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囚われの身




 天蓋付きの巨大な寝台に横たわるラスルは全裸だった。


 精気の失われた瞳は灰色に濁り、死んだようにピクリとも動かない。僅かに上下する胸の膨らみが生きている事を証明していたが、真っ白なシーツにうねる黒髪と白く透明な肌はただ横たわっているだけでまるで人形のようだった。

 魔力を抜かれ続けた事により、鉛のように重くなった体は指一本動かすのが叶わない。だが意識を失っている訳ではなく、虚ろに開かれた灰色に濁った瞳は見えるもの全てを写し取り、奥底には強い意思が眠っていた。



 イジュトニアとの交渉を終えたフランユーロの王グローグは、ラスルの身を城の最奥にある後宮に移した。都に到着して直ぐに何者かによってラスルを奪われかける事態になり、最も安全と思われる場所へ隠す事にしたのだ。

 後宮は王の女たちが集う場所で、男の出入りが禁止されているだけではなく警護も強固たるもの。現在この場に出入りできる男は王であるグローグと、王が出入りを認めたシヴァだけだ。他の男はたとえ護衛といえど王に命の危険がない限りは建物への出入りを許されない。

 

 後宮に移されたラスルは逃亡防止のため衣服を剥がれた。

 シヴァによって魔力を抜かれる度に衰弱の度合いが増していくラスルが自ら逃げ出す事は困難だったが、念には念を入れての手段だ。それにラスルの魔力を奪い続けたシヴァにも限界が近付いていた。

 魔力を奪い過ぎるとラスルに精神の崩壊を招く危険があったが、そんな事はシヴァにとってはどうでもいい話だ。ラスルが生きてさえいればウェゼート王は掌で転がせる。

 イジュトニアを落としウェゼートを捕え平伏させた後、その目前でラスルを曝し物にしてやるのだ。実の娘に溺れたウェゼートがその娘が受ける屈辱を前に何処まで耐えられるだろうか。その日が近づくにつれそれを思い描くだけでシヴァの心は僅かに満たされた。

 


 動かずに横たわっているだけでも魔力は回復して来る。

 日に一度シヴァがやって来てラスルの魔力を抜いて行くのだが、この日は何故かシヴァの訪れがなかった。

 その為ラスルは寝台に身を起こす事が出来る程度には力が戻り、裸の身を隠す為シーツを手繰り寄せ体に巻き付ける。

 体を動かせても魔法が使える訳ではない。シヴァはそれを見越して姿を現さないのだろうと思っていたラスルだが、金の光を操るラスルの魔力を奪い続けるシヴァにも体力の限界が来ていたのだ。それを感じ取らせないためにシヴァは姿を見せない。

 



 ラスルが寝台に身を起こすとほぼ同時に、一人の侍女が台車を押しながら部屋に入って来た。


 「軽食ですがお食事をお持ちいたしました。お召し上がりになられますか?」


 栗毛の髪を結い上げた白いエプロン姿の小さな侍女は可愛らしい笑顔をラスルへと向けた。魔法使いといっても衣食住は必要だ。食べなければ当然餓死する。

 だがラスルが興味を引かれたのは食事ではなく、ここに来て初めて目にする若い娘の存在だ。


 「あなた、誰?」


 初めてみるシヴァとグローグ以外の人間にラスルは警戒心を抱いた。


 「ミシェルと申します。」


 ミシェルはラスルの状態などお構いなしに笑顔を向け台車を寝台の脇に付けると、部屋の片隅にある台を小さな体で軽々と抱えて寝台に寄せる。

 小さくて童顔の可愛らしい侍女を見て年の頃は自分と同じ位だと思ったラスルだったが、実際は二十四歳で、小さく柔かな見た目とは裏腹に力も強かった。


 食事をとるとも要らないとも返事をしていないラスルの腰を遠慮なしに掴むと台に向かせ、笑顔のまま食事を並べ始める。

 長い間何も口にしていないラスルの前に並べられたのは、やわらかく煮られた野菜のスープと白いミルク、ペースト状に擦り潰された果物らしき甘い香りを放つデザートだけである。


 この場所が後宮だと気付いていたラスルは、自分が囚われの身であるのではなくグローグの愛妾だとでも思われているのかと、ミシェルと名乗った侍女を灰色に濁った虚ろな目で見つめた。

 出された食事を前に手を付けずにいると、ミシェルは匙を手にし、スープをすくってラスルの口元に運ぶ。

 確かに手を使うのすら煩わしい程に体の自由は利かなかったが、笑顔で匙を向けるミシェルを前に要らないと断ろうとして、体勢を崩したラスルはそのまま寝台に倒れ込んでしまった。


 「まぁ、大丈夫でございますか。」


 ラスルを助け起こしながらミシェルは耳元で囁く。


 「ザイガドに言われた来たの。」


 耳元で囁かれた言葉に、ラスルの灰色に変化していた瞳が一瞬黒く瞬いた。

 ミシェルはラスルを座り直させると、次は倒れないようその背にクッションをあるだけあてがう。ラスルはじっとミシェルの顔を見据えていた。


 ザイガドに言われて来た―――この意味を理解しながらミシェルを凝視する。

 

 「さぁ姫様、お口をお開け下さいませ。」


 ミシェルが笑顔で差し出す匙をラスルは口を開けて迎え入れる。

 乾いた口内に生ぬるい感触が行き渡った。













 ここは後宮、男の出入りは不可能だ。女ばかりの園で王以外の男がいれば目立って仕方がない。ここから逃げ出すにはラスル自身が動けるまでには回復しなければならなかった。


 ザイガドに言われて来たというミシェルの言葉がラスルに生気を取り戻させる。グローグやシヴァの前では虚ろで虚脱した様を装い、時に魔力を抜き取られながらもミシェルの持って来る食事は無理してでも残さず食べた。

 グローグが時折漏らす話によると、イジュトニアの軍は既にスウェールを目指しているらしい。アルゼスの説得が間に合わなかったのだとしたらこんな所で燻っている訳にはいかない。戦争を止める為にも、一刻も早くラスルはウェゼートに会わなければならないと思った。

 

 血の繋がりだけで言えば父親ではあるが、あんな男になど二度と会いたくはなかった。それでもそうしなければイジュトニアの魔法師団はスウェールから引かないだろうし、イジュトニアの存続も危うい。シヴァがウェゼートに復讐したくなる気持ちも分かるが、多くの犠牲を伴うやり方は決して許せなかった。



 ラスルに近付いて来たミシェルは後宮に仕える本物の侍女の様で、囚われ軟禁状態のラスルの面倒を一人で見てくれている。

 実際動ける程度に回復しているラスルだったが、何処で見られるか分からなかったので常に辛そうに装い、立ち上がるのもミシェルの手を借りるようにしていた。そのお陰かシヴァがラスルの魔力を奪う回数も減って来ていたそんなある日。


 ミシェルは湯浴みの用意を整えるとラスルの横たわる寝台に歩み寄り膝をかけた。


 「今夜グローグ王の渡りがあるわ。」


 体を起こされながら耳打ちされ、ラスルはその意味が分からずきょとんとしていた。今のラスルは裸ではなく、肌が透き通る淫らな薄衣を着せられている。薄衣ごしに肌に触れながら、ミシェルは少し苛ついたようにしながら声色を落とした。


 「グローグ王があなたを抱きに来るって言ってるの。」


 そこまで言われればさすがに理解でき、ラスルは父親と同じ年頃のグローグにウェゼートとの過去の出来事を重ね青ざめる。


 「なっ、何でッ?!」


 湯浴みの為に用意された風呂桶が置かれた場所まで連れて行かれながら、ラスルは思わず声を荒げミシェルに注意される。


 「何でってそんな愚問……あなたが今いるのは後宮よ。若い女好きのグローグ王があなたみたいな美人放っておく訳ないでしょう?」


 ミシェルの言葉にラスルは更に蒼白になり、薄衣を脱がされ風呂桶に身を沈められてもされるがままで茫然としている。


 「もしかしてあなた、一度も経験ないの?」


 ミシェルは不思議そうに問いかけた。

 そんな経験ある訳がない―――ラスルが蒼白のままこくりと無言で頷くと、ミシェルは嬉しそうに口元を緩める。


 「てっきりザイガドの女かと思ってたけど違うのね。」


 しかし嬉しそうにしていたのも束の間で、ミシェルは直ぐに顔を強張らせた。


 「わたしとしては黙って抱かれてくれると助かるんだけど―――そうはいかなそうね。」


 今にも泣きそうなラスルの目を見てミシェルは溜息を漏らした。



 ラスルを城外に出すのはまだ先の予定だったのだが―――ラスルの反応を見ていると、このままグローグ王の手付きにしてしまうのも可哀想だ。ザイガドの手前、出来るなら彼女を無傷で助け出す方がミシェルの株も上がるというもの。ミシェルは呆然とするラスルの体を洗いながらどうしたものかと考えあぐねた。


 グローグ王に酒を漏り酔いつぶすとか酒に睡眠薬を入れて眠られるという方法もあるが、グローグが抱きに来ると聞いて青ざめているラスルにそんな芸当が出来るだろうか。そもそもラスルはまともに身動きが出来ない風に装っている。そんなラスルが言葉巧みに酒を勧めては、魔法使いである故に警戒もされるだろう。

 ラスルの細く白い肌と漆黒の髪を洗い、香油を染み込ませ前開きの薄い衣を着せる。白粉を塗って赤みを隠していた顔は化粧を落とされ、頬と唇はなにも塗らずとも艶めいて、同性のミシェルでさえも思わず見惚れてしまう程に可憐で儚げな美少女に映った。


 なる程、さすがに見る目はある―――


 心の中でグローグの趣味の良さに共感する。

 ミシェルとて年の割に童顔でグローグの目に止まってしまう美貌を自負していたが、磨き上げられたラスルの比ではない。触れた素肌はすべらかでさわり心地は極上。色艶を取り戻した漆黒の髪は長く波打ち、濡れた瞳を覗き込んでいると闇に吸い込まれそうだった。

 

 ラスルはミシェルに髪の水分をタオルに移し取ってもらいながら、この危機をどうやって回避しようかと思案していた。

 恐らくミシェルの言う通りにするのが一番なのだろうが、だからとてそんな簡単に肌を許せる神経など持ち合わせてはいない。助けに来てくれたミシェルやザイガドには悪いが、魔法で城を破壊してでもここから逃げ出しイジュトニアに向かった方がよさそうだが……今のラスルにはそれが出来る程の魔力は回復してはいなかった。


 それとも大人しくグローグに身体を差し出し、ここを出る機会を窺う方が賢明だろうか?


 ラスルは過去に父であるウェゼートからその身に受けた辛い出来事を思い出し悪寒が走った。

 覆い被さる大きな体に、執拗に這いまわった生ぬるい手の感触……押さえつけ無理矢理体を開かれていく屈辱と恐怖は今も忘れる事は出来ない。

 あれを再び経験しなければならないのか?

 いや、囚われの身であるラスルは今回あれ以上の経験を強いられるのだ。一生誰かに抱かれる事などないと思っていたラスルは、己の意志とは関係なく小さく震え出した。

 

 小刻みに震えるラスルの肩にミシェルがそっと触れる。


 「ザイガドに繋ぎを取って今夜城を出る事にしましょう。酒に薬を盛るから上手くやって。出来なければ今夜の脱出は無し。その時はあきらめて王に抱かれて頂戴。」


 ラスルに紅をさしながら「頑張ってね」と、可愛らしい笑顔をミシェルは向けた。






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