「悪役令嬢転生もの」とかいう試練
おまけ話
最近、思いもよらぬ悩みを抱えるようになった彼は、ちょうど前からやってきた男性を目にし、少し気分が明るくなった。
立場上、そうそう誰にでも相談やら愚痴やら気軽にできない彼にとって、血縁ではないが兄のような存在であるその男性になら、仕様の無いことでも口にできるからだ。
「先生、少しご相談があるのですが」
この後時間があるのなら、愚痴に付き合ってくれないかなー、という望みを視線にのせて話しかけてみる。
相手ももちろん、彼の立場上鬱屈を抱えていても気軽にそれを晴らすことができないことは承知なので、よほどの用事がない限り、時間をやりくりしてそれに付き合うことに否やはない。
別に、彼の立場を慮るのみではない。年下の慕ってくる相手には、どうしても甘くなってしまうものだ。
「相談ですか。そうですね……、昼食を一緒にとりますか? 少々散らかっておりますが、私の研究室で」
「ありがとうございます。では、昼休みに伺います」
「あぁ、もしご予定が変わられても、連絡などはかまいませんよ」
「ご配慮ありがとうございます。では、後ほど」
考えてみれば、昼食は婚約者と一緒になる可能性があるのだった。
日頃は、婚約者も友人と食事をとっているが、時には「婚約者同士水入らずで」食事をしましょうと言ってくることがある。
友人や、ある人物に誘われた場合は、「先生に呼ばれているので」と断ることができるが、婚約者相手に断ることは悪手である。ことに最近の彼女が相手では。
もし、彼女がいる前で先生のもとへ向かうことを口にした場合は、彼女も誘った方がいいだろうし、昼食のお誘いというのはだいたい昼休みに入ってからされるので、変更の連絡をする時間などない。
さて、この王立学校では、午前に3つの授業、午後に3つの授業が行われる。
選択授業になれば、空き時間ができることもあるが、1年前期の基礎授業にはそれもない。
学年によって生徒人数にはばらつきがあるが、一学年の人数は100人ほどになる。全校あわせても400人を超えることはない。貴族家出身とその関係者を含めてもせいぜい4割、半数以上がいわゆる平民である。
ゆえに、普通に考えれば『平民が、わたくしと同じ学級だからといって、同等になったなどと思わないでくださいませ』なんて言っていては、授業が成り立たない。教員から見れば、授業は同等に扱わなければ彼らの実力が計れないし、そもそもこの国では『貴族の子供』だからといって『貴族』になれると決まったわけでもないからだ。
およそ150ある貴族家であるが、彼らは領地をもつわけではない。
土地というのは、神より王が治めるようにと与えられたものであり、それを助ける者が貴族とされている。つまり、国の中枢で政治を差配する者、地方で土地と民を治める者、武力により治世を守る者が貴族であり、それに仕えるものは貴族ではない。扱いとしては準貴族とでもいうようなものになるが。
長官・隊長など、率いる立場に任官すれば貴族だが、平官僚・平騎士は平民(準貴族)という扱いになる。つまり、貴族の子供でもまずは準貴族から任官が始まるということ。
そして、任官するためには、この王立学校の卒業資格が必要になる。貴族の子だろうが平民の子だろうが、立場は同じということだ。
ただし、王族は違う。
王の子は次代の王になるか、王のスペアとして血をつなぐか、国のために働く者、つまり貴族になる。
そこから考えれば、王子の婚約者は、将来においても貴族という扱いは受けるだろう。
だからといって、特別とも言い難いのがこの国の制度なのであるが。
つまり、『悪役令嬢ムーブ』は、成り立ちにくい制度の国である。
あと、卒業できなかったら(退学になれば)、貴族になる可能性がなくなるので、特に貴族家出身者は勉学に必死である。家ですでに習ったものであろうと、授業の方が最新の情報が得られるので、己の知識に間違いがないか真面目に授業を受けている。もちろん、授業を行う方も必死である。間違った知識を与えてはならないのは当然として、生徒諸君の人生がかかっていることは、実感として持っているので。
なお、ほとんどの教員は、あちこちの文官・武官が出向しており、専門教員は学校長と数名くらいである。
昼休み、とある研究室。
二十代半ばくらいの若い教員と入学してひと月の男子生徒が、小さな応接セットで昼食をとっている。
ちなみに昼食は、食堂で移動用を受け取ってきたものだ。教室で食べることは禁止されているが、食堂以外にいくつか食事をとることができる場所が用意されているので、教員以外に生徒の利用もそれなりにある。
早々と食べ終わり、食後のお茶を二人分用意してから、改めて顔を合わせる。
各研究室には、長時間こもる教員のために、お湯を沸かしてお茶を入れるくらいの設備が備わっている。
そしてこの教員は、お茶を入れることを趣味にしているため、茶葉は数種類常備してあった。
……結果、ちょっと休憩したい教員たちのたまり場になりかけているのだが。
「殿下、ご入学より一月ほど経ちましたが、学校生活には慣れましたか?」
「はい。学校には慣れて来ました。大勢で受ける授業は楽しいですね」
「……その後、御令嬢のお具合はいかがですか」
「……それが……、どうも知識と現実がどうやってもかみ合わないので少々混乱しているようです」
「人間関係についてではなく、学校生活に関してでしょうか」
「そうですね、もちろん人間関係もおかしいと気付いていると思うのですが、どちらかというと貴族制度について、知識と常識がぶつかり合うようですね。僕に相談してくれればいいのですが、独り言を聞きかじるのみなので、本人がどのような状態なのかはおよそ想像にしかなりませんが……」
「ああ……、確か、攻略対象とかいうのでしたか。『悪役令嬢』にとっては仮想敵のようなものらしいですからね。なかなか相談はされづらいでしょう。相談しやすいのはやはり、同様の立場に立つ同性でしょうか」
「それも難しいかと。彼女の立場では、なかなか相談しにくいでしょうし」
「『悪役令嬢』の知識は自分にしかないとお思いでしょうしね。では、兄殿下のご婚約者様ではどうでしょう。立場は近いので、うまく誘導して頂ければ心を開いてくださるかと」
「義姉上ですか。確かに立場は近いのですが、相性が……、どうでしょう……」
「相性。そういわれるとよくわかりませんが……、いっそ、王太子妃殿下ではどうでしょう。完全に共通点もなさそうなところが逆に新鮮では?」
さすがに、女性の性格など詳しくはないので、分かり易い所を上げてみる。因みに、現在の王太子妃は武人肌で、王太子妃に内定しているにもかかわらず近衛に入団した強者である。
実はこの教員、王太子とは幼馴染みなのでその妃殿下とも面識はあり、ある程度の性格を把握している数少ない女性だった。因みにその性格は、さっぱりして付き合いやすい。人によっては大雑把で付き合いにくい。貴族女性にはあまり見ない性格のため、相談者の婚約者が平均的な貴族子女であれば、新鮮なのではないかとの判断である。
なお、その前に上がった『兄殿下のご婚約者』は、少なくとも遠目に見た感じでは嫋やかにしてきっぱりはっきり意思表示をする、王太子妃とはまた違った方向に頼りがいのある女性である。そして、婚約者の弟殿下に「義姉上」と呼ばせているあたり、結構押しが強い人物といえるだろう。苦手とする人は苦手なタイプである。
「あと相談できそうなのは、私の妻でしょうか。妻は、あたりが柔らかいので、相談はしやすいかと思いますが、ただ接点というものが思い浮かびませんね」
「ありがとうございます。そうですね、兄上方と相談してみます。場合によっては、お茶会という形で先生の奥方にもご協力いただくかもしれませんが、その際はよろしくお願い致します」
ひとまず、三者三様の年上の女性たちと話してみて、気の合いそうな人にでも相談してくれれば彼女の混乱も少しはましになるのではないかと希望を抱く。
それに、そもそも兄殿下方に相談するという選択が全く頭になかったのだが、そういえば彼らだってこの王立学校を卒業しているのだし、同様に『神の遊び』に巻き込まれたことがあるはずだ。多少忙しくても、話しを聞いてくれるに違いない。
というわけで、新入生殿下は兄君たちに相談後、義姉方にお茶会を開いてもらい、婚約者へ間接的に働きかけてみた。
結果。
寄りにもよって、王太子妃殿下に傾倒し、体を動かすことによってもやもやを吹き飛ばす系令嬢に進化してしまうのであった。
「それでもかわいいんだけど。でも、暴力令嬢にだけはならないでほしいな……」