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「今回は学園ものらしい」

 彼は今、とても面倒な生徒と関わらざるを得ない立場にある、いたって普通(本人談)の教員である。

 立場上関わらざるを得ないだけであって、本当は逃げ出したいのだが、もちろんそれはできないので、愚痴ぐらいは聞いてやるべきなのだろう。面倒くさくとも。


 ここは、王国の都にある、神殿の相談室。

 神官の立場にあるものが、悩みを抱える人々の言葉を聞き、相槌を打ち、場合によっては助言をする場所である。尤も、助言はめったになされない。基本は聞くだけの部屋である。

 相談者と神官の2名が向き合うだけの小さな部屋なので、小さな机と椅子が2脚あるのみで何の飾り気もないのだが、今回は相談者も「面倒な話を聞かせるから」と気を利かせたのか、茶菓子持参のため、両者の前にはカップと皿が並んでいる。茶葉も持って来ていたのでカップの中身はお茶である。……常連ならではの気遣い。

 なお、通常相談者に出されるのは水か白湯、茶菓子持参は「長居します」ということで、珍しい部類だ。

 相談者の大部分は町人だし、町人は普通時間にそこまで余裕はない。もしくは神官に相談しなければならないような問題はめったに抱えない。せいぜい生活上の愚痴位だ。場合によっては商売上の問題で、間に入ってほしいということもなくはないが、その場合はまた別の部屋で改めて機会を設けることになるし、商売人は時間を無駄にしない。

 ということで、相談者の大部分は家庭内の愚痴を吐き出したい女性・男性、隠居して時間のある人物、恋の悩みの相談が占めるので、若い男性の常連は珍しい。が、教員の常連は多い。


 「今日はどうされましたか」


 本日担当の男性神官が、穏やかに尋ねる。教員の彼が相談に来るときはたいてい茶菓子持参のため、甘党には大人気である。もちろん相談内容はたいてい面倒事なのだが。ただの愚痴をつくだけなら、教員同士で解消されるものなので。


 「とある女子生徒が、暴走気味でして」


 彼の相談の半分は、この言葉から始まる。もちろん残り半分は男子生徒である。

 今回の概要はこうだ。

 ある女子生徒が、常識を無視していわゆるイケメン男子生徒複数に関わりを持とうと積極的すぎる行動をとり、校内の雰囲気が非常に悪くなっている。さらに生徒だけではなく自分にまで付きまとい始め、対処に苦慮している、ということ。

 なるほど、確かにこの相談者はなかなか整った容姿をしているし、家柄が良いのも隠していない。普通にもてる要素はあるので不自然ではないのだが。


 「やっと結婚まであと半年ほどなのに、今問題を起こされるのは非常に迷惑なのです……」


 彼が婚約者ととても仲が良いことは、結構有名な話である。そこに突撃するとは、確かに「常識を無視して」いるといえるだろう。

 彼も迷惑だと伝えているし、その女子生徒の周囲も注意をしているにもかかわらず、聞いている風がないらしい。


 「より良い結婚相手をつかもうと必死という感じでもなく、誰でもよさそうなので、男子生徒諸君も困惑しているのですが、全く気付く様子がありません」


 「ただの鈍感というには、あまりにも常識から外れる行動が多いということですか」


 「ええ。もしかすると、またアレなのかと思い、相談に伺いました」


 「アレですね。ええ、神子様に話を伺っておきます。お返事はいつものように、ご自宅でよろしいでしょうか」


 「……いえ、学校長あてにしていただけますか? 今回は自宅もちょっと危なそうなので……」


 「……深刻ですね……。了解いたしました。では、学校長様へお知らせいたします。アレでなければいいのですが」


 「それも悩みどころなのですよ。アレでなければ、あの女子生徒の人生が心配ですし、アレであれば、何か事件が起こる可能性が高くなるしで……」


 「ああ、確かにその通りですね。一番ひどかったのは『さすぺんす』の時でしたかね……」


 「それ、学生の頃うっかり被害者になりそうになりました……」


 「……(家柄の良い人物は巻き込まれやすいからなぁ)」


 何とも言えない顔で別れの挨拶をし、本日の相談は終了した。




 数日後の王立学校。

 放課後に職員緊急会議が開かれた。

 半年から数年に一度は開かれる緊急会議の議題はほぼ毎回同じである。


 「今回は『学園もの』らしい。人死には出ない」


 学校長の至極真面目な顔から紡がれた言葉に、王立学校関係者らは一斉に息を吐いた。

 最悪の事態は免れるようである。が、


 「ただ、直接関係する者たちの負担は、今までとさほど変わらぬし、彼女が卒業するまでは事態は解決しないだろう。かといって、学業に何の問題の無いものを退学にするわけにもいかない。職員各位には、彼女と周囲への気配りを厳重にするようたのむ」


 解決方法はないようだ。

 神殿へ相談に行った教員は思わず頭を抱えてしまったし、その近くにいた教員は思わず憐みの目で彼を見た。


 「今まで直接かかわってこなかった者たちも、学校の雰囲気が荒れてきていることは感じているだろう。なるべく生徒諸君の負担を軽くするよう努めてほしい。悩んでいる者、イライラしているものなどを見かけたら相談に乗るなり、気晴らしをさせるなり、対処してほしい。又、直接かかわっている者たちは、彼女につられて暴走する者が出てこないよう、気を配るように」


 どうしようもないことは、ままある。

 全てをのんで、職員たちは了承した。



 

 そして後日の相談室。

 相談者は疲れた顔の男性教員。神官は先日と同じ男性神官だ。机の上には先日とはまた違う茶菓子とお茶。


 「結婚は延期できませんので、式は上げるのですが。しばらく別居となりました」


 とてもかわいそうなことになった模様である。女子生徒が卒業するまであと2年半。


 「……ご愁傷様です」


 他に何も言えない神官の一言。


 「実家に同居も考えたのですが、新婚で同居すると、何かとやりにくいという話も耳にしますので……」


 「ご婚約者様のご意見は?」


 「家事の腕を磨いておくと張り切っていました。無理をしていなければよいのですが……」


 落ち込む彼のために明るく振る舞っている可能性はある。うわさで聞く限り相思相愛の相手にすり寄っている女性がいる状況で、新婚別居である。気にならないはずはない。たとえ彼のことを信頼していても気分のいいものではない。


 「明るく振る舞うお気持ちを受け取って、なるべくお会いになる機会を増やすことですね。お住まいはどうされるのですか」


 前回相談を受けた際に、自宅が危険だと匂わせていたので気になったのだ。


 「しばらくは職員寮にいたのですが、実家から通うことにしました。家は管理人を置いて維持だけしてもらうしかないですね」


 さすが、金持ちは空家を遊ばせておく余裕があるらしい。神官は変なところに感心した。


 「教職を退ければいいんですが、王命ですし、来年には殿下が入学……、あ、問題しかない……」


 神官もうっかりしていたが、むしろ来年の方が本番のようである。


 「神子様にご相談しておきます。お手紙はご実家の方へ」


 「よろしくお願い致します」



 *******



 薄ぼんやりとした、どこかあいまいさを感じる白っぽい部屋で、二人の人物が向き合っている。

 容姿は漠としてつかみどころがなく、人型であろうことがわかるのみ。


 「それでね、何事にも一生懸命な女の子が、身分を超えていろんな男の子から気にかけてもらうっていうのがいいの」


 やや小柄な人物が、何やら一生懸命話している。相手はフンフンうなずくのみ。


 「やっぱり『学園逆ハー溺愛もの』って、一回は見てみたいし」


 フンフン。


 「男の子の『ラブコメハーレム物』も、おもしろかったから、今度は女の子かなって」


 フンフン。


 「こないだの、『学園サスペンスもの』は、すっごく怒られちゃったし」


 フンフン。


 「本当は、『学園サイコホラーもの』ってやりたかったんだけど」


 「現在の学園には『ほらー』はふさわしくないかと」


 「うーん、まぁ、確かに『死』に関する権能はさすがに持ってないからできないけど……」


 幸いである。

 そして、相槌以外に、最低限軌道修正をするのが彼女の仕事であった。

 ついでに一応の確認もしておく。


 「ところで、溺愛ということですが、今のところ空回りしているようですよ」


 「そうなのよねー。あの子の性格設定間違えたのかなー」


 軽い。


 「ま、それはそれで面白いから、しばらく楽しもうかなって」


 そして無責任。


 「しばらくとは、卒業までですか? 『学園もの』ということですし」


 卒業まで空回りさせると、彼女の人生が心配になるのだが。


 「え、だめ? じゃー、あと1年くらい?」


 「彼女が1年生の間くらいなら、そこまでひどくはならないでしょうが……」


 「え、あと半年くらいなの? そんなの詰まんないー。 せっかく来年は王子様が入ってくるのに。年下かわいい枠に王子さまっていいよねー」


 「では、あと1年ほどということで。2年の半ばから人生の軌道修正とは、それはそれでドラマチックなのではありませんか?」


 王子入学までに終わらせることは断念し、せめて卒業まで1年以上を「常識を身につける期間」として確保する。

 気まぐれではあるが、気分を損ねないように話を持って行けば、そこそこ話が通じるのだ。


 「それもいいね」


 表情はわからないが、何やら楽しげな声色から今回の話し合いはうまく収まったようだ。



 *******



  前略

  早速本題に入らせて頂きます。

  神子様より、今回の干渉はあと1年、

  その後は彼女の軌道修正を楽しむそうです。

  われらの神のご趣味とはいえ、

  「物語の主人公」に選ばれてしまった彼女には

  大変な苦労が待ち受けているのでしょう。

  また、「物語の舞台」に選ばれてしまった王立学校のみなさまには、

  またしてもご苦労をおかけ致します。

  王子殿下のご入学までに終わらせられなかったことは残念ですが、

  これもまた王族の務めと思われて苦難を乗り越えられるよう祈っております。

  取り急ぎ、ご報告まで。




 手紙を握りしめ、何かをこらえるように強く目をつぶる。

 言葉を漏らさないために、歯を食いしばる。

 しばらくそうやって感情を抑え込み、大きく息を吐いてから目を開けた。


 「……陛下に奏上せねば……」


 王子殿下にはすでに婚約者がおり、その関係も円満である。いらぬ横やりがこれからはいるのはほぼ確実で、しかしながら横やり自身に責任能力がないであろうこともすでに分かっているので、先に心構えをしていただくよう話しを回しておく必要がある。

 特に、ご婚約者に。

 たとえ先に話を聞いていたところで、実際に目にすれば不快になるであろうが、何も知らない状態で目にするよりは冷静に対処できるはずだ。

 自分の婚約者は、すべて伝聞で話を聞いているだけだが、それでも微妙な顔をしていた。

 もちろん、こんな話は聞かせたくはないのだが、他から面白おかしく聞かされるよりは自分で報告する方がまだましだ。それに、彼女は『神の遊び』の存在を知っているし。


 主神、アウレによる『神の遊び』は、周辺国にとっても頭痛の種である。

 アウレは気まぐれな神で、どこからか物語を引っ張ってきては、自分の支配下にある地域で実際に行わせる。

 神殿にいる神子様によると、異世界の物語であるらしい。

 その昔は、戦記ものにはまって、戦乱の世を作り出したりしたこともあるらしいが、各神殿の神子様たちより、『あまりにも大規模に人が死ぬと、国が立ち行かなくなり、遊び相手がいなくなりますよ』と伝えたら戦乱の世は何とかおさまったそうだ。

 その後も『ひろいっくさーが』とかで、勇者?とやらの物語の折は、魔物が大発生したり強化したりで大変だったそうだ。

 もちろん、そんなことは一般に知れ渡っているわけではない。

 知っているのは、神殿のそれなりの立場の者(神官以上)と、国の中枢にかかわりのあるもの、一般では村長は知っているだろうか。

 そして、よく巻き込まれる立場の者。つまり学校関係者はだいたい知っている。

 アウレの選ぶ「主人公」は、だいたい10代の少年少女だからだ。

 「主人公」に選ばれると、なにやら「知識」が与えられるらしい。有益なものもあるが、最近はおよそ余計な知識である。

 彼が巻き込まれた「さすぺんす」の時の「主人公」は、「事件現場」の絵だけを与えられ、その凄惨なさまを実現させないために必死に走り回っていた。おかげで勉強にかける時間が削られ、物語が終わってからは、関係者一同で、勉強の面倒を見たものだ。

 こういうと、「主人公」だけが物語の被害者のように聞こえるが、「さすぺんす」の時は「犯人役」もいたので、むしろ彼らの方が人生をめちゃくちゃにされかけたといえるだろう。本来であれば、ちょっとイラッとはすれども殺意には結びつかないような出来事で、人を殺しかけるのである。物語が終わってから我に返って、自分が信じられなくなるという後遺症があるのだから。

 『神の遊び』にアフターケアはない。

 事情を知る人々による、入念な説明と神殿での相談くらいしかできることはない。




 なお、およそ半年後、王子殿下の入学から5日あまり過ぎたある日。

 男性教員はその殿下より相談を受ける。


 婚約者の様子がどうもおかしい、と。


** END **


 「え、だってさぁ、年下王子様を見てたら、同い年婚約者がいたから、『あ、これは悪役令嬢転生ものができる』って思うじゃない。ちょうど空回りヒロインがいるし」


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