先発試験と、見えざる基準
──学園の朝。
リオは掲示板の前に立ち、先発試験の告知をじっと眺めていた。
「今年から全員参加」と書かれた文字が目に入る。
今までは優秀な生徒だけが参加する試験だったが、今年は全生徒が対象だという。
その中でも特に推薦枠に選ばれる生徒が、次のステップに進むことになる。
背後から、同級生のミナが近づいてきて言った。
「リオ、今年から先発試験は全員参加になったんだって。
今までは優秀者だけだったけどね」
リオは軽く頷きながら答える。
「そうか……」
彼の心の中では、試験に選ばれることはまずないだろう、という思いが強くなっていた。
──講堂。
教員たちが集まり、先発試験について説明をしていた。
試験の目的や、推薦枠に進むための基準などが細かく話される。
「推薦は教員や生徒会の審査によって決まります。
16名ほどが選抜試験に進む予定です」
リオはその言葉を静かに聞きながら、心の中で呟く。
(……俺が選ばれるなんて、ありえない)
試験に合格したところで、彼にはまだ何もない。
自分の魔力制御に自信が持てないし、何より他の生徒たちと比べると、自分の魔力はあまりにも弱い。
──訓練場。
カグヤがリオに歩み寄り、少し考えた後に声をかける。
「先発試験は避けられない。どんな形でもお前の個性は見られるだろう」
リオは苦笑いを浮かべて答える。
「個性っていうのか……。でも、俺にはまだ何もない」
カグヤはそれに対して力強く言った。
「そう思ってるのはお前だけかもしれない。お前のやり方はまだ誰も知らない。
ただ、あきらめるな」
リオはしばらく黙って聞いていたが、やがて拳をぎゅっと握り締める。
「……やってみる」
彼の決意は固まっていた。
どんなに不安でも、できる限りの力を出し切ること。それが今、彼ができる唯一のことだった。
──先発試験当日。
全学年の生徒たちが集まった広大な会場。
その中で、リオは一人、緊張を感じながら試験の開始を待っていた。
試験官が前に立ち、課題を発表する。
「先発試験は、三つの課題から成り立っています。
第一課題は『魔力操作の基礎試験』。
第二課題は『瞬間応用演習──即興魔法の使用』。
第三課題は『魔導典との連携テスト』」
リオはその言葉を静かに聞き、心の中で決意を固める。
自分が持っているのは《アルカノス》。
それを使いこなせるかどうかが試験の結果を左右する。しかし、《アルカノス》の全貌を掴むには、まだ不安が残る。
「試行開始──!」
試験官の声とともに、会場が一瞬静まり返る。
リオは、手のひらにじっと《アルカノス》を握りしめた。
その瞬間、微かに周囲の魔力の流れが乱れる。それは、リオが《アルカノス》の力を使おうとした証だった。
周りの生徒たちが一斉にリオに注目する。
リオはそれに気づき、内心で少し驚きながらも、すぐに集中する。
(大丈夫、やるしかない)
彼はまず、魔力操作の基礎試験に取りかかった。
魔力の流れを感じ取りながら、軽く手をかざすと、周囲の魔力が少しずつリオの意図に従い始めた。
だが、その制御はまだ完全ではない。
少し強く意識を集中させると、魔力球が暴れ始める。
「っ!」
リオは魔力を引き寄せようと必死になるが、完全には制御できず、魔力球は指定された位置から大きく外れてしまう。
試験官が無表情でメモを取り、冷静に評価を下す。
「失敗」
リオは一瞬、肩を落としたが、すぐに気を取り直し、次の課題へと進む。
──瞬間応用演習。
即興魔法を使う課題だ。
リオは、自分にできることを思い出しながら、瞬時に魔力を流す方法を模索する。
だが、焦りと緊張が入り混じり、再び魔力の流れが不安定になり、魔法の発動に失敗してしまう。
「失敗」
周囲の生徒たちはちらりと視線を送るが、特に大きな反応はない。
リオは顔をしかめながらも、最後の課題に集中する。
──魔導典との連携テスト。
リオは《アルカノス》を手に取り、もう一度だけ試してみる。
《アルカノス》の全容をまだ掴み切れていないが、今の自分にできる限りの力を振り絞る。
魔力の流れを感じ取りながら、《アルカノス》を使う。
少しずつ魔力が整い、リオの意図する方向に流れ始めた。
だが、魔導典との連携が完璧とは言えず、魔力がわずかに暴れ、リオの手から少し外れてしまう。
「失敗」
試験官はリオを見つめ、淡々と評価を下す。
「基礎はできているが、精度が足りない。次回、再挑戦を」
リオは少しだけ顔を赤らめながら、試験場を後にした。
他の生徒たちと比べると、まだまだ足りない部分が多かった。
だが、リオの心の中では、決して諦める気持ちは消えていなかった。
──観覧席で、カグヤはじっとリオの姿を見守っていた。
彼女は試験を受けたリオが魔力の流れを感じ取りながらも、完全にはその力を使いこなせていないことを理解していた。
それでも、カグヤは無言でリオを応援し続けていた。
(次はきっと……うまくいくはずだ)