彼の面影
スウェール東の地に広がるフェルナードと呼ばれる地域。
カルサイトの実家であるフェルナード家は、その広大かつ緑豊かな豊饒の大地を領地とし、スウェール建国時より長きに渡りこの地を治め続けていた。
遥か昔より大陸の東の地に住まいこの地を治めて来た家系であるが故、いつの時代になっても余所者に対して厳しい目を持っている。ましてイジュトニアという普通の人間とは異なる力を持ち、国家を挙げて隠匿した様な生活に浸る魔法使いであるラスルが、『何を考えているか解らない陰気で不確かな存在』と思われるのも当然だった。
豊饒の大地であっても当然冬ともなれば雪に閉ざされる。
北風吹きつけ冷たい雪の降りしきる中、ラスルはクレオンに伴われフェルナードの領地に入り、カルサイトの生家を訪れていた。
石造りの重厚で巨大な砦を思わせる屋敷の中は暖房設備が整っているのか想像以上に温かく、ラスルは目深に被ったフードを取る。
ラスル一人で訪れていたなら門を潜る事すら許されなかったであろう。
それを見越したアルゼスが同行を申し出たのだが、王太子自らがそのようなまねをする訳にはいかず、それなら事情を知る自分が行った方が話が早かろうと、ラスルが拒否したにもかかわらず同行してくれたクレオンにラスルは深く感謝する。
フェルナード領主サーガはラスルとクレオンに椅子を勧め、二人が着席するのを見届けてから自身はテーブルを挟んだ向いに腰を静かに下ろした。
白髪交じりの銀髪に、年を重ね僅かに濁りを帯びた紫色の瞳。容姿はあまり似てはいなかったが、カルサイトはこの父親から髪と瞳の色を受け継いだのだろう。
だがラスルを見据えるその瞳は何処までも冷たい。
「時折こうして訪れて来る者はいたが、王太子の側近を証人として伴って来た娘は初めてですよ。」
こう言ってはなんですが死人に口無しですので―――と、目の前に座る男は軽蔑の眼差しでラスルを一瞥した。
「何せ相手はカルサイト殿、その死を利用し一儲けをと考える輩がいるのは当然です。」
こう言った類の会話に慣れているのか、クレオンはなんら動じることなく冗談のように言葉を返す。
「で……そちらのお嬢さんは多少の金銭では引く気はないと?」
突然現れた、亡き息子の子を宿すと語る怪しい娘。莫大な財産と権力を持たずともその怪しさには誰であれ警戒するだろうし、この様な事態が初めてではないサーガは何のためらいも抱かず、ラスルの神経を逆なでし、貶めるような言葉を口走って来る。
目的は金だろうと告げられるが、ラスルはクレオンに前もって忠告されていたお陰で動じずにすんだ。
「彼女の望みはフェルナードの全財産そのものですよ。」
クレオンの直球その物の言葉に、流石のサーガも僅かばかり顔色を変える。
「―――王太子の御落胤を我が家で引き受けよと?」
「流石に調べが早い―――と言いたい所ですが。残念ながら彼女と殿下にそのような事実は有り得ない。」
クレオンの言葉に、サーガは馬鹿らしいと鼻であしらった。
「貴方自身で揉み消された事実があるではありませんか。」
「見ての通り彼女はイジュトニアの、しかも最高峰の力を宿す魔法使い。真にそんな事実があるならこちらとて手放しは致しませんよ。」
「何を言われる。王家が異形の力を求めたのは先の争いにおいて情勢が危うかった時のみ。あの時以外にイジュトニアの地より妃を求めた過去など一度たりとも存在しないではありませんか。」
今更何を馬鹿なと鼻で笑うサーガに、同じ様な含み笑いを浮かべるクレオン。その様子を黙って見守っていたラスルは、この馬鹿らしいやり取りに何の意味があるのかと首を捻る。
ラスルの前に座るカルサイトの父親は既にラスルの事情を知っているのだ。恐らく全てにおいてくまなく調べ上げているに違いない。だというのに互いが騙し合いの様な問答をして何が楽しいのか。
ここにある事実は恐らく一つ。
サーガはラスルの腹に宿る子をカルサイトの子として認めたくないのだ。血統にほんの少しでも疑問があるなら認める訳にはいかない。しかも、彼は魔法使いという存在を毛嫌いしている。
異種なる魔法使いの力に頼りながらもそれを嫌う……スウェールという国においては当然といえる事実だ。
大きな原因はこの国に籍を置く魔法使い達の傲慢さ故なのだろうが、スウェール王家の直系であるアルゼスやカルサイトから、ラスルはほんの僅かにも魔力の匂いを感じた事がない。特にカルサイトの生まれたフェルナード家は剣術を得意とし、己のみの力を持って代々王家に貢献し地位と権力を有してきた。生粋のスウェール人であり、異国の血、ましてや魔法使いの血など受け入れてきた家系ではないのだ。
異なる種族を嫌う、それはイジュトニアの魔法使い達と似通った感情であるが故ラスルにも理解できる。だからこそ本来ならラスルも子の将来を面識もない相手に託すようなことはしたくないのだが、背に腹は代えられない。どんなに望んだとしても死に行く身では生まれて来る我が子に何もしてやれないのだ。今のラスルは、カルサイトという人を育ててくれた彼の両親を信じるしかなかった。
それに初めて目の当たりにしたカルサイトの父サーガはとても厳格そうで冷たい瞳をしているものの、例え気に食わぬ魔法使いの産んだ子とてカルサイトの血を引いているなら、決して蔑に扱い辛い環境に追いやったりはしないだろう。カルサイトと同じ紫の瞳は厳しいが、ラスルはサーガに対して清廉潔白な印象を抱いたのだ。
冷め始めたお茶をすすりながら牽制し合う二人を見守っていたラスルだったが、時間がないという思いが気を焦らせ思わず口を挟む。
「腹の子は間違いなくカルサイトの子です。あなたの不満が異種族であるわたしに対してだけならこんなやり取り意味がない。」
「意味が、ないと?」
サーガは鋭い目つきでラスルを睨むと、手にしたカップを皿に戻した。
「羊飼いや狩人、父親が誰か特定すら出来ぬ卑しい輩もいたか……そんな女達が次々に押し掛け腹の子の父親はカルサイトだと主張する。煩い蝿故僅かばかりの金を渡せば大人しくなる所か更につけ上がるのだ、相手にするのも馬鹿らしい。お前の様な輩とて本来なら顔を合わせたくもない所だが、姑息にもクレオン殿という駒まで引き連れて来られては邪険にも扱えまい。」
更に憎悪を孕んだ視線がラスルを射抜いたが、そんな視線など慣れ切っているラスルは何の衝撃も受けない。逆に余裕の表情でサーガを見つめる。
「でも、あなたは知ってるのでしょう?」
腹の子がフェルナード家の血を、カルサイトの子である事などとっくに調べはついている筈。でなければ例えクレオンが同行していたとて、サーガはラスルと対面などしなかった筈なのだ。
「ああそうだとも。だからこそ故余計に腹立たしいのだよ。」
心底悔しそうにサーガは呟くと、しょうがないと言わんばかりに長い脚を組み直した。
「子が無事に生まれたなら責任を持って引き受けよう。だが魔法使いを嫁とは認めん。第一息子と婚姻関係にもなかった娘などに我が物顔で屋敷をうろつかれては目障り極まりないからな。」
「よかった……それだけが心配だったから。」
ほっとしたラスルの表情にサーガは眉間に皺を寄せつつ、その内側にある真実を見極めようとする。が、嘘偽りない、ラスルの望みは子の命の保証だ。実家であるイジュトニアを頼れぬ身で、且つサードにまで拒絶され生まれて来る子を路頭に迷わせる訳にはいかない。
子供が生きていける場所さえ確保できるなら、魔法使いに対するサードの考えを矯正し、自身に良い印象を持ってもらいたいなど微塵も思ってはいなかった。魔法使いの血を引きはしても、生まれて来る子は子で、自らが彼らとの絆を築いて行ってくれるだろう。
そうとなれば残るラスルの不安、望みは一つ。
「子が生まれるまでは森で生活したかったの。」
けして安住の地とは言い難いが、ラスルが祖父と定住した唯一の場所。帰れる場所はあの魔物の巣くう森以外にないし、ラスルにとってはこの世界で唯一心落ち着ける場所でもある。
だがそんなラスルに対し、次に声を荒げたのはサードの方であった。
「あんな場所で子を産もうというのか?!」
あんな場所……?
思わずもれた声にラスルだけではなくクレオンもサードを凝視した。まるでそこを訪れ、自身の目で見て来たような言い草ではないか。
「あ、いや……そのだな……」
ラスルが屋敷へ居つくのを拒絶しながら反対の声を上げた。しまったとばかりにサーガは視線を反らしたが、ラスルはそこに彼なりの気使いを垣間見た様な気がしてほっとした。
実際サードがあの森を訪れた訳ではなかったが、ラスルという存在を耳にして即座にくまなく調べはつけていた。
王太子一行が魔物に襲われ全滅しかかった危険な森。そんな場所で赤子が生まれるなど……生まれても無事でいられるのかという不安がサードの脳裏を掠める。魔法使いが気に食わないのは事実だが、失った息子の血をひく子を宿しているのもまた事実なのである。
「わたしにとっては何処よりも落ちつける大切な場所です。最期を迎えるならあそこがいい。」
最後は呟く様なラスルの言葉に、クレオンは神妙な気持ちに陥りながらも無表情を貫き、サードは持ち上げかけた腰を椅子へと戻す。
何処からどう知ったのか、既にサーガもラスルの命が短いという事実を把握している様子だ。ここへ来て隠す理由も何もないのだが、愛した人にだけ告げる事の出来なかった隠し事が今や筒抜けとは……何故全てをカルサイトに話さなかったのかと、今更ながらに後悔の念がラスルに押し寄せた。
「取り合えず細かな話は明日にでも。長旅でお疲れでしょう、すぐに部屋を用意させます。」
話しの矛先を変える様にサーガが気難しい顔つきのまま掌を打つと、乾いた音が部屋に響く。
「折角の御好意ですが私は私は取り急ぎ王都へ戻らねばなりません。ですが彼女はこのままおいて行きます。彼女の身はお任せしてもよいという見解で宜しいのでしょう?」
クレオンの言葉を苦々しい表情を浮かべ聞いていたサーガは、渋々と言った感じで息を吐きながら頷いた。
「疑いの余地がない以上は仕方がないですな。」
「素晴らしい情報網をお持ちのようで感服致します。」
魔法使いという異種族を嫌う心を変える事は出来ないだろうが、確実に己の血を引く直系を後継ぎとして残したい気持ちには逆らえまい。カルサイト以外に子のいないサーガにとってラスルが腹に宿す『孫』を逃せば、家督はサーガの手を離れ分家へと引き継がれてしまうのだから。
現にカルサイト亡き今、水面下では分家筋の輩が集い、我こそが次なる領主に相応しいと躍起になって醜い争いを始めているのだ。
そこへ突如として現れたラスルは彼らにとっては極めて厄介な存在となる。
身の危険もあるがそれはラスルがイジュトニアの魔法使いという血筋が功を奏するだろう。ただの非力な娘ではない。迂闊に手を出せば返り討ちに合うまでだ。サーガがどれ程魔法使いというものを嫌っているにせよ、彼が望む血筋の子はラスルの腹に宿る儚い命一つ。足掻いたとて認めるほかはない。
アルゼスを惑わす存在であるラスルをクレオンはあるべき場所に送り届けると、長旅の疲れも見せずその足で都へと引き返して行った。
もとは忙しい身。出来るなら関わりを持ちたくないと思っているクレオンが、ラスルに付いてこの様な旅に同行したのもアルゼス絡み故、用が済めばさっさと王都に戻るのが当然だ。これ見よがしに休日を楽しむ柄でもない。
ラスルはサーガに逆らう事はせず、申し出を素直に受けるとこの日は屋敷へ留まる事に決めるが、彼女も当然図々しくここに居を構えるつもりはない。ラスルの目的はあくまでも子の将来をカルサイトの両親に託す段取りであって、自身がこの地に留まる事ではないのだ。
一つ一つの調度品は高級だが落ち着いた雰囲気の客室に案内され、出された夕食を軽く口にする。食べても吐いてしまうのでほんの少量だが、温かなスープを口にし、雪の世界で冷やされた体が温まるのを久々に感じた。
床に就く時間になって扉が叩かれ返事をすると、年の頃は四十代半ばと思われる小柄な女性が姿を現した。
淡い茶色の髪を緩やかに編みあげ、身に付けているのは全体的にふわりとした生地を使用したドレスだが、ウエストを締め上げた窮屈そうな衣装を身に付けている。だが派手過ぎず、柔らかで優しい雰囲気を醸し出していた。
女性は薄緑の瞳でラスルを見つめた後でふわりと微笑むと、ほんの少しだけ優雅に首を傾ける。
とても美しい女性だ。若い頃は……いや、今でも十分に異性を引き付ける魅力を持っている。ラスルは彼女を前にし、それが誰であるのか一目で理解する事が出来た。
「床に伏せっていたものだから、ご挨拶が遅れてしまってごめんなさいね。」
「カルサイトの……お母さん?」
瓜二つといっても過言ではない。カルサイトの美貌は母親譲りで性別の差こそあれ、そこにはまるで目の前にカルサイトが佇んでいるような錯覚を覚え、ラスルは目頭が熱くなるのを感じた。
「初めまして、カルサイトの母親セルジーナよ。」
小鳥がさえずる様な、軽やかな声色で名を告げたセルジーナはラスルに歩み寄ると、白く温かな手でラスルの冷たい両手を取り握り締める。
「もうずっと前からあなたにお会いしたいと思っていたの。」
そう言って優しく微笑むセルジーナとカルサイトが重なり、ラスルはあまりの申し訳なさに涙が込み上げて来た。そしてその場に蹲ると、嗚咽を漏らしながら咽び泣く。
「ごめんなさい……ごめんなさい。わたしのせいでカルサイトが―――!」
ラスルの目にはたった一人の我が子を失い、以来セルジーナが床に臥せりきりだった様子が手に取る様に分かった。
眠れぬ夜を過ごし続けたのか、優しげな目の下に深く刻まれたくまがセルジーナの美貌に影を落としている。日中夫のサーガと共に姿を見せなかったというのに、日も暮れた就寝前の時刻になって身なりを整えラスルを訪れたのも、突然屋敷を訪問したラスルを一目見る為、無理を押して身支度を整えたに違いないのだ。化粧を施し血色良く見せているのも見てくれを良くしようというのではなく、床に臥せり衰えた身を隠す為でラスルに対しての配慮であろう。傍らにいるだけで体温を感じ取れるのも、少しでも肌の色を良く見せようという気使いから湯に浸かっていたに違いない。
カルサイトの死が辛く重いのは何も自分だけではない。領主としての務めを果たすサーガとてそうだろうし、まして目の前のセルジーナは母親なのだ。子を身に宿したラスルにはその痛みが理解できる。そして彼らにその痛みを与えているのはほかでもない、目の前にいる自分なのだと思うと、申し訳なさと償いきれない思いで心が張り裂けそうだった。
そんなラスルの傍らにセルジーナは膝をつくと、嗚咽を漏らして泣くラスルの背を優しく撫でる。
「何を謝るの、謝るのはこちらの方。夫が酷い事を言ったでしょう? わたしが側にいれば口にはさせなかったのに……配慮が足りなくてごめんなさいね。」
根は優しい人なのよと、明るく告げるセルジーナにラスルは幾度となく首を振る。申し訳なさに彼女の優しさが止めどなくラスルの胸を抉るのだ。
「言われて当然。カルサイトを死なせた報いはこんなものじゃ済まされない……」
「まぁっ、何て事をおっしゃるの?」
ラスルの言葉にセルジーナは心底驚いたように声を挙げた。
「あなたはとても大きな勘違いをしているようね。」
小さな溜息を一つ落とすと、セルジーナはラスルの手を引いて長椅子へと導き共に腰を下ろす。
「ねぇ、よく聞いてちょうだい。カルサイトが死んだのはあなたのせいではない。あの子は―――あなたと子を守る為に命をかけたのよ。」
そう口にするとセルジーナはラスルよりも小柄なその身に、漆黒のローブに身を包んだ娘を抱き寄せた。
「フェルナードを離れたあの子がここに戻るのは年に一度あるかないか。あの子は寂しがるわたしの為に時折便りをよこしてくれたわ。そうして何年も続いた便りの中に初めて女性の名が出たの。それがあなただった。命を救ってくれたイジュトニアの魔法使いで、とても不思議な女性だと書かれていたわ。たったそれだけだったけど、あの子があなたに惹かれているのだとわたしにはすぐに解ったのよ。」
ラスルの背を優しく撫でながらその時を思い出す様にセルジーナは薄緑の目を細める。
ラスルについて特別な感情を現す言葉など一つも書かれてはいなかった。が、カルサイトが母に宛てた数ある手紙の中で、女性について語られたのは後にも先にもあの時だけだったのだ。それがカルサイトの命と、主であるアルゼスの命を救ったからだと言えばそれまでだが、カルサイトは常に命を懸けアルゼスの傍らに有り続けた。命を救われたというのは、言い変えれば己の失態を報告する様なものだ。しかも選び抜かれた精鋭たちが命を落とした場で、たった一人の娘に救われたなど母親に報告する内容でもない。
それを取りとめもない日常であるかに手紙に記したカルサイトの心情。ラスルはカルサイトの心に本人さえ気付かぬまま、何の妨げもなく当然のように入り込んでしまっていたのだろう。
「あの日、西の森であなたに出会わなければカルサイトはあの場で命を落としていた。あの子が生き延びたのはこの日の為……あの子がこの世に生きた証を残せたのは、あの日あなたがカルサイトの命を救い、その救われた命で大切な物を守ったからよ。」
出会いも死も初めから決まっていた物なのかもしれない。カルサイトはラスルに出会い、愛して、ラスルと共に生きた証を残す為に存在した。別れはとても悲しい出来事だが、誰にでも平等に訪れるものだ。あの日カルサイトがラスルに出会わなければ、セルジーナはカルサイトの亡き骸に縋る事も、今はまだ体内に宿るとはいえ、愛しい我が子の忘れ形見に触れる事すら叶わなかったのである。
「でもカルサイトは何も知らない―――!」
ラスルの体内に宿る命の存在には気付いていなかった。
そう言って己を責めるラスルに、セルジーナはそれは違うと首を横に振る。
「ちゃんと知ってるわ。見えなくても感じられなくてもきっと側で見守っているはずよ。あの子の死はけしてあなたのせいではないの。愛する者を守り抜いたあの子の信念をどうか否定しないであげて頂戴。」
全てが本意ではなかったかもしれないが、国を想い主に忠誠を誓い、何よりも愛する人を守って失った命。騎士としての使命を全うしたカルサイトを否定しないで認めて欲しい。
そう微笑むセルジーナに返せる言葉がなく、ラスルは無言のまま漆黒の瞳から大粒の涙を落とす。
愛する人に守られた……与えられた命。
それを否定するのは愛しい人そのものを否定するに等しい。
心の内で消化しきれない想いを抱え、ラスルは愛する人の面影に縋りつき嗚咽を漏らし続けた。