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価値観




 十二歳からの二年間、ラスルは少女期をイジュトニアの王宮に閉じ込められ生活していた。

 イジュトニアは国王を筆頭に、国民すべてが黒いローブに身を包んで生活している。まるで隠れ住むかの隠匿な国民性は派手な事は望まず、ひっそりと手に届く物で満足しているのがイジュトニア特有の伝統ともいうべき生活風景で、それが同時に数少なくなってしまっている魔法使いの血統を守れる手段の一つともなっていた。



 過去に城での生活経験のあるラスルだったが、代々の王族も例に漏れず隠匿主義で、イジュトニアの王宮もけして派手なものではない。

 基本的に薄暗く冷たい印象を受ける空間は魔法使い好みの物で、世間一般的に言われる派手な王宮生活の経験は皆無なのだ。

 建物自体に使用されている石や地味な装飾も、本来なら値が付けられないような希少価値が極めて高い品が使われ揃えられてはいたが、何分見た目が地味で目を引かない。一年の国家予算に匹敵するような石造りの長椅子が無造作に庭に置かれ風雨に曝されたりしていたが、それが本物の宝石で出来ていても彼らはそれをただの椅子としてしか捉えず、あまりの地味でその無造作振りに、異国の客人ですらその価値には全く気が付かない。


 そんな生活だったし、フランユーロの後宮に囚われた経験もあるとはいえ、ラスルにとって本物の豪華な王宮というのはスウェールが初めてだった。

 案内された部屋に入り室内を見渡した瞬間、あまりの眩さにラスルはぽかんと口を開け呆気にとられてしまう。



 だだっ広い室内の真ん中には深紅の座り心地が良さそうなソファーが一揃え。見事な彫りの彫刻を連想させるテーブルに毛足の長い不思議な文様の絨毯は侵入者の足をつまずかせる為の手段だろうか? 巨大な窓にはこれまた絨毯の様に重厚な二重のカーテンがぶら下がり、見事な金糸による刺繍が施されていて、天井からは硝子作りの巨大で豪華なシャンデリアが眩い光を発してぶら下がっていた。

 何時頭上に落下して来るかと想像すると恐ろしくて、絶対にその下は歩けない。

 

 「なに……この悪趣味は?」


 ラスルの小さな呟きに、斜め後方にいたクレオンは我が耳を疑った。

 怪訝な顔つきで辺りを見回している様からすると、どうやら聞き間違いではなさそうだ。


 クレオンの元にはあらゆる情報が集まる。イジュトニアの王宮を訪れた事はないが中の様子はある程度耳にし理解していたし、アルゼスから釘を刺された事もあり多少やり過ぎかとも思えたが、国賓級の扱いで部屋を用意し、スウェール王家の威厳を多少垣間見せようかと目論んだのであったが……


 まさか王妃の部屋よりも豪華絢爛にしつらえられた客人用の部屋を『悪趣味』と評価されようとは。

 さすがはアルゼスの心を射止めた娘―――というか、生粋の魔法使いだ。

 

 自分もまだまだ修行が足りぬ、やれやれ―――と、個人的には好印象であるに違いないラスルに、クレオンは多少残念な思いを抱く。

 アルゼスが気に入った唯一の娘。血筋も文句のつけようがないだけに、彼女に纏わり付く背景が負の材料でなければ諸手を上げて歓迎したい娘ではあるのだ。

 たとえ過去を帳消しにできたとしても存在が消された王女である以上は、ラスルは一国の王太子妃にと望める娘ではない。今の彼女はただの魔法使いでしかないのだから。



 「ご滞在の間はこの部屋をご自由にお使い下さい。用があれば呼び鈴を……侍女が参りますので遠慮なさらず何なりとお申し付け下さい。」

 「………あのぅ。」

 「何でしょう?」


 部屋を変えて欲しい―――口から出ようとした言葉は何故か自然と飲み込まれてしまった。

 クレオンの無表情。ある意味武器だと感じつつ、ラスルは何でもないと視線を反らす。

 

 「そうですか。では今宵はごゆるりと旅の疲れをお休め下さい。」

 「あっ、待って!」


 丁寧に頭を下げて退出して行こうとするのを引き止めるラスルの声に、クレオンは再び何でしょうかと振り返った。


 「あの……王子様は何処に?」

 「アルゼス殿下なら所用の最中ですが?」


 本当は仕事を放り出し何処かをほっつき歩いているなど言える訳もなく。しかもこんな時間にアルゼスの思い人であるラスルと会わせ、二人きりに出来るものかとクレオンは心で毒づいたが表には出さない。

 そんなクレオンの思惑を感じてか、ラスルはそれならいいと再び部屋を見渡し、クレオンは再度礼を取ると静かに部屋を後にした。

 




 今にも落ちて来るのではないかという、煌びやかで怪しい光を放つ巨大なシャンデリアに怯え避けながら、賊を阻むであろう歩き難い絨毯に足を埋めつつ進み、取り合えず座り心地の良さそうな深紅のソファーに腰を下ろす。瞬間、腰を預けると一気にラスルの体がソファーにのまれる様に沈んだ。


 「む……無理!」


 ラスルは勢いを付けソファーから身を起こすと、やはり自分に相応の部屋に変えてもらおうと歩き難い絨毯に足を取られつつ進む。

 重厚だが動きの良い扉を押し開け、毛足は短いが大理石造りの廊下に敷かれた絨毯を避けて薄暗い廊下を進んだ。

 アルゼスの気配を求め建物を離れ、闇の中を進んで行った先にある建物に辿り着く。そこは騎士の屋内鍛錬場で、扉を開くとアルゼスが剣を手にカルサイトを組み敷いていた。

 

 それがほんの少し前までの話だ。


 アルゼスに用があったのだが、それを告げる前にアルゼスはその場を後にし、代わりにカルサイトに話してみるが笑いを浮かべるばかり。

 夜も遅いので今夜はそこで我慢するようになだめられ、再び元の危険な部屋に戻る羽目に陥る。

 

 今夜は仕方なくここで夜を明かすかと諦め、隣の寝室へと続く部屋を開けてラスルは唖然とした。

 それなりの広さを持った部屋は名実共に金色で、壁一面に鏡と金細工が嵌めこまれ、鏡に映った輝きが反射し合い闇の中で不気味に光っていた。

 一気にラスルの肩に疲れが圧し掛かる。

 部屋を突っ切り扉を開け、やっと辿り着いた寝室は落ち着いた色合いだが、実際は先に見た二つの部屋のお陰でそう見えただけで、けしてラスルが落ち付ける雰囲気の物ではなかった。


 当然のように毛足の長い絨毯、シャンデリアに豪華な天蓋付きの巨大な寝台。

 溜息を落とし寝台に手を付いてみると意外にも柔らかすぎず硬過ぎず、巨大な空間で唯一ラスルが妥協できる場がここに存在した。


 「もしかしたらとんでもない場所に来たのかなぁ?」


 都入りした時点でカルサイトと別れ単独行動を取るべきだったと後悔しながらも、ラスルは寝台の隅に小さくまるまると、極上に寝心地の良い寝台であっと言う間に眠りについた。

 















 巨大な寝台の片隅に小さく丸まった黒い物体。

 心地良い寝台の硬さに極上の眠りを得たため、夜明けと共に目を覚ましたラスルは普段に比べ睡眠時間が短かったにもかかわらず、体の疲れはすっかり取れて心地良い目覚めの時を迎えた。


 辺りを見回し慣れたせいか、目にちかちかと纏わり付く悪趣味な装飾もさほど気にならい。

 寝台から足を下ろし草原の様な絨毯に足を取られながら寝室を出て行くと、何時の間に用意されたのか、テーブルの上には夜食として準備された品が冷たくなって鎮座していた。


 そう言えば昨夜は何も口にする事無く眠ってしまっていたのだ。

 目にした途端腹の虫が騒ぐ。

 こんな鏡だらけの全てがぴかぴか反射する部屋で食事をするのかと思いながら、冷めた食事の乗せられた盆に近付くと立ったまま両手に皿を持ちスープをすすった。

 冷たく冷え切っているが様々な調味料が使用されたスープで味は良い。

 さすがはスウェールの城で出される食事と感嘆しながら、冷たくても硬くならずふわふわのままのパンを手に、絨毯に足を取られぬよう注意しながら隣の部屋へと移動する。


 取り合えず城の散策にでも行くかと危険なシャンデリアの下を避け、扉を開き廊下に出ると建物の外を目指した。

 日の出を前に忙しなく動き出した使用人の気配を避けながら外に出ると、冷たい冷気が全身を襲い冬の訪れを知らせる。ラスルはパンを口にくわえフードを被り風を避けた。


 「随分早いな。」


 頭上からの呼びかけに驚き、思わず口にくわえたパンを取り落としそうになりながら手に持ち替え声のした方を仰ぎ見る。二階の窓枠に頬杖を付いたアルゼスが疲れた様な表情でラスルを見下ろしていた。


 「脅かさないでよ。」


 気配を消していたのだろう。その存在に全く気付かなかった。

 口にしたパンを地面に取り落としたとて食べる事に躊躇はないが、出来るなら取り落としたくはない。驚いた拍子に取り落としたパンを踏んでペチャンコにしてしまわないとも限らないのだ。



 互いに見合ったまま、二人の間に朝の静寂が流れ続ける。

 ラスルが自分を見上げた状態で、手にしたパンを口に運び食す様子を黙って伺っていたアルゼスは、窓枠に足をかけるとラスルの傍らに飛び降りた。


 しばらく見合っているとラスルがおもむろに食べかけのパンを差し出す。


 「欲しい?」

 「―――お前は相変わらずだな。」

 「わたしはわたしだよ。」


 変な事を言うなと恥じらいも無く残りのパンを口に詰め込むラスルに、アルゼスは思わず頬を綻ばせた。


 「よく眠れたようだな。」

 「王子様は寝不足?」


 昨夜の剣幕は何処へやら―――元気のない、というよりいつもの感じに戻ったに近いアルゼスだったが、ラスルには何となく力が抜けているように見えた。


 「ちょっと仕事が立て込んでいたからな。」


 実際の所はラスルの事を考えて眠れぬ夜を過ごしていたのだが、そんな恥ずかしい事を正直に答えられる訳がない。


 「お前はこんな朝早くに何をしているのだ?」

 「散歩だよ、お城の見学。」

 「―――見咎められたら少々厄介だぞ?」


 アルゼスの迎え入れた客人という扱いがあっても、全身黒ずくめの魔法使いが早朝城を歩いていたら怪しい事この上ない。

 最終的にイジュトニアはスウェールに味方したが、フランユーロに手を貸し侵攻して来た事実は消えないのだ。


 「大丈夫、気配さえ殺されなければ人を避けて行けるから。」

 「気配を気にしながらだと散歩にならんな。仕方がない、俺が一緒に行ってやる。」

 「王子様は寝た方がいいよ。睡眠不足は判断を誤る大きな原因になり兼ねないから。」

 「お前まで俺を部屋に押し込めようとするのは止めてくれ。睡眠も大事だが、たまには息抜きも必要だろ?」

 「そりゃそうだけど……じゃあ王子様が元気なうちにお願いしたい事があるんだ。」

 「なんだ?」


 ラスルからの願いと言われ思わず心が躍るのは仕方がないだろう。アルゼスは嬉しそうに身を乗り出す。 


 「折角なんだけどさ、案内された部屋ってわたしには不釣り合い過ぎてなんかこう……気が狂いそう? っての? 出来れば普通の一般人に適した部屋に変えてもらえないかな? 空き部屋ないなら納屋の隅でも構わないんだけど?」


 「……………」


 「王子様?」


 言葉も無く硬直したアルゼスにいったいどうしたのかと、ラスルは掌を顔の前に広げてひらひらと振ってみる。

 すると我に返ったアルゼスはぱちぱちと数回瞬きを繰り返し、小さく頭を振って何でもないと頷いた。


 「大丈夫? やっぱり部屋に戻って休んだ方がいいみたいだよ?」

 「………いや、その必要はない。少々驚いただけだ。分かった、直ぐにお前好みの部屋を検討しよう。」

 

 気が狂いそうになる部屋とはいったい何処だ―――?

 生まれてからずっと城に住まうアルゼスにも心当たりのない言葉に、その部屋を選んだクレオンに今直ぐ問いただしたい心境に駆られた。 

 


   



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