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Episode.7 / 戦げ成長の風

部下の肋骨がへし折れてもニコニコのノーマンさん。

 ダンジョンNo.4417は、アズカナエヴォ郊外ブルネイ山麓にあるひっそりとした洞窟である。

「お前たちの戦闘能力はもう十分だ。あとは経験の穴を埋めていく。チェン、忘れ物はないだろうな? 」

「完璧っす」

 チェンは胸を自信満々に叩いて「ふんす」と鼻を鳴らす。彼女は武道着に薙刀という二年前と同じ組み合わせで、大きなリュックを背負っている。

「スズハは? 」

「準備万端です」

 スズハも二年前と同じ、黒い盾に重厚なランスを装備していた。

「よし」

 ノーマンは手持ちの時計で時間を確認すると、ダンジョンの入り口を睨む。

「じゃあ行こうか。魔窟の底へ」

 ――歪んだ石段をおりて、地下一階。

「それほど広くはないでしょうか。会社のロビーくらい? 」

「魔物が大群で襲ってくることはなさそうだ。だが――」

「ダンジョンの大きさと魔物の強さは一致しない、っすよね? わかってるっすよ」

 チェンは鼻歌を歌いながら、ダンジョンの壁に観測石を埋め込んでいく。

「ついに観測石(かんそくせき)をダンジョンで使う日が来るなんて……感慨深いっす」

 観測石。八面体の紅い鉱石で、二枚で一対を成す。一枚が反射した景色をもう一枚から観ることができるため、ダンジョンに設置しておけば、ダンジョンの内部を外にいながらでも観察することができる。石そのものが発光するため、照明の役割も果たすようになっている。

 チェンは一枚一枚ほおずりしながら、計十五枚の石をダンジョンの壁に埋めこんだ。

「あとはスケッチだ。観測石の景色と俺たちのスケッチで、本社のデザイナーが地図を完成させる」

「あの人たち、マジで絵上手いっすよねぇ」

「私も一度似顔絵を描いてもらったことがありますが、それは凄い完成度でした」

「もしかしてあのほっそーい先輩? あの人絶対スズハのこと好きだよね」

「ふふっ。丁重にお断りしたけどね」

「あっはっは! フラれてやんの」

 ダンジョンは静かで、魔物の気配のない、一見してただの洞窟だった。

 ノーマンは嫌な予感を覚えるが、それは的中する。


 ・

 ・

 ・


 ――最下階の空間は、このダンジョンの中で最も狭かった。到着した三人は、そこで惨憺(さんたん)たる光景を目撃する。

 二人の山伏の遺体と、首を掴まれ持ちあげられる、これも同じく山伏の女。彼女の影は、祭壇に供えられたロウソクの光で浮かびあがる。

「あっ……かはっ、あぁ……たす、け」

「ここのボスは()()()()()か」

 三メートルはあろうかという四本腕の男。二本の腕を組み、一本の腕は腰に当て、残った腕で女の首を掴んでいる。それは魔物でありながら人に似た形をとる、通称『亜人(あじん)』種。とりわけ、神話に登場する神に似た形をしているものは、『亜神(あじん)』と表記されることもある。

「本当なら、俺たちの仕事はここまでだ。観測石を設置し、ボスの正体まで把握したからな」

 チェンがリュックをおろす音が、声のしなくなった空間に重く響く。

「でも、できるなら自分でクリアしてもいいんすよね」

「あぁ。今日はかまわん」

「相手にとって不足なし、ですね」

 スズハとチェンが並び立つ。

 ここは狭く、デミシヴァとの距離は七、八メートルといったところ。

 チェンは身体をのばし、その場で小さく跳躍する。

 スズハも深呼吸で鼓動を整え、集中し、意識を沈みこませる。

 デミシヴァが女を投げ捨て、三人のほうへ向きなおった。揺蕩(たゆた)うようなアルカイックスマイルは、これから始まる死闘を予感させない。

 ノーマンは黙って、その場から二歩下がった。

 二人が同時に息を吐き、スズハが号令する。

「チェンっ! 」

「応ッ! 」

 瞬時、互いの間合いへ突入。デミシヴァの二本腕の乱打がチェンの槍術と打ち合い火花が舞う。デミシヴァの力んだ一撃を体捌(たいさば)きで受け流し、そこにわずかな隙が生まれるのをスズハが見逃さない。

「ふッ――」

 頭より先に感覚で。デミシヴァの腕の一本を串刺し。だが。ランスが肘まで貫くも、筋肉の収縮で引き抜けなくなる。とっさにランスを手離したスズハだったが、わずかにデミシヴァの膝への反応が遅れる。

「あっぐぅっ……! 」

 岩のような膝があばらを蹴り抜くが、スズハは蹴られた勢いそのままにバックステップで距離をとり、チェンも彼女に合わせて後退。デミシヴァは刺さったランスを抜いてスズハへ投げる。睨み合いがつづく。

「大丈夫か? 」

 後方のノーマンが呑気な様子で聞いた。

「愚問」とスズハが血の唾を吐く。

 それを受け、チェンが口角を上げた。

()()やろうか」

 チェンが人差し指を口元にあてるハンドサインをだすと、スズハが悪戯っぽく微笑む。

「同じこと思ってた」

 二人が柄を握る手が、熱を帯びる――。


 ――そこは、いつかの修練場。

  竹刀を持ったノーマンが、息の荒い二人に稽古をつけている。

「武器を上手く使うだけならアスリートと変わらん。大事なのは、自分の能力をどう解釈するかだ。俺の師匠はランサーとしての能力を『仲間を安心させること』だと解釈した」

「(父さんの……解釈)」

「師匠は解釈によって拡張された力で、人の意志に触れることができた。仲間に安心をもたらし、"正気なる大隊"を率いていくつものダンジョンを踏破した」

「先輩の力は? 」

「隠すつもりもない……俺の解釈は柔よく剛を(フレキシブル)制す反転(カウンター)。相手の力を利用し、己の力と一緒にして跳ね返す」

 二人は自らの武器を見つめる。

「解釈を突きつめていけば、概念レベルにまで干渉して戦えるようになる。俺や師匠のように――」


 ――そして、二年の鍛錬を経て二人のイメージは完成した。

能力(nengli)解释(Jieshi)」チェンの詠唱。

Ability(アビリティ) Interplit(インタープリット)」スズハが続く。

 彼女たちの足下に(そよ)ぐ成長の風。

 ロウソクの火が生む陽炎のようにチェンの姿がゆらめき、カメレオンのように風景と同化して消える。

 スズハの盾がパーツごとに分解され、浮遊し、彼女の体へ装着されていく。ランスの尖端が花のように開いて回転、桃色の火花を帯びて番傘のように展開する。その姿は、和装に番傘をさす舞妓のようであった。

 二人の解釈、適応と不退転のイメージ、二年を経ての結実である。

二年を懸けて亜神へ挑め。次回へ続く。

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