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祖国の魔法使い



 森を出るとラスルは直ぐ様馬を手に入れ、真っ直ぐに都に向かって突き進んだ。

 

 今現在イジュトニアの魔法師団やフランユーロの軍が何処にいるのかは知れなかったが、居場所が知れずとも目指す先は王都に違いない。このまま真っ直ぐ向かっては先に進んだフランユーロの軍に突き当たってしまうが、大きく迂回するより早く追いつけるし、何より背後からとはいえ大軍と鉢合わせる結果となってもラスルには何の恐怖もなかった。

 己の身一つなら守る術も力も存分に備わっているのだ。

 途中軍の通過によって被害をこうむった街といくつか出くわしたが、そのどれもが皆殺しに合うとか悲惨な状況には陥っておらず、ラスルは少しばかりほっとし胸を撫で下ろす。

 そうして馬で数日走った所で前方一面に巻き起こる砂埃を認め、その向こうにフランユーロの一軍がいる事が推察された。

 

 追い付いた―――!

  

 そのまま砂埃にの中にある戦乱の場に突っ込んで行こうとした刹那、ラスルは己を威圧するすさまじい力の存在に直面し、動きを止め驚きに目を見開く。


 まるで針のむしろにでも曝される様な、鋭く張りつめた禍々しい視線。

 ピリピリと張り詰めた空気。

 感じる視線は目視できるものではなく、かなりの距離を持っている。だが相手は確実にラスルの存在を捕え、ラスル個人に対して明らかな敵意を突き付けていた。

 突然起こった緊張により、額から頬に冷たい汗が伝う。

 視線が送り込まれて来る方に向かって歩みを進めようとすると馬が怯え、仕方なくラスルは馬を降りて地面に足を付けた。


 一歩一歩、早足に歩みを進める中で感じとれる気配は確実にラスルを射抜く。

 近付くにつれその敵意に満ちた視線を発する存在が何たるかを感じ取り、ラスルは堪えられない悔しさに唇を噛んだ。



 やはり彼らは退却などしてはいなかった。

 ラスルがスウェール国内に身をおいてもこちらの思惑通り退却する事なく、今もなおスウェールに牙をむいている。

 何故と言う思いと、彼らから感じる憎悪を含んだ気配に当然かとも感じた。

 スウェールに起こる災いもイジュトニアに起こる災いも、両者に起こる全ての元凶はラスルにあるのだ。

 

 近付くにつれ相手の状況がラスルにも手に取るように感じ取れて来る。そこにあるのは大軍ではない、多くても十人に満たない程度の魔法使い。

 想像とは違い、ラスルがスウェールに入った事で魔法師団はイジュトニアに退いたのだろう。だがそれも全てではなく一部を除いて。恐らくその一部の者達はイジュトニア国王の退却命令に直ぐ様従うのではなく、ある目的を果たして後と考えたに違いない。

 

 イジュトニアに災いをもたらす存在に終止符を打つ為に残った魔法使い達なのだろう。


 見えない相手にかなりの距離を持ってすら伝わってくる、強大なまでに膨らんだ憎悪。それは全て事の元凶であるラスルに向けられている物なのだ。

 ここへ来てそれから逃げようとは思わない、憎悪の対象として彼らの怒りをこの身に受ける覚悟は出来ている。それこそが今自分がここにいる理由なのだろうと覚悟を決めた時―――


 ラスルの視線が真っ先に捉えたのは漆黒のローブに身を包んだ一団ではなく、銀色の髪をなびかせる青年、カルサイトの姿だった。


 「ラスル―――?!」


 耳に届かない声がカルサイトの口の動きから判明する。その紫の瞳が驚きで見開かれていたが直ぐに厳しい物に変わった。

 馬の向きを変え、ラスルへと歩ませ馬上から見下ろすと鋭く言い放つ。


 「何故来た、森へは帰らなかったのか?!」


 厳しい口調はラスルの身を案じてのものだ。

 ラスルは馬上のカルサイトを見上げてから視線をその背後―――漆黒のローブに身を包み目深にフードを被った一行に視線を向ける。


 「じっとなんて、してられる訳ない。」


 それ程無頓着ではいられない。

 ラスルは受ける視線に威圧され押しつぶされそうになりながらも、睨みつけて来る相手を気丈に睨み返した。




 馬に跨る彼らからは変わる事なく冷たい、凍て付く様な視線が注がれ続けている。六人の魔法使い、彼らの全てが違える事のない意思を孕んだ黒い瞳でラスルを射抜いているのだ。

 その視線の意味に気付いたカルサイトは素早い動きで馬から降りると、ラスルを庇うように前に立つ。大きな見上げる影がラスルを覆い尽したが、ラスルは自分には守られる資格などないとばかりに立ち塞がるカルサイトの前に出た。


 「殺したければ殺せばいい。」


 自分もそれを望んでいるのだと、最前に佇む馬上の主を見上げる。すると両者の緊張をうやむやにするかに後方からカルサイトに腕を引かれた。

 ラスルと魔法使い達の間にある感情に疑問を持ちながらも、両者の背景から何処となくその理由を感じ取っているのであろう。厳しい紫の目が出来るだけ優しくラスルを安心させようと見下ろす。

 

 「イジュトニアの魔法師団は退いた。彼らはこちらの味方として残っただけでけして害を成す存在ではない。」


 カルサイトはラスルと……ラスルに対し敵意剥き出しの魔法使い達に向かって言い放つが、両者の視線は絡み合ったまま微動だにしない。


 現にイジュトニアの魔法師団は侵攻したにもかかわらずスウェールに対して攻撃は仕掛けてはおらず、ラスルがスウェール入りした事で直ぐ様イジュトニア王より退却の指示が成された。

 だがいかなる理由があるにせよイジュトニアがスウェールに攻め入った事実は消えない。一国としてイジュトニアはスウェールに対し賠償の責任を負わされる事になる。それが嫌ならそのまま攻撃するのも手ではあるが、もともと争いを好む人種ではなく、事の起こりもラスルがフランユーロの手に落ちた事によるイジュトニア国王の独断によって起きた事だ。魔法師団に身を置く魔法使い達の誰もが意にそわぬ争いに身を置かされる所だった。

 様々な事情があるにせよ魔法師団は命令を受け直ぐ様退却し、残された六人はスウェールに対する賠償の一部として、攻め入って来たフランユーロの軍を迎え撃つのに手を貸していたのだ。

 たった六人であったが、戦闘向けに鍛えられた魔法使い達の力は数千の兵力に匹敵した。彼らもフランユーロから自国を守る為に急ぎ戻らねばならなかった為、己の持てる力を最大限に発揮し早期の決着を目指したのである。先を急ぐゆえに普段使わぬ馬にも跨っているのだ。

 

 そういった事情を端的に囁かれたラスルは、信じられないといった瞳をカルサイトへと向ける。

 西の砦を破ったフランユーロ軍をアルゼスとカルサイトが追って半月も経っていない。遠くに起こる砂埃を認め戦いの最中だと、自分はそこで命を落とすのだとばかり思っていたのにラスルの予想は見事に外れたのだ。

 しかもラスルを憎悪に満ちた瞳で見つめていた魔法使い達が馬を進め、ラスルと擦れ違い様射殺さんばかりの冷たい視線を送りながらも、呪いの言葉の一つも発せず、凍て付く空気を醸し出しながらラスルの側を無言で通り過ぎて行ったのである。


 溢れんばかりの憎悪。

 しかし彼ら六人はそれを押し殺していた。




 最後の一人がラスルに触れるか触れないかの距離で立ち去ると同時に、立ちつくしていたラスルは慌てて振り返り黒い背を追うが、走り出したラスルの手を掴んだのはまたしてもカルサイトだった。


 「君は森へ戻るんだ。」


 その手を拒絶するように振り解いたラスルは無言で魔法使い達の後を追い駆け、慌てたカルサイトは再度ラスルの腕を、今度は振りほどかれないよう強く拘束する。


 「離して、これはわたしの問題よ!」


 初めて耳にする、感情に満ちた声。

 もともと無表情で特別声を荒げる事すらなかったラスルが初めて垣間見せたのは拒絶だった。

 出会った頃とも、フランユーロに囚われていたのを助け出した時とも異なる、何処となく悲痛に歪んだ強い感情。何かが危ういとカルサイトは瞬時に感じる。


 「彼らはイジュトニアに戻るというのに追ってどうする?」 


 追ってどうする?

 カルサイトの言葉にラスルは長い睫毛を瞬かせた。


 自分は彼らを追ってどうしたいというのだろうか。

 己の死期を感じ取り、その死に場所がこの戦いの場だと思っていたがそれは違った。残った魔法使いはラスルに対しあきらかな敵意を示しながらも、そこで手を下せない事に憤りを感じているだけのようなのだ。

 彼らではない……自分を殺すのは他の誰かだ。


 そもそも本当に殺されるのだろうか。同じ様に死期を感じた祖父は病死だった。自分が祖父同様病に犯されているとは思えないがその可能性も否定出来はしない。

 死にたいばかりに、現状から逃げ出したいばかりに何に躍起になっていたのだろう。カルサイトの言葉で我に返り、俯き加減に首を傾けると、拘束されたに等しい腕をそっと抜き取った。


 「戦況が落ち付いたのなら彼らがスウェールを出るのを見届ける。」


 それだけだと、表情だけはいつもの感情を表に出さないラスルに戻る。


 魔法使い達は殺したい程ラスルを邪魔に思っている筈だ。ラスルの存在一つで彼らの国が危うい状況に立たされたのだから当然とも言えるし、今後再び同じ様な状況に陥らないとも限らない。目の前にその元凶があるのなら抹殺してしまいたいと思うのが心情。

 だが彼らは恐ろしいまでに主たる国王に忠実な僕でもあるのだ。王の下した馬鹿げた命令に従い、王の溺愛する存在を手にかける事が出来ない。


 それが分かっても何処かで期待している自分がいた。

 自分は彼らの手によって殺されない。でも、もしかしたら本当は彼らがこの呪われた存在に終止符を打ってくれるのではないかと、心の何処かでラスルはそれを期待している。




 一見普通に戻ったラスルだったが、カルサイトはその内に閉じ込めた危うさをひしひしと感じていた。

 西の砦で最後に別れた時、ラスルが心の内で今回の争いが自分のせいで起こったのだと己を責めている事には気付いていた。気付いていたのにあえてラスルに対し気使いを見せなかったのは、必要以上に関わり合う事を無意識に避けていたせいだ。

 心に踏み込み手を差し伸べた瞬間から目を背けられなくなる。

 踏み込むのは危険だと、カルサイトは己の保身を優先してしまっていたのもあるし、過酷な運命を背負いながらも一人で立って逞しく生きて来たラスルを過信してしまった節もあった。

 どんなに強く魔法に長けていても一人のうら若い女性なのだと、アルゼスがラスルに抱く感情や国側の都合、己の心の内は別として、目の前の女性は守ってやらねばならない存在なのだともっと早くに気付くべきだったのだ。



 敵意に満ちた視線を浴びせられながらも同郷の魔法使いらの後を追うラスルを、今のカルサイトには何かしら理由を付け無理矢理に追い返す事など出来はしなかった。


 アルゼス直属の騎士でありながら命を受け主の傍らを離れたのは、スウェールに侵攻して来たイジュトニアの魔法使いを、彼らだけで自由に国内を歩かせる訳にはいかないからだ。

 六人の魔法使いを前にしてはないに等しい力だが、それなりの身分と力を持つ騎士であるカルサイトは彼らが国を出るまで目を光らせる見張りとして帰路に同行していた。同時にカルサイトに万一の事があればイジュトニアが再び反旗を翻したと結論付く為、カルサイト自身が無傷でアルゼスの元に戻らなければならない身でもあった。

 その為今のカルサイトにはこの場からラスルを退け、無理にでも森に連れ帰るという事が出来なかったのだ。

 

 前方を行く魔法使い達はラスルの存在を完全に無視して先を急ぎ、ラスルは下りた馬に再び跨るとその後を追う。

 カルサイトはラスルの隣に馬を付けその表情を垣間見て、何かに縋るように前方の魔法使いを見据える漆黒の瞳があまりにもラスルらしくなく違和感を覚えた。

 ラスルが己の死期を悟っていようなどとは想像もつかないカルサイトには、まさかラスルが死に場所を探しているなどとは露にも思いはしない。ラスルの求める物が何なのか解らず心にかけながらも、ただひたすら先を行く魔法使いに合わせ馬を走らせた。

 

 




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