7,え、もしかして私何かやっちゃいました?
他の人の後に続いて冒険者ギルドに入ると、血と汗と革と金属の臭いが混じったような臭いが鼻についた。
思わず顔をしかめるけど、気を取り直して内部を確認する。
ギルドの中はガランとしていてぽつりぽつりと人がいるだけ。
左手には大きな掲示板がある。
たくさんの紙が貼られていて、冒険者らしき人がそれを確認している。
右手側には酒場が併設されており、昼間だというのにお酒を飲んでいる人たちがいた。
正面は受付カウンター。
どのカウンターが何担当とかあるのかな?
でもきょろきょろしているとおのぼりさんみたいで恥ずかしいよね、目についた受付に真っ直ぐ向かった。
「すまない、魔物を買い取ってほしい」
「はーい、ギルドカードを見せてね」
カードなんて持っていない。
あ、もしかして冒険者にならないと買い取ってもらえないのかな。
「俺は冒険者じゃないんだ」
「あら、そうなの。冒険者じゃない一般の方からの持ち込みだと5割減の金額になるわよ。登録だけでもしておいたら?」
うわ、半値になるんだ。
1万の魔物を売ったら5000ガルも取られるの?
これは登録しておいた方が良いね。
今後も売りに来ることがあるかもしれないし。
「それじゃあ登録してくれ」
「はーい。これに記入してね」
紙と羽根ペンを渡される。
ごわごわしていてなんとも書き心地の悪そうな紙だ。
羽根ペンなんて初めて使うので書くのに苦労した。
あれ、そういえば私この世界の文字知らないはずなんだけど、普通に意識せずに書けてるな。
転生特典?便利なのは変わりないから良いか。
紙には色々な項目があったけど、書ける場所は少なかった。
まず名前、これは考えてなかったのでその場で名前を考えることになった。
私の中の厨二心が長ったらしい名前をつけたいと言っているけれど、あまり長いと覚えられないし呼ばれた時に反応できないといけないので短く『ノア』とした。
ジョブは正直に『大魔導師』と書いてしまうと国が迎えに来てしまうらしいので、曖昧に『魔法職』と書いておいた。
出身地は空白。年齢も空白。家族構成も空白。
所有スキルも魔法適正も空白。
そんな空白だらけの紙を提出したけど、特に何も言われなかった。
「はい、このカードが貴方の冒険者カードよ。魔力を流して登録を完了させてね」
と渡されたカードに魔力を流すと、仄かに光って大きくGという文字が浮かび上がった。
「登録料金、銀貨5枚いただきまーす」
え、登録料金なんているんだ。
服を買う時に全額使ってしまわないで良かった。
平静を装って【インベントリ】から銀貨5枚を取り出して渡した。
「冒険者についての説明はいる?」
「頼む」
冒険者についての説明はだいたい以下の通りだった。
その他の細かい規則については割愛。
・冒険者ギルドは国に所属していない。ギルドが戦争の依頼を受けることはない。ギルドを通さず個人で受ける分には自由。
・冒険者同士の諍いにはギルドは関与しない。
・冒険者のランクはG、F、E、C、B、A、S、SSランクに分けられていて、Gが最低ランク。
・ランクを上げるには普段の依頼をこなすことでポイントを稼ぐこと。Bランクからは試験があってそれをこなす必要がある。
・他の冒険者が不正しているのを見たらギルドに報告する義務がある。
・重犯罪などを犯した場合、強制的に除名処分となる。
・一定以上のランクには緊急時には強制依頼が発生する。
・パーティーを組んでいればパーティーリーダーのランクまでの依頼が受けられる。
・ギルドにはお金を預けることができる。事前に遺言などがあれば、自分が死んだ場合預けたお金はパーティーメンバーや遺族に還元される。重犯罪などを犯して除名処分となった場合は預けていたお金はギルドに没収される。
「これで説明は終わりよ。えーと、買い取りだったわね。素材なら買い取りカウンターに、丸ごとなら解体場にそのまま持ち込んでね。解体場はあっちよ」
「分かった」
教えてもらった解体場へ向かう。
そこはとても広く、たくさんの人たちが働いていた。
台に乗せられた魔物の死体がその人たちの手によって解体されていく。
ぼーっとそれを見ていると、小さいヒゲもじゃの人が近寄って来た。
「おう、見ねぇ顔だな。新入りか?」
「ああ、さっき登録したばかりだ」
こ、この人は……一般的にイメージされてるドワーフにそっくりだ。
村には純粋な人間しかいなかったからファンタジーな種族にドキドキ。
「まぁ頑張りな。何を持って来た?ゴブリンか?ビッグラットか?そこの台に出してくれ」
そこ、と示された台の上には当然【インベントリ】に入っているドラゴンは乗り切らない。
っていうか、この解体場に入りきらないよね。
「どうした?何か困ってんのか?臭いなら心配すんな、慣れてっからよ」
「いや……とてもその台には乗らないと思ってな」
「なに?登録したばかりの新人がそんな大物狩って来たのか。獲物は何だ?」
「ドラゴンだ」
と言うと、ドワーフの表情が歪んだ。
「ドラゴンとは大きく出たな新米。ドラゴン種の中でも最弱と言われてるブラウンドラゴンでさえGランクが狩れる獲物じゃねぇぞ」
茶色のドラゴン?
なんか弱そうだなぁ。
「証拠を見せても良いがこの解体場では狭くて入りきらない。王都の外に出しても良いのなら死体を丸ごと見せることができるぞ」
「その上一部ではなく丸ごとと来たか。本当ならとんでもねぇことだが……」
ドワーフは顎の髭を撫でて何やら考え込む。
「よし分かった、俺だって将来有望な冒険者を疑いたくはねぇ。一旦は信じよう。だがそうなるとこの件は俺の手には余る。ギルドマスターに判断を仰ぐが良いか?」
「構わない」
良かった、なんとか話が通りそう。
「そういえば自己紹介がまだだったな、俺はドワーフのグルガだ」
「新人冒険者のノアだ」
やっぱりドワーフ!
ファンタジー種族だ!
グルガさんはギルドマスターの所へ話を通しに行った。
待つこと数分、グルガさんは戻って来た。
「待たせたな。ギルマスに話を伝えたんだが……『そんな話はにわかには信じ難い、まずはドラゴンを討伐できるだけの実力があることを示せば話を聞いてやろう』とのことだった」
「……具体的にはどうすれば良い?」
「まずはギルドに貼り出されてるAランク依頼、グリフォンの討伐を……」
「ちょっと待て、まずはっていくつも雑用を押し付ける気じゃないだろうな。どうせそれを達成しても実力を示すためのテストだからと言って報酬も出さずにコキ使うつもりだろう」
「……こんなこと言いたくはないがワシもそう思う。そもそも登録したてのGランクにAランクの依頼をやれと言うことが無謀なのだ。失敗したらそら見ろと嗤い、成功したら高ランク依頼を無償でこなさせることができる。ギルマスの考えそうなことだな」
「話にならない。俺をギルドマスターの所へ連れて行け、直接話をする」
「そうだな、その方が良いかもしれん」
グルガさんの案内で冒険者ギルドの3階へ移動する。
一際大きな扉を開けて中に入ると、書類に囲まれて忙しそうにしている男性がいた。
「どうしたグルガ、ドラゴンを倒したとかいう法螺吹きに話は伝えたのか」
「その当人を連れて来た、直接話をしたいんだと」
「全く……私は忙しいんだ。お引き取り願え」
ギルドマスターは書類から顔を上げることもなくそう言い放つ。
なんだこいつ、こんな奴がギルドマスター?
「有望な冒険者に対して随分な言い草だな。王都の冒険者ギルドの長は人を見る目が無いと見受けられる」
「長くギルドマスターをやっていると嘘と真ぐらい見分けられる。いちいち世迷言に取り合うのは時間の無駄だ」
見分けられてないじゃん。
「ドラゴンを倒した証拠なら収納の中にある。これを見せるだけで充分だろう」
「もし仮に万が一本当であった場合、王都の外にそんな巨大なドラゴンを出現させたら騒ぎになるだろう。実行する前にそれは死体であって王都を襲う存在ではないと周知させねばならん。それは大変手間がかかることだ。そうして嘘であってみろ、冒険者ギルドが騙されたと笑い者になる。私はそのようなリスクを考慮してまずは実力を示せと言ったんだ」
「だからと言ってギルドの利益に絡め使いっぱしりにするのは違うだろう。1つ依頼をこなしたらまた次の依頼、それをこなしたらまだ足りないとか言われてまた次の依頼を押し付けられるのは目に見えている。実力を見せるのなら目の前でドラゴンを倒してやる」
「目の前で忙しく仕事をしているのが見て分からないのか?私はここを離れられん。どこにいるのかも分からないドラゴンを探し回る時間があれば少しでもギルドの利益のために働け。冒険者として登録したんだろう?それならギルドへ忠誠を誓うものだ」
「冒険者登録したらギルドへ忠誠を誓うなんてそんな規則聞いていないな。登録した際に説明されていないことを強要されるのなら詐欺の罪で訴え出る準備がある」
押し問答していると、堪忍袋の尾が切れたのかギルドマスターは拳を机に叩き付けて立ち上がった。
「分かった、そこまで言うのならテストしてやろう!俺に傷1つでも負わせてみろ、そうしたらドラゴンを倒す実力があると認め、我が冒険者ギルドの解体員全員を駆り出して王都の外でドラゴンの解体に取り掛かってやる」
「言ったな?攻撃して良いんだな」
「ああ、攻撃してみろ。口先だけのド三流には服に塵一つつけられないだろうがな!」
次の瞬間、パリンッ!と何かが割れる音と共に氷の槍がギルドマスターの右肩を貫いた。
「……は?」
何が起こったのか分からない、という顔でギルドマスターは椅子に倒れ込むように座った。
「な……なん……だと……?」
グルガさんもギルドマスターも驚愕の表情で突き刺さった氷の矢を凝視する。
やれ、と言われたからやったまで。
ちなみに利き腕を狙ったのはわざと。
肩を貫通してしまっているけれど傷口が凍り付いて血は出ていない。
けどそのまま放置していると壊死してしまうよ?
「これで証明になったか?」
と声をかけると、今になって痛みを感じて来たのか顔面蒼白になって肩口を押さえる。
氷の槍を抜こうとしているけれど、冷たすぎて握れないみたいだ。
「分かった、分かったからこれを消すんだ!」
敗北宣言頂きました。
氷の矢から魔力を抜き取って離散させ、それを消す。
傷口は凍り付いたままだから出血で死ぬことはないけど、穴が空いたままだ。
っていうか私も頭に血が昇ってついやっちゃったけど、人に向けて魔法を放ってしまった。
下手をしたら死んでいたかもしれない。
「ち、治癒術師を呼んでくれ……っ」
その言葉にハッとする。
そっか、私【聖属性魔法】の【回復魔法】が使える。
バツが悪いし、反省の意も込めて回復してあげよう。
ギルドマスターに近寄って傷口に手をかざす。
【回復魔法】っと。治してあげて。
パァァ、と暖かな光が傷口に集まって覆う。
それが晴れた時には穴はすっかり塞がっていた。
服の穴は空いたままだけど。
「……は?」
おっと、その反応デジャヴかな。
グルガとギルドマスターが同じような顔をして私を見ている。
「…………いくつか質問させてくれ。まず、お前杖はどうした?魔法職だと聞いていたが」
杖?え、もしかして魔法を使う時は杖が必要なの?
そういえば村を訪れて魔法を見せてくれた冒険者の人も杖を使っていた記憶がある。
「持ってない」
「……詠唱は?」
「しなくても使える」
うん、あの冒険者の人も詠唱らしきものを呟いていた気がする。
「魔法適正に聖属性がある、もしくは回復スキル持ちか?」
「そうだ」
目の前で使ってしまったので誤魔化しは効かない。
「最後に一つ。あの威力は……何だ?」
「何だ、と聞かれても普通に攻撃しただけだ」
それを聞いてギルドマスターはこめかみを押さえる。
「……私はこの立場上恨みを買って命を狙われることもある。そのため常に小型結界装置を装備しているんだ。複数人の聖女が年月をかけて作った代物で、ファイアードラゴンの攻撃でも壊されないことは実証済み。……お前の攻撃魔法の威力はファイアードラゴン以上ということになる」
……ふむふむ。
ファイアードラゴンの強さを知らないからどうにもピンと来ないけど……もしかして私、やっちゃいました?