不発の試験と、動き出す何か
──翌日。
「リオ=ヴァルネス、実戦試験開始」
訓練場の簡易アリーナに立たされ、リオは無意識に深呼吸した。
あの夜の“遺跡”で手に入れた力……本当に夢だったんじゃないか、そう思えるくらい、今日の彼は何の変化も感じていなかった。
対戦相手は、武骨な見た目の男子、ガルド=マース。
初級の【火球魔法】を得意とする、いわゆる「中堅以下」の魔導士。
「お前かよ。まあ、楽に勝たせてもらうぜ」
「はいはい、よろしく」
リオは力を試そうとしたが──
「……発動、しない?」
脳裏にあるはずの魔法式が、出てこない。
“原初魔法《コード=リアクト》”。昨夜、あれほど明確に感覚があったのに、今はまるで、鍵を忘れたドアのように閉ざされている。
「火球、いくぜッ!」
対するガルドは容赦なく魔法を発動。
リオはとっさに回避行動に出る。杖すら持たず、ローリングで地面を転がり、土埃まみれになる。
その姿に、観客席から笑いが漏れた。
「……相変わらず無様ね」
遠くから眺めていたセリア=アルベリオンは、どこか物憂げにそうつぶやいた。
◆ ◆ ◆
だが試合終盤。小さな“違和感”が起きる。
ガルドが放った三連魔法のうち、一発だけ軌道が逸れたのだ。
リオの手が、かすかに動いた直後だった。
「……?」
審判の教師たちも何かを感じ取るが、証拠がなく、ノーコール。
試合はそのままリオの敗北で終了。だが観客の一部がざわついていた。
「なんだったんだ……最後の魔法、変な揺れ方してなかったか?」
「無能力者のはずなのに、あれ……偶然か?」
◆ ◆ ◆
「……なんだったんだ、あの感覚」
夜、リオは再び寮の屋上で空を見上げていた。
間違いなく、一瞬だけ“世界に干渉した”手応えがあった。
だけどそれはあまりに曖昧で、確信には遠い。
「焦るな……まずは、思い出せ」
ペンダントに触れながら、彼はそっと目を閉じた。
その奥で、眠れる魔導典が、再び光を帯び始めていた。