Episode.5 / ようこそアズカナエヴォへ! PART2
ざんぎり頭を叩いてみれば 文明開化の音がする
の回
千皇城に近づくにつれ、町民の中に帯刀しているものが目立ちはじめる。
「ねぇねぇ、あれサムライだよ」
「あんまりジロジロ見ないの」
「だってぇ――ほぎゃっ」
足を止めたノーマンの背にチェンの鼻っ柱がぶち当たる。
「いきなり止まらんでくださいよぉ」
ノーマンは自分の腕時計に目を落としながら言った。
「もう四時になる。一旦会社に戻るぞ」
「かしこまりました」
「えー、お城もっと近くで見たいぃ」
「それはまた今度だ」
――本社に戻り、ノーマンは二人を小会議室に案内する。
「座ってくれ」
「座学ですか? 」
「ざが……うえぇ」
彼は白い壁に手をかざす。立体的なバレイの地図をプロジェクターのように魔力で投影し、地図の隅にある、険しい山脈に囲まれた盆地を指さした。
「今から教えるのは、俺たちが知っておくべき三つの人種について。一つはこの盆地で暮らす魔法を操る猫だ」
「人種……ネコでは? 」
「かなり最近になって確認された種ですよね」
「見た目は二足歩行の猫で知能は人と変わらない。魔物だと言われるのを極端に嫌ってる」
「メイジキャットを魔物と同じに思っている層も、まだ多いと聞きます」
「ははっ、それ。うちの婆さんもそういう層」
「もしメイジキャットに遭遇することがあれば絶対に刺激するな。チームを組んでダンジョンに潜っているところも目撃されているからな」
「えー、言ってもネコでしょ? 」
「膨大な魔力を持ったネコだ。オリハルコンの盾ごと焼き払われた冒険者の例もある」
「オリハルコンって魔力を十年ぐらい凝縮した素材っしょ? どんだけ……」
「注意しないとですね」
ノーマンは地図を向かいの壁に移動させ、元の壁に修行僧の集合写真を展開する。彼らは一様に、面や笠で顔を隠し、法衣に結袈裟を身に着けていた。
「山伏会ですか」
「ダンジョンを神的に崇めてる人たちっすよね? 」
「そんなところだ。山伏を知るにあたって、同化論だけは理解しておけ」
「ドウカロン? 」
「授業で習ったでしょ」
「寝てた。てへっ」
スズハがやれやれとため息をつく。ノーマンがひとつ咳きこんで話を続けた。
「ダンジョンに棲む魔物を食べることでダンジョンと一つになれる、と考えるのが同化論だ。山伏の目的は、ダンジョンと同化することなんだよ」
「えっぐ」
「山伏は冒険者やクラフターを敵視している。ダンジョンの資源を貪る害虫だと」
「暴論っすね」
「ダンジョンの資源のおかげで暮らしが豊かになっているのに……」
「宗教ってのはそういうもんさ。俺たちとは相容れない。もちろん全ての山伏が同化論者じゃないが、注意するに越したことはないからな」
「気をつけます」
「っす」
「次が最後だ」
ノーマンは山伏の写真を隣の壁に回し、元の壁に写真を複数枚展開する。写真には、サングラスや黒いスーツなど、ものものしい格好の人々が映っていた。そして、その画角もどうやら盗撮のようである。
「マフィアっすか」
「その通り。この国の暗部。ホワイトベールだ」
「さすがのアタシでも聞いたことあります。よその国から非合法組織が流れてこないのはホワイトベールがいるからだって」
「あながち間違いじゃないな。バレイ全体に根を張る組織で、その力は聖堂騎士団に並ぶ。ボスが代替わりしてからは……さらにその過激さを増しているな。具体的に言えば、冒険者とクラフターがダンジョンで襲われている」
「なんでマフィアがダンジョンに? 」
「いいタイミングだ。俺たちの仕事のことも一緒に説明する」
写真を縮小して壁の隅に寄せ、ダンジョンと貴族を表したポップなイラストを投影。指さして説明を始める。
「イラストかわいいっすね」
「そうか? 俺が描いた。それはさておき、例えば貴族がダンジョンを所有していたとする。ダンジョンには多くの資源が眠っているから、それを手にいれたい。そこで冒険者に、ダンジョンの危険な魔物を掃討するよう依頼する。報酬はダンジョンで得られる資源や、その一部の所有権であることが多い。
ここで冒険者は、なんの情報もない状態でダンジョンに潜ると、自分たちより強い魔物に遭遇したり、トラップにかかる恐れがある。そこで、クラフターは冒険者より先にダンジョンに潜り、そのダンジョンの危険度を調査して、地図を作る。その地図を冒険者に販売して利益を得ているのが、俺たちの会社だ」
「なーるほど。そういう風に利益が」
「マフィアは、冒険者が入る前にダンジョンを占拠し、ダンジョンの持ち主に無理な交渉を持ちかけることで利益を得る。もしダンジョンの中で冒険者と鉢合わせれば……」
「排除、ですね」
「ホワイトベールはとくにその傾向が強い。ダンジョンの中は治外法権。なにが起きても魔物のせいにできるし、殺して魔物に死体を食わせれば証拠も残らない。女がダンジョンで犯罪に遭う確率が異常に高いのもそのせいだ」
「そんなの気にしないっすよ。先輩がいるっすから」
「そうですよ。ノーマン様がいてくだされば」
「俺ひとりではどうにもならん状況もある。相応の覚悟はしておけ」
二人は脅されたわりに余裕の顔で、ノーマンには少々意外だった。
「とまぁ、話は以上だ。今日は連れ回して悪かった。もう定時だから、帰ってよく寝てくれ」
「えっ」と声を漏らしたのは、驚いた顔のチェンだった。
「なんだよ」
「ごはん」
「ご飯? 」
「記念すべき初日っすよ!? 晩ごはんの一つもオゴってくださいよぉっ! 」
チェンはノーマンの膝にすがりつくようにして声をあげる。
「おーいおいおい」
「やめろやめろやめろっ」
「私もできればご一緒したいです」
チェンが外に聞こえるぐらい号泣する。
「……近くの居酒屋でいいか」
ノーマンは折れた。
「いぃやったぁぁああっ!! 」
「やった! 」
二人のハイタッチ。チェンの涙は嘘のように乾いていた。
ただ、ノーマンはこの判断を後悔することになる。
・
・
・
彼の意識は、三軒目のバーに向かう道中からなくなっている。
「あぁ……吐きそうだ……」
「先輩! 朝まで! 朝までいっちゃいましょ! 」
「私も何軒でもお供いたします! 」
ノーマンに両側から肩を貸しながら、二人は顔を真っ赤にして上機嫌だった。
彼が二人との酒を拒むようになったのは、この初日のことがキッカケである。
――続く。