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さくら  作者: 山居中次
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子供

ある夫婦と少女の家族の話

「子供、引き取ろうか」


 不意に言葉が出た。


 子供の居ない僕達夫婦は、その寂しさを紛らわす様に児童養護施設に寄付と月一回のボランティア活動と称して、俳優仲間と子供向けの劇の慰問をしていた。桃太郎、金太郎、浦島太郎と、べたな演目だが、僕達俳優の真剣な演技に子供達は素直なキラキラとした目で酔いしれてくれた。その後は、役の衣装のまま、バーベキューなどをして、子供たちの一緒に食事を楽しんだ。それが一番楽しかった。


 楽しい一日が終わる度に、不意に子供の居ないと言う現実が僕と妻の心に影を落とす。


 いつもは、それでも、その寂しさを押し殺すように、僕たちは言葉を発する事は無いのに、その日は、言葉が口をついて出た。


「百合乃ちゃん可愛かったなぁ」


 妻、さくらが子供達との余韻に浸る様に、うっとりとそう言った時、僕も言葉を発していた。


「子供、引き取ろうか」


「え?」


 ハンドルを握り、前を見ながらそう言う僕に妻が反応する。僕はハンドルを握ったまま、言葉をつづけた。


「百合乃ちゃんだっけか?引き取ろうか、僕達で」


「どうしたの急に?」


 妻は怪訝そうに、それでいて、少し嬉しそうにそう聞き返した。


「よく懐いていたじゃないか、君に」


「うん、そうだけど」


 劇を終えた後のバーベキューの時から、五才の少女、戸田百合乃は妻にくっついていた。妻の膝の上で、肉を頬張り、バーベキューの後の自由時間も、妻にべったりとくっついて、絵本の読み聞かせをせがんだり、眠くなると、絵本を読む妻の膝の上で、気持ちよさそうに寝落ちしていた。妻、さくらもそんな百合乃を優しく受け入れていた。その姿は、本当の親子の様で微笑ましく、もしも叶うなら、その幸せと手に入れたいと言う衝動を動かすだけの力があった。


「君が、本当のお母さんに見えたから。いや、犬や猫の子みたいに簡単じゃないってわかってるさ。だけど、君が凄く幸せそうだったから」


 そこまで言って、ほんの数秒だが沈黙が僕らの間に挟まる。


「うん、私もそう思ってる。いくら、あの子が可愛くても、ペットを飼うのとは違うって。でも、もしも神様が許してくれるなら、子供の居る幸せを、誰かを愛でる幸せを授けてほしいって」


 妻は少し寂しそうにそう言った。


「決めた。来週もう一度、吉永学園に行こう。そして、百合乃ちゃんと話してみよう」


「いいの?」


 妻がそう言って、笑顔を咲かせた。


「ああ、彼女が僕達の所に来ても良いって言ってくれたらの話だけどな」


 僕が、そう言うと、妻は咲かせた笑顔を少し萎ませて、呟く様に言った。


「でも、まだ五才よ」


「彼女の意志をちゃんと尊重しないと。子供でも1人の人間なんだから」


「そうね」


 僕の言葉に彼女はそう言って納得すると、静かに前を見つめた。


 さっそく、次の週に吉永学園に出向くと、僕たちは園長の吉永里子氏に事情を話し、百合乃ちゃんと面会をした。


 応接室も兼ねた園長室に里子氏に連れられて入って来るやいなや、「おばちゃーん」と言って百合乃ちゃんは、さくらの足にまとわりつく。そんな百合乃ちゃんにさくらは嬉しそうに微笑んで、しゃがみ込むと、彼女を抱きしめた。


 さくらが抱きしめながら言う。


「百合乃ちゃん。おばちゃん、百合乃ちゃんにお願いがあってきたの」


「なーに?」


「おばちゃんちの子になってくれる?」


 百合乃ちゃんは少し考える様に黙ると、すぐに明るい子供らしい声で、「いいよ」と返事を返した。


「いいの?本当にいいの?」


 抱きしめながらさくらが彼女に聞くと、「うん、いいよ」と百合乃ちゃんは明るく返した。


 改めて、正式な手続きと今後について園長と百合乃ちゃんと僕達とで簡単な話し合いをした。


「まずは、正式な養子縁組の前に一週間、一緒に生活してもらいます。まあ、お試し期間と思っていただけたらいいです。子供との相性が大事ですし、子供がお二人になれないと意味ないですから」


 そんな話を簡単にしながら、淡々と手続きが進み、僕たちはまた、一週間後に彼女を迎えに来て”お試し期間を”する事になった。


「じゃあ、百合乃ちゃん、また、来週来るからね」


 さくらが百合乃ちゃんの目線にしゃがんでそう言うと、百合乃ちゃんは嬉しそうに、「うん、解った。待ってる」と明るく答えた。


「やっと、やっと、私たちに子供が出来るのね」


 帰りの車の中で、さくらは本当に嬉しそうに、満足げにそう語った。


 その翌日、さくらは倒れた。


 心臓の病気と言われた。


 命には別条はなかったが、彼女の体力を考えると、子供を引き取ることを断念する事しか出来なかった。


 神様はどこまで残酷なのかと、僕は、天を仰ぎ、ただ、睨んだ。

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