11,ドワーフにはお酒。敵情視察。
4月11日
誰も起きて来ないので朝食を準備しておく。
好評のポトフと、サンドイッチにしようかな。
ハムときゅうり、マヨネーズで和えたスクランブルエッグを用意してサンドイッチ用のパンに挟むだけ。
配膳も終わったけど誰も起きて来ないので、みんなを起こしに行った。
「すまないねシャノン、寝心地が良くて寝過ごしてしまったよ……」
「右に同じく……」
みんなふかふかベッドに耐性が無いから仕方ないね。
朝食の最中の会話でこんな会話が交わされた。
「栄えてる町のベッドって全部あんななの?」
「まさか!僕は結婚する前は他の町に住んでいたけど、もっと簡素なベッドだったよ。あんな質のベッドなんて上位貴族様か王族ぐらいじゃないと使えないんじゃないかな……」
そういえば私も他の町のベッドがどんなのか知らないなぁ。
1度王都の宿に偵察に行ってみようっと。
王都でも宿屋を経営するならライバル店になるわけだから、敵情視察ってやつだね。
ノアにチェンジして王都に転移。
のんびり歩いて宿の場所をチェックしていく。
貴族街の方には入れないけど、平民街の方でもランクがあって平民街の中の高級宿、とかもあるみたいだ。
「すまない、ちょっと聞きたいのだけれど」
その辺の人を捕まえて情報収集。
宿の相場を聞いてみた。
平民街の中で1番高い宿で朝夕食事つき1泊70万ガル。
そこは食事に高級食材を使っていて、尚且つ部屋が広くて清潔でお風呂がついているという至れり尽くせりの環境。
1番安い宿は貧民街にある宿で、食事無し素泊まり1泊500ガル。
掃除の行き届いていない虫の湧いている不潔な部屋で、大部屋で他の泊り客と一緒に雑魚寝。
もちろんセキュリティなんて言葉存在しないため荷物が盗まれても自己責任。
女性客が泊まったら朝には失踪しているという噂つき。
雨風が凌げるというだけしか利点が無い。
一般的な冒険者が泊まる宿は、夜だけ食事つきの1泊5000~10000ガル。
部屋は狭いが1人で泊まるなら充分な広さで、清潔かどうかは宿による。
もちろん風呂は無し。追加料金を支払うとお湯がもらえるのでそれで体を拭く。
という感じらしい。
突然声をかけられたのに丁寧に教えてくれた青年にはチップとして銀貨1枚渡したら嬉しそうにしていたので対応としては間違っていないと思う。
しばらく王都をぶらぶらしてから、今日の差し入れを購入して転移で修練場へ飛んだ。
「来たか!待っとったぞ!」
私の姿を見つけたグルガさんが作業の手を止めて駆け寄って来た。
「例の物は持って来ただろうな?」
「もちろん。その前にこれ、今日の差し入れ」
「おっ、すまないな。おうい!差し入れの坊主が来たぞ!」
差し入れの坊主って。
その言葉に解体員たちがわらわらと寄って来たので配っていく。
今日の差し入れはスティックフィナンシェの詰め合わせ。
色々なフレーバーがあって見た目も華やか。
これ美味しいんだよね。
「今日の差し入れも美味いな!」
「これってケーキだろ?お貴族様が食べてるやつ」
「こんな甘いのぽんっと渡すなんて依頼人は金持ちなんだなぁ……」
わいわいと休憩する解体員たち。
ドラゴンの様子を見ると、もう半分ほど解体が進んでいた。
ドラゴンの上部には天幕が張られていて直射日光を受けないようになっていて、解体された素材はすぐさま壺に詰められ氷の入った箱の中に入れられている。
「おい、まだか?」
「ああ、グルガさんにはこれ」
私は【インベントリ】からお酒とグラスを取り出した。
グルガさんの視線がお酒の瓶に注がれる。
「これは俺の故郷で作られたウイスキー。このストレートグラスに注いで飲んでみてくれ」
私はお酒は飲まないけど、前世ではお酒好きの友人からよく話を聞いていた。
選んだのは人気ランキング1位の一応高級の部類に入るウイスキー。
「ウイスキー……聞いたことがないな」
グルガさんはグラスにウイスキーを注ぎ、まず色を見て、香りを嗅いで、中身を一気に飲み干した。
くわっ!と目が見開いてちょっとびっくりする。
「美味い!!なんだこの酒は!?」
あ、良かった。お気に召したみたい。
「香りも良いが、何よりこの味だ。深みのある甘みと僅かな渋み、そしてスパイシーな味わいが舌に余韻を残らせる。そしてこの喉を焼くようなアルコール、たまらん!」
一気飲みしたように見えたけどそこまで味わってたんだ。
「このガラスのコップ……ストレートグラスと言ったか、これも興味深いな。貴重なガラスをコップにしてしまうのにも驚いたが、何より薄いときたもんだ。それにしても何でこんな形状をしとるんだ?」
「えーと……上部に向かってすぼまっていることで香りの立ちが良いとか、飲み口が薄く反っていることで口当たりが良くなって滑らかにウイスキーが楽しめる……だったかな」
「ほう!この形状にそんな意味があるのか。面白いな」
「グラスもよければあげるよ」
「おお、ありがとうよ」
ふと仕事の最中にお酒なんて飲んで大丈夫なの?と思ったけど、1本飲み干した後も全く酔ってないみたいだった。
「酒が入って気合も入ったわい。よーしお前ら!午後からもキビキビ働くぞー!」
グルガさんが仕事に戻ったので私も王都へ戻った。
宿が埋まる前に気になってる宿を1泊取っておこうっと。
今日の目的は敵情視察だからね。
大通りに面している宿『森の木漏れ日』。
ここは冒険者に人気の宿で、空きができてもすぐに埋まってしまうらしい。
今日は空いてると良いんだけどな。
中に入ると、正面にカウンター。
ここは食堂は無いみたい。
カウンター横に階段がある。
「いらっしゃい。お客さん運が良いねぇ、今ちょうど一部屋空いてるよ」
恰幅の良いにこやかな女性がカウンターから話しかけて来る。
「それは良かった。1泊頼む」
「はいよ!朝夕ご飯つき、1泊8000ガルだよ」
値段としては中間ぐらいかな。
銀貨8枚を支払う。
「これが鍵ね、2階の一番手前の部屋だよ。お湯が欲しい時はカウンターに言ってくれれば部屋に持って行くからね。夕食と朝食はそれぞれ7の鐘の時に部屋に持って行くよ。不在だった場合は下げてしまうけど、食べなかった分の料金は出払う時に返却するからね。出払う時は昼の12の鐘までに頼むよ」
「分かった」
7の鐘?
そういえば大きな町には時計塔があるんだよね。
時間的に7時ってことかな。
鍵を受け取って階段を上がる。
部屋に入ると、まず広さチェック。
ちょっと狭いかな、部屋の広さだけなら実家の宿屋の方が買ってる。
パッと見た感じ掃除が行き届いていて埃も落ちてない。
家具はベッド、テーブル、椅子だけ。
だけどどの家具も丈夫そうで目立った傷やシミは無い。
あ、ベッドがちゃんとベッドだ。
今の実家のベッドには当然劣るけど、前のベッドよりはちゃんとベッドとしての役割を果たしてる。
後はご飯が美味しいかどうかだよね。
夕飯まではまだ時間があるから、1度家に帰って今日の夕飯はいらないから先に食べてて良いって言って来よう。
てきとうに時間を潰し、時計塔の針が7を指し鐘が鳴った。
コンコン、とノックされたので鍵を開けて扉を開けた。
「失礼します、晩ご飯を持って来ました」
そこに立っていたのはあの恰幅の良い女将さんではなく、女将さんと同じ髪の色をした女の子だった。
歳は18歳ぐらい、女将さんの娘さんなのかな。
細身だけど出るところは出ていて同じ女としては羨ましいプロポーションだ。
そして何より可愛い。うーん、羨ましい。
「ありがとう」
トレーを受け取っても彼女は私の顔をじっと見て動かない。
「……何か?」
「あっ、いえ、見たことないお客さんだなと思って……初めての方ですよね?私はこの宿の娘のターニャです」
「ノアだ。1泊だけだがよろしく」
「はい。食べ終わったらトレーは廊下に出しておいて下さい、後で回収しに来るので」
「分かった」
今度はターニャちゃんは下へ降りて行った。
部屋に戻って鍵をしっかりかけてトレーを机に置く。
メニューはステーキ、パン、野菜炒め、サラダ、スープ。
量が多くて冒険者向けって感じ。
まずはパンを手に取った。
黒パンだけど、手でちぎれる程度には柔らかい。
歯にも優しい。味はまぁ、普通かな。
次にステーキ。何かのソースがかかってる。
切り分けて口に運ぶ。
おお、これはハーブかな。それのおかげか臭みが全然無い。
ソースは果実を煮詰めたものなのかな?甘みと酸味が絶妙なバランスでお肉に合ってる。
次に野菜炒め。
色とりどりの野菜が塩と胡椒で味付けされている。
胡椒使ってるんだね、高級品だって聞いてたけどやっぱり王都ともなると料理に使われてるんだなぁ。
サラダは新鮮な葉野菜にナッツのような物が散りばめられていて食感が面白い。
それとドレッシング……オイル?のようなものがかかっている。
ちょっと香ばしい風味がする。
最後にスープ。
野菜がごろごろ入っていて、スープの色はほんのり赤い。
あ、ちょっとピリ辛風味。
何で味付けしてるんだろう。
食事を終えて一息つき、トレーと食器を廊下に出しておいた。
清潔感、綺麗。
部屋の広さ、まあまあ。
アクセス、良し。
お値段、お手頃。
ベッド、妥協点。
ご飯、美味しい。
宿の娘さん、可愛い。
総評として二重丸。
人気な理由がよく分かった。
あんまり帰りが遅くなると家族が心配するので、一旦シャノンに戻ってお家に帰ろう。
転移でひとっ飛び。
家族はまだ起きていたので、王都の宿を視察してきたことを説明。
王都で宿を経営するなら参考にしたい場面がたくさんあった。
うちは毎日全部屋お掃除しているけれど、塵1つ無くピカピカとは言い難い。
部屋の広さはうちのが広いけど、部屋数は少ない。
アクセスの面は土地を買う際に吟味するとして。
お値段はうちのが圧倒的に安いけど、今のままだと多分利益にならない。
ベッドは私たちが使っている部屋以外は全部木の台のまま。
ご飯は向こうの方が圧倒的に美味しかった。
しかしこれらは全部改善する術がある。
お掃除は【聖属性魔法】の【クリーン】を使えばシミも汚れも埃も塵も全て除去できる。
【クリーン】を使ったお洗濯サービスでもつければ喜んでもらえるかな。
部屋数が少ない点について。これは難点だと思ったけど、これも魔法を使えば解決できる。
私は【空間属性魔法】が使える。その中に【空間拡張】という魔法があり、外から見た大きさはそのままで内部の広さを拡張することができるんだ。
本当ならこの魔法はものすごく魔力を使うんだけど、私の魔力量の前では大した問題じゃない。
その魔法でいくらでも宿の内部を広くして部屋数を増やすことができる。
アクセスの良い場所の土地を買えるかどうかは良い場所が空いてることを祈るしかない。
客室のベッドは私たちが使っている高級ベッドじゃなくて普通のベッドに変えれば良いかな。
それでも日本製のベッドは『森の木漏れ日』のベッドよりも圧倒的に質が良い。
最低限机と椅子、物をしまっておける鍵付き収納ボックスは必要かな?
ご飯に関しては【異世界通販】をフル活用すれば地球の美味しいご飯を出すことができる。
だけど素材を狩って来るよりお金がかかるので、その分ご飯代は高くなるけど。
多少高くても食べたことのない美味しいご飯には満足してもらえると思う。
それとお風呂は必ずつけたい!
これも空間拡張した部屋に取り付ければ良い。
排水の問題やお湯張りなんかも魔法で解決できる。
値付けに関しては今のところ保留。
王都に定住するなら税を払わないといけない。
村では税はお金じゃなくて作物と狩りの獲物だったけど、王都ではお金で税を払わないといけない。
税金がいくらか、食事の提供にいくらかかるか、備品の購入にいくらかかるか、維持費にいくらかかるか、それと人件費とその他諸々を合わせて計算した上で値付けしないとね。
宿の改造計画を話すと、みんなそんなことができるの?と思いつつわくわくした表情をしていた。
今日はもう夜も遅いので、全員に【クリーン】をかけて眠りについた。




