Episode.6 / 能力解釈
たたかいの回、たた回
クラフト商会本社ビルの地下に広がる広大な空間は、避難シェルター兼トレーニング施設となっている。
大木の幹のようなコンクリートの柱が無数にそびえて天井を支えるこの場所は、壁や床、あらゆる建材が耐久性に富んだ特殊加工を施されているため、魔法や技の自由な使用が許可されている。
「装備の具合はどうだ」
ノーマンは竹刀で自分の肩をたたきながら聞く。
「めちゃくちゃしっくりキてます」
「今まで使ってたものが、全部ウソみたいです」
チェンは赤色の武道着で、手には刃を備えた薙刀をもっている。薙刀の持ち手にあたる中心部分には円形の盾が備えつけられており、防御面もカバーされていた。
対照的に、スズハは華奢な体つきには不釣り合いな、ブラックの盾とランスを両手に携えている。
「そうだろう。ホイジンガが目利きを間違ったためしはない。
今日は、お前たちの実力をみせてもらう。あまりに弱ければ、ダンジョンに挑む以前の問題だからな」と、ノーマンは竹刀の先で、おちょくるように小さな円を描きながら言った。
「全力でいいんすか? 」
「もちろんだ。殺す気でこい」
スズハが「でも……」と言い淀む。
「俺を傷つけるのが心配か? 」
彼女は黙ってうなずく。
「意外かもしれんが、この世界じゃ、百年の鍛錬より十年の理論研究が勝る。つまり、二十年机に向かってた俺は、お前らよりとても強い」
「言っときますけど」
チェンの持っていた薙刀が半分に分かれ、片方が細長いスピアに、もう片方がしなって弓に変わる。彼女はそのスピアを、矢のように弓につがえた。
「主席が二人っすよ。いくら先輩でも、油断したら――」
チェンが放つ一矢。
「――ここでお陀仏っす」
その矢と同速か、わずかに上回る速度でスズハがノーマンに急接近。
ノーマンの喉をスズハのランスの尖端がとらえ、額をチェンの矢が射抜かんとしたとき。
状況は反転する。
「……あれ? 」
スズハは仰向けで天井を見上げていた。
チェンの頬を矢がかすめ、傷口から血がたれる。
「……へ? 」
現状の理解が追いつかず、ハトが豆鉄砲をくらったような顔のスズハへ、ノーマンが竹刀を振り下ろす。
「ひぃっ! 」
スズハが顔だけで避けると、コンクリの床にヒビが入って破片が飛散する。
「動け」
ネックスプリングで跳ね起き、スズハはすぐさま攻勢に転じる。チェンも我にかえり、矢をつがえて放つ。
ノーマンは最小限に体をよじらせて突きと矢をかわしつつ、竹刀を振りかざす。
「(さっきは何が起きたのか分からなかった……! )」
「(攻撃当たらないのは予想してたけど、さっきのはなんかかヤバい! )」
二人の背筋に嫌な予感が走る。
「授業の時間だ」
振りかざした竹刀を時計の長針のように輪転させる動きで、スズハのランスを絡めとる。それは、ただ彼女の攻撃をいなしただけでなく。
「ぐうっ……!? 」
スズハの盾に、連続して衝撃が加わる。まるで、自らの突きを受けたような重み。その重みは手から腕、肩へと一気に伝わり、脱臼しそうな痛みを喚起する。
チェンの矢も同じく、ノーマンの竹刀に弾かれると、慣性の法則を無視して翻り、彼女のもとへ返っていく。
「ズっる……! 」
側転で矢をかわすと、彼女の背後の床に音をたてて突き立つ。
「能力は研究すると個性がでる。剣の形が変わるものもいれば、無刀に目覚めるものもいる――」
「見えざる槍」
スズハの狙い澄ました突きが一閃。それを、ノーマンは喋りながら受け流す。
「なっ……!? 」
「必要なのは解釈だ。刃の切れ味とは炎であると思えば、その剣は炎をまとうかもしれない――おっと」
火弓がノーマンの髪をわずかに焦がして抜けていく。
「なんかできた! 」
「そういうことだ」
チェンが連射する火弓の一矢を、ノーマンは野球のようにスイングして打ち返す。
「うっわあッつ! あっつぅッ! 」
火はチェンの服の一部に燃え移り、彼女は熱さにもんどりうって転げまわる。
「武器を上手く使うだけでは二流だぞ。ランスとは何か、盾とは何か。自分だけの解釈を見出してはじめて、一流の道が見えてくる」
スズハは大きく距離をとり、チェンと並んで顔を見合わせた。その表情はどちらも嬉しそうである。
「何かは掴んで帰れよ。青二才」
「了解! 」
「オーライ! 」
チェンのハンドサインに合わせ、スズハが再び突撃。
スズハは思考する。
「(ランスとは、盾とは、最前線で仲間を守るための要で、不退転の象徴。父さんのように私は友達を守る! )」
竹刀による打突が新品の盾を窪ませる。
「おお。叩き割るつもりだったんだが」
ノーマンはヒビの入った竹刀に目を落とす。
すかさず薙刀モードのチェンが連撃でカットインしてくる。どの攻撃も軽いが、それゆえにチェンも隙のない動きで立ち回る。
めくるめく戦況の中、チェンも思考する。
「(アタシの味は適応力。その究極形は武器の変形だけじゃなくて、状況そのものへの適応。目の前のことを理解して、最速で最適解を出す能力)」
達人じみたチェンの槍術が、ほんの一瞬だけノーマンの思考を遅らせる。
コンマ数秒の隙。
スズハが盾ごとノーマンの側部へ衝突。彼は反射神経だけで対応するが、衝撃を殺しきれずに鼻が折れる。スズハも、自らの与えた衝撃で跳ねかえり、数十メートル離れた壁まで吹きとんで打ちつけられる。
「良い連携だ」
彼は不敵に笑って鼻の側面をおさえ、鼻血を出しきる。
「お前らは殺す」
彼の瞳は、自身の才能を数%でも解放できることに歓喜している。戦闘狂と化しているノーマンと目が合い、チェンには今まで感じたことのない高揚がみなぎった。戦線に戻ってきたスズハもまた、目の前にある成長の予感に期待している。
「スズハ。アタシ今、最っ高なんだけど」
「私も……全開フルスロットルかも」
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戦いは五時間にわたって続いた。
二人がついに気を失う。
「俺の研究もまだまだか」
ノーマンの持っていた竹刀は柄だけになり、柄から先は消失している。白目をむいて大の字になっている二人を見て、感慨にふける。
「(ハンデありとはいえ、ここまでとは)」
「ふがっ」
チェンが先に目を覚ます。すぐに薙刀を後ろ手に構え、ノーマンを睨みつけた。
「もう終わりだ。定時だからな」
「…………そっすかぁ」
彼女は脱力して尻もちをつく。
「スズハ、起きて。ねぇ」
「はっ」
スズハもまったく同じように起きてはランスと盾を構える。
「終わりだ。俺は残業せん」
二人はどこか悔しそうな顔で、自分たちの武器に目を落としている。
「そう悔しそうな顔をするな。お前たちは強くなれる。俺が太鼓判を押してやる」
二人の顔が「本当ですか」と言わんばかりに明るくなる。
「嘘じゃない。良いクラフターになれる。明日から、そうだな……二年はこの訓練が続くだろうが、それに耐えれば、あるいは」
二人の目が丸くなる。今聞いた言葉の意味を分かりかねている様子だ。
「ん? あ、えーと、先輩、今なんと」
「お前たちは、良いクラフターになれる」
ノーマンはキメ顔でそう言うが、本命はそこではない。
「その後です」
「ん? あぁ、そうだな、この研修は二年は続くだろうが――」
「二年んんんッ…………!! 」
「おろろろろろろろ」
チェンがもう一度気を失い、スズハはその場で虹色の嘔吐をはじめた。
「はっはっは、俺も気合いを入れないとな」
――そして、一度もダンジョンに入ることなく、地獄の二年研修を経て。
二年後。
いよいよ二人はノーマンとともに、初のダンジョンでの仕事に向かう。
ありもしない希望を胸に。
次回へ続く。