4,村長襲来。初めての森歩き。
4月4日
今日もスクランブルエッグを売り出すと、朝からお客さんが来て午前中に10個売り上げた。
順調、順調。
午後からは店番しているリオお兄ちゃんと作戦会議をして時間を過ごす。
やっぱり商売の基本は安く仕入れて高く売る。
卵のように日本では安価で手に入る物がこっちでは高く売れるかもしれない。
ただし砂糖のように高級すぎる物はNG。
お兄ちゃんは日本の物価を知らないので、あれはいくら、これはいくら、と私の通販スキルで買える物の相場を勉強してもらった。
リオお兄ちゃんは物覚えが良くて次々に値段を覚えていく。
外を見てみると、陽が真上に昇っていたのでもう12時ぐらいかな。
私たちはお昼ご飯は食べない。
余裕のある家庭や肉体労働している人たちは食べなきゃやってられないらしいけど、うちのような余裕の無い家庭はお昼は食べない。
裏で畑をしていて自給自足していると言えば余裕があるように思えるけど、作物のほとんどは税として持って行かれるし残った物は夕飯と食堂で出す料理になる。
食堂や宿代で売り上げたお金は2つ先の町まで行ってお酒を仕入れたり塩や古着を購入するのに使う。
お酒はほとんど仕入れ値と売値が同じで全く利益は出ていないそうだけど、この村ではうちでしかお酒を飲む場所が無いので村人のためにお父さんはお酒を仕入れて来ている。
お昼ご飯を食べにお客さんが2人来たので給仕をする。
料理を作るのはリオお兄ちゃん。
うちのお店で出すのは野菜の塩スープと黒硬パン、お父さんが獲ってきた魔物の塩ステーキぐらい。
魔物も狩れない人はお肉を食べる場所がうちしか無いので時々来てくれる。
時刻にして15時ぐらいだろうか、扉が開いて人が入って来た。
あれは確か村長だ。私は数えるぐらいしか会ったことがない。
「アルバードはいないのか?」
村長は入って来るなり辺りを見渡して父の所在を確認する。
「今は狩りに行ってます」
私はリオお兄ちゃんの隣で大人しくしてリオお兄ちゃんが対応してくれる。
「そうか……いや、今日はな、卵の件で訪ねて来たんだ」
「今日はもう卵は売り切れですよ?」
「買いに来たわけではない。卵はアルバードが持って来ているのか?」
おっと?何でそんなこと気にするんだろう。
「そうですね、父から手渡された物を使っています」
「ふむ……君たちは卵の供給源については何も知らないのだね?」
「知りませんね」
こういう時に備えて口裏を合わせておいてよかった。
私が格安で高級品を買えるとバレると良くない。
なので私たち子供たちはそういった物の供給源に関しては知らぬ存ぜぬ。
しかし早かったね。
権力を持つ者が訪ねて来るのは予想していた。
けどもう少し泳がされるかと思ったんだけど、直球で来た。
またアルバードがいる時に来ると言って村長はそのまま帰って行った。
その1時間後ぐらいにお父さんが帰って来たので村長が訪ねて来たことを伝えておく。
「そっか……村長が来たらお父さんが対応するよ」
お父さんが戻って来たことを他の人から聞いたのか、すぐに村長が訪ねて来た。
私はこっそり厨房で食事を作りながら聞き耳を立てる。
会話内容はこんな感じだった。
『卵はどこから手に入れている?』
『偶然鳥の大規模な巣を見つけました』
『その場所を教えなさい』
『商売に関わることなので』
『みんな卵を食べたがっている、場所を教えないのなら無料で提供するべきだ』
『商売が成り立たなくなります』
『森の恵みを独り占めするのは感心しない。森はみんなの物だ』
『森へ入るのにも鳥の巣を暴くのにも危険が伴います。それの手間賃を頂いているだけです』
『できる者がみんなのために動くのは当然のことだ。お前は魔物に対抗できるのだからみんなのために危険に飛び込むのは当然だ』
といった感じ。
こんな会話を1時間ほど繰り返して、埒が明かないと思った私は食堂の方に飛び出した。
「ねぇ!おなかすいた!」
子供の見た目であることを最大限活用してわがままを言う。
もういつもの夕飯の時間だ。
「おや、もうそんな時間かね。せっかくだから夕飯に呼ばれようか」
げっ、こいつ遠慮ってものを知らないな。
商売のタネを寄越せってゴネに来てご飯まで食べていくとかどれだけ面の皮が厚いの。
でも相手は一応村長。
追い返すわけにもいかず渋々食堂に料理を並べた。
家族全員揃って、兄たちの何でこの人いるの?の視線に耐えながら食事が始まる。
「なんだ、卵は無いのか。売りに出しているぐらいだから普段から食べているのかと思ったがアテが外れたな」
卵目当てだったのか、村長はまだ1度も食べに来ていなかったはず。
村人たちがうちの卵が美味しいと噂しているようなのでそれを聞いて食べたかったんだろう。
こんな小さな村では噂なんてすぐに広まる。
みんな噂話するぐらいしか娯楽が無いんだ。
いつものような雑談は無く、居心地の悪い沈黙が流れる中食事が終わり、村長は帰って行った。
「ふぅー、随分としつこかったな」
お父さんがため息を吐く。
長い間問い詰められて疲れたんだろう。
お疲れ様の意味も込めてチミリチョコを人数分購入して配った。
今日のフレーバーは苺チョコ。
苺チョコ、苺粉末入りホワイトチョコ、ミルクリョコの3層構造のチョコだ。
「あー!味が違う!これも美味しい!」
「昨日のやつに比べたら酸味が少しあるね。果実の味かな?」
「美味しい……!」
今回のフレーバーも好評。
昨日はチョコを食べて満足したけど、今度はシュークリームが食べたいなぁ。
もう少し稼げるようになるまで我慢だよね。
今日の作戦会議が始まる。
議題はもちろん卵の件について。
村長がなんて言っていたかを共有する。
「聞かれるとは思っていたけれど予想よりも早かったね」
「何で村長は卵欲しがってんだ?」
「そりゃあもちろんお金を払わずに食べたいんだよ。何なら自分が独り占めしたいのかもしれないし、それを使って自分がお金を稼ぎたいのかもしれない」
「何だよそれ!自分勝手だな!」
アルフィーお兄ちゃんが怒ってる。
リオお兄ちゃんの説明は憶測だけど、多分合ってると思う。
村長が卵をたくさん手に入れたとしても村人のために無償で配るなんてことはしないだろう。
「これ以上卵は売らない方が良いかもしれないね」
やっぱりそうなるよね。
でもそうなると身動きが取れなくなる。
卵程度で詰め寄られるのなら他の物も売れなくなってしまう。
「やりづれぇよなー、何で人のやることにケチつけてくるんだよ」
「……村長は昔からああだからね」
お父さんの表情に陰りが差す。
お父さんは私たちの前では落ち込む様子を見せないけど、時々こうして暗い表情をする時がある。
それはだいたいお母さんのことで、だ。
もしかしてお母さんの死に村長が関係しているのかな?
気になるけど、今聞く話題じゃない。
しかしやりづらいなぁ、村社会って言うのは良くも悪くも他人に対して過干渉だ。
やることなすこと全てを突っつかれてケチをつけられる。
ひとまず村長のことはギリギリまで放っておこう。
鳥の大規模な巣なんて見つけていないんだから、横取りされることだってないんだから。
だけどその考えは甘いと思い知らされた。
4月5日。朝から村長がやって来た。
話の内容は、『お前たちは卵で稼いでいるのだから余裕がある。よって今月から作物での税の徴収を9割、狩りで得た獲物の税を8割にする。卵の場所を素直に教えるのならば減税も考えないこともない』という話。
元々うちは7割の作物と5割の獲物を税として支払っていたらしい。
それが一気に2割増加と3割増加だ。
何割とかいうのは収穫してからだいたいで仕分けるので正確な割合で支払うことはできないが、それでも税が増えることには変わりない。
やられた、と思った。
相手はこの村で1番権力がある人間だ。
やろうと思えば私たちを税で苦しめて村八分にして追い詰めることだってできる。
残った1割の作物は店の料理に出さないといけないので、私たちが食べる分の野菜が無くなってしまう。
私は悲しみや後悔に暮れるより、強い怒りを感じた。
なんて身勝手で横暴な人間がいるの!
家族を不幸にするなんて許せない。
こうなったら慎重さを取っ払って少々強引にでも幸せになってやろう。
「大丈夫、野菜なら買い物スキルで買えるし、野菜を焼くだけの物よりもっと美味しい物も食べることができる。ただ、それにはやっぱりお金が必要だから別の手段でお金を稼ぐ」
「別の手段って?」
「買い物スキルには売却機能がある。森へ入ってキノコとか山菜とかを採って売却機能で売る。多分魔物も売れるから、魔物も狩って売却する。こうしてお金を工面する」
そう言うと、お父さんが心配そうな顔をした。
「シャノンはまだ5歳なんだよ?森へ行くことは許可できない」
「私、大魔導師で魔力ランクすごく高いんだよ?【聖属性魔法】の【結界】魔法を使えば魔物からの攻撃なんてかすり傷だって受けない」
と思う。
まだ魔物に対して試したことはないけど。
「……分かった、だけど1人で行っちゃいけないよ。最初はお父さんと一緒に行こう」
「うん。一緒に行く」
いつもの朝食を食べてからお父さんと一緒に出掛けた。
森に着くまでの間、魔物について話を聞いた。
魔物はその場所に棲み付いている個体と、魔力溜まりから出現する個体がある。
魔力溜まりは各所に存在し、村や町の近くにあると危険だから【聖属性魔法】が使える人を派遣してもらって魔力溜まりを浄化してもらわないといけない。
でもそれにも大金がかかるので貧しい村なんかには死活問題となる、らしい。
魔力溜まりからは無尽蔵に魔物が湧くため、村や町を大群で襲ってくるスタンピードというものが起こる危険性がある、と。
無尽蔵に魔物が湧くなら、その魔物を売却してしまえばたくさんお金が稼げるってことだよね?
良いなぁ、プライベート魔力溜まりが欲しい。
お金の補給源だ。
森に着くと、お父さんと私に結界を張った。
自分たちを中心にドーム型の透明の壁が出現する。
「魔物はもちろん、私たちに危害を加えるものを全部防ぐ結界。事故や不意打ちにも対応できる」
「凄いな……結界なんて聖職者様が使うものだと思っていたよ」
結界があるとはいえ警戒はしなければならない。
私は魔物を見たことがないしね。
お父さんの教えに従って静かに足音を立てずに森を歩く。
しかし子供の足じゃ森は歩きづらいな。
足元をきょろきょろしながら歩くけど、どうにもお金になりそうな物は見つからない。
「山菜とか生えてないね」
「この辺りの森の恵みは村の人たちが根こそぎ採って行くからね。もう少し奥に行かないと生えていないかな」
そうなんだ。
でもあんまり森の奥に行くと魔物が強くて危険だって聞いた。
私は大丈夫だろうから、またお父さんがいない時にこっそり行ってみよう。
しばらく歩いていると、突然お父さんが立ち止まった。
「魔物だ、下がって」
言われた通りに少し下がって様子を窺う。
前方の向こうの方に動く物を見つけた。
あれは……体の大きな狼だ。
お肉になって食卓に並べられてるのは見たことがあるけど、こうして動いているのを見るのは初めてだ。
お父さんは腰に下げていた剣を構える。
そして剣を振り下ろすと、剣先から風の斬撃が飛び出して地面ごと狼を抉って倒した。
「すごい!一撃!」
ふぅ、と息を吐いて剣をしまうお父さん。
テキパキとその場で簡単に血抜きを済ませた。
「私の収納スキルに預かるね」
「助かるよ。いつもは1匹狩る毎に家に帰っていたからね」
狼を【インベントリ】に収納して、と。
さて、まだ森歩きは始まったばかりだ。