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Episode.9 / ある出会い。ある別れ。

 決死、一触即発の睨み合いは、フェルマの一言で一転する。

「――なんちゃって」

 剣呑とした三人の顔が、ハトが豆鉄砲を食らったようになった。

「(は? )」

「(なんて? )」

「(今、なんと? )」

 フェルマは肩をすくめて剣を下げる。光が収束し、屋内の空気が冷えて汗が乾く。

「そう怖がらないでよ。ジョークだよ、冒険者ジョーク! ボクは強くもなんともない、ただの幻魔法の使い手さ。君たちみたいな強者とやり合ったら、万に一つも勝てないよ」

 フェルマは以前からの知り合いかのような馴れ馴れしい足取りで近づいてくると、ノーマンをみて無邪気に微笑んだ。

「ふふっ。あんたノーマンさんでしょ? ラチェットとユーハから話を聞いてるよ」

「ラチェットとユーハって、どなたですか? 」

「昔の冒険者仲間だ。今も現役なのは知っていたが。お前は二人と活動してるのか? 」

「そうだよ」

「なら、その二人は今どこに」

「んー、ダンジョンに着くまでの林道ではぐれちゃった。ボク方向オンチだから」

 フェルマは自分の三つ編みをいじりながら、上目遣いで言う。その容貌には妖艶な香りすらした。

「本当に、さっきまでのは幻ですか」と、黙っていたスズハが、震えた声で口にする。

「もちろん。ぜーんぶ幻。ここにいるボクですら、もしかしたら嘘かもよ」

「フェルマといったか。このダンジョンに来た目的は何だ」

 それを受けて、フェルマは「ちょっと」と手招きする。ノーマンは彼に耳を貸した。フェルマが囁く。

「この世界で深追いは禁物だよ。虎の尾を踏んでからじゃ手遅れだ」

 最後にフェルマはノーマンの耳を小さな口でかじる。身の毛がよだつ行為にノーマンはとびのいた。

「何をするんだ! 」

「ふふ。ごめんねぇ」

 彼は恥ずかしそうに顔を赤らめ、はにかむ。さっきからの一部始終を見たスズハとチェンは、言いようもない嫌悪感を覚えた。

「ノーマンさん、この子、本当に――」

「何も言うな。もう帰るぞ」

「っす」

 三人はフェルマを通り過ぎ、チェンにいたっては何度か彼を振り返りながらダンジョンを後にした。フェルマは最後まで、三人に向かって笑顔で手を振っていたのだった。

 ――その日の夜。

 彼らが出会った初日からノーマンが通わされている、三人行きつけの酒場にて。

 今日は特別な日なのか、唄い手の女性が小さなステージで清らかな歌声を披露していた。

 スズハはその唄い手をぼーっと眺めながら酒をすすっている。ノーマンもまた、歌声に身を委ねるようにして、何か考え事をしている。チェンは出された枝豆を皮ごとかじりながら、無神経な笑顔で酔っていた。

「(あれは絶対に幻魔法じゃなかった。しかも、俺の反射を一瞬で看破……熟練の冒険者ならまだしも、あの年で……ありえん)」

「ねぇスズ。何考えてんの? ぼっとしてさ」

「ん? いや、良い歌だなって」

「確かに! めちゃくちゃ上手だよねえ! 」

 チェンはスズハの肩をバンバン叩き、通りがかったウェイトレスにビールのおかわりを頼む。

「で、蹴られた肋骨だいじょぶそ? 」

「うん、会社で治してもらえた」

「よかったぁ。うちの会社、ヒーラーが常駐してるとこは流石大企業だよねぇ」

 チェンは運ばれてきたビールジョッキで、スズハの空になったジョッキと乾杯する。それから半分ほど飲み干して、次はノーマンに絡んだ。

「先輩。ねぇ、先輩ってば」

「なんだよ」

「せっかくアタシたちの初仕事だったのに、辛気臭いっすよ。そりゃぁ、色々ありましたけど」

「逆に訊くが、どうしてお前はそんなに楽しそうなんだ」

「あの男の子だか女の子だかが転生者? そんなんオトギバナシでしょ。子どものイタズラだってば」

「私には、そうは思えなかった」

「じゃあどうするん。聖堂騎士団にでも突き出す? 」

 スズハは苦い顔をして、ウェイターにビールのおかわりと焼き鳥の盛り合わせを頼む。

 ノーマンは過去のトラウマと、先の光景をオーバーラップさせた。

「(ダンジョンの温度……あの光……)」

 そして、ビールの水面に反射する自分を見つめる。

「あの子を野放しにしていたら、とんでもない事になりそうな気がする」

「騎士団に、相談だけでもしてみるか」

「えぇ。そうしましょう」

 その日の酒は苦く、チェンを除く二人は上手く酔えなかった。

 ――ノーマンはうまく眠れずに、社宅のベランダから、月のない空を眺めていた。

 ふと、社宅の目の前にある公園に目が止まる。

 街灯の下で、女性二人が口論をしているようだった。一人はスズハで、もう一人に目をこらしてみると、先ほどの唄い手のようだった。

 ノーマンは五階に住んでいたにもかかわらず、スズハの、明らかに怒鳴り声が聞こえてくる。

「(スズハにしちゃ珍しいな)」と、彼は好奇心半分で耳を傾けた。

「冒険者を諦めたお姉様には分からないでしょう!? ふしだらな格好で唄い手なんて、お父様が見たらなんと仰るか! 」

 相手も何か言い返しているようだが、その声は聞こえてこない。

「私は冒険者になって、百八を必ずクリアしてお父様の仇を――」それが言い終わらないうちに、相手はスズハを平手打ちしていた。

 スズハは肩を落とすと、諦めたように社宅へと戻り、相手もまた、ものも言わずに夜道へと消えていった。

 それを聞いたノーマンは、愕然と、雷に打たれたように、自室を出る。

 そして。

 スズハが自室の玄関前まで戻ると、そこには沈鬱な面持ちのノーマンが待っていた。

「……ノーマン様」

「スズハ。さっきの喧嘩を聞いたが、俺の言いたいことは……分かるな」

「まさか……そうですか」

 彼女は目を見開いて、それから、目をそらして深く息をついた。諦めたように瞳が淀んでいる。

「聞かれてしまいましたか」

「なら」

 彼は言い淀み、ためらった後、しっかりと目をみて告げる。

「金輪際、俺に関わるな」

「ノーマン様、私は――」その言葉を彼は遮る。

「初めてお前たちと会った日。俺は言った」

 スズハは下唇を噛んでうつむく。

 それは、彼らの出会いの日。

「――俺でよければ指導しよう。死ぬかもしれんが、ついてこられるか? 」

 二人がうなずいた後、ノーマンはこう言った。

「ただ、一つ条件がある」

「条件ですか? 」

「絶対に、百八に関わろうとするな。父の仇だろうがなんだろうが、これからは、百八のことは忘れて生きろ」

「――そうノーマン様は仰っていました」

「お前はまだ、百八を諦めていなかったんだな」

 スズハは、苦虫を噛み潰すように「はい」と答える。

 ノーマンはスズハの肩に手を置くと、最後通告のように「残念だ」と、それだけを残して去っていった。

 スズハはその場でうずくまる。

 彼女の胸中に、後悔と、この二年の葛藤とが渦巻いて、そして突然のことゆえに、涙すらでない。

「これから……だったのに……」

 口から出た言葉は重く、夜の暗がりに転がって、音も立てずに朽ちていくのだった。




ある人と出会い、ある人とすれ違う。


次回へ続く。

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