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Xー1にようこそ①

「プログラム化された意識データの消滅が、本体の脳に作用する。つまり『死』という概念が付加された」


 目の前で正座をしている魔女は無表情で呟き、出された粗茶を品良く啜った。


「この世界は現実(リアル)と等しくなった。違うとすれば、ただ一つだけ」


 彼女は妖艶な美貌を持つ女性ではなく、あどけなさが残る少女の姿をしているが、その正体はかつて野郎が持っていた狸のぬいぐるみだという。


「絶対的な神様が存在すること。ムギト・ミキヒサ、私の……私たちの創造主」


 そう言って魔女は息を吐いた。


「あなたは、彼を殺そうとしてるんでしょ?」


 俺の名前は日暮誠次郎。プレイヤーネームは『バグ』。野郎がそう呼ぶので、適当に付けた名前だ。


「おう。殺すも殺す、殺しまくりますよ」


 エナドリを口に含む。食道を伝わり胃に落ちる感覚があった。五感も完全に本物で、昨日の出来事とここに魔女がいなければ、ゲームの中だということを忘れてしまうかもしれない。


「……ふーん」


 彼女は興味なさげに、覇気のない返事をした。

 ところで。何故ボロアパートの一室で魔女ガキと茶話会を開いているのかという疑問にレスするのならば、至極面倒なことに巻き込まれてしまったからだと言っておこう。

 

 ——サイバー特別捜査部からのご連絡——


 遡るは現実世界で、酎ハイ片手にSNSを徘徊していたとある日曜日。このDMを受け取った瞬間、詐欺を疑うのは健全な若者の証だと思う。それから複数回メッセージは送られてくるが特に内容も確認せず、数ヶ月無視していた結果、まさかスーツ姿の厳つい連中が自宅に押し掛けてくるとは思いもよらなかった。


「夜分の訪問、申し訳ない」


 スーツ軍団の中で最もベテランであろう白髪の男性が手帳を取り出し、見せてきた。


「警察庁だ。日暮誠次郎君だね」


「……な、なんスか急に」


 正直、かなりビビりまくっていた。確かに褒められた生き方はしちゃいないが、警察の世話になるようなこともしてないはずだ、と。


「頼みたい事がある。どうか力を貸してくれ」


 予想だにしない台詞。その後、近くの駐車場に停めてある黒塗りの外車に乗るよう促された。逃げ出したい気持ちは物凄くあったが、生まれ持つチキンハートに支配され、言われるまま彼らに従った。


「改めて、我々はサイバー犯罪を中心に捜査している。私はその統括を担っている田島坂だ」


「へ、へぇ。……てか、いい車っスね。一千万くらいするでしょこれ」


 ヘラヘラと笑う俺を、田坂島は一瞥した。


「不躾続きで恐縮だが、無駄話をしている時間でさえ今は惜しいんだ。単刀直入に、X-1事件についての忌憚ない見解を述べてほしい」


 それは、全世界で一億人以上がプレイしている没入型仮想現実『X-1』が引き起こした現在進行形の大事件。


「見解って言われても……普通に考えてヤバいなっていうか。その、プレイしてた人間の意識が戻らないままってのが」


 薄い知識で薄い内容を喋る。馬鹿がバレてしまうのは恥だが、取り繕っても無駄だと思ったので、素材で真っ向勝負した。


「なるほど……」


 田坂島は少し呆れたように苦笑した。

 

「口振りから察するに、君はやってなかったみたいだな」

 

「ええ。大会とかあって、それにプラス高額賞金が出るものしか、基本的にやりません」


 俺にとって、ゲームとはただの金儲けの手段であり、それ以上でも以下でもない。


「だが腕はいいと聞いている。大会荒らし(トーナメントトロール)。数年前、突如現れたプロゲーマーでさえ手をこまねく猛者なんだろ?」


 まぁ一応、と俺は憮然を装い答えた。


「発生から半年。ようやっとICPOが当該をサイバーテロだと認めた。これにより、日本の警察も極秘裏にゲームやネットに精通する人間への捜査協力を進めている。解決の糸口を見つける為に」


「お、俺を捜査にってことですか?」


「ああ、これを見てくれ」


 田坂島はズボンのポケットからスマホを取り出し、ある写真を俺に見せた。そこには、俺と同年代っぽい青年が写っていた。


「ムギト・ミキヒサ。日系ブラジル人。齢十四にして、X-1を作り上げた天才プログラマーだ」


 そう言うと、田坂島は画面をスワイプした。


「そして、奴の自宅に踏み込んだ時の写真」


 写る漆喰の壁には、恐らく彫刻刀のようなもので刻まれた文字が大きく記されていた。


 ——Let's play a game——


「他の部屋にも同じ刻印がされていたらしい。ホシ(被疑者)は居なく、もぬけの殻で、残っていたのはこの馬鹿げた挑発だけだったそうだ」


 スマホを握る田坂島の手には力が籠る。


「奴こそがこの事件を仕組んだ張本人。約一億人を仮想現実に幽閉した男だ」

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