一目ハシビロコウ
ハシビロコウが好きだ。いつからかハッキリと覚えていないが気が付けばハシビロコウを見つければ心が踊った。
会社の同僚に聞かれたことがある。
「なぜハシビロコウなんだ」と心から出た疑問と言うより何となく聞いただけ、世間話のようなものだったが私は「ただなんとなく」とだけ答えた。
「そうなのか、でも他にも可愛い鳥がいるだろう」
「例えば?」
「セキセイだのフクロウだの世間的に可愛いとされている鳥はいっぱいいるなかでなぜハシビロコウなのだ」同僚は私に投げかければ投げかけるほど首を傾げる。
私は「じゃあ君の好きな食べ物を挙げてみてくれ」と質問で返すと「蕎麦が好きだな」
「じゃあなぜ好きなんだ」と聞くと「味が好きだ」と答える。
「そんな感じだ、結局好きというものは曖昧なものだろう」
そんな話をしていたなと思い返した。私は車を走らせて近所の動物園へと向かっている。目的は勿論ハシビロコウである。
何故好きなんだろうと考えた。例えば曲一つ取ったとしてもこのメロディが好きだの歌詞が良いだの、挙句の果てには恋人が好きだから好きだと言う人だっているだろう。
食べ物に至ってはただ味が好き以外にあるもんか。飲み物だってそうだろう。人なんて顔が良い、性格が良い、声が良い、匂いが良い、色々あれど結局曖昧だ。
私が今日何となく選んだ缶珈琲にだって拘りはない。ブラックの珈琲であればなんだっていいと思いなんとなく選んだ一つである。
拘りと好みは違うのであろうか、そもそも好きというのはどれだけいい加減で曖昧な物か。それでも好きというものはハッキリと私の中にあるもんだから私の疑問は常に膨らんでいく。
そんな事を考えていればふと元恋人のことを思い出す。記憶というものは厄介だ、こんな些細な疑問から嫌なものも良いものも自分の意思と関係なく呼び起こされる。思い出したのは当然前者の嫌な方だ。
私のような偏屈を好んだ女だった。そんな人間がいるんだなとその時はただぼうっとしていたが今になればそんな人間一人として居なかった。
思案を巡らせていれば直ぐに動物園へと着いた。車を停め入場ゲートへと歩き出す。ハシビロコウだけだ、あのじっと湿度を感じる目を一目見て帰る、あの大きな大きな嘴と、すらっとした脚を見て、帰る。
獣の臭いが近くなってきて期待が高まってきた。道中には餌やりコーナーだとか、ゴリラにライオンなどの動物園ならではというようなラインナップだった。
周りにはカップルだの家族だので賑わっていた。私がいるからきっと奇数にしかならないなと思ってしまうほど周りは偶数の集まりだった。その偶数も曖昧な好きから集まる集合であると思うとどこかその集合すらも曖昧なものに感じてしまう。
「いかんいかん」と早くハシビロコウに会おうと少し足早に鳥のコーナーへと向かった。
「アナタってなんでそんなに私を見るの」
「見ちゃダメかな?」
「別にダメって訳じゃないけど、アタシ気づいたのよあなたの目ってね」
ハシビロコウにようやく会えた。彼、または彼女はすらっとした脚でしっかりと大地に立ち、どこかを見つめていた。
やはり良い、グレーの羽に大きな嘴、それにじっと見つめる鋭い目。この子は間違いなく生きているなと感じる。他の動物が生きてないなんて言うつもりはないが、やはりハシビロコウだけは何か特別だなと感じる。
「お前は、きっと真っ直ぐ世界を見てるんだな」
ハシビロコウはただ他所を見る。じっと立って彼、または彼女の世界を捉えている。私とは違う。
「あなたって鳥みたいよね」
「また目の話?」
「うん、真っ直ぐ見てくれるのに心は此処にない」
「不安にさせちゃったのかな」
「ううん、そんなんじゃないわ」
「きっと貴方は気まぐれというより自分の世界でしか生きれないのよ」
「じゃあこの君を好きって感情はなんなんだろうね」
「消去法でアタシだったのよ、好きなんて消去法で最後に残った一個なのよ、初めに選ばれる一個なんかじゃないわ」
ハシビロコウは背中を向けた。長い足でゆっくりと大地を踏みしめ歩き出す。
最後の一個なら大事にしていた筈なのに。
君はきっとまだ消去法を使っていたんだ。私はきっと最後の一個だったんだ、それだけだ。




