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王子と傭兵




 西の砦が守る国境付近でフランユーロの軍に動きがあってから二ヵ月と少しの時が過ぎていた。


 その後フランユーロに特別な動きは見られないものの、過去に敗戦したフランユーロが再び攻めて来ないという確証は何処にもない。軍の規模としては明らかに有利なスウェールであったが気を抜く事は許されず、アルゼスは軍の士気を高めるため毎日のように騎士団が訓練する場に足を踏み入れていた。

 

 実戦を兼ねての馬上での訓練には真剣を用いる為、常に緊張が走る。

 そんな中、騎士団の黒い制服ばかりの稽古場に、白い文官の制服に身を包んだ男が姿を現した。

 アルゼスの教育係として、また将来的に王となるアルゼスの右腕として政務を取り行っていく人物の筆頭となるクレオンだった。

 クレオンは文官に身を置くに相応しく頭脳明晰で切れる男だが、肉体を行使する剣などは全く苦手な分野で、滅多な事でもない限りこの様な場所に顔を出す事はない。年の頃は三十になり、アルゼスが幼少の頃に教育係として城に来たクレオンは、アルゼスにとっては兄の様な存在だった。


 そんなクレオンの登場にアルゼスはカルサイトと共に交えていた剣を下ろして馬から降りると、自らクレオンの元へと向かい、同じくカルサイトも後に続いた。


 「何があった?」


 クレオンがわざわざ騎士の訓練場に姿を見せたのである。また面倒な事でも起こったのかとアルゼスは少々うんざり気味に口を開く。


 「今朝方正門に男が現れ、アルゼス殿下に目通りを申し出たそうです。」

 「何者だ?」

 「ザイガドと名乗る傭兵上がりの男です。」


 アルゼスは記憶を辿るが思いあたる節がない。


 「知らんな―――」


 カルサイトを見上げると首を横に振ったので記憶違いでもなさそうだ。


 「それがどうした。そういう輩は追い返すのが習いだろう?」


 王族に会いたいと奇特にも城を訪ねてくる輩は意外に多く、そういった者達は門前払いされる。わざわざアルゼスが報告を受ける様な事でもないのだ。

 しかしクレオンがわざわざ報告に来たという事は何かがある筈だ。しかも相手は傭兵上がりの男。奇妙な胸騒ぎを覚える。


 「何時もならそうですが……そのザイガドと言う男、どうしても殿下に直接話があると言って門番を殴り倒し城内に侵入した為、今は牢に繋がれております。」


 門番を殴り倒して城内に侵入したとなれば話は別だ。アルゼスとカルサイトは互いに顔を見合わせた。

 そんな暴挙に出ればアルゼスの身を危険に曝す輩として罪人扱いを受けるのは間違いない。

 だが正門からアルゼスを訪ねた男がアルゼスの命を狙うとは到底考えられないが……城に侵入する為の策だとでもいうのだろうか?


 「牢の中でも殿下に会わせろ騒ぎたて暴れた挙句、アルゼス王子が駄目なら騎士団のカルサイトでもいいから連れて来いと言い出し、今度は牢の柵から手を伸ばして牢番の男を締め上げたと報告を受けまして私が代わりに参ったのですが―――」


 クレオンは右手を差し出すと掌を上に向け、握り締めていた物をさし出した。


 「私が殿下の側近だと名乗ると男がこれを殿下に渡してくれと。」


 アルゼスはクレオンの手に乗る指輪を摘み上げると驚き目を見開く。


 「これは!」


 スウェール王家の紋章とアルゼスの印が刻まれた、あの日ラスルに渡した指輪だ。


 「これをそのザイガドとか言う男が持っていたのですか?」


 カルサイトの言葉にクレオンは頷き、アルゼスは指輪を強く握りしめる。


 「男に会おう―――」


 ラスルに何かあったのだと直感したアルゼスは直ぐ様牢に向かって歩き出した。









 牢に繋がれながらも牢番を締め上げたという男は、アルゼス達が牢に向かった時には中で大人しく腰を落ち着けていた。

 古傷だらけの大きな体。牢に繋がれているというのにその表情には余裕が感じられ笑みすら浮かべている。


 「私に話があるというのはお前か?」


 ザイガドは二人の男を引き連れ現れたアルゼスを一瞥すると、ふっと笑ってから視線を外した。

 いくらスウェール王家の紋章入りの指輪を見せて呼びつけてたとは言え、王子自らが牢に足を運ぶなどあり得ない事だ。王子にとってラスルは余程優先順位が高いと見え、ザイガドは面白い事になりそうだと瞳を輝かせる。


 口を噤んだザイガドに、アルゼスの苛付いた声が届いた。 


 「話があるのだろう、さっさと申してみよ。」

 「こんな状態で何を話せって?」


 顎で牢の鍵を示すザイガドに、アルゼスは鍵を開けるよう牢番に言いつける。


 「殿下?!」


 咎めるクレオンの声に、次はアルゼスが笑う番だった。 


 「こいつに俺が負けるとでも思うか? それにカルサイトもいる。問題ない。」


 アルゼスの王子然とした口調がくずれた所で、ザイガドはアルゼスの後ろにいる背の高い騎士に視線を向けた。


 「その綺麗な兄ちゃんがカルサイトって騎士か?」


 挑発するようなザイガドの態度に、冷静なカルサイトは平静を崩さず相手にしない。

 ザイガドは話しに乗って来ないカルサイトに苦手な分野の人間だと察すると、直ぐ様標的をアルゼス一人に絞った。


 「まぁいいや。さっさと豪勢な部屋に案内してくれ。じゃなきゃ俺は一言も話さないぜ?」


 横柄な態度にムカつきはするがこの男は頭がいいようだ。

 これ程怪しい男が門番に指輪を見せていたらアルゼスに会う事は叶わなかっただろう。その場で取り押さえられ指輪を取り上げられて牢に放り込まれて捨ておかれる。指輪が本物と分かるまでアルゼスのもとにも報告はなされないかもしれない。それを見越して牢に入り、クレリオンを引きだしたのは余程話したい事があるに違いない。

 万一を考えると気が抜けない相手ではあったが、アルゼスは牢番に鍵を開けさせザイガドの要求通りに貴賓室へ招き入れる事にした。


 





 暗く冷たい牢獄から豪華絢爛たる貴賓室の長椅子に、この場には全くそぐわないがたいのいい男が王子を前に無礼にも踏ん反り返っている。

 王子であるアルゼスと騎士のカルサイト、側近のクレオンは立ったままザイガドを見下ろし、これではどちらが主か分からない。


 こんな無礼極まりない男にも一応礼を尽くす為、クレオンは侍女に命じてお茶の用意をさせたが、ザイガドの姿に怯える侍女は手を震わせ粗相をしてしまう。


 「茶なんかいらねぇ、どうせ振る舞うなら酒にしてくれ。」


 ザイガドは零したお茶を布巾で拭く侍女に手を伸ばすと、腰を掴んで引き寄せた。


 「きゃっ!」


 年若い侍女は小さく悲鳴を上げ真っ青になり、見かねたカルサイトが侍女の腕を掴んで引き剥がす。


 「ここは場末の酒場ではない、殿下に話があるのだろう?」


 高い位置から冷たい視線を送るカルサイトにザイガドは煩そうに手を振る。

 カルサイトに助け出された侍女は顔を真っ赤にして身を縮め、クレオンに下がっていいと申し受けるとそそくさと貴賓室から出て行ってしまった。

 ザイガドは慌てて出て行く侍女の背を未練がましく追いながら腕を組む。


 「ラスルからの伝言預かって来たぜ。」


 アルゼスはやっと本題に入れると、わざとらしく溜息を付きながらザイガドの前の長椅子にゆっくりと腰を下ろし、優雅に足を組んで肘かけに腕をかけた。


 「それでラスルの伝言とは?」


 アルゼスは平静を装いながら口を開くが、内心ではこの粗悪な男とラスルの関係がいったいどんな物なのかと詮索したい気持ちでいっぱいだった。


 一方、時間もない事だしそろそろ遊びも終わりにして本題に入る事にしたザイガドは、踏ん反り返っていた長椅子から身を起こし、今までとは打って変わって鋭い眼光でアルゼスを見据える。


 「フランユーロがイジュトニアを脅して魔法師団をスウェールに侵攻させようとしている。」


 ザイガドから発せられた言葉に驚いたクレオンが一歩前に出たが、アルゼスが右手を上げてその歩みを止めた。

 話しはまだ終わってはいない。

 アルゼスが目配せるるとザイガドは言葉を続けた。


 「魔法師団がイジュトニアを出てスウェールに攻撃を仕掛けた後、フランユーロはがら空きのイジュトニアに軍を送りこんで陥落させる気だ。フランユーロの目的はスウェールとイジュトニア両国の覇権だろう。で、ラスルからの伝言だが―――イジュトニアのイスターク王子を訪ねて、フランユーロに手を貸さないよう説得して欲しいとの事だ。」


 フランユーロだけの軍事力なら今のスウェールは負ける気がしない。だがそこにイジュトニアの魔法師団が加わるとなれば話は別だ。スウェールは苦戦を強いられる所か、フランユーロの思惑通り国を落とされかねない。


 しかし―――


 「情報が真実だという証拠は?」


 アルゼスの問いにザイガドは、今は彼の右の小指に収まっている指輪を示した。


 「お前がラスルから指輪を奪い、虚偽の進言をして来たとも取れるのだか?」

 「そう取ってくれても構わないぜ。とにかく俺はラスルの最後の言葉を伝えた。後の判断はあんたら上が下すだけだ。」

 「最後? 最後とは何だ?!」


 アルゼスの瞳が揺れる。


 「殿下っ!」


 青い目を見開きザイガドに掴みかかろうとするアルゼスを慌ててカルサイトが止めに入った。


 「ラスルに何があった、お前はラスルの何だ!」


 食ってかかるアルゼスを面白そうに眺めていたザイガドは思わず笑い声を上げる。


 「王子さんともあろう者があの小汚い娘に惚れてるってか―――まぁある意味見る目はあるって事だろうがな?」

 「貴様……自分が口にしている言葉を理解しているのか。ラスルは俺の命の恩人。それを愚弄するは俺を愚弄するも同じ……極刑は免れぬぞ!」


 アルゼスの放つ王子としての言葉も、今のザイガドには何の効力も示さなかった。


 「命の恩人ねぇ。ちなみに俺はあいつに嫁にしてくれと頼まれてるんだがな。」


 恩人の伴侶を極刑にするとは王子の名が廃るぞと、ザイガドは高らかに笑いアルゼスは言葉を失う。 



 そこに冷静に口を挟んだのは後ろに控えていたクレオンだ。

 ザイガドに飛びかからん勢いで怒りを露わにするアルゼスを引き止めるのはカルサイトに任せ、ザイガドの言葉を冷静に頭の中で整理する。


 「彼女はどのようにしてその情報を得たのでしょうね?」


 ザイガドが口にした嫁発言に言葉を失ったアルゼスのお陰で、クレオンの呟きはザイガドにも届いた。


 「ラスルは今フランユーロに囚われてんだ。そこでシヴァって魔法使いとグローグ王の会話を聞いたんだよ。」

 「囚われているという事は、彼女はまだ生きているという事ですね。」

 「―――そうなるなぁ。」


 ちっ……とザイガドは舌打ちする。

 それに真っ先に反応したのはアルゼスだ。


 「ラスルは生きているのか?!」

 「ああ……まぁ別れた時は瀕死の重傷だったが、フランユーロの手にある限り命は保証されるだろうな。ちなみにラスルから自分は死んだ事にしてくれって頼まれてたんだ、悪かったな。」


 特に悪びれた様子もなくザイガドは笑う。


 「所でラスルとか言う娘は何者です。何故フランユーロが彼女を捕え、命の保証を?」

 「そりゃあイジュトニアの王が溺れる程の娘ってんだから当然だろ。」

 「イジュトニアの王が?」


 アルゼスの眉間に皺が寄ったのをみて、ザイガドも訝しげに眉を寄せた。


 「あれ、知らねぇの? ラスルはイジュトニアの王女様らしいぜ。」


 わざとらしいザイガドの台詞に、アルゼスとカルサイトは顔を見合わせ、クレオンは考え込む。


 「シヴァって奴とフランユーロの王は、ラスルの事をラウェスールって呼んでたけどよ?」

 「ラウェスール……病死したイジュトニアの末王女ではないですか?」


 クレオンが口にした名にアルゼスは顔色を変えた。

 かつて自分の政略結婚の相手として上がったイジュトニア王女の名だ。


 「何故……どういう事だ?」


 アルゼスから呟きが漏れる。


 「その辺は俺も詳しくは知らねぇけどよ。何か色々あるみてぇだからラスルに直接聞いたりはしてくれるなよ。」

 「解りました。ウェゼート王の溺愛・・する娘が人質となっているならウェゼート王にこちらから交渉を持ち出しても聞き入れてもらえますまい。彼女の助言通りイスターク王子にお会いして話をした方が宜しいでしょう。」


 クレオンの事情を察した言い回しにザイガドは探る様な視線を送り、視線が合うと二人は意味有り気に微笑みあった。

 場の緊張を破るかにザイガドが大きな手を一打ちする。


 「じゃあそう言う事でそっちは頼む。で……俺は花嫁奪還に向かうとするか。」


 という訳で剣を返してもらえるかと、ザイガドは気持ち悪い程の笑顔をアルゼスに向けた。

 



 


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