Episode.8 / 転生者
デミシヴァは状況の変化を察知。
スズハへと放つ電光石火の拳は、面の回転する番傘に防がれるやいなや、ミキサーのようにすり減る。間髪入れず、見えざる槍がデミシヴァの中心点を刺し通した。その青白い目尻と口端から血が噴きでる。
それが止めだった。
チェンがスズハのもとに姿を現し、デミシヴァが黒い土に還るのを見届ける。スズハに関しては、和装から元の姿へと戻った。
「アタシたちだけで、倒せたんだね」
「この二年……ほんとうに無駄じゃなかった」
「よくやった。二人とも」ノーマンが不器用な笑顔で称える。「俺の出る幕はなかったな」
「ノーマン様のお陰です」
「先輩。ありがと」
「礼なら無事に帰ってからだ。フラッグを立てるぞ」
ノーマンは手に持った水筒のような筒のスイッチを押し、大きな青い旗へと伸長させる。旗にはクラフト商会の紋章があった。
「おー! クリアフラッグ! アタシも立てたい! 」
「あ、私も! 」
祭壇の手前に、その旗を突き立てる。これは、誰がこのダンジョンを踏破したかを示すためのものである。
「これでダンジョン初クリアだが、まだ油断するんじゃないぞ」
とはいえ、二年越しにようやくダンジョンクリアを成し遂げた二人は、とても落ち着かない様子である。
「写真とか、撮ってもいいっすか」
「私も、何か一つぐらい記念に持ち帰っても……」
「……先に出てるぞ」
ノーマンは浅くため息をついて、彼女たちに背を向ける。それから、もと来た階段を見上げると。
最上段に、一人の影。
「(……子ども? )」
その小さな影は首をかしげ、手を振ってくる。
「あっれぇ。先客がいる。おーい」
その影は腰に帯刀していた。こんな所まで来ているところをみるに、ただ者ではない。
「チェン、スズハ。警戒しろ」
その声色に反応して、二人は武器に手をかける。
「おーい。聞こえてるよね? デミシヴァ倒したのって、君たち? 」
影は階段を降りてくる。
二人と同じように、ノーマンもまた、佩いている刀の柄に手をかける。
「無視? 人の獲物を奪っておいて無視なんて――」
少年のひとり言をよそに、チェンとスズハは小声で確認しあう。
「(マフィアっすか)」
「(まさか、子どもなのに)」
影が正体を現す。
その少年は、三つ編みの黒髪を片方の肩にかけた中性的な容貌だった。身長のわりに丈の長いコートは、年齢にしては不釣り合いに大人びた恰好にみえた。
彼は鞘から刀身を抜く。
「ダンジョンに来たなら、首落とされる覚悟ぐらいできてんだろうね? 」
「反転刀法」
少年がノーマンの首めがけて薙いだ刃を、ノーマンは一瞬の判断で弾いた。不快な金属音が残響する。
「おっと。何だこれ」
少年は何が起きたのか分からないような顔で、自分とノーマンの刀を交互に見つめている。
「分かった……反射だな。なるほど、なるほど……良い解釈だ」
「一瞬で俺の反射を理解したか。何者だ、お前? 」
「加勢ぇッ! 」
少年の背後をとっていた透明なチェンが、少年の横腹にランスの柄を打ちこむ。だが、その一撃は容易に掴まれた。
「透明化っていつの時代にもいるよね」
チェンは槍ごと振り飛ばされ、壁に衝突して力なく倒れる。
「くっうぅ……あったまクる……」
彼女はよろめきながら、ノーマンとスズハのそばに戻る。
「あの子、普通じゃありませんね」
「見れば分かる。あれは……まさか」
少年の背後に、どこからともなく幾本もの剣が現れ浮遊する。剣は幾何学的な模様を描いて浮動し、切っ先を三人に向けた状態で円形を成した。
「スズハ、あの剣、絶対ヤバい」
スズハは返事をする余裕もなく息を飲む。
円形を成した剣の中心には、太陽にも似た光が生まれる。空間の温度が上がり、三人は呼吸すると喉が焼ける感覚を味わった。
「まさか……お前は転生者か? 」
ノーマンの発した転生者という単語を嘲笑するように、少年は応える。
「ボクの名はフェルマ=ワン。理を超越した才覚者。月の申し子にして種の羅針盤」
光が増していく。祭壇の一部が自然発火し、壁の一部が剥がれはじめた。
「十度目の生にして十世紀の集大成。俗物の言葉を借りるなら、そのとおり転生者という表現が正しい」
「来るぞ、二人とも! 」
能力を行使したスズハの番傘が最大出力で回転。チェンのランスも状況に適応し、最も厚い盾形の形状へと変形する。ノーマンは剣を構えなおし、きたるべき瞬間に全意識を注いだ。
理解すら及ばない一撃が、来る。
人智を越えた存在との邂逅。次回へ続く。