前方にある村を注視する。村人が倒れるのが見えた。だがなぜ倒れるのかが分からない。神父は急いでポケットから望遠鏡を取り出す。

「……!……」

 神父の顔が驚愕に歪む。黒い影が村人を襲っている。その影の正体は望遠鏡でも分からない。もっと近づくしかない。渓谷を早足で下る。だがある程度下った時には村人は消えていた。まるで浄化を受けた時のように。

「こんな事が8年前にもあった」

 神父が顎に手を置いた。8年前に赤いローブの男が指揮する、東国の騎士の一団を探すために村を訪れたが誰一人としていなかった。その時と似ている。嫌な空気を感じた。望遠鏡で村を覗く。壊れた家、地面に残る血痕。だが死体はない。代行者の浄化の痕のような光景。その光景で出会ってはいけない一団が出会ってしまった。穏健派と強行派だ。お互いに2人ずつだ。

「まずい!」

 神父は駆け出した。むろん争いを止めるために。これではせっかく埋まってきた溝が元通りだ。顔を合わせただけで争う時代に戻ってしまう。先代シラヌイが命を掛けて作った道が壊れてしまう。

 その不安が現実となった。二つの派閥が武器を構える。その武器が赤く光る。最初から全力だ。

「間に合え!」

 神父が全力で駆ける。だが間に合わなかった。神父が村に入ったときに強行派の代行者が穏健派の男性を切り裂いた。穏健派の代行者が力なく倒れる。

「止めなさい!」

 神父が叫んだ。穏健派の女性が鋭く睨む。その瞳には涙が溜まっている。

「ふ……ふざけるな!」

 穏健派が叫ぶ。仲間を失って平静ではいられないらしい。

「止めてください。強行派が……穏健派がこの村を襲ったのでは……!」

 その時に穏健派が神父にナイフを飛ばした。それを紙一重で回避する。

「お前達なんかがいるから!」

 穏健派の女性が両手に剣を構えて神父に向けて駆ける。だがその背中にナイフが刺さった。強行派の代行者が投げたナイフだ。激昂して後ろまでは警戒できなかったらしい。死んでしまった穏健派の男性がそれだけ大切な相手だったのだろう。

「くっそ……!」

 血を吐きながら穏健派の女性が振り向く。飛ばされたナイフを剣で弾く。傷が深いのか全てを弾けずナイフが穏健派の女性を貫く。

「止めなさい!」

 神父がその女性の前に立ちふさがる。強行派が武器を構えて戸惑う。仲間の派閥に攻撃する訳にはいかない。先代のシラヌイはこうして戦いを止めた。

 だが次の瞬間に神父は先代シラヌイの偉大さを改めて感じた。穏健派の女性が剣を神父の後ろから突き刺した。そのまま神父を盾にして後退する。

「ぐっ……信じてください」

 神父が血を吐きながら穏健派に言葉をぶつける。だが、穏健派は安全な所まで退いてから神父を強引に横薙ぎに吹き飛ばした。神父は薄れていく意識の中で自分の無力さを痛感した。



 気づいた時には神父は教会のベッドの中にいた。

「……お前らしくないな」

 ベッドの横からゼラルドの冷たい声がした。

「……あなたこそ」

 神父が微笑んで返した。看病するゼラルドなんて滅多に見れないだろう。

「俺はいち早く話を聞きたいだけだ」

「そうですか。聞いてないんですか?」

「だいたいは連れてきた強行派から聞いた。だが、お前が何を見たかが分からない」

「影を見ました」

「影?」

「ええ。黒い影です。遠くて詳しくは見えませんでしたが。その影が村人を攻撃していました。そして光に」

「そうか。それを知らない強行派と穏健派が衝突したか。まずいな」

「ええ。まずいです。敵に知能があるなら……」

「お互いの代行者を狙うな」

 ゼラルドはそれだけを言って立ち上がった。敵は強行派と穏健派を襲うだろう。そこで死ぬ者が現れたら、先の衝突の件もあってお互いの派閥を疑う。また争いになるだろう。

「敵の狙いは二つの派閥がまた争う事です。そして、代行者同士が削りあう」

「ああ。何としても止める。犯人を捕らえよう。お前達は足止めをしてろ。厄介なのが来るぞ、ここには」

 ゼラルドはそれだけを言って外に出た。ここから近い穏健派の教会。ツバキとゼファーがいる教会だ。今はグレイスもいる。こちらはシラヌイと、クリス。明らかに不利だ。クリスがツバキを止めて、シラヌイがゼファーと、グレイスを止める。それしか手段はない。あとはゼラルド次第だ。神父は重い体を上げてシラヌイと、クリスの所に向かった。



 穏健派と強行派の衝突はすぐにツバキの所にも伝わった。グレイスから受け取った紙を握りつぶしそうになるのを何とか堪えた。

「……行くしかあるまい」

 ゼファーが長椅子に備え付けられた椅子から立ち上がる。すでに黒いローブを纏っている。もう止められない。

「待ってください。何か理由が……!」

 ツバキがゼファーの手を取る。ゼファーが止まる。

「理由があるのは分かってる。だが、無実だという証拠がない」

「俺も調べたが見つからない」

 ゼファーはまだ強行派を信じようとは思っていない。何かあればすぐに信用を失ってしまう。ツバキが両手を握った。

「戦う気がないなら来るな。そして、俺の横に立つな」

 ゼファーが冷たく言い切った。

「何を言ってるんですか……。私は……あの人を失っても……この教会にいました。穏健派の誇りもあります」

 ツバキが顔を上げた。

「……なら、ついて来い」

 始めからついて来るのが分かっていたような口ぶりだった。やはりゼファーには敵わないと思った。

「今回パスね」

 グレイスが手をヒラヒラと振った。

「……どうか真相を見極めてください」

 それだけを言ってツバキはゼファーの後を追った。

「全部、お見通しかよ。クリスとか言ったか……本当にいい女を惚れさせたもんだな」

 グレイスは頭を掻きながらぽつりとつぶやいた。得意の情報戦で真相を確かめる。それがこの戦いを止める唯一の手段だった。



 宗教国の頂上にある大聖堂で白い少女が祭壇に立ち男達の報告を聞いている。

「順調に進んでいるようだな」

 白い少女が無表情を崩さずにつぶやいた。

「はい。あれから穏健派と強行派共に異界の獣を使って消しました」

 先頭の男が頭を下げてつぶやいた。

「これで戦いは止まらないな」

「はい。今もトルティが異界の獣を操り陰で代行者を襲わせております」

「ふむ。犠牲が出れば相手の派閥を疑う。衝突が起きれば起きるほど相手を疑う」

「これで我らの神を邪魔をするものが減ります」

「そうだな。力が戻るまでの余興としては十分だ」

 少女が不気味に笑った。



 赤いローブを纏った男が夜の歩道を駆ける。手には黒いオーブ。歩道の木に隠れて相手を見る。相手は黒いローブを纏った穏健派の代行者だ。

「来たれ、異界の獣よ」

 オーブに命令をする。犠牲となったこの大陸の魂を代償に捧げて、異界の門が開く。そこから異界の獣が現れた。その姿は獅子だった。軽くトルティの身長を超えた獣が俊敏に地面を駆ける。代行者が気づいた時には噛み付いていた。

「簡単なものだな」

 トルティはその光景を見て淡々とつぶやいた。獅子は異界の門に代行者を引きずり込んだ。骨が砕ける音を最後に異界の門が閉まった。

 次は強行派を消す。トルティの仕事は順調だった。その順調すぎる仕事が彼を追いつめる事になる。場所を教えているようなものだった。



 ザイフォスの教会。シラヌイは黒いローブを着る。その隣ではクリスが革のジャケットを着ていた。

「シラヌイさん、これを」

 エレナが黒い革の手袋を渡す。

「いいのか?」

「はい」

 エレナが綺麗な笑顔を浮かべた。

「ありがとう」

 シラヌイがお礼を言ってから革の手袋をつける。ナイフを投げやすいように手の平だけの手袋だ。指の部分は空いている。エレナは嬉しそうに頷いた。満足した顔をしている。

「お兄ちゃん」

 ローラがクリスにマフラーを渡す。濃い赤色のマフラーだ。

「ありがとう」

 クリスがしゃがんでローラの頭を撫でた。ローラは顔を赤らめて甘えた。

「行こう」

 シラヌイが教会のドアを開ける。強行派として戦わなければいけない。たとえ戦いたくない相手であったとしても。

「ああ」

 クリスが頷く。表情は暗い。ツバキと戦いたくはないのだろう。

「お前はツバキと戦え」

「…………ああ」

 シラヌイの言葉を聞いてクリスが少しの間を置いて頷いた。それから顔を伏せた。

「戦うにしてもいろいろな戦い方がある」

「…………え?」

 シラヌイの言葉にクリスは顔を上げた。

「クリス……例えお前が言葉を武器にして戦っても私は止めない。ゼファーだろうと、グレイスだろうと止めてやる。だから……お前はお前のしたい戦いをしろ」

 それだけを言ってシラヌイは前を歩いて行った。クリスは立ち止まった。

「邪魔者は止めてやるから……さっさと説得しろ、という事ですよ」

 エレナがシラヌイの言葉を簡単にしてクリスに伝える。

「……分かった」

 それだけを言ってクリスはシラヌイの背中を追いかけた。

「……お兄ちゃん、ツバキさんの所に行ってしまうのかな?」

「……大丈夫です。ずっとあなたのお兄さんでいますよ。ツバキさんがいつかお姉さんになるかもしれませんよ」

 エレナがしゃがんで笑顔を向けて言った。

「あれだけ美人な人がお姉さんなら嬉しいな」

 ローラが無垢な笑顔を向けた。これなら安心だとエレナは思った。ツバキとローラがいがみ合うのを見たくはなかった。ただ今はシラヌイとクリスが無事帰ってくるようにエレナは祈った。



 正午を過ぎて寒さが和らいだ頃。ザイフォスに向かう道路の真ん中で黒いローブを纏ったシラヌイと、革のジャケットを着たクリスが見えた。ツバキとゼファーが表情を引き締める。

「……ここ最近の事は知っているな」

「……ああ」

 鋭い瞳を向けるゼファーに対してシラヌイもするどい視線を返す。両者は一歩も譲らない。

「待ってくれ!」

 クリスがシラヌイの前に立つ。ゼファーがクリスを睨む。

「もうそういう話ではない」

 ゼファーが異界の門に手を入れる。後ろでシラヌイも異界の門を出す。

「我が命を代償に捧げ……」

 シラヌイが武器を出す時に言う言葉がクリスの背中から聞こえる。

「戦ってはいけない!」

「……意志を貫くための力を!」

 クリスの言葉を無視してシラヌイが大鎌を取り出す。ゼファーも武器を構えて地面を駆けた。ゼファーがクリスに矛を振り下ろす。それをシラヌイが受け止める。

「……さっさと武器を出せ」

 シラヌイが低くつぶやいた。一度ゼファーの矛を弾いてから地面を蹴る。一気にゼファーに接近する。

「ちっ……!」

 ゼファーが舌打ちをして後ろに飛ぶ。

クリスはツバキを見た。ツバキの手には太刀と刀が握られている。

「武器を出しなさい」

 ツバキは下を向いたままつぶやいた。前髪で表情が見えない。

「……俺は戦いに来た訳ではない」

 武器を出さないで寄ってくる。一歩一歩と自分が斬られるかもしれないのに寄ってくる。その姿が先代のシラヌイと重なる。

「あなたたちは……いつも優しいですね。こちらの気も知らないで……」

 ツバキが顔を上げた。うっすらと瞳に涙が溜まっていた。クリスは戸惑う。

 次の瞬間にツバキは地面を蹴った。一瞬でクリスに接近する。

「武器を出しなさい!」

 ツバキが叫んで刀を振り下ろす。クリスは断固として武器を出さない。ツバキは武器を止めらなかった。クリスの肩を刀が切り裂く。クリスの顔が痛みで歪んだ。

「強行派も……穏健派もこんな事はしない」

 クリスが肩を押さえて弱々しくつぶやいた。顔はすでに青い。

「……そんな事は分かってます。ただそれを信じられるだけのものを……伝えて下さい」

 ツバキがクリスの瞳を真っ直ぐに見た。ただ言葉だけではなく、行動で示してほしい。想いをぶつけてほしいとツバキは思う。

「……分かった。たとえ記憶を失おうとも……弱き者を守るための力を!」

 クリスが銃を取り出す。取り回しのいいハンドガンを二丁だ。その銃はすでに赤く光っている。

「いきなり本気ですか」

 ツバキは微笑んでいた。あまりにも真っ直ぐすぎるとツバキは思う。でも、先代シラヌイとは違いいろいろはものをぶつけてくるのはありがたいと思った。こちらが受け取りたくないものまでぶつけてくれる。それに答える事ができる事が嬉しかった。クリスの想いを受けとるためにツバキは地面を蹴った。



 シラヌイが大鎌で一撃を当ててから後ろに飛ぶ。ゼファーの矛が空を切る。

「時間稼ぎか……お前らしくない」

 ゼファーが溜息をついた。

「らしくないか……確かにな」

 シラヌイが苦笑した。少し前の自分なら一撃当てたのなら畳み掛けている。今回はゼファーを倒すことではない。説得するために戦っている。ゼラルドが犯人を特定するための時間稼ぎだ。

「その時間稼ぎに乗るつもりはこちらにはない」

 それだけを言ってゼファーが矛を異界の門に戻す。それから漆黒の矛を取り出した。矛の柄には悪魔の鱗がついている。第五段階だ。

「これは……まずいか……」

 シラヌイの頬に汗が伝う。ゼファーが高速で地面を駆ける。その速さにシラヌイは驚愕した。ツバキ並みに速い。そして、あの硬さのまま体当たりをされたらただではすまない。

 シラヌイは横に飛んだ。すぐに着地して態勢を整える。予想していたようにゼファーがこちらに向けて駆けてくる。

「私にできるか……」

 シラヌイが大鎌を握る。ここまで使えるようになったが所詮は借り物の力。クローディアがどこまで力を貸してくれるのか分からない。

 ゼファーが矛を振り下ろす。それをぎりぎりで回避する。矛が地面に当たり地面を抉る。石が飛んでシラヌイの足に傷をつける。このままでは足を潰される。

「くっそ……!」

 シラヌイは大鎌を異界の門に戻す。ゼファーがこれを好機と見て駆ける。もし第五段階が使えなければシラヌイは切り裂かれるだろう。だがシラヌイは成功する確信があった。一度深呼吸をしてから異界の門を開いた。



 ゼラルドは時に身を隠しながら全力で走る。赤いローブをした男を、東の国に向かう道で見たという情報を得てからゼラルドは走っている。

「馬が欲しい所だな」

 馬では目立ってしまうために走っているのだ。だが一秒でも惜しい時に馬で走れないのは辛い。そんな状況でもゼラルドは冷静だった。

時折、警戒のために歩いている騎士に気づかれる事もなく目的地に進んでいた。

 ほどなく走った所で目的の人物を見つけた。確かに赤いローブの男だ。獅子を使って代行者を襲っていたトルティである。

 ゼラルドは大鎌を掴んだ。そして、音もなく消えた。

「……滅……」

 気配を消し、接近してからの高速の一撃。ゼラルドが目標を狩る時の初撃だ。あまりにも速くこれで決着がつく事も多い。トルティは反応できなかった。ゼラルドは相手が生きていればそれでいいと思った。証明ができさえすればそれでいいのだ。

だが、殺さない程度に力を抑えた大鎌がトルティを切り裂く事はなかった。

高速の影がトルティを切り裂こうとする大鎌を止める。その獅子はすぐに異界の門に戻る。高速の一撃を当てて異界の門に帰る。そして、次の獲物を見つけたらまた異界の門から飛び出す。巨大な黒い影が横切るような光景だった。神父が遠目で見たものはこれだった。

「なるほど」

 ゼラルドは瞳を閉じた。

「ずいぶん余裕だな」

 トルティは漆黒の剣を構える。他人の命を犠牲にした代行者の能力の劣化コピーだ。

「……疾……」

 低くゼラルドがつぶやく。刹那、ゼラルドが高速で回転した。高速の回転斬りである。その速さは一度瞬きをしている内に体を切断できるほどである。

ゼラルドを切り裂こうとしていた獅子の爪が弾かれる。体勢を崩した獅子の赤い瞳をゼラルドが睨む。一瞬、獅子が恐怖で縛られる。

「……殺……」

 ゼラルドが恐怖で動きが鈍った獣に向かって駆ける。獅子の巨体に高速の八連撃を浴びせる。獅子の体から濃い霧が溢れる。次の瞬間には異界の門に戻る。

「たいした腕だ。だがな」

 トルティが不気味に笑う。ゼラルドの背に異界の門が開く。ゼラルドが油断をしているのならこれで終わりだ。

「……つまらん」

 ゼラルドが消えた。獅子の爪が空を切る。獅子の右隣に現れたゼラルドが獅子を切り裂く。だが黒い霧を出すだけで獅子は戻った。これでは終わらない。

「強行派は力技しかできないのかい?」

 軽い声がトルティとゼラルドの耳に届く。

「……穏健派か」

 ゼラルドが一瞥してから辺りを警戒する。獅子がいつ出てきてもおかしくない。

「俺があいつをどうにかしようか?」

「……ふん。一人で足りる」

 ゼラルドは無視をした。次の瞬間には獅子が襲いかかってくる。

「なら勝手にやるさ」

 グレイスはグローブを身につけた手で斧を握った。トルティは剣を赤く光らせる。

「他人の命を犠牲にしてるんだってな。使い放題かよ」

 グレイスが珍しく表情を引き締める。ゼラルドはチラリとグレイスを見た。

「我らの神のためだ」

 トルティが地面を駆ける。グレイスはそれ以上何も言わなかった。斧を振り下ろすことを返答とした。



 クリスがハンドガンをツバキに向ける。迷わずに引き金を引く。手加減ができる相手ではない。リミットブレイクを行い能力が増した体がツバキの動きを正確に捉える。

 高速の二連射。それに応えるかのような一閃。銃弾が切断される。ツバキは次の瞬間にはクリスに接近する。

「防いで……」

 ツバキが刀を振り下ろす。

「見せなさい!」

 渾身の一撃。受け止めるかと思ったが、クリスはその攻撃を避けて見せた。ツバキに銃を向ける。クリスの指が引き金にかかる。それよりも速くツバキが太刀で銃を切り裂いた。残った右手の銃をツバキに向ける。そして、放つ。

 高速の銃弾をツバキは一度の跳躍で避けた。ツバキの頬に汗が伝う。ぎりぎりだった。ここまで強くなるとは思ってもいなかった。

「遠慮はいらない」

 クリスは銃を構えた。右手にハンドガン、左手にキャノン砲である。

「では……本気でいきます」

 ツバキが微笑んだ。次の瞬間にツバキの姿が消えた。クリスが瞬きした時には銀閃が見えた。



 高速で地面を駆けるゼファーを真っ直ぐにシラヌイが睨む。接触まで残り数秒。それだけあれば十分だった。

「行こう……クローディア」

 シラヌイは微笑んで漆黒の鱗を身につけた大鎌の柄を掴む。第五段階だ。

ゼファーが矛を振り下ろす。シラヌイに当たる瞬間にシラヌイが消えた。先ほどまで目の前にいたというのに。ゼファーの左から漆黒の大鎌が煌いた。咄嗟に矛で防ぐ。

「ぐっ……!」

 ゼファーの顔が歪む。あまりにも重い。この一撃はシラヌイが扱う黒竜の腕で殴られたような衝撃に近い。吹き飛びそうになる体を何とか支えた。矛を構えた時にはすでにシラヌイは接近していた。

「……これでも……食らえ!」

 鋭くシラヌイが叫んだ。大鎌で横薙ぎに一閃。ゼファーの硬化した体を切り裂く。鮮血が舞う。だがこの程度では倒れない。

 無言でゼファーが矛を構える。こちらも第五段階だ。打つ手はある。シラヌイの大鎌が当たる瞬間にゼファーは大鎌の柄を掴んだ。大鎌はピクリとも動かない。速さでは敵わないが力では勝てる。動けないシラヌイに矛を向ける。

「終わりだ」

 ゼファーが躊躇なく矛を向ける。

「どうかな」

 シラヌイは瞳を閉じる。ゼファーは迷わず矛を真っ直ぐ繰り出した。



 ゼラルドが獅子を切り裂く。黒い霧を撒き散らしながら獅子は異界の門に戻る。

「ちっ……」

 ゼラルドが舌打ちした。その気持ちはグレイスにも分かる。まるで不死身だ。こちらが赤いローブを纏った男を攻撃しようとすれば獅子は体を張って守るのだ。

「なあ……一緒に戦わないかい?」

「断る」

 グレイスの提案にゼラルドが即答。

「意地になるなよ。弱点ならあるんだからさ」

 グレイスがにやりと笑った。

「ほう」

 ゼラルドが少し興味を持った。

「弱点などない」

 トルティがすぐに訂正しようとする。

「敵も焦っているぜ」

 グレイスが鋭い瞳を向ける。

「ふっ……」

 ゼラルドが笑ってから地面を駆けた。協力する気になったのだろう。トルティを守るように獅子がゼラルドを狙う。

「頭を狙え!」

 グレイスの声を聞いて獅子の頭を切り裂く。濃い霧が獅子の頭から噴出する。だがすぐに異界の門に戻る。ここまでは一緒だ。

「何をするかと思えば」

 トルティは後ろに飛ぶ。ゼラルドが追撃をする。グレイスもその後を駆ける。再度、獅子がゼラルドを狙う。

「なるほどな」

 ゼラルドが納得したようにつぶやいた。

「実行は5秒後。俺が……決める」

「いいだろう」

 ゼラルドが大鎌を構えた。高速の一撃が獅子の頭を切り裂いた。5秒――。

 ゼラルドの横をグレイスが駆け抜ける。4秒――。

 トルティは焦りながら後退する。それを狙いグレイスが駆ける。3秒――。

 通常ならこのタイミングで獅子の攻撃が来るが今回は姿を現さない。トルティは焦った。遅れて獅子が姿を現す。グレイスの背中を噛み付こうとする。それは一秒もかからない。その獅子をゼラルドが切り裂いた。2秒――。

 そして最後の一秒でグレイスがトルティの体をグローブで殴った。トルティは口から血を吐き出して気絶する。獅子は守る相手を失いオーブに戻る。

「これで終わりだ」

 ゼラルドが大鎌を異界の門に戻す。グレイスも武器を異界の門に戻した。

「ああ。これで無駄な戦いは終わる」

 グレイスは笑顔を浮かべながら腕を回している。

「いつから気づいた?」

 ゼラルドがグレイスに質問した。

「割合すぐに。斬られた場所に応じて現れる時間にズレがあったからな。たかが一秒かもしれないが代行者の戦いにおいて一秒は長すぎる」

 グレイスはオーブを拾ってからつぶやいた。頭を斬られた際、濃い霧が通常よりも多く溢れた。その場合は出現に時間がかかる。たった一秒のズレ。そのズレを使ってグレイスが相手を攻撃、遅れて現れた獅子はゼラルドが切り裂く。そういう作戦だった。

「よく信じたものだな」

 ゼラルドが溜息をついた。

「あんた一人では狩れない」

 グレイスが勝ち誇ったようにつぶやいた。冷静に戦いを見ていた。

「そうだな。俺一人ではあの獅子を切り裂いてから接近するのは無理だ」

 ゼラルドも冷静に戦いを分析する。

「これからだが……まさかこいつをここで狩るとか言わないよな?」

「こいつを狩るのは、戦いを止めてからだ」

 ゼラルドはそう言って赤いローブを纏った男を引きずるように運んでいく。

「それはよかった」

 グレイスはほっと胸をなでおろした。こんな危険な相手と戦うのはできる限りは避けたい。そして、今も二つの派閥は戦っている。それを止めたかった。



 白銀色の刀が横薙ぎに振るわれる。クリスはキャノン砲で防ぐ。キャノン砲は音を立てて砕けていく。

「ぐっ……」

 力で押し返そうとするがビクともしない。ツバキの黒い瞳がクリスの瞳と重なった。負けられない、そうクリスは強く思った。想いを伝えたいから。

 意気込んだ所でキャノン砲が音を立てて壊れる。ツバキが距離を詰める。

「……瞬撃……」

 冷たい声が響く。その言葉が意味するのは、高速の六連撃。クリスは半歩下がる。ぎりぎりで一撃を回避。追撃の二撃目をハンドガンで防ぐ。追い討ちの三撃目がハンドガンを破壊する。残り三撃。クリスは武器を失い動きは一般人と同じだ。とても避けられない。ツバキの瞳が一瞬曇った。

「まだだ!」

 クリスは高速の刀を左腕で受け止めようとする。このままでは切断してしまう。代行者の能力を用いて硬化した腕なら受け止められる。だがクリスでは能力を使っても受け止められないだろう。しかも今は能力すら使っていない。

「あなたという人は……!」

 ツバキは刀を逆刃に変える。クリスの腕に直撃したが切断される事はなかった。だが骨が折れる音がした。

「つぅ……この程度で!」

 クリスはツバキの左腕を掴んだ。骨が折れているからかその力は弱い。だがツバキの動きは止まった。

「……斬ることはできますよ。私はそんなに弱くないです」

「知っている。俺はまだ実力が足りない。だからこんな方法でしか止められない」

 クリスは顔を青ざめて、額に嫌な汗を流して必死に訴える。

「……こんなのは卑怯です」

「そうかもしれないな」

 薄れる意識を何とか保ってツバキの腕を掴む。ツバキが顔をしかめた。鈍い感覚でも分かる痛み。クリスが真剣だと分かる痛みだった。折れた腕で懸命に握っていた。ツバキは腕も心も痛かった。

「あと5秒……これを続けるのであれば……斬ります」

 ツバキは顔を落として、右手に握る太刀に力を込めた。



 ゼファーの矛が真っ直ぐにシラヌイを狙う。

「クローディア!」

 短い叫び。それを受けて大鎌の柄が異界の門に戻る。刹那、ゼファーの後ろに異界の門が開いた。

「ちっ……!」

 ゼファーは舌打ちをした。これでは相討ちだ。突きを中断して横に飛んだ。クローディアの口が宙を噛んだ。

 慌てて着地したゼファーに向けてシラヌイが駆ける。大鎌には再びクローディアの鱗がついていた。シラヌイが鋭くゼファーを睨む。今の自分ならできる気がした。師匠の技を脳裏に思い浮かべる。8年前に教えてもらった技。あの時は全く使えなかった高速の技だ。



 8歳のシラヌイが大鎌を支えにして立っている。黒いローブは切り裂かれてボロボロ。細い腕は切れて血が出ている。

「はぁ……はぁ……」

 荒い息を整える。刹那、高速の影がシラヌイを襲う。シラヌイは大鎌を構える。

「……滅……」

 その声を聞いた時に背後から一撃。シラヌイは反応できずに背中を斬られる。その衝撃を受けて倒れる。

「立て」

 ゼラルドが短く命令する。体に力が入らない。体から血が流れる。起き上がろうとして、また倒れた。

「立てと言っている」

 ゼラルドがシラヌイを蹴る。仰向けに倒れていたシラヌイが回転して、上を向いた。シラヌイの胸倉を掴んで立たせる。

「う……ゴホ……」

 シラヌイが血を吐いた。その血がゼラルドの顔についた。そんな事はお構い無しにゼラルドが睨む。

「それで終わりか?」

「ま……まさか……」

 シラヌイがか細い声で返す。ゼラルドがシラヌイを離す。よろめいたが何とかシラヌイは立った。

「次で終わりだ」

 ゼラルドが消える。シラヌイは瞳を閉じた。

「……滅……」

 同じ技だ。どこから来るかは分かった。後ろだ。シラヌイは一瞬で振り返って大鎌で防いだ。

「あぁぁぁーーーーーーーー!」

 シラヌイが叫んだ。渾身の力で大鎌を押す。ゼラルドは力を抜かない。ありったけの力で押してくる。それに負けない力で押し返してから、後ろに飛んだ。始めて防げた。その瞬間にシラヌイは膝をついた。目が霞む。倒れる瞬間にゼラルドが支えた。

「よくやった」

 ゼラルドはそれだけを言った。その言葉を聞いてシラヌイは気絶した。



 シラヌイが過去から戻る。時間にして一瞬だ。

「……滅……!」

 渋く技名をつぶやくゼラルドとは違いシラヌイは気合をともなった叫びを上げた。ゼファーは慌てて振り向いた。だがその時には背中を斬られていた。

「ぐっ……!」

 ゼファーが背後に振り向いた時にはシラヌイは消えていた。背後から殺気。ゼファーの首に大鎌がピタリと止まった。

「終わりだ」

 シラヌイが冷たく宣言する。

「殺せ」

 ゼファーが観念したようにつぶやいた。

「死にたければ勝手に死ね」

 それだけを言ってシラヌイは大鎌を異界の門に戻した。ゼファーの目が見開く。

「生きていくなら……一度だけでいい。信じてくれ」

 シラヌイがゼファーの背中につぶやいた。この距離なら今のゼファーなら容易く斬れる。

「……証拠がないのなら信じられん」

 ゼファーは時計周りに回転した。矛がシラヌイの首でピタリと止まる。シラヌイは瞳をつぶっていた。

「それで構わない。だけど……今だけは」

 シラヌイがゆっくりと瞳を開いた。黒い瞳がゼファーの瞳と重なる。信じられる強く優しい瞳だった。敵である事がこれほどまでに悲しいと思ったことはない。ゼファーはクリスよりもシラヌイを評価している。迷わず戦い、それでいて譲れない事はとことんまで貫く。その頑なな姿勢は自分と似ているとさえ思う。

「あと数分……待とう」

 矛をピタリと止めてゼファーがつぶやいた。

「十分だ」

 シラヌイはそれだけを言って微笑んだ。ゼファーの顔が驚きで変わった。シラヌイが始めて敵である自分に笑顔を向けた気がした。人は成長するものだと思う。今のシラヌイは先代シラヌイと同じ雰囲気を感じる。この二つの派閥を一緒にしてくれると信じられる強さを感じた。



「……2……1……」

 ツバキのカウントが進む。ツバキが太刀を逆刃に変える。逆刃での容赦ない一撃があと一秒後に繰り出されることだろう。これでは同じだとクリスは思う。ここでツバキに負けたら何も伝えられない。次の瞬間にはクリスは後ろに飛んだ。ツバキの太刀が空を切る。

 ツバキが追撃のために距離を詰めたのと、クリスがハンドガンを異界の門から取り出したのは同時だった。太刀か刀どちらがくるかを咄嗟でクリスが判断した。

「負けない!」

 クリスは一歩を踏み出した。左手で握るハンドガンで振り下ろされた刀を防ぐ。すかさず右手に握るハンドガンを放つ。ツバキが太刀で弾を両断した。それと同時に刀を押し込む。クリスが左手に握る銃が音を立てて壊れていく。もって一秒。

「これで!」

 クリスは右手に持ったハンドガンを捨てた。拳を作りツバキの胴に渾身の力を込めて叩き込む。

「効きません」

 痛覚が鈍いツバキに拳での攻撃は通用しない。太刀の柄でクリスの頭部を殴打する。クリスがバランスを崩す。

「まだだ……!」

 すかさず異界の門からハンドガンを取り出して右手で掴む。クリスの頭部から血が流れる。気絶してもおかしくない強さで殴った。だがクリスは真っ直ぐ前を見た。頭から血が噴出しても真っ直ぐに向かってくる。その気合に押されてツバキが半歩後ろに下がる。銃で狙ってくるかと思ったがクリスはその半歩の距離を詰めた。ハンドガンをツバキの頭部に突きつける。代行者であっても頭部に弾丸を受けたら無事ではすまない。ツバキの頬に冷や汗が流れる。負けるとは思っていなかった。だからリミットブレイクも使わなかった。その甘さにつけ込まれてしまった。これは実戦だ。これで命を落としても文句はいえない。全ては自分の責任である。ツバキはそっと瞳を閉じた。クリスが引き金を引くのと同時に、クリスを切り裂く事はできる。でも、それはしたくなかった。刀を下ろす。クリスが次にどうするか待つことにした。

「武器をしまってほしい」

「嫌です」

 ツバキが即答した。穏健派として最後まで戦いたい。穏健派のためなら例え知った顔でも、好意を抱いている相手とでも戦う。命が尽きるその時まで。その覚悟がなければ代償を払ってまで戦えないのだ。

「……そうだよな。俺でもそう言う」

「……分かってるではないですか。撃っても構いません」

 ツバキはゆっくりと瞳を開いてクリスを見た。その時にツバキの顔が驚きに変わる。クリスは悲しそうな顔をしていた。分かりやすい人だと思う。ツバキは自然と笑顔を向けてしまった。

「……あなたに殺されるなら……」

「殺したりなんてしない! 二つの派閥を一つにして……同じ目的のために一緒に……!」

 ツバキの言葉に対してクリスが言葉を返す。だが最後まで言えなかった。ツバキは左手に握る刀を放して、クリスの口を一指し指で塞いだ。

「あなたに殺されるなら、私は構いません」

 綺麗な笑顔を浮かべてツバキが言い切った。クリスは危うく銃を落としかけた。ツバキが言う意味を測りかねている。

「しっかり握っていないと落としますよ。落としたら……今度は確実に気絶させます」

 油断なく太刀がクリスの頭部を狙う。ツバキからは大人の余裕が感じられた。その時にツバキの前方から人影が見えた。

 赤いローブを纏った男を肩に担いだゼラルドと、怪しいオーブを手に持ったグレイス。

「戦いを止めろ!」

 グレイスがゼファーとツバキに叫んだ。

「……命拾いしたな」

 ゼファーはそれだけを言って矛をシラヌイから放す。

「ああ」

 短くシラヌイが返答をした。だが次の瞬間にシラヌイがバランスを崩した。極度の緊張状態が続いたためだろう。殺気を含んだ矛をずっと見ていたら正気ではいられないだろう。よく耐えたといっても過言ではない。

「大丈夫か」

 ゼファーがシラヌイを支えた。ゼファーの厚い胸板にシラヌイは顔を埋め、大きな手に右腕をつかまれた。その瞬間にゼファーの顔が驚きに変わる。シラヌイの腕があまりにも細かったからである。そして、もたれてきた体はなんと軽い事か。これが自分を追いつめた代行者シラヌイだというのか。

「すまない」

 シラヌイはそれだけを言って離れた。シラヌイも驚いた顔をしていた。まさか助けてくれるとは思わなかったらしい。

「構わん」

 ゼファーは掴んでいた手を離してグレイスがいる所に歩いて行った。

「旦那、なかなか絵になるシーンだったなー」

 グレイスがにやにやと笑ってゼファーを見た。

「ふん。俺は売れ残りのおっさんだ。絵にはなるまい」

 腕組みをしながらゼファー。

「つまらんなー。でも、シラヌイちゃんは違うかもよ」

 次は獲物をシラヌイに。

「……お前は口を開くとそれだな。師匠、そいつが原因ですか?」

 珍しく敬語でゼラルドに尋ねる。

「ああ」

 短くゼラルドがつぶやいた。

「なら終わりだな」

 それだけ言ってツバキとクリスを見た。二人はどうしていいのか分からないという顔をしている。

「早く武器をしまえよ。夫婦漫才を見せるな」

 銃をツバキの顔に突きつけ、ツバキは太刀をクリスの頭部に。とんでもなく近い距離で視線をぶつけ合う二人。

「……終わりだな」

 クリスはゆっくりと銃をツバキの頭部から離す。ツバキはゆっくりとクリスから離れた。お互いが武器をしまう。

「ええ。原因が分かった以上戦う理由はありません」

 安堵したようにツバキが笑顔を向けた。

「……先ほどの言葉は……」

 クリスが言いよどむ。

「言葉通りの意味です」

 とびきりの笑顔でツバキが言った。クリスの顔が真っ赤になる。

「では……今度は協力できるといいですね」

 ツバキが背を向けた。その背中にクリスは言葉をかけることができなかった。手加減をしているツバキに勝っても意味はないのだ。こんな時に伝えても駄目だ。そう思いクリスはツバキに背を向けた。

「……甲斐性なし……」

 ぼそりとツバキがつぶやいた。慌ててクリスが振り向いた。ツバキは振り向かない。空耳だったのかと思ったがそれを確かめる方法はなかった。



 時刻は深夜。赤いローブを纏った男を強行派、穏健派の司祭立会いの元に尋問を行ったが必要な情報は得られなかった。男は目覚めるなり自らの舌を噛み切ったのだ。二つの派閥は即座に動き、両派閥の戦闘を中止した。その知らせを聞いた時にはこの時刻となっていた。

 教会に入ってすぐの長椅子。祭壇に祈りを捧げるために用意された物だ。そこにシラヌイは座っていた。運動用の楽なウェアに着替えて祭壇を見ていた。その隣にブロンド髪の修道女が腰を降ろした。

「シラヌイさんがぼうっとしているのは珍しいですね」

「…………そうか?」

 若干反応が鈍い。エレナはシラヌイを覗き込む。真っ直ぐに前を向いていた。

「はい。鈍いです」

「……そうか。いろいろあったからな」

「ふーん。気になりますね。いい男でも見つかりましたか? 今からなら子供くらい残せそうですよ?」

「なにを言ってるんだか。寿命が残り二年半の女なんて誰もいらないだろう」

「そんなに短いんですか。でも、私が男なら放っておかないですよ」

 エレナが笑顔を浮かべてシラヌイに抱きついた。

「おい」

 シラヌイがエレナを引き剥がそうとする。だがピクリとも動かない。

「いいではないですか。寂しいシラヌイさんを温めているんです。心も……体も。シラヌイさんはいつも冷たいから」

 エレナがそれだけを言ってシラヌイを温め続けた。シラヌイは真っ直ぐに前を見ていた。そして、考えていた二つの派閥が一緒になれる日の事を。


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