表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/45

束の間の幸福



 硬い寝台の上、カルサイトは静かな寝息を立て眠る愛しいひとの寝顔を穏やかな笑みを浮かべ見守っていた。


 星の瞬きも消えやらぬ夜明け前、半身を起した為に流れ落ちた銀髪の先では白いシーツに乱れる黒髪が待ち構え、まるで互いの色が交わるかに交差する。

 様々な問題は抱えているものの、今は腕の中に眠る愛しい人との一時を大切にしようと、穏やかに眠るラスルを起こしてしまわぬよう注意をしながら、カルサイトは優しく艶やかな髪を撫でつけた。




 カルサイト自身、まさか自分がラスルとこの様な関係を結ぶ事になるとは思ってもいなかった。

 兼ねてよりラスルの事は傷つけたくないと大切に愛おしいく感じてはいたが、その想いを叶えたいとは夢にも思いはしなかったのだ。それが体を重ねる結果となってしまった今は、留める想いを解放した事で更に強く、愛しく大切に感じる。


 だがラスルはアルゼスが心を寄せる人であり、死んだとされてはいるがイジュトニアの王女である存在だ。それ故スウェールの王子であるアルゼスとの関係は好まれる事ではなく、アルゼスの知らぬ場所でカルサイトはラスルとアルゼスを引き離すよう命令を受けていた。


 その命令の手っ取り早い手段がラスルをカルサイトの手中に落とすという、言ってしまえば現在の結果だ。過去においてもカルサイトは実際に同じ様な命を受け、アルゼスに群がる幾人もの地位と権力に飢える女達をアルゼスから引き離して来た。卑劣だと分かってはいたが相手を惚れさせ抱いた後、後腐れの無いよう別れるといった事を幾度となく繰り返してきている。


 だからこそ余計にこうなる事を恐れ、ラスルへの想いを心の奥深くに押し込めていた。

 どんなに愛し嘘偽りない言葉を紡いだとしても、過去に起こした己の不誠実な行い故にその想いを真実のものとして見てもらえないやも知れない。いくらカルサイトに邪まな気持ちがないとしても、スウェール側の思惑を知ったラスルが傷付かない訳がないのだ。


 それにラスルはアルゼスにとって初めて特別な想いを抱いた相手。カルサイトにとってアルゼスは仕えるべき主君でありながら、互いに心開ける友でもある存在だ。だからこそカルサイトはアルゼスの意を察し、ラスルへ抱く感情を心に押し込め表に出さぬようにしていたのだが―――


 泣いて暴れるラスルを落ち着かせる為とはいえ、咄嗟に取ってしまったあの行動……唇を重ねた事で一瞬にして心にかけた鍵は外れてしまった。


 恐らく他の数多あまたある女性相手ならこの様な結果にはならなかったであろう。しかし想いを抱きながらも押し留め続けた相手と唇を重ねた瞬間、己にかけた鍵はいとも容易く使い物にならなくなってしまった。


 愛しい人の冷えてしまった悲しい心を癒し、温もりを与えたいと願うのは当然の感情だ。冷たい手で頬に触れられ愁いを帯びた瞳で見つめられた時、カルサイトの中には目の前のラスル以外心を支配するものは消え失せていた。


 ラスルを腕に抱き、更に強い力で閉じ込める。抗う所か細い腕が応えるように回され、互いに一つになるために絡み合った。


 人との接触を避けひっそりと生きていた娘。争いの根源と絶望し己の存在をも否定しながらも、己以外の命に貪欲で真っ直ぐに挑む。その姿は見惚れるほどに美しく、数多の人間を引付け離さない。ラスルの抱く愁いは本来彼女が背負わなければならないものではないのだ。禁忌を犯そうとしたウェゼート王の行動の処罰を何故ラスルが受けなければならないのか。存在を消され国を追われてもなお執着される。血の繋がりのある父親に許されない感情を向けられた被害者が、どうして加害者として扱われなければならないのか。閉鎖的で理解に苦しむイジュトニアという国の人間性と言われればそれまでだが、ラスルに向けられる感情はカルサイトにはけして理解できるものではない。それをラスル自身が解ってくれればと、あどけなく眠るラスルにカルサイトは誰にも見せた事のない優しい眼差しを向けた。


 こうなってしまった以上はカルサイトに迷いはない。

 腕に掻き抱いた愛しい人を心のままに愛し守り抜く―――それだけが今のカルサイトに出来るアルゼスへの償いでもあり、ラスルへ向ける嘘偽りなき真実の心だ。





 じっと見つめているとラスルの瞼が揺らぎ、長い睫毛が揺れ瞼が持ち上げられる。

 ラスルは微笑むカルサイトと目が合うと恥ずかしそうに頬を染め視線を反らし、もぞもぞとシーツの中に潜りこんで顔半分まで隠れてしまった。


 何て愛おしいのだろう―――

 アルゼスだけではない、カルサイト自身も無条件でこれ程愛しいと感じた女性はラスルが初めてだった。


 カルサイトはラスルの顔を挟むように肘を付き、薄っすらと染まった頬と目尻に口付けを落とす。するとラスルははにかんだように小さく笑みを零した。


 シーツに包まれたラスルの白い肌にはカルサイトの愛した跡が幾つも残る。冷たく冷え切った体に己の体温を分け与えながら、豊かに膨らんだ左胸に刻まれる刻印を見付けた。

 朱色の、花弁のような刻印は繊細な細工の様でとても綺麗なものだ。しかし呪いの象徴であるかのそれを嫌うラスルは、カルサイトがそれに目を止めると顔を背け掌でそっと隠す。カルサイトは意を察し、ラスルの手を退けるとその場所に強く吸いつき刻印の上に新たな印を付けた。 

 白い肌にひときわ鮮やかとなった印。だがそれが何たるかの判別はつかなくなっている。やがてカルサイトが印たそれも消え、再びラスルの厭う朱色の刻印が現れるだろうが、ラスルが嫌うなら幾度でも愛の印で覆ってやろう―――カルサイトの言葉にラスルは無言のまま切ない視線を向けると口付けで応えた。

 


 イジュトニア王との禁忌の噂。その後フランユーロの後宮に囚われたラスル。 

 そんなラスルを救い出した時は全裸であったし、後宮という王の愛妾が集う場所に置かれたラスルの身に何が起きるかは想像せずとも解っていた。それ故肌に触れる事を拒絶されるかとも思っていたが、ラスルは怯える事なくカルサイトを受け入れてくれたのだ。


 腕の関節を外されても声一つ上げなかったラスルが、カルサイトと肌を重ね苦痛に顔を歪め声を上げた時には、閉ざしていた心を開き心身ともに自分を受け入れてくれたのだと実感し、愛おしくて堪らなくなった。一筋の涙を流し苦痛に耐えながらも『大丈夫』と呟いたラスルが可憐であまりにもいじらしく、カルサイトは再びラスルに強く心を奪われる結果となってしまったのだ。

 




 穴が開くほど見つめられ恥ずかしく、無言に耐えられなくなったラスルが口を開く。


 「カルサイトは……都に戻るんだよね?」

 「報告もあるし軍の立て直しにも加わらなければならない。できるなら君を森まで送り届けてやりたいのだが……申し訳ない。」

 

 本当なら森に届ける所か片時も離れたくはないのが本音だがそういう訳にもいかなかったし、再び戦場になるかもしれない場にラスルを連れて行く訳にもいかない。一人の女性の事ばかりを考え戯れていられるほど世界は平和ではなかった。

 だが冷静さを取り戻したラスルからは意外な言葉が発せられる。


 「わたしも一緒に行っていい?」

 「都へか?」

 「―――駄目?」


 駄目と言う訳ではないが―――

 カルサイトは戸惑いラスルを見下ろす。

 シーツで顔半分を覆い隠したままラスルは上目使いでカルサイトを見つめていて、その瞳は揺れる事無く真っ直ぐに紫の瞳を見返していた。

 

 「それは―――自分が純血種の魔法使いと理解しての言葉か?」

 

 カルサイトと都に向かえばラスルは当然その力を利用される。そこにある強大な力を利用しようとする輩は数多く存在し、カルサイトやアルゼスですら出会った当初はラスルの力を国の為に欲しいと感じていた。

 ラスルにいくら強力な力があるとはいえ、カルサイトとしては愛する人を戦乱の場に巻き込みたくないのは当然だ。それにたとえ戦乱の場におかれなくても、黄金の光を宿す魔法使いを従える事実をスウェールは更なる戦力の一つとして周囲に公表するだろう。

 要するに国に良い様に利用されるのだ。


 「綺麗事だけじゃ済まない事は解ってる。でもスウェールが少しでもわたしの力を必要としてくれるなら手を貸したいと思うよ。この国に生きて、迷惑をかけたままで終わりたくないの。」


 逃げて身を隠す為にいただけの、特別な意味などなかった国。

 魔物の住まう森に身を隠し、常に見張られているとも知らず、纏わり付く父王の異常な執着から逃れていた。それが原因で起きた今の現実を放り出し、自分だけぬくぬくと森に隠れ住み続ける訳にはいかない。たとえそれが祖父との約束を違える結果になってもだ。


 カルサイトはラスルの髪を撫でると深い溜息を落とす。


 「私は心の底からは賛成できない。出来ないが―――」

 ―――ラスルの側にいられるのは嬉しい。


 心の内にある真実を垣間見せるカルサイトの言葉に、ラスルも嬉しそうに頷く。幾度となく口付けを交わし、それだけでは終わらずにその唇が白い肌を這う。素肌に触れられ押し開かれるが、ラスルにほんの少しも嫌だという気持ちは起こりはしなかった。それよりもラスル自身がカルサイトを深く貪欲に求めている。


 父であるウェゼート王により無理矢理求められ、吐き気を覚え恐怖で硬直した。なす術も無く、すすり泣くだけが唯一出来る抵抗だったのに。あれほど嫌だった行為がまるで嘘のようだった。

 


 昨夜カルサイトに体を押し開かれ、ラスルはその時初めて己の純潔を知るに至る。フランユーロでグローグ王に強いられた伽は未遂に終わっていたのだ。初めての相手がカルサイトであると知り、与えられる痛みも快楽も何もかもが嬉しくて、ラスルは例えようのない幸福感に包まれた。 


 この一時だけかもしれない―――

 それでも構わないと、一時の幸せに縋りつくかに温もりを求めカルサイトを受け入れる。

 初めて感じる安らぎに戸惑いつつも抵抗する事無く素直に応え、今だけは不安の全てを投げ出し、肌のぬくもりに幸福感を覚えながらラスルは瞳を閉じた。






評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ