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変な娘



 豆を全て剥き終えたラスルは、膝に頭を預け気持ちよさそうに眠るアルゼスを見下ろす。淡い金の髪が柔らそうでつい手を伸ばしたくなったが、触れた瞬間昨日のように抑え込まれ関節を外されてはたまらないと慌てて手を引っ込めた。


 眠った顔はよく見ていたが、木漏れ日の下で改めて見てみるとやはり整った綺麗な顔をしている。男性だというのに透き通るような白い肌はきめ細かく、長い金の睫毛がまるで人形の様だ。


 幼い頃から祖父に付いて大陸中を回って来たラスルの目には、スウェールの人間は男女を問わず整った容姿の人間が多いと映っていたが、カルサイトとアルゼスを見ていると更にそれを肯定された様な気がする。髪や瞳の色も輝く様に美しくて、黒ばかりのイジュトニアとは大違いだ。陰気な自分とは大違いだと美しい色を纏うスウェールの血に僅かな羨望を抱いた。


 「そんなに見つめられるとさすがに照れるな。」


 青い目を開いてアルゼスは膝枕されたまま上を向く。


 「起きてたの?」

 「気配には敏感なんだ。」


 情勢が落ち着き戦争はないとはいえ、スウェールの第一王子であるアルゼスには暗殺という身の危険が付き纏っている。命の危険が伴う世界で人の視線や気配には人一倍敏感だ。強い視線を感じれば眠っていても目が覚める体質になってしまっていた。  


 そんなアルゼスだったが、不思議な事にここに来てからは何故か熟睡出来ていた。魔物によって受けた傷のせいで極度の疲労もあったかもしれない。しかし今だってラスルの視線に目を覚ましはしたが、野外において敵を気にする事無く深い眠りに落ちる事などかつてあっただろうか? たとえここが魔物の巣くう森の奥で人の訪れがないとはいえ、大して知りもしない昨日今日会ったばかりの娘の膝を借りて眠りに付いたなど……今思うと自分でも不思議だった。一度死にかけて何か悟りでもしたのかと呆れ気味に自問自答する。


 「お前はこんな所に一人でいて寂しくはないのか?」


 アルゼスの青い瞳はラスルを通り越して木漏れ日の向こうにある空を見ている。ラスルもそれに釣られ上を見上げた。


 確かに祖父が死んで暫くは寂しかったが、それは大事な家族を失った悲しみによるものだ。人恋しい気持ちはあったけれど、恋しければここを出て行く事だって出来たのにそうしなかったのは、恐らくここを気に入っているからだろう。


 「今はもう寂しくはない。ここにいれば魔物も人も近付いて来ないし、とても静かでいい所だよ。」

 「確かに静かではあるがな―――」


 だが若い娘が一人で住まう場所でもない。


 「イジュトニアに戻りはしないのか?」


 アルゼスの言葉にラスルの体が僅かに硬くなる。


 「何だ、まさかお尋ね者か?」


 アルゼスは顔を弛め笑ったが、ラスルは眉間に皺を寄せた。


 「違うわよ。あの国はわたしの肌に合わないだけ。」

 「本当か? もしそうなら遠慮はするなよ。お前はスウェールの第一王子の恩人なのだからいくらでもとりなしてやる。」


 父親との間に大きな問題があり、飛び出した時点でイジュトニアに戻る気はなかった。それに父親といっても幼少期には抱かれた記憶すらなく、物心付いた時から祖父と行動を共にしていたラスルにとっては他人も同然だ。僅かな時間を同じ屋根の下で暮らしたが、その間も彼が父親だと実感する事もなく終わってしまったし、父もラスルを娘と感じてはいない。


 「本当にお尋ね者とかじゃないから。ただあの国にはいい思い出がないの。だから帰る気もない。」


 寂しそうに呟き遠くに視線を馳せるラスルをアルゼスは静かに見つめていた。


 「だったら城に来るか?」

 「城ってスウェールの?」

 「お前には礼もせねばならん。それにお前の様な力を持つ魔法使いはこちらとしても大歓迎だ。」

 「わたしじゃ役に立てないよ。」


 人を殺める気のないラスルに戦闘力として期待されても困るというものだ。

 

 「そう言えば人は殺めないと言っていたそうだな?」


 アルゼスはゆっくりと頭を起こすとラスルの隣に座った。ラスルは感じていた温もりが消え軽くなった膝を抱える。


 「人間は綺麗事じゃ済まされない。それで殺されそうになった時はどうするんだ?」

 「その時は死に物狂いで抵抗するよ。」

 「それでも駄目なら?」


 それで駄目ならどうするだろう。ラスルは首を傾げて考える。


 「さぁ、わかんない。」


 運命としてあきらめるか、抵抗の先で魔法を使って攻撃するかになるのだろうが、その局面にない今のラスルに判断は付かなかった。


 「解らない……まぁ確かにそうだな。人は命に危険が迫ると、咄嗟にとんでもない行動に出る事がしばしばあるしな。」


 そもそもラスルがそんな場面に陥る事があるかすら分からない。


 「だが今は戦争もない穏やかな治世だ、必要なのは攻撃だけじゃない。お前の治癒の力は相当なものだ。それを役立ててみようと言う気にはならないか?」

 「わたしは人の役に立てる程立派な人間じゃないし、ここを出て城に行く気はないよ。」


 なるべくひっそりと、穏やかに暮らすのが望みだ。それなのにラスルの様な魔法使いがスウェールの王城に舞い込んだらどうなるだろう。

 ラスルも自分の力が強力なものだというのは心得ている。それ故、既にスウェールの城で地位を築いているであろう魔法使い達にとっては邪魔な存在になり得ると分かり切っているし、そんな目立つ場所に出て行く気も更さなかった。そもそも人付き合いは苦手なのだ。


 「俺の誘いを断った娘はお前が初めてだぞ。」

 「こんな薄汚い娘を相手にしなくても、お城に帰れば王子様に相応しい相手が待ってるわよ。」


 それもそうだなと認めながらアルゼスはラスルの乱れた髪を撫でつける。


 「もとはいいのだからもう少し形振りかまってはどうだ?」


 乱れていると言うよりも相当絡まっている。手櫛でなおすよりも先ずは絡んだ束を解くのが先の様だった。


 「どうせすぐもつれるんだからこのままでいいの。」


 ラスルはアルゼスの手を払い除け頭を庇う。


 「髪もだがどうしてそんなに薄汚れたままでいるんだ。風呂がないなら仕方がないが立派な湯もあるだろう?」


 無頓着にも程があるといわれ、ラスルはクンクンと鼻を鳴らして自身の匂いを嗅いだ。


 「カルサイトにも言われたけどやっぱり臭うかな?」

 「臭くはないが……お前からは薬草の匂いがして老婆を連想させる。」

 「老婆?」


 アルゼスは頷いた。


 「王室専属の薬師が老婆でお前と同じ匂いをさせている。」


 だから少しは女らしく身なりに気を使えと言ってみたつもりだったのだが、アルゼスの気持ちはラスルには通じなかったようで。

 だったらまだ大丈夫だなと、ラスルは身なりを気にするのをやめてしまった。









 

 



 夕食に出された煮豆をスプーンで口に運びながらアルゼスはラスルに疑問をぶつける。

 アルゼスの周りにはラスルの様なイジュトニア生まれの純粋な魔法使いというものは存在しておらず、とても物珍しく映り興味を惹かれていた。


 「魔法使いというものは肉は食わないのか?」


 豆は昼間摘み取られたもので甘く味付けされている。アルゼスも多少手伝ったので幾分美味しい気もするが、ここで出される食事がいつも野菜だったので聞いてみたのだ。


 「違うよ。肉がないから食べないだけ。」


 ここは森だ。得ようと思えばいくらでも動物の肉は手に入れる事が出来たが、罠を仕掛け捕えて捌くという煩わしい行為をしてまで食べたいとは思わない。


 「王子様が食べたいなら今夜中にでも罠を仕掛けて来るけど?」


 多少面倒だが貧血のアルゼスにとっては造血の薬よりも新鮮な肉や肝の方が血になりやすいからなと、ラスルは口に運んだ豆を咀嚼する。


 「お前は狩りもできるのか?」


 女だてらにと言う意味合いが込められていたが、ラスルはそんな事にはまるで気付かなかった。


 「獣道に罠を仕掛けるだけだから狩りって程じゃない。」

 「それも祖父に教えられたのか?」

 「そうだけど?」


 何でそんな事を聞くんだと不思議そうに見つめるラスルに、彼女の祖父は孫娘にどんな教育をしたのかと興味が湧く。ラスルのような娘はアルゼスの周りに一人もいないのだ。


 「お前の祖父も金の光を放つ魔法使いだったのか?」


 一度見ただけだったが、アルゼスが対峙した魔物の頭を吹き飛ばしたのは金色の光だったのを覚えている。アルゼスはそんな光を放つ魔法使いなど過去に一度も見た事がなかった。



 スウェールは剣の国であるが魔法使いがいない訳ではない。魔法使いの力の強さは放つ光の色で現され、スウェール王宮仕えの魔法使い達は皆混血で、彼らが魔法を放つ時の色は大抵が青や緑といった配色だった。珍しい所で白もいたが、混血の魔法使いの中で白色というのはかなりの力を持っている証だ。だが白色を放つ魔法使いであっても純血種であるイジュトニアの魔法師団に属せる程の力は持ち合わせてはいない。


 スウェールがフランユーロとの戦いの時に力を借りたイジュトニアの魔法師団の魔法使い達が纏う色はその殆どが深紅で、その深紅の光を受けた者はまるで炎に焼かれたかに変わり果てた。

 寡黙で人との交わりを嫌うイジュトニアの魔法師団に属した純粋な魔法使い達は、魔法について多くを語りはしなかったが、彼らが纏う色は大抵親から引き継がれるもので、混血が進むと先祖代々受け継いだ色は失われ、最終的に魔法使いは世界から消滅してしまうだろうと話していた。

 そんな彼らとの会話の中で、魔法使いで最も強力な力を宿す色は金だと聞いた覚えがある。それが事実なら、いまアルゼスの目の前で豆を口いっぱいに頬張っているラスルは、魔法使いの中でも最も強力な力を持っているという事になるのだ。

 

 ラスルはアルゼスの詮索の裏に何があるのかなど疑いもせず、質問が多くて面倒だと思いながらもそうだと頷く。


 「ならばお前の一族は魔法使いの中にあって最も優れている事になるな。そんなお前がどうしてこんな所で燻っている?」


 今朝方同じ様な質問をした時は争いに身を置きたくないと答えられた。そんなラスルが過去にどんな戦いに身を投じたのか知りたいと思ったのだったが、ラスルの答えは意外なものだった。


 「魔法使いの中で言うなら一番強い力を持つのは黒だよ。」


 黒―――?

 初めて聞く色にアルゼスは眉間に皺を寄せた。


 「そんな色を宿す魔法使いがいるのか?」


 ラスルは豆を口に運び、ゆっくりと咀嚼してから飲み込んだ後で話を続けた。


 「わたしも聞いた事があるだけで実際に会った事は一度もない。黒の魔法使いは人間にとっては大して害になる力は持たないけど、わたし達魔法使いにとっては敵に回したら一巻の終わり。黒い光を操る魔法使いには魔法が効かない上、他の魔法使いの力を完全に封じて魔力を奪い去ってしまうんだって。」


 魔力を奪われた魔法使いなど恐れるに足らない存在だ。純潔の魔法使いほど魔法力に優れているが、体力的には普通の人間が持っている程の力もない。アルゼスが手にする様な剣を持って戦ったりといった事が出来ないのだ。その為力を封じられたら逃げる以外に生き延びる方法はない。


 「お前は大陸中を旅して来たんだろ、それで出会った事がないのなら今は存在しないのではないか?」

 「祖父の友人に黒の魔法使いがいたって聞いたからイジュトニア国内にはいるんじゃない?」


 ラスルの死んだ祖父は、その友人である黒の魔法使いを捜して旅をしていた。彼の一族が生き延びているのなら、イジュトニアの何処かを捜せば他にも必ずいる筈である。圧倒的に数が少ないだけであって、祖父の代にはいたものが絶滅したとは考え難い。


 「味方に付ければ魔法使い戦には大きな戦力になるって事か?」


 魔法が効かないのであれば魔法で攻撃されても不死身だし、相手の力も封じてしまえる。


 「個人戦では行けるかもしれないけど戦場ではどうかな?」


 煮豆を食べ終えたラスルは水洗いしただけの白い根菜をアルゼスに勧めるが、アルゼスが首を振って断るとラスルはそれを自らの口に運んで丸かじりにした。


 「戦場ではどうとは?」


 根菜をかみ砕く音が薄暗い屋内に響き渡る。


 「魔力を奪うにしても底なしに奪える訳じゃない。魔法使い数人分ってのが限度じゃない?」


 底なしに相手の力を奪い封じられるなら、イジュトニアの頂点に立っていたのは黒の魔法使いという事になる。だが現実には束になれるだけの数もなかったのだろう。だからイジュトニアの頂点に立つ魔法使いは黒ではないのだ。


 「なるほどな。数が少ないうえに限度があるなら束になってかかっても王位は奪えないか。」 


 たとえ黒の魔法使いが王位を奪ったとしても、彼らの魔法力が大したものでないなら直ぐに他国から侵攻を受け国を失ってしまうだろう。そう考えると黒の魔法使いというものは、強大な力を持つ魔法使いに対して一種の歯止めの様な役割を持つのかもしれない。



 アルゼスは席を立って薬草が置かれた棚を物色するラスルを視線で追った。


 「話を戻すが、お前もお前の祖父も金の魔法使いという事は。もしかしてお前はイジュトニアに戻ればそれなりの身分をもつ身ではないのか?」


 アルゼスは袖を通している黒いローブに最初に触れた時に違和感を感じた。祖父の物だというローブは着古してはいるがかなり上等な生地が使われており、作りも細やかで一流の職人技だというのが見て取れる。昼間ラスルの膝を借りて眠った折も、同様にすべらかな生地の感触があった。


 恐らくこの辺りの事はカルサイトもアルゼス同様に感じ取っていたのだろう。カルサイトがラスルに対する態度は単に命の恩人だからという訳ではなく、一人の対等な身分ある女性に対してする接し方とさほど変わりはしなかった。

 薄汚いうえに何の教養も持ち合わせていないと思われるラスルだが、所々でそうではないと思わせる節がある。たとえ洗っただけの根菜をそのまま口にくわえて歩き回っているとしてもだ。

 何よりもそう思わせられるのは、ラスルの態度がスウェールの王子を前にしてのものではないという事。恐れずに会話できる様は一般庶民の態度にしてはあまりにも自然で砕け過ぎているのだ。


 「それなりの身分って?」


 アルゼスの眼光が鋭くなる。


 「王族とか?」


 その言葉にラスルはくすりと笑うと、すり鉢と数種の薬草を手にして戻って来た。


 「祖父に関して言えば、若い頃こそ魔法師団でそれなりの地位を築いた人だったらしいけどそんなんじゃないよ。それに王やその直系が纏う色は深紅が多いの。金を纏っていてもそれはあくまで素質であって、魔法その物の威力は経験によって大きな差が出るから、同じ金でもわたしと祖父では雲泥の差があるよ。」


 という事は―――ラスルの祖父はとんでもない力を持った魔法使いだったという事になるなと、アルゼスは息を吐き出しながら腕を組んだ。


 先の戦で力を借りたイジュトニアの魔法師団に金の魔法使いは存在しなかった。

 ラスルの攻撃魔法は一度しか目にしてはいなかったがあれは相当なものだ。一撃で魔物ヒギを倒す程の力が深紅の光を放っていた魔法使いにもあるとは言い難い。あったとしても、ラスルのように容易く出来るだろうか。

 もとは魔法師団に属していたラスルの祖父といい、イジュトニアは何故彼らを手放したのだろう?


 聞けば聞く程ラスルがこんな場所に隠れ住む理由が知りたくなったが、聞いても同じ答えが帰って来るか話をはぐらかされるだけの様なので口を噤んだ。しつこくして壁を作られるのは避けたい。


 スウェールにこの様な力を持つ魔法使いが存在するなら、何をおいても手元に置いておきたいと思うのが国を治める側の意見だ。

 ラスル側に事情があるにしても、何らかの理由を付けてここから連れ出す事は可能だろうが……命の恩人でもあるし無理矢理というのは問題だ。それにカルサイトの情報だとラスルは人を傷つける事を禁忌にしている様子。彼女の持つ治癒力だけでもかなりの魅力があるが、それでは争いに巻き込まれた時には死なせてしまいかねない。

 


 腕を組んで考え込むアルゼスは、ふとラスルの手元に視線を移す。先程からすり鉢で薬草をすりつぶしていたが、それに自身がかじりついている根菜の先に付いた緑の葉を千切って入れ始めた。


 嫌な予感がする。というか嫌な予感しかしない。


 「それは何だ?」

 「王子様の薬。」

 「いや……折角だがもう必要ない。」


 昨日口にした味を思い出しアルゼスは思わず仰け反った。


 「滋養が付くから飲んでもらうよ。」


 ラスルはアルゼスにそれを差し出すと小さいながら笑顔を向ける。


 「これから罠を仕掛けて来る。肉が手に入れば今回が最後だから。」


 だから飲んでと淀みない瞳を向けられると、さすがのアルゼスも手を伸ばさない訳にはいかない。

 

 恐る恐る口を付けると慣れたのかもしれないが、昨夜口にした時よりも幾分飲み易かった。が、耐えがたい味であるには変わりない。

 アルゼスが全て飲み干すのを見届けたラスルは立ち上がると外に通じる扉に手をかける。


 「何処に行くんだ?」

 「何処って、罠を仕掛けに行くって言ったでしょ?」


 人の話を聞いていないのかと眉間に皺を寄せるラスルに対して、アルゼスは逆に顔を顰めた。


 「女子供が出歩く時間ではないぞ?」


 辺りは既に闇に包まれている。この辺り一帯がショムの木に守られ魔物が寄りつかないとはいっても、暗い森に潜む危険はそれだけではない。


 「慣れてるから大丈夫よ。それに今のうちに仕掛けておかないと昼間は罠にかかり難いから。」


 標的は小動物だが、獣は夜間に行動するものだ。昼間狙うよりも夜の方が罠にかかる確率も高い。

 迷いなく扉に手をかけたラスルの肩にアルゼスの手が置かれた。

 綺麗な顔に似合わず、剣を握るに相応しい硬い掌の感触が衣服を通して伝わる。


 「俺も行く。」

 「えっ、邪魔だよ。」


 一国の王子を捕まえて邪魔だと?!


 生まれて初めて投げかけられた言葉に驚愕しかっとなったものの、ここは冷静にとアルゼスは己に言い聞かせる。


 「ならば行くな。肉など食わずとも明日には回復している。」

 「そこまで万能な薬じゃないよ。」


 それにしては凄まじい回復力だが?

 口には出さなかったが、今朝まではかなり強いふらつきがあった。それが今は大して気になる程でもない。


 「自分の怪我がどんなだったか分かってる? 再生させたとは言っても一度は臓器を失ってるんだし、出血の量も生死を左右しかねない位酷かったんだから大人しくいい子で待ってってよ。」

 「いい子でって……お前なぁ。」


 俺はいったい何歳の子供だとアルゼスは眉を下げた。


 「すぐに戻って来るから、ね?」


 まるで小さな子供に言い聞かせるように首を傾けて見上げるラスルに、アルゼスは力なく苦笑いを浮かべる。どうやらラスルは本気で言っているようだ。


 「すぐに戻って来れる距離なら付いて行っても構わないだろう?」


 ここで問答しても埒が明かないので話を進めると、今度は辟易した様にラスルが深い溜息を漏らした。それを見たアルゼスは溜息を吐きたいのはこっちだと小声で愚痴る。 


 「まったく王子様なんだから大人しく待ってればいいのに……」


 ラスルの小さない呟きにアルゼスは眉を顰めた。


 「お前は女の自覚があるのか?」

 「あるに決まってるでしょ。」

 「ならば少しは警戒しろ。」

 「ここいらじゃこれが普通だって。つべこべ言うなら置いて行くよ?」


 ここいらにはお前しか住んでないじゃないか―――!


 そう突っ込みたくなったが止めておく。問答を続けてまた一人で行くと言われては面倒だ。

 アルゼスは黙って剣を取るとラスルの後に従った。

 


 




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