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憧れの存在





 シュオンの両親は魔法使いだった。

 勿論純粋なイジュトニアの血を引く魔法使いではなく、混血が進んだ、大陸で一般的に存在する魔法使いに過ぎない。


 混血の続いた魔法使いは血の薄れによる力の消失を少しでも食い止めるため、その殆どが暗黙の了解で魔法使い同士で婚姻を結ぶ。

 シュオンの両親も例に漏れずそれに習い婚姻を結んだが、互いに自尊心が強過ぎてけして仲睦まじい夫婦という訳ではなかった。しかも魔法使いを両親に持ち、その血を受け継いで生まれたシュオンは両親により大きな期待を持って教育されたが、残念な事に彼らの望む様な力を発揮する事は無く、青の色を纏いながらも同じ色彩を持つ両親の足元にも及ぶ事がなかったのだ。

 攻撃魔法に長ける両親に、てんで駄目なシュオン。どちらかと言えば治癒魔法の方が得意だったがその力も飛び抜けたものではなく、努力しても最後まで両親の満足行く結果を残す事は叶わなかった。


 その両親も先に起こったフランユーロとの戦いで戦場に立ち命を落とす。

 あまりに微力な為前線に立つ事を許されなかったシュオンは、先の戦でスウェールに手を貸したイジュトニアの魔法使いを垣間見る事すら出来なかった。運ばれてくる傷ついた兵士たちの手当てをするのに必死で、次々と運ばれてくる兵に対応しきれず多くの命が目の前で失われて行った。


 それでも貴重な魔法使いであるシュオンは、スウェールで申し訳ない程の特別扱いを受け続けた。己の力に見合わない対応に自信喪失の日々。他の魔法使い達のようにエリートめかして堂々とえばり腐る勇気もない。そして国境近くにおかれた西の砦を守るために向かう一軍への同行を申し渡され、精神的圧力に心細い思いをしていた。到着後間もなく、突然フランユーロの攻撃を受けシュオンに出来た事は役目を果たすのではなく、情けない事に砲撃を避け、己の身を守る事だけだったのだ。


 己の身を守る事は出来たが、気が付くと瓦礫の下で身動きが取れない状態。このまま死ぬのかと諦めて程なく一筋の光が差し込み、シュオンは眩しさに目を顰める。

 

 「生きてるね?」


 確認する声は耳に心地良い澄んだ声だった。

 すっと伸ばされた細い腕と指先が体をなぞっただけで淡い金の光が舞い上がり、やがて光はゆっくりとシュオンの肉体に吸い込まれて行く。

 自分の物とはあきらかに違う異種の魔法だと感じ、更に声の主が漆黒の髪と瞳を持つシュオンより年下の娘だと解るとその姿に釘付けになった。

 瞬きの度に揺れる長い睫毛、黒曜石のような輝きを持つ瞳。何よりも薄汚れているがはっとするような美しい容姿をしている。それ以上にシュオンが一瞬で心を奪われたのは、娘の放った金色の淡く優しい光の色。

 

 劣等感の塊であるシュオンが憧れてやまなかったイジュトニアの魔法使い。しかも真実とも知れない噂に聞いた、魔法使いの中でも極めて珍しく最大の力を持つとされる黄金の光。


 憧れと羨望、感激で視線を反らす事が出来なかった。

 スウェールの王子であるアルゼスとカルサイトが馬で立つ際にも見送りを忘れるほど、シュオンの意識は常にラスルに集中し続けていた。

 自分達とは異なる純粋なイジュトニアの魔法使い。

 混血で彼らの足元にも及ばない、半端者で混血の自分など厭われて当然と緊張で声をかけるのさえ戸惑われたが、どう転んでもラスルはシュオンにとって憧れの存在で。

 立ちつくしたままラスルの動きを追っていると、瓦礫を掻き分けていたラスルが怪訝そうに眉間に皺を寄せシュオンに視線を向けた。


 びくりと体が跳ね、途端に緊張が極限に増す。

 





 もしかして怖がられてる?

 瓦礫に埋まってはいたが大した怪我もなく、それ程大きな疲労があるとも見てとれなかったが、立ちつくしたまま動かないシュオンの様子に見立てを間違えたかと不安になった。しかし体を硬直させ額に冷や汗をかいている姿を見て、スウェールの魔法使い達に自分の存在が煙たい物と思われはしても、恐れを抱かせるなどとは思ってもいなかったので、シュオンの反応はラスルに不安を抱かせた。

 だからと言ってその程度の事で心が折れ、いちいち落ち込んでいる様なラスルではない。取り合えずはシュオンの反応に無視を決め込み作業を続ける。

 

 「これどかすの手伝って。」


 瓦礫に埋まった生存者を発見したが、ラスル一人で瓦礫を動かすのは無理だった。

 混血が進んだお陰で鍛えた男たちほどではないにしろ、普通に体力を持つ事が出来る魔法使いを怖がらせないよう、極力優しく声をかける。

 するとシュオンは慌てて駆けて来たせいで途中足を躓かせよろけながらも体勢を立て直し、焦りながらラスルの元へ走り寄って来た。

 瓦礫を上って来たシュオンは繊細そうな長く細い指にとても目立つ大きな指輪を嵌めていた。その手でラスルを手伝い、邪魔な瓦礫を剥ぎ取るように移動させる。


 埋まっていたのは兵士だった。

 腕の骨折と体中に裂傷があったが火傷も内臓損傷もない、最初に助けたロイゼオリスと言う騎士に比べるとかなりの軽傷だ。意識を失ってはいるが、これなら自分が手当てするまでもない。

 

 「任せるよ。」

 「そんなっ―――無理ですっ!」

 

 他にも重傷者が埋まっている可能性があるのだ。この程度ならシュオンに任せても大丈夫だろうと勝手に推察し立ち上がったラスルの腕をシュオンが慌てて掴んで引き止めた。

 腕を取られ驚いたラスルに対し、シュオンは今にも泣き出しそうな悲壮感を湛えている。薄い灰色を帯びた青の瞳と視線を絡めたまま、ラスルはゆっくりと腰を下ろした。


 「大丈夫、あなたにも出来るよ。」


 混血とはいえシュオンから感じ取れる魔力はそれほど弱い物ではない。それにも関わらず潤んだ目で無理だとラスルの腕を掴んだまま首を振るシュオンは、まるで捨てられた子犬の様ではないか。


 「解った。ここにいるからあなたのやり方を見せて。」


 折角癒しを使える魔法使いが二人もいるのだ。同時に動くのは効率が良くない。戦場で瓦礫の下に埋まったせいで混乱しているだけかもしれないし、一度自身で治療させ上手く行けば納得がいくだろうと、ラスルはシュオンの腕をそれとなく引き剥がし兵士の骨折した腕に触れさせた。


 シュオンは不安そうに一度ラスルを見たが、それでも瞳を閉じると怪我へと意識を集中し顔を強張らせて懸命に治癒の力を発揮する。

 

 青白い光が沸き上がり、折れた骨が繋がって行く様がラスルにも感じ取れた。

 感じ取れるのだが―――力の割に折れた骨が繋がる速度が異様に遅く、これでは日が暮れてしまいかねない。しかもそこまでの集中力がシュオンにあるようには見えず、これだと幾度かに分け治療してやっと完治するといった感じだ。


 骨が三分の一ほど繋がった所でシュオンは兵士から手を離し目を開くと大きく肩で息をつく。


 「すみません、私にはこれが精一杯です。」


 混血とはいえスウェール王家に仕える魔法使いとして、未熟過ぎる力を見られるのは恥ずかしかった。

 なんて情けないのだろうとシュオンがラスルを見ると、ラスルは少し考える様な、指を口元に当てる仕草をした後で漆黒の力強い瞳をシュオンに向ける。


 「もう一回やろう、今度はわたしが手伝うから自信を持って。でもちょっとその指輪……わたしとはそりが合わないから外してもらえる?」

 

 ラスルが示したのは魔力を増強させる為に幼少よりシュオンに与えられていた、深い青の輝きを持つ鋼玉石こうぎょくせきが付いた指輪だ。

 これがないと更に無様な姿を見られると一瞬迷ったものの、手伝ってくれると言うラスルに悪い影響が及んではいけないと、シュオンは素直に指輪を外すとローブの中にしまい込んだ。

 するとラスルは更にシュオンの耳に付けられた同じ鋼玉石のピアスも指差し外して欲しいと指示する。

 不安に感じながらも言われるままにピアスを外したシュオンは、促されるまま再度兵士の骨折した腕に手をあてがう。

 その手の上にラスルがそっと小さな手を乗せると、体温を感じるあまりの近さにシュオンの心臓が跳ねた。


 「大丈夫、ちゃんと出来るよ。」


 不安と勘違いしたラスルから元気づけられ、シュオンは頭を振って邪念を追いだすと、兵士の折れた骨に再び意識を集中した。


 「力み過ぎてる、もっと力抜いて。」

 「はっ、はい!」


 シュオンは大きく深呼吸して力を抜くと、今度はラスルの手助けもあり、過去に経験がない程の正確さと速さで瞬く間に折れた骨が繋がり治療を終えた。

 しかも溢れた光は極めて白に近い薄い青。

 純粋な力を持つ魔法使いは他人の力を増幅させる力すらあるのかとシュオンは感嘆する。


 「すごい―――」


 まるで迷いの霧が晴れ、頭で思い描く通りにすんなりと力が患部へと流れ込み、しかも正確に素早く治療を終える事が出来た。こんな事シュオンにとって生まれて初めての経験だ。

 改めてラスルの力に感激していると、ラスルはくすりと笑う。


 「違う、わたしは何もやってない。」

 「え、でもラスルさんが―――」

 「ごめん嘘ついて。わたしは手を添えただけで本当は何もしてない。さっきの治療見てたらどうも鋼玉石があなたの力を吸い取っている様だったから試してみたの。どうやら正解。」


 それなりの魔力を持っているのにまるで作用していない力。何か変だと感じた時、純血種の魔法使いなら必要としない石が目に付いた。

 存在だけを主張していた青い鋼玉石。混血の魔法使いは己の纏う色と同じ色彩の宝石を使って力の増強を試みるが、シュオンが嵌めた指輪は逆にその力を奪い取っているように感じられたのだ。


 「力の増幅を願うなら鋼玉石じゃなく金剛石こんごうせきを身につけるべきだと思う。」

 「金剛石って―――」

 

 金剛石と聞いて驚いたシュオンは、灰色を帯びた青い瞳を見開いた。

 透明に輝く、貴重で珍しい宝石を身に付けているのは、スウェールでもごく僅かの魔法使いしか存在しない。混血の中では最も力が強いとされる色ではないか。


 「そう、あなたは青の光じゃなく白の光を宿してる。先入観で青と決められたのかもしれないけど誤りだったね。」

 

 呆気にとられるシュオンに対してラスルは小さく挨拶程度の微笑みを見せると、するりと音もなく立ち上がり、何事もなかったかに自分のすべき事へと戻って行った。

 

 対するシュオンはラスルの言葉が信じられず目を見開きぱちくりと瞬きをしている。

 劣等感の塊で役立たずな自分が……白の光を纏う魔法使い?

 生まれた時から二十二年間、両親さえもシュオンを青の光を纏う魔法使いだと決めて疑う事もなかった。国に仕える魔法使いとして城に上がった後も、誰一人としてシュオンの色を白だと見極めた者はいない。そもそも必要とした鋼玉石が自分の力を奪っていたなど今だに信じられない思いだったが―――ラスルの指摘通り指輪とピアスを外しただけで放つ色彩は青から、僅かに青みを帯びただけの極めて白に近い色へと変化し、傷を負った兵士を治癒する力も格段に上がったのだ。

 何よりも、シュオン自身がこれ程に魔法を扱いやすく楽に感じた事は一度もない。

 それでも半信半疑のまま、ラスルに習い瓦礫の下から怪我人を見付けると、焦らぬよう、いきみ過ぎぬよう、教えられた通りゆっくりと治癒魔法を施して行く。


 劣等感の塊で役立たずの身だと考え、魔法使いである事が、何よりも魔法を使うのが嫌いだった。けれどシュオンはこの日初めて、魔法で人を癒す喜びを感じる。


 気が付くと夕刻過ぎた頃には三十数人の兵士が瓦礫の下から救い出され、傷を癒され仲間の救助に加わっていた。

 本来なら死んでいてもおかしくはなかった重傷者すらラスルが完璧に癒し、その殆どが重傷を負っていたとは信じられない回復を見せ他の者の救助にあたっているのだ。

 シュオンはこの光景をラスルが起こした奇跡のように感じていたが、対するラスルは逆にこれだけしか救えなかったと胸が締め付けられていた。






 もとはイジュトニアの王ウェゼートが臣下の妻に懸想したのが始まり。 

 妻を奪われたシヴァは復讐のため、フランユーロは覇権を示す為に目の前の戦争が起こった。瓦礫の下に埋まったままの救えなかった命はすべて自分が原因で失われた。ラスルがシヴァに、フランユーロ側に囚われたりしなければ起こらなかった戦いなのだ。

 


 悔しさで立ちつくすラスルの肩にふわりと温かな重みが触れる。

 触れたのは硬い毛布で、シュオンが暗闇の中で遠慮がちにラスルを見下ろしていた。

 シュオンの方がラスルより僅かに背が高く、ラスルはシュオンを見上げありがとうと礼を述べながら毛布を引き寄せる。土埃臭いのは瓦礫に埋まった物を掘り起こして来たからだろう。冬の季節はもうそこまで迫っており、日が沈みすっかり冷えが強くなっていた。 

 本来ならこんな気使いを受ける身ではないのにと、後ろめたさからそれとなく視線を反らす。


 自分さえいなければこんな事にはならなかった。

 ミシェルも……この砦で命を失った者達も、自分さえいなければ今も命を紡ぎ続けていたに違いないのに。

 生き残った兵士や騎士に目をやると、遠目に様子を窺っていたのか慌てて顔を背けた彼らの姿が映った。


 当然の反応だ。

 スウェールでは殆どの者がおごり高ぶる魔法使いに好印象を持ってはいない。アルゼスやカルサイトがラスルに対し初めから好意的印象で接したのは、ラスルが金色の光を宿すスウェールでは珍しい純潔の魔法使いであり、同時に命を救われたからに過ぎない。それに彼らは先に起こった戦争でイジュトニアに無償の軍事提供を受けていたために、自国の魔法使い達とは違う印象を持っていても可笑しな話ではなかった。

 だからと言ってこの場で瓦礫に埋まっていた者たちが、アルゼスやカルサイトの様な友好的反応を見せるとは限らないのだ。シュオンの人柄もラスルの立場も知らない者たちは、自身の持つ知識と先入観でしか魔法使いを見る事が出来ない。

 にしろ、彼らは自分達を助けた魔法使いに対し少なからず、特に黒髪黒眼の純血種であるラスルに興味を持ちはしていた。ただ、警戒しながらも声をかける機会を窺っているといった所だろう。


 「あの……彼らもラスルさんにとても感謝しています。」

 「気を使ってくれなくていいよ。でもありがとう。」


 気になるのは自分のせいで起きてしまった惨事の方であって、彼らに自分がどう見られようが平気だ。

 ラスルは暗闇に包まれた瓦礫の山を凝視し、胸の痛みに眉を顰めた。


 砦も、兵や騎士が滞在した建物も全てが崩れ落ちてしまっている。その中から食糧庫のあった場所を探り空腹を満たす為の物を引っ張り出した兵士の一人がこちらへと向かって来るのが見える。

 ここへ来てシュオン以外の人間がラスルへ歩み寄って来るのは初めての事だ。


 「食えた味ではないが無いよりはましだ。」


 そう言って武骨な手から差し出されたのは、野菜入りのパンを乾燥させた保存食。硬く味は最悪だが、確かに無いよりはましである。


 「そう言えばあの人……ロイゼオリスって人は?」


 一番初めに見付けて手当てをした騎士の姿が見えない。

 するとパンを手渡してくれた兵士が、一人目を覚まさない騎士なら向こうに横たわっていると暗闇を指差し、ラスルが指差された方へと早足で歩くと毛布でくるまれた男がピクリとも動かず横たわっていた。



 地面に膝を付き覗き込んでみるが暗闇のせいで顔色はわからない。

 かなりの重傷を負ってはいたが怪我の具合だけで言えば、かつてアルゼスが魔物に襲われ内臓を抉られ瀕死の状態であったのに比べると大したものではなかった。しかし人間の体というものはそう簡単ではない。アルゼスの時は運良く傷を負って時を置かずに治療できた。だがロイゼオリスは瓦礫に埋まり長時間にわたって体が圧迫されていた分始末が悪い。傷を負い直ぐに手当てを出来なかった状況を思うと、もっと早くに別の手立てを考えておかなければならなかったと今更ながら後悔の念が襲う。


 ラスルはそのままロイゼオリスの隣に蹲った。

 胸が規則正しく上下しているが意識を取り戻すまで心配でならない。心配と言うよりも、見も知らない男ではあるがこのまま死なれてしまうのが怖かったのだ。

 肉体は癒したし、ある程度の疲労は回復している筈である。しかしそれだけでは不十分、本来なら投薬治療も施したい所だが生憎ここでは何も出来ない。後は鍛え上げた騎士の生命力に頼るしかなかった。



 ラスルは硬いパンを手に口に含むのも忘れ、横たわる騎士をただじっと見守る。

 


 その後、東の空が白み始める夜明け前。

 地面に蹲るラスルに見守られながら、ロイゼオリスは静かに息を引き取った。

  

 

 


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