主席の監視と、魔法理論クラブの誘い
「──君、ちょっといいかな?」
放課後の廊下。
教室を出たばかりのリオの前に、声をかけてきたのは、やや猫背で神経質そうな男子生徒だった。
細身の体、鋭い目つき、少し高い声。
名はノア=グランツ。知る人ぞ知る「魔法理論クラブ」の部長だ。
「リオ=ヴァルネス君、だよね? 実戦試験の映像、ちょっとだけ気になってさ」
「俺が負けた試合を? 物好きだな」
「違う違う。……あの時、火球が変な軌道で逸れたろ? 君、何かやったよね」
「……偶然だよ。風でも吹いたんじゃない?」
「物理風速と魔力残響の偏差が一致してない。あれ、自然現象じゃ説明できないんだよ」
「……あんた、何者?」
「僕? ただの“変人”さ。でも、君みたいな“変なやつ”には興味がある。良かったら、クラブに来ない?」
◆ ◆ ◆
──アストレア学園、旧校舎地下。
ほとんどの生徒が存在すら知らない場所に、その部室はあった。
部屋の扉には手書きで「魔法理論研究クラブ」とある。
ドアを開けると、そこには……雑然とした本棚、異常な数の古文書、円環型の魔法陣模型、そして──
「ようこそ、落第魔導士くん」
無表情の少女が紅茶を飲んでいた。銀髪に紫の瞳。
魔法理論クラブ副部長、アイリス=ルーグレイア。
「君のステータス、ちょっと見せてもらえる?」
「……嫌だって言ったら?」
「興味は止まらない」
このクラブは、魔法という現象の根本構造を探る変人集団だった。
「君が発動しかけたのは、既存スキルでは説明がつかない。魔法コードを直接“再構成”していた」
「それ……どういうことだ?」
「通常の魔導士は、《スキル》というパッケージされた形で魔法を行使する。でも、君の動きは……それを分解して書き換えていた。あえて言うなら、**“素手で魔法を扱った”**ってところ」
「……そんなことができる人間、いるのか?」
「いない。でも……君は、できたように見えた」
◆ ◆ ◆
一方そのころ、学園中央棟の生徒会室。
セリア=アルベリオンは、部下から提出された“ある報告書”を読んでいた。
《リオ=ヴァルネス 実戦試験 映像解析》
《魔力検知:微弱だが異常波動あり/干渉不明》
「やはり、何かあるわね……」
窓の外を見つめながら、彼女はぽつりとつぶやいた。
「この“無能”は……私の予想を裏切ってくれるかしら?」
◆ ◆ ◆
その夜。寮の自室。
リオは1人、魔導典を手に、再び瞑想のように力を探っていた。
──聞こえる。
誰かの声。
囁きのような、式のような。
「《コード=リアクト:レベル0.01 構文開始》」
ふと、彼の掌に小さな光球が生まれた。
“魔力”を使っていない、感覚的にはコードを書き込んで生み出したもの。
「……やっぱり、これはただのスキルじゃない」
静かに、確信が芽生えていた。