東方からの転入生と、最初の接触
──翌朝。アストレア学園、第一講義棟。
「本日より、特別転入生がひとり加わる。紹介しよう」
教師の紹介とともに教室の扉が開き、ひとりの少女が入ってきた。
長い黒髪を一つに束ね、東方風の制服を身にまとったその少女は、凛とした目を教室中に向ける。
「……カグヤ=シラヌイ。遠東のシラヌイ剣術流より来た」
たった一言。だが教室の空気が一変した。
生徒たちはざわついた。
「“剣士”が魔導学園に?」
「ここ、魔法の学校だぞ……?」
彼女はそんな声にも一切動じず、空いた席にすっと腰を下ろした。
その席は、リオの隣だった。
◆ ◆ ◆
休み時間、リオは意を決して話しかける。
「……東方から来たって、本当に?」
「君は?」
「俺? ……ただの落第候補生」
カグヤは彼をちらと見た後、意外な言葉を返す。
「君……魔力の匂いが薄いな。似ている、私と」
「……君も、魔法が苦手なのか?」
「苦手、というより、ほとんど使えない。東方の者は、生まれつき魔素の適応率が低い者が多い」
「それで剣を?」
「そうだ。魔法社会で生きるために、私たちは“体”で抗うしかない」
その目は鋭く、だがどこか哀しげだった。
◆ ◆ ◆
午後。学園中庭。
上級クラスの生徒たちが、転入生をからかい始める。
「へえ、剣術ねぇ。魔法が使えないから剣って? 時代遅れにも程があるだろ」
挑発に、カグヤはただ静かに鞘を外した。
「やるのか? 訓練剣なしで?」
「私は……一撃で済む」
次の瞬間──。
風が、鳴いた。
目にも止まらぬ速さで、上級生の杖が空を舞っていた。
「……な……に?」
彼の杖は真っ二つ。カグヤは剣を抜いていない。
「今のは“構え”だけだ。本気で抜けば……手足くらいは失う」
学園中にその噂は広まり、「魔法を使わない剣士」の存在が注目を集め始めた。
◆ ◆ ◆
その日の放課後。
リオは再び屋上で、ひとり魔導典を開いていた。
静かにコードを試しながら、少しずつ魔法の“仕組み”に自力で迫っていた。
「力を持たぬ者が、それでも抗う手段……」
その言葉が、心に残っていた。
──ガチャ。
背後から、扉が開く音。
「やはり、いたな」
カグヤだった。
「なぜ、ここに?」
「君の“動き”を、見たからだ。魔法が使えないはずの君が、一瞬、空気の流れを変えた。……あれは、剣術の“気配”に似ている」
「……偶然だよ。たぶん」
風が吹く。二人はしばらく沈黙したまま、夕暮れの空を見ていた。
その時間は、妙に落ち着いていた。
力なき者同士が、力に頼らない何かを探しているように。