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恋愛小説シリーズ

あなたは○○○○?

作者: 青帯


「あなたは○○○○?」


 私がそう訊ねると、この国の王子は怪訝そうな顔をした。


「何とおっしゃられたのです? 意味が分からないのですが」


 無理もない。日本語で言ったのだから。

 私が転生したこの世界で使われている言葉は、日本語ではない。


「何でもありませんわ。忘れてくださいませ」


 この世界の言葉でそう告げながら、ドレスのスカートを軽く持ち上げて礼をした。


 私が転生したのは有力貴族の令嬢だ。


「ええ。それよりもプロポーズのお返事は?」


「申し訳ありません。謹んでお断りさせて頂きます」


 私は深々とお辞儀をした。


「これまで申し分ない身分の男たちが何人も求婚したのに、全員が断られてしまったことは聞いていました。私も拒絶されてしまいましたね」


 王子は整った顔立ちに寂しそうな笑みを浮かべた。


「あなたは噂以上に美しい。そしてとても優しい女性だと聞いていましたが、今日お話しさせていただいてその通りだと感じました。それだけに無念です」


 王子の方こそ稀に見るような美男子だ。

 そして怒ったり結婚を無理強いしたりする気配もないことから、性格も優しいことは分かる。

 女性が夢見るような結婚相手なのかもしれない。

 だが――。


「もったいないお言葉ですわ。ですが、どうぞお許しくださいませ」


「もちろん強要など致しません。ただ、できることなら断る理由を教えていただけませんか?」


「――王子が、○○○○ではないから」


「○○○○とは?」


「私が思いを寄せている殿方の名前ですわ」


「そういうことでしたか。ならば仕方ありません。ですが、随分と変わったお名前の方ですね」


 この世界の人にとってはそうだろう。

 日本人の男性の名前なのだから。


 屋敷の外に出て王子の馬車を見送った。


 夕方になっている。

 道では街の子供たちが追いかけっこをしているようだ。


 私の近くまで走って来た小さな男の子が転んでしまった。


「大丈夫? 怪我はない?」


 しゃがんで声を掛けると、男の子は少しだけ痛そうにして立ち上がった。


()てて。でも平気だよ。心配してくれてありがとう。お姉ちゃん」


 男の子は汚れを払うと、屈託のない笑みを浮かべた。


「こ、こら。貴族の人にそんな慣れ慣れしい口を聞くと怒られるぞ」


 少し大きい男の子が心配そうに言った。


「私になら大丈夫よ。そうだわ。ちょっと聞きたいことがあるのだけど」


「な、何でしょうか?」


「あなたは○○○○?」


 日本語で訊ねた。


「えっ? 何? 貴族の言葉?」


 意味は分からないらしい。


「あなたは○○○○?」


 小さい方の男の子にも訊ねたが、きょとんとしている。


「何でもないわ。気を付けて遊んでね」


 二人は首を傾げたが、遠巻きに見ている他の子供たちに合流して駆け去っていった。


 他の子にも聞けばよかったかもしれないね。

 今日も○○○○には巡り合えなかったな。


 そう思って屋敷に戻った。


「お前、王子からの求婚まで断ったのか?」


 父親がうんざりとした様子でため息をついた。


「何を考えているの? いくらあなたが綺麗だといっても、そんな噂が広まればお相手がいなくなってしまうわ。もう結婚していないとおかしい歳なのに」


 母親が心配そうに声を掛けてきた。


「ごめんなさい。お父様。お母様」


 二人がやれやれと言った様子で奥の部屋に入って行った。


 心配させちゃってるよね。

 でも私が結婚したいのも、綺麗だと言って欲しいのも、○○○○だけだから。


 私が貴族令嬢の娘に異世界転生したのは三年ほど前。

 鏡を見たときは、とても綺麗な女性に転生したものだと思った。

 年齢はこの世界の結婚適齢期で、かなりの数の誘いがあった。

 求婚相手に会うたびに「あなたは○○○○?」と訊ねたけれど、これまで意味の分かった人はいない。


 でも○○○○が異世界転生しているなら、日本語での問い掛けの意味が分かって「そうだよ」って答えてくれるはず。


 だから私は訊ね続けるの。

 優しかった○○○○に似た雰囲気の人を見つけるたびに。


「あなたは○○○○?」


 好きだったから。

 いいえ。ちょっと違うかな。好きだったと気付いてしまったから。


「あなたは○○○○?」


 私を好きだって言ってくれたのはあなただけ。

 でも私は一度も言えなかった。

 だから、せめて伝えたいの。


「あなたは○○○○?」


 私は平凡なOLだった。

 ううん。明らかに平凡以下だったよ。

 それなりの歳になっても恋愛経験は無かった。

 だから自分に自信なんて持てなかったんだ。


「あなたは○○○○?」


 それで世界を斜めに見ていたよ。

 私だけじゃなくて世界も下らないんだって。

 余裕がないから人に優しくもできなかったよ。

 それなのにあなたは、会社の廊下で落とした書類を拾うのを手伝ってあげただけで、わたしのことを優しいって勘違いしちゃったよね。


「あなたは○○○○?」


 何日か後で、あなたは顔を真っ赤にしながら食事に誘ってきた。

 わたしも真っ赤になってたと思う。

 そして食事に行ったときの会話はぎこちなかった。

 二人とも恋愛経験がないだけじゃなくて、コミュ力も低かったから。

 あなたはそれでも頑張ってくれていたよね。

 たどたどしくても、会話を盛り上げようとしてくれていたよ。


「あなたは○○○○?」


 あなたは結構おっちょこちょいだった。

 帰りも物を地面に落としたり、つまずいたり。

 それで私、思わずちょっと笑っちゃったよね。

 するとあなたは、はにかみながら、私の笑顔が素敵だ、なんて言ってくれちゃって。

 今思い出すと、最高の誉め言葉だよ。


「あなたは○○○○?」


 それなのにごめんなさい。

 そのとき、私はあなたのことを下に見ていたよ。

 恋愛って、もっとキュンとするようなものだって思っていたの。

 そうならないのは、あなたが大した男じゃないからだって考えることにしたんだ。

 でないと自分の価値が下がるような気がしちゃったから。


「あなたは○○○○?」


 だけどあなたから好きだって告白されて付き合い始めた。

 私がOKしたのは、彼氏いない歴イコール年齢をなんとかしたかったから。

 あなたも恋人がいたことはなかったけれど、そんなふうには考えてなかった。

 あなたは優しいから、相手のことを好きじゃないと付き合っちゃ駄目と思っている人だったから。


「あなたは○○○○?」


 付き合い始めてもデートの誘いはほとんどあなたからだった。

 私は頼まれたから、好きなわけじゃないけど付き合ってあげているって思いたかったから。

 本当に嫌な奴。

 だけど、だんだんとあなたからの連絡が待ち遠しくなっていったんだ。


「あなたは○○○○?」


 だから私からも誘ったよね。

 私のアパートでご飯を作るから食べに来てって。

 あなたはご飯を美味しいと言って食べてくれた。

 でも、そのあと泊まらずに帰っちゃった。

 何も無かった。

 私だって勇気を出して誘ったのに、イラっとしたんだよ?


「あなたは○○○○?」


 それからどっちかのアパートで食事をすることが増えた。

 なのにそういうことには一度もならなかった。

 別に好きってわけじゃないから。

 私はそう思おうとした。


「あなたは○○○○?」


 だけど違ったんだね。

 私の大好物をちゃんと覚えていて前回出してくれたっけ。

 このお惣菜買って行ったら、きっと喜んでくれるよね。

 次は何を一緒に作ろうかな。 

 そんなふうに一人でいるときもウキウキしていられたのは――。


「あなたは○○○○?」


 あなたのことが好きだったから。

 そして、いつの間にか世界が下らないなんて思わなくなってた。

 周りにも優しくできるようになった。

 あなたがいてくれたからだよ。


「あなたは○○○○?」


 どうして元の世界で生きているうちに気付けなかったのかな。

 どうしてあなたのことが好きだって言えなかったのかな。

 そうする前に、暴走してきた車に跳ねられて死んじゃうなんて。


「あなたは○○○○?」


 あなたは私を車から庇うように前に立ってくれた。

 元の世界で生き続けているということは、多分ないよね。

 後ろにいた私が死んじゃったんだから。


「あなたは○○○○?」


 私は死ぬだけじゃなくて異世界転生できた。

 あなたもそうだって信じてる。


「あなたは○○○○?」


 だから私は訊ね続けるの。

 優しかったあなたに似た雰囲気の人を見つけるたびに。


「あなたは○○○○?」


 あなたのことが好きだったって、どうしても伝えたいから。

 あのはにかんだあなたの表情は、別人に転生していても分かる気がする。


「あなたは○○○○?」


 だけどなかなか見つからないね。

 おばさんって言われる歳になっちゃったな。


「あなたは○○○○?」


 もしかしてこの世界に、あなたはいないのかな。

 挫けてしまいそうかも。

 だけど、だけど――。


「あなたは○○○○?」


「そうだよ」


 えっ?

 この人、日本語で「そうだよ」って言った?


「僕も、ずっと君のことを探していたんだ」


 そして、このはにかんだ表情――。


 私はその人の胸に飛び込んだ。


「あなたは○○○○!」


 抱き留められながら叫んだ。

 疑問形ではない語尾で。


 あのね。どうしても伝えたいことがあるんだ。

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