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魔法使い達の過去




 ラスルが目を開くと辺りは闇に包まれていた。


 全身を襲う倦怠感に身を起こすとどうやら宿屋の一室の様で、窓から差し込む月明かりでぼんやりと室内が照らされている。


 息苦しさと倦怠感―――魔力を抜かれたせいかふらつきも伴う。

 大きく息を吐いて上体を起こし寝台の上で足を組むと、誰もいないと思っていた室内に人の気配を感じた。

 顔を向けると壁に背を預け立ったまま腕組をしている男……シヴァの姿が目に入る。

 面識はなかったが、黒の光を操る魔法使いでラスルの真名を知っている男と言えば思い当たるのは一人しかいない。


 「あなたシヴァでしょ?」


 ラスルは亡くなった祖父から聞き及んでいた、母親の夫の名を口にした。

 男は瞳を閉じると口角を上げふっと笑い、次に目を開いた時にはしっかりとラスルを見据える。


 「オーグに聞いたか―――」


 オーグとはかつてイジュトニアの魔法師団で師団長という、軍部で最高位の位についていたラスルの祖父である。


 「オーグは私の事を何と?」


 黒の光という特殊な魔法を操る存在として、シヴァもかつては魔法師団に身を置いていた。

 魔法使いとしての攻撃や治癒の力は期待できないが、黒の魔法使いには魔法が効かないうえ、魔法を封じる力を持つ存在としてのシヴァは敵に回すには厄介な存在。その為黒の魔法使いは存在が露見した時点でイジュトニア王家に忠誠を誓わされる。


 ラスルがシヴァについて祖父から聞き及んでいたのはそういう一般的な事と、彼が祖父の娘、ラスルの母であるイシェラスの夫だったという事位である。


 「特別な事は何も……ただ、姿を消したあなたの身を案じていた。」


 母の夫だったが、シヴァはラスルの父親ではない。

 ラスルの母イシェラスはシヴァと婚儀を上げた翌日―――イシェラスに横恋慕していたイジュトニアの王ウェゼートによって攫われる様にして王宮に連れて行かれたのだ。


 「力及ばず申し訳ない事をしたと―――ずっとあなたの身を案じて捜していた。」


 ラスルの言葉にシヴァはふっと鼻で笑った。


 「オーグ一人にどうにか出来た問題ではない。それにオーグが案じたのは私の身ではなくウェゼート王の身だ。」


 金の光を放つオーグでさえシヴァに力を封じられては無力に等しい。

 妻を奪われ姿を消したシヴァがいつ復讐に出るか……たとえ王の我儘で娘の幸せを奪われ、自身は王の横暴に抗議の意味を込めて魔法師団長の座から身を退いたとしても、王に忠誠を誓っていたオーグがウェゼートの身を案じるのは当然だ。


 「それで目的は何。愛しい妻を奪ったウェゼートの娘であるわたしを殺したい?」


 ラスルの左胸に刻まれた刻印。それはウェゼート王の、王家の血を引く者だという証だ。


 シヴァはラスルに懐かしむ様な視線を向ける。


 「お前はイシェラスにそっくりだな。」


 だから一目で分かったと、シヴァはラスルの座る寝台に歩み寄って来た。ラスルは逃げずにシヴァを見据える。


 「愛しいイシェラスの娘であるお前に刃を向ける気はない。だが利用はさせてもらう。」


 愛しいイシェラス―――そう口にしながらもラスルを見下ろすシヴァの視線は先程と打って変わって氷のように冷たい物へと変化していた。ラスルを通して婚儀の翌日、愛しい妻を攫って行ったウェゼートを見ているのだろうか。


 「わたしに利用価値なんてないわ。」

 「何の冗談だ?」


 シヴァは馬鹿にするように喉を鳴らして笑う。


 「お前がスウェール国内にいると言うだけで、ウェゼートは何の見返りも求めず無償で軍を差し出したのだぞ。お前の命がかかればあの男は殺戮だろうとなんだってやってのけるさ。」

 「殺戮?」


 ラスルの言葉にシヴァは口角を上げ無言で微笑んだ。


 「あなた何する気? イジュトニアに何をやらせるつもりよ?!」


 声を上げた瞬間、鉛の様に重い体が揺らいで寝台に沈む。魔力を奪われた後遺症だ。

 力を使い過ぎて倦怠感を覚えた時もあったが、全ての力を無理矢理抜き取られた気だるさはその時の比ではない。恐らくまともに立って歩くのすら困難であろう。

 魔力が戻るのにどれ程の時間がかかるのか……戻ってもまた同じ様に抜き取られてはたまらない。


 シヴァは自分を使ってイジュトニアとの間で何かをしようとしている。

 ウェゼートの事などどうでもよかったが、イジュトニアにはラスルの大事な人の存在がある。何としてでもシヴァの下から逃げ出してイジュトニアに害が及ぶ事だけは避けたかった。


 ラスルが寝台に倒れ込むと、シヴァは元いた位置に戻り壁に背を預けて腕を組み瞼を閉じる。

 目の前で見張られているのには腹が立ったが、とにかく休息を取って一刻も早く力を取り戻さねばならない。

 苛立ちを無理矢理抑え込み、ラスルは瞼を閉じて眠りに意識を集中するが、囚われの身ではそう簡単に眠れるものではない。しかもこんな時に思い出すのは、けして思い出したくない過去の出来事。


 ラスルは瞼を開け、壁に身を預けて腕を組むシヴァに視線を這わせた。

 シヴァもラスルの過去にもとづく犠牲者の一人だ。

 ラスルは息苦しさに身を捩ると、シヴァに背を向け再び瞼を閉じた。







 黒の光を宿す魔法使いは魔法の国イジュトニアでも異端の存在で、最高峰で希少とされる金の光を宿す魔法使いよりもさらに数が少ない。

 だが魔法使いの力を封じ込めるという異質な能力を持つため迫害を恐れ、その中にあってすら存在を公にしたがらず、黒の光の魔法使いはいつしか故郷を捨て異国へと身を置き、純血種は根絶状態であった。


 存在自体が迫害の対象で名乗りを上げ王家に忠誠を誓って後も、脅威である黒の存在に魔法使い達は心を開かず冷たい視線を送り続ける。

 黒の魔法使いであるシヴァが王に忠誠を誓い魔法師団に籍を置いてからも、同胞からの異質な脅威に対する迫害は止む事はなかった。


 だがそんな中で好奇の視線を向けていたのが当時の魔法師団師団長オーグの娘、イシェラスであった。

 イシェラスは他の魔法使いとは全く違う視線でシヴァを見て、珍しい黒の魔法使いの力を知りたがった。実際に力を奪われた時にどうなるのかと、拒絶するシヴァを言い含め試してみた事もあったらしい。美しく利発で聡明な、誰にでも好かれるイシェラスがシヴァに好奇心を持ち常に傍らで接するようになったことで、周囲のシヴァに対する見方も徐々に変わって行った。

 やがて二人が恋に落ち結婚するという頃になると、周囲はシヴァが黒の魔法使いであるにもかかわらず、誰もが二人の門出を祝福してくれるようにまでなっていたのだ。


 だがそんな幸せも長くは続かなかった。

 イシェラスに好意を寄せていたのはシヴァや他の男達だけではない。イジュトニアを治めるウェゼート王ですらイシェラスに思いを寄せており、イシェラスが他の男と婚姻を結んだと知った翌日、ウェゼートはイシェラスをシヴァから奪い去ったのだ。


 王の不当な扱いにオーグは抗議し、娘を夫の元へ返すよう進言するがウェゼートは聞き入れなかった。それどころか後宮に閉じ止め、父親であるオーグも含めて、けして誰にも合わせようとしなかったのだ。

 オーグがイシェラスに再会できたのはそれから数ヵ月後、イシェラスがウェゼートの子を身籠ったと知れた時である。

 イシェラスが王の子を宿したと知ったオーグは魔法師団を退団し、夫であるシヴァはその日から姿を消した。魔法師団に属する者が行き先も告げず勝手に姿を消す事は絶対に許されない。シヴァは姿を消したその日より大罪人として追われる身となった。 

 そうしてウェゼート王が、王としての地位も威厳も忘れしでかした暴挙で生まれたのがラスルである。

 


 ラスルは背中の向こうでシヴァの息遣いを感じていた。

 国から追われる身となったシヴァは今まで何処でどうしていたのだろうか。

 

 ラスルは生まれると王の子の証である刻印を刻まれたが、王の興味は子にはなくイシェラスにだけ向いていた。

 ラスルは母から引き離されオーグの下で育てられる事になるが、イシェラスはラスルを生んで間もなく心労と出産の疲れから病に伏し命を落とした。


 幼いラスルを連れて大陸中を歩いたオーグは世界をラスルに見せるという名目の下、黒の魔法使いであるシヴァを捜し求めていた。


 イジュトニア国内ならともかく純粋な魔法使いは異国では目立つ存在である。にもかかわらずシヴァの消息は掴めぬまま時が過ぎた。

 やがて高齢に達したオーグの体も病にむしばまれ、ラスルはウェゼートの元へと返される事となる。

 捨てたに等しい娘だったが、赤子の頃とは違い当時十二歳だったラスルはイシェラスの面影を宿す美しい少女に成長していた。


 突然王女としての地位と教育を押し付けられたラスル。その傍らでは常にウェゼートの視線が纏わり付いた。


 王宮に馴染めないラスルの身を案じるかに優しく接してくれるウェゼートに、母の不幸を知るせいで王の事を快く思っていなかったラスルも心を開きかけたが、何気に触れる手、絡みつく視線が気になり緊張を和らげる事が出来ない時間を過ごした。


 そんなラスルにウェゼートは離れていた時間を取り戻すかに親密に接し、国のまつりごとも王太子である第一王子のイスタークに任せきりになってしまっていた。

 やがて二年の時が過ぎ、ラスルは堅苦しい王宮での生活に我慢の限界が近づいていた。そんな時にスウェールから末の王女……つまりラスルを次代のスウェール王妃として輿入れさせて欲しいという申し入れがなされる。


 その申し出を受けたのは政を預かっていたイスタークで、直前になるまで国王であるウェゼートには伏せられたままになっていた。

 これは父王のラスルに対する異常な愛情を見抜いていたイスタークの判断だったが、この判断によってウェゼートのたがが外れてしまう。


 ウェゼートは時を追う毎にイシェラスに似て来るラスルを、娘ではなく一人の女として見るようになっていたのだ。


 城に戻ったラスルを王宮という籠に閉じ込め、自分以外の男の目に触れさせる事すらさせなかったのである。実際ラスルが異母兄であるイスタークに会ったのも殆どないに等しく、会話を交わした記憶もなかった。


 そんなウェゼートがラスルの輿入れが決まったと聞いて激怒したのは言うまでもない。

 ウェゼートはラスルの眠る寝室に怒り心頭で乱入すると、実の娘であるラスルに襲いかかったのである。

 『イシェラス、そなたを誰にも渡すものか―――!』

 ラスルは自分を組み敷きながら母の名を呼ぶウェゼートの声を間近で聞いた。


 父王の唇が執拗に身体を這い、必死で抵抗するものの押さえつけられ纏わり付く手が離れる事はない。衣服を引き裂かれ、膨らみ始めた乳房を愛撫する手に全身の血が凍り付き、あまりの恐ろしさに声を上げる事も叶わなかった。

 ラスルは絶望の涙を流し、魔法を使い拒絶する事も、舌を噛み切る事すら忘れていた。

 

 抵抗と諦めが入り混じる中で体に圧し掛かる重さが突然失われたと思った瞬間、ラスルは腕を引かれ誰かの胸に抱き竦められていた。


 視界の端には壁際まで吹き飛ばされ唸りを上げるウェゼート王の姿が映ったが、ラスルをしっかりと胸に抱いた腕はその場からすぐに退散する。


 見上げた先にあったのは若い青年の姿だった。

 裸のラスルを胸に抱いた青年は人目を避け暗い廊下を歩くと、自室の寝室へ運び込んで優しく寝台に下ろし、小刻みに震えるラスルにシーツを撒きつけ肌を隠してくれた。


 『ラウェスール、私が分かるか?』


 青年の問いにラスルが首を振ると瞳に溜まっていた涙が零れ落ち、青年は零れた涙を指の腹で拭いながら名を告げた。


 『私はイスターク、そなたの異母兄あにだ。』


 異母兄と名乗り微笑む青年に、ラスルはウェゼートがラスルに見せていた異質な微笑みとは違うものを見付けほっとする。何時の間にか体の震えも治まっていた。


 『イスターク……わたしのお兄さん?』

 『そうだ、そなたの兄だよ。』


 優しく微笑んで抱きしめられ、その優しい温もりにラスルはほっとして安堵の涙を流した。 



 その後イスタークはラスルを夜の闇にまぎれ城の外へと逃がし、ラスルは祖父のオーグが余生を過ごしているスウェールの森を目指した。

 人としての禁忌を犯しかけたウェゼート王は、イスタークに魔法で弾き飛ばされたお陰で一線を超える事だけは免れたが、ラスルに対する申し訳なさと後ろ髪惹かれる許されない思いに交差され悩み続ける。

 ラスルを再びウェゼートの前に出す事は同じ過ちを繰り返すだけと判断し、イスタークはラスルを死んだものとして処理し、ウェゼートもそれに応じて逃げたラスルの後を追う事はしなかった。


 ラスルを病死したものとして処理する事でスウェールへの輿入れの話も当然立ち消え、わざわざスウェールに手を貸す必要もなくなった。

 だがラスルが身を寄せた森がスウェール国内にあるため、政務に復帰したウェゼートは自国の誇る魔法師団を何の見返りも求める事なくスウェールに向かわせ、スウェールはフランユーロに辛くも勝利する事が叶い今に至る。


 


 己が身と、それに関わる人々に起こった過去を思い出していたラスルは一睡もする事なく朝を迎えた。


 それから暫く後、ラスルは魔法力が回復する度にそれをシヴァに抜き取られ、慢性的な倦怠感に襲われ寝たきりの状態が続く。

 その間にラスルの身は国境を越え、やがてフランユーロへと足を踏み入れていた。

 




 



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