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同族との戦い



 ラスルが目にしたのは息絶える多くの人間。


 黒焦げになった遺体からは肉の焼ける独特の異臭が放たれていた。

 生き残る騎士や兵士は両軍入り乱れ、剣を手にし互いの命を狙い合って戦いを繰り広げている。生きている者も多くが剣による傷と共に火傷を負っていた。



 生ける者と死せる者―――いったいどちらが多いのか。


 判別もつかず、ラスルは地面に敷き詰められた遺体の隙間をぬって進んで行く。傷付き倒れた生者を癒す余裕すらなかった。



 何故こんな事になっているのか―――ラスルが探し求めるのは鎧に身を包んだ者ではなく、漆黒のローブを纏う魔法使い。

 事態を知らせた兵士の言葉でイジュトニアがフランユーロに付いたかと思われたが、目に見える状況だとイジュトニアの魔法師団がフランユーロに味方し攻撃を仕掛けている様には映らない。被害は大きいが相手まほうつかいはごく少数であると窺えた。



 より強力な魔力を求め意識を集中すると、さほど遠くない場所で爆音が轟く。

 視線を向け注視すると、さほど大きくはない魔法使いの群れがあるのが解り、その中心には更に強力な力が感じ取れた。今まで以上に足を速めると、戦いで傷付いた白いローブの魔法使い達が黒いローブに身を包む一人の魔法使いを取り囲んでいる。


 スウェールの魔法使いは魔力の不足を補うため剣を握り、果敢にも攻撃を仕掛けていたが力の差は歴然。剣に魔力を込め攻撃を仕掛けてもそれが敵に届く事は無く、仕掛けた攻撃は容易く身体ごと弾き飛ばされている。

 彼らが負っている傷の殆どは、仕掛けた攻撃をそのまま返された事による負傷だ。でなければこの程度の怪我で済みはしない。

 誇り高いスウェールの魔法使い達も力の差を歴然と感じているのか、ラスルが駆け寄ると黒いローブに一瞬新たな敵と驚きながらも、顔を確認し味方と認めほっとした様な表情を見せる。そして言葉も無く道を譲った。



 

 

 


 




 「あなた……誰?」


 ラスルは対峙した魔法使いの奇怪な様子に直ぐ様気付いた。

 乱れたというだけではすまされないぼろぼろの頭髪。ローブから覗く青白い汚れた肌には多くの引っかき傷が残り、それが自傷の痕であるのは明白だ。

 問うても返事はない。

 ただ上下左右に揺らぐ淀んだ瞳がラスルを捕えると一瞬落ち付き、魔法使いは大きく首を傾げた。


 にやりと不敵な笑みが漏れる。

 

 はっとした瞬間、魔法使いは今までにない素早さで深紅の光を発し、幾多にも連なる光の矢をラスルめがけて放った。


 あまりに速い動きであった為ラスルの反応が遅れる。

 防御の壁は間に合わず、体中に深紅の矢が突き刺さるのに合わせラスルは己の体に回復の魔法を施した。

 突き抜けた深紅の矢は赤い血飛沫を誘うが、矢が肉体から離れた瞬間に傷痕は塞がる。

 傷が綺麗に癒されるのに遅れ全身を痛みが襲い、焦りを感じたラスルの背に冷たい汗が伝った。

 

 深紅の光を宿す魔法使いに対し、黄金の光を宿す魔法使いであるラスルの方が力は上だ―――それも格段に。しかし対峙する魔法使いの動きはラスルの比ではない。宿す力の差はあっても相手は戦い慣れた、魔法を戦いの道具として鍛え上げた、イジュトニアの魔法師団出身者である事が容易に想像できた。

 

 精神が異常であるのは一目で解る。にも関わらず、体に刻まれた戦い方は鈍る事が無い。ラスルを見て戦う相手と感じ取ったのもその力を見抜き、心の奥底にある本質が招き起こしたのだろう。



 「ラスルっ―――!」

 「来るなっ!!!」


 背後からの呼びかけに振り返る余裕はなく、ラスルは魔法使いに視線を向けたまま叫ぶ。

 来ては駄目だ―――周囲に構っている暇はない。

 

 ラスルの体が淡い黄金の光に包まれると、対峙する魔法使いも口角を上げにたりと不敵に笑い深紅の光に包み込まれる。

 淀んでいた瞳は黒く艶を帯び、ラスルを前にし唯一の敵と戦いに歓喜しているかで、ラスルはそれを恐ろしいと感じた。

 この狂った魔法使いは欲望一つで動くのか? それが純血の魔法使いが抱く強者に対する本質的欲求だったとしても、向けられた感情がラスルに向けられるウェゼート王の執着に似ている気がして悪寒が走る。


 何時になったら抜け出せる?

 何時になっても父王の呪縛から抜け出す事は叶わない。


 答えは決まっているのに問い、諦めの悪さに嫌気がさす。

 己に向かって容赦なく放たれる深紅の光に対抗し、ラスルも迷う事無く黄金に輝く光を放ち続けた。

 人を傷つけるなとか、同族だとかで躊躇する暇はない。やらなければやられるし、根底にある力がラスルの方が上だとしても、それを存分に使いこなす為の訓練を受けてはいない。対峙し感じるのは、狂った魔法使いが戦いにおいて断然有利だという事だ。

 間違いなく戦い慣れた相手は、攻撃と防御を同時に放ちつつ、ラスルの次なる攻撃を的確に予測し反撃して来るのだ。一方対するラスルはそれに付いて行くのがやっとで周りに気を使う余裕がない。

 敵はスウェールにもあるというのに―――


 気付いた時には足元をすくわれていた。

 石化したように地面に縫い付けられ動かない両足。

 攻撃を弾き飛ばし次を避けようとした瞬間、ラスルは足を縫い付けられそのまま地面に崩れ落ちた。


 「何っ?!」


 足元に感じる魔力の気配は知っている。あの日、森でラスルを狙った矢と共に感じたものだ。

 赤茶色の情熱的な瞳がラスルを捕え、狙っていた。

 


 動きを拘束する魔法……純血種であるラスル達にはない、混血の魔法使い達が魔法の幅を広げる為にあみだした魔法の一種。ほんの少しでも異質な魔法に意識を向けていたなら、こんな子供だましの術にかかる事もなかったのだが。

 術を解くのは容易いが、目前の敵はそんな暇さえも与えてはくれなかった。

 深紅の閃光が強大な光の球となりラスルめがけて突き進んで来る。高速で移動するそれは近付くにつれ小さく濃縮され、標的に向かって確実な死を齎す攻撃だ。

 

 攻撃の大きさを理解したラスルは慌てて防御幕を張る。

 光の壁がラスルの前に攻撃を阻むように立ち塞がるが、深紅の球が黄金の壁にぶつかると壁はしなり、やがて球は壁を通り抜けラスルの右胸を抉り抜くと、深紅の球は役目を果たしたとばかりに消滅した。

 

 「う、ぐぅぅっ!」


 激痛に唸りながら受けた傷を素早く癒しにかかる。

 拘束される足を解放させる間もなく次なる攻撃が向けられ、ラスルはやっとの思いで再度防御壁を張った。

 傷を完全に癒す暇すらない。 

 次々と繰り出される攻撃にそれを防ぐのがやっとで経験の差を見せつけられた。


 流石にこの状態で更に深手を負えばラスルとて命の危険が伴う。

 生に対しての執着はないが、何もかもに中途半端な今の状態を放り出して自分だけ簡単に死ぬわけにはいかなかった。



 ラスルは敵の攻撃を受け止めながら周囲に目を向ける。魔法使い同士、本気のぶつかり合いに誰もが一定の距離を取って巻き添えになるのを避けていた。

 それを見届けたラスルは防御を捨てると両手を目前に翳す。

 その動作に敵は笑みを浮かべると、同じ様に両手をラスルへとかざし攻撃を仕掛けて来た。


 深紅の炎と黄金の炎。両者が互いを捕え刃となって突き進む。

 

 速度は深紅の炎の勝ちで、それに押され黄金の炎は地面に足を踏みしめるラスルごと後退させるが、やがて黄金の炎は威力を増し深紅の炎を打ち破ると敵に向かって一気に突き進む。


 二つの光が互いを取り込み合いながら敵に向かって激突すると、周囲を巻き込む爆発が起きた。

 黄金と深紅の入り乱れた光が放射線状に飛び、辺りを眩い光で包み込む。やがて光が治まると深く抉れた地面と、その中心に視界を遮る砂埃が渦を巻いて立ちこめていた。


 「―――殺った?」


 ラスルは動かぬ足に平衡感覚をもがれ地面に倒れ込み、その衝撃で右胸に受けた傷が酷く疼いた。

 治療途中の傷からは真っ赤な血がしとしとと滲み出ている。

 拘束された足の術を解きながら傷口に掌をあてがい、周囲の被害状況を確認しようと頭を上げると名を呼ぶ声が耳に届いた。



 「ラスルっ!!」


 緊迫した叫び声と、目の前に伸びる漆黒の影。

 

 地面に座り込むラスルの前で、ぼろぼろのローブに身を包んだ魔法使いが不敵に微笑みラスルを見下ろしていた。

 これは勝利を確信した微笑みだ。


 微笑む魔法使いの焼け焦げ裂けたローブからは汚れた肌が露出しており、隙間からは胸の膨らみが覗く。


 (女の人―――?)


 狂っているとは到底思えない、血だらけの身なりに似合わぬ優雅な仕草で魔法使いはラスルへと人差し指を突きだした。

 その仕草の意味を知りながら、ラスルは全身の力が抜けた状態でぼんやりと敵の姿を眺めていた。

 

 防御壁を作ったとて間にあわない。敵は戦いに優れ、ラスルの何倍も上を行く存在だ。


 最後に見たのは深紅の光と銀色の影。

 と同時に、ラスルの体に魔力とは異なる衝撃が走った。








 何者かに突き飛ばされたのだと気付いたのは背中が地面にぶつかる衝撃と、我が身に圧し掛かる重みによってだった。

 銀色の影は鎧。

 しかしその鎧は纏われておらず、壊れた状態で地面に散らばっている。その散乱した鎧の向こう、もう少しで手が届くかという場所には敵である魔法使いが地面に倒れ伏し、腹部が真一文字に割れ、臓腑と真っ赤な血を垂れ流していた。


 生きているのか死んでいるのかも分からない。だが意識の無い状態でそのままにしておけば直ぐに事切れるのは確かだ。


 次にラスルはその身に圧し掛かる人物の姿を確認する。弾け飛んだ鎧のお陰で銀の長い髪が流れ落ち、ラスルの頬を擽った。

 端正な顔立ちが苦痛で歪んでいるが息はある。一時的に意識を失っているだけのようだ。ラスルは自由になる左手で圧し掛かるその人……カルサイトの頬にそっと触れた。

 圧し掛かられたままでは身動きが取れないが、身丈が大きく鍛え上げられたカルサイトの下からラスルが自分の力だけで抜け出すのは至難の業だ。

 カルサイトに触れた頬から無事を確認するようにゆっくりと手をずらして行くと、生暖かい液体が自分の脇腹に伝わるのを感じ、手を伸ばしてそれに触れると、ねっとりとした真っ赤な血液がラスルの白い手を濡らした。





 ラスルとカルサイトから少し離れた場所では、その光景をわなわなと震え、真っ青になりながら見据える美しい女の姿があった。

 茶色を帯びた金髪に赤茶色の瞳が印象的な美貌の主、ユイリィである。

 

 ユイリィはラスルが殺される瞬間を今か今かと待ちわびていた。

 ラスルにかけた拘束の術を味方の魔法使いに視線で咎めらようとも気にもしない。ラスルを厭い、術を放っても止めようとしなかった彼らも同罪だとユイリィは当然のように思っていたからだ。

 この時のユイリィはラスルへ抱く嫉妬のあまり、迎え撃つ敵の強さを十分に理解できていなかったのかもしれない。ラスルですら押される純血種の魔法使いを相手に、ラスルを失ってどう対処するのかすら考えていなかったのだ。


 彼女の頭にあったのはただひたすらにラスルがいなくなる事。この戦いで散ってくれるなら言う事無しの筈だったのに―――

 

 「カルサイト―――っ!!」


 ユイリィはここが戦場である事もわすれ、一心不乱に倒れたカルサイトの元へと駆け寄って行った。

 倒れるのはラスルの筈だったのに―――敵の攻撃を受け死ぬのはラスルだけで良かったのに。

 ラスルを守るように飛び出し、剣で敵の腹を引き裂きながらも至近距離から魔法による攻撃を受けた。鎧があってもただで済む訳がなく、肉体を守るべき鎧はまるで当然の様に砕け散ったのだ。


 走り寄るユイリィだったが、その身がカルサイトの倒れる場所まで辿りつく事はなかった。





 遠くで女の悲痛な叫びが上がり、ラスルは倒れ込んだまま黒い光が空を突き進んで行くのを目撃した。

 その光が辿り着いた先は確認できなかったが、女の悲鳴が耳に届いた事で彼女を捕えたのだと解る。

 

 黒い光が伸びて来た方向に視線を向けると、予想した人物の冷たい瞳がラスルの瞳と重なった。


 

 「シヴァ―――」


 頬は痩せこけ疲れた表情をしてはいたが、ラスルに突き刺さる冷たい漆黒の瞳はぎらぎらと輝き、何処までも生命力に満ちていた。 


 



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