1,記憶を取り戻した日。転生していたようです。
高熱でうなされる中、頭の中に自分とは違う誰かの記憶が流れ込んでくる。
違う、これは自分だ。前世の私の記憶。
日本という国で生まれ育った私の記憶だ。
だけど今の私は前の私じゃない。
転生、したんだろう。
いつの間にか私は眠っていて、起きた時にはスッキリしていた。
良かった、熱が下がってる。
それと同時に頭の中に濁流のように流れ込んでいた記憶も整理されていた。
清水 咲良として生きて来た記憶。
だけど今の私はシャノン、5歳になったばかり。
小さなカナイ村に生まれた平民の子供。
実家は宿屋兼食堂を経営している。
うん、大丈夫。こっちの記憶もちゃんとある。
だけど前世の記憶を思い出したせいでシャノンの子供らしさがどこかへ行ってしまったように思える。
転生者の宿命だろうか。
家族にはバレないようにしないと。
悪魔憑きとか魂を乗っ取られたとか言われたら嫌だし。
私はこの体を乗っ取ったんじゃなくて、前世の記憶を思い出しただけ。
私は私。シャノン以外の何者でもないんだから。
コンコン、と部屋の扉がノックされ誰かが入って来た。
父親のアルバードだ。
「おはよう、シャノン。もう起きて大丈夫なのかい?」
お父さんはサイドテーブルに水の入った桶と布を置き、心配そうな顔で私の額に手を当てる。
「うん、もう熱は無いみたいだね。体調はどうかな?」
「もう平気」
そう言うと、ほっとしたように笑った。
私は3日ほど前から高熱で寝込んでいた。
そのおかげで前世の記憶を思い出したんだけど、家族からしてみれば心配でしょうがなかっただろうな。
「汗をかいただろう、体を拭いて着替えようね。終わったら下へ降りておいで、朝食にしよう」
「うん」
父は気を使って部屋から出て行ってくれた。
確かに汗でべたべただし、贅沢を言えばシャワーを浴びたいんだけどこの家にお風呂とか無いんだよね。
夏は水浴びするけど、それ以外は布を濡らして体を拭くだけだ。
私は服を脱ぐと布を濡らして絞り、体を拭いた。
うーむ、隠すところが何もない見事なつんつるてんの体。
5歳だから仕方ない。
服はくすんだ色の着古したボロ着。
新品の服なんて着たことがない。
そう、うちは貧乏だ。
って言ってもこんな小さな村で貧乏じゃない家なんて無いからそれは普通のこと。
自室を出て下へ降りると、宿の受付と食堂の部分がある。
食堂には父以外の家族が全員揃っていた。
父は厨房の方にいる。
「あ、シャノン。起きて来られたんだね」
「うん」
長男のリオお兄ちゃん。15歳。
紫がかった銀色の髪に青い瞳は神秘的な雰囲気を纏っている。
優しくて穏やかな性格で、しっかり者。
「ずっと寝込んでたもんな。大丈夫か?」
「うん」
次男のアルフィーお兄ちゃん。12歳。
金髪で翡翠の瞳。活発で元気。
「よ、よかった……」
「うん」
三男のジョシュアお兄ちゃん。8歳。
金髪に青い瞳。引っ込み思案でいつも困ったような表情をしている。
ちなみにお父さんが金髪の緑色の瞳で、お母さんが紫がかった銀髪に青い瞳だったそうだ。
そして私はお母さんに似ていて同じ髪と瞳の色をしているらしい。
お母さんはもうこの世にいない。
私を産んで1年後ぐらいに魔物にやられて亡くなったそうだ。
朝食の配膳が終わると全員席に座る。
各々神様へ祈りを捧げて朝食開始だ。
5歳の私は神様の詳しい話は知らない。
創造神の女神サンクレール様という偉い神様がいることと、他にも色々なものを司る神様がたくさんいることしか知らない。
なのでサンクレール様に日々の感謝をお祈りする。
朝食は……いつもの食事だ。
野菜屑の入った塩味のスープ。
木のボウルに入ったそれを木のスプーンで掬うと、少し濁ったスープだ。
それを口に運ぶ。うーん、微かな塩味。
野菜屑は細かすぎて何の野菜なのかもはや形状が分からない。
次にパン。
黒いそれを手に取ると、ガチガチに硬くて千切ることすらできない。
もちろん5歳児の顎の力では噛むこともできない。
ので、父にナイフで切ってもらってからスープに浸して柔らかくしてから食べる。
うん、美味しくない。
べしょべしょのパン。
小麦の匂いもしない水気を吸ったパン。
とても美味しいものではない。
朝食はこれだけ。
成長期の体に足りるわけがなく、家族全員細身すぎる。
夕飯はお肉や野菜を焼いた物が追加されるので、それでなんとか栄養を摂ってる感じだ。
味気無い朝食を終えて、家族はお仕事の時間だ。
お父さんは狩りに出かけた。
近くに森があるからそこへ赴き、森の恵みを採取したり魔物を狩っている。
長男のリオお兄ちゃんは宿の受付に立つ。
基本的に受付に立っているのは【暗算】というスキルを持っているリオお兄ちゃんの役目だ。
次男のアルフィーお兄ちゃんは裏の畑のお世話。
うちは農家ではないけど、裏庭では畑を作っている。
税を作物で支払うためと、食堂で出す料理の作物を育てるためだ。
三男のジョシュアお兄ちゃんは宿屋のお掃除。
ジョシュアお兄ちゃんはあまり外で遊ぶタイプではなく、家の中で作業をしたいタイプみたいだ。
私にはお仕事の割り振りは無い。
食堂にお客さんが来たら軽く給仕をするけど、別にずっと食堂にいなければいけないわけじゃない。
まだ5歳とはいえ、この世界では裕福ではない者は小さな子供でも働いている。
仕事が割り振られていない私は怠け者ということになる。
まぁ、それは別に良い。
これから家族を楽させるために働こう。
……今のところ何も思いつかないけど。
私に何ができるだろう?
できれば前世の知識を役立てたいよね。
裏庭に移動して畑を見る。
畑仕事に関しては素人だから作物の様子とかはさっぱり分からない。
この作物、どうなんだろう。
うーん、萎れてる?あんまり元気そうじゃない?
アルフィーお兄ちゃんの様子を見ていると、肥料を使っている様子は無い。
肥料って何で作るんだっけ。
鶏糞とか?人糞は確か不味かった気がする。
あとは……貝を焼いて砕くんだっけ?ダメだ、よく分からない。
こんなことなら色んなことを調べておくんだったなぁ。
家から出て村を徘徊しながら考える。
あ、料理とかなら前世の知識を活用できそう。
……でも使用できる食材が無いよね。
醤油とか味噌とか見たことないよ。
せいぜい作れたとしてフライドポテトぐらい?
ダメだ、食用油が貴重だ。
ラノベとか読んでたら転生したら内政チートとか色々してるけど、残念ながらそんな知識が無い私には何も思いつかない。
ただの宿の娘が内政とかできないしね。
それに私は村全体を良くしようとかは思わない。
家族が幸せならそれで良い。
そういえば……この世界にはスキルや魔法といったものが存在するが、私はまだ自分にスキルがあるかどうかは知らない。
確か5歳になったら教会でステータスが見られるんだっけ?
私は昨日5歳になった。
この世界では細かい日にちはあまり気にしないので私の正確な産まれた日付けは分からないが、昨日4月になったから私の歳にプラス1されているはず。
そうとなったら教会に行こう!
神様が信仰されてる世界だからこんな小さな村にも小さな教会がある。
小さな足で走って行き、教会に着いた。
教会前を掃除していた神父様が私に気付いて手を止める。
「おや、シャノンではないですか。お祈りですか?」
「ううん、スキル見たいの」
首を振って子供らしい口調で答える。
「ああ、5歳になったんですね、おめでとう。それでは中へどうぞ」
神父様に連れられ教会の中に入る。
女神像の前でお祈りをしてから、石板のような物を持って来てくれた。
「これが『ステータス鑑定の石板』です。表面に手を当てると文字が浮かび上がりますよ。私は見ないようにしているのでゆっくり確認して下さい」
そう言って神父様は後ろを向いた。
少しドキドキしながら石板に手を当てると、青色に光る文字が浮かび上がった。
シャノン 5歳 女 人間
1LV ジョブ:大魔導師
魔法適正:全属性++
魔力ランク:SSSSS 魔力量:SSSSS
スキル:
【魔法威力アップ・特大】……放つ魔法の威力がアップする。
【魔法効率化・特大】……魔法の発動が簡単になる。
【魔力自動回復・特大】……常に魔力が回復し続ける。
【インベントリ】……容量無限の収納スキル。時間停止。解体、ゴミ箱、簡易鑑定機能つき。目視できる範囲にある物なら念じるだけで収納できる。なんでも入る。
【異世界商店】……地球及びこの世界に存在する物を購入できる。また、オーダーメイド機能で要望を1から伝えて自由な物を造ることができる。もちろんお金はかかる。売却機能つき。購入した物は1度インベントリにしまわれる。
【キャラクターチェンジ】……自分の見た目を変更することができる。性別、身長体重体格、容姿など自由に決めることができる。
称号:【創造神サンクレールの愛し子】
えっ……なにこれ。
凄い!大魔導師って魔法使えるんだよね?
それに全属性!……++って何だろう?
+ってことは良いってことだよね、うん。
魔力ランク、魔力量共にSSSSS。
Sが1番上のランクってことならそれが5つもあるなんて高すぎる。
でも強すぎる力を振るうのは危険だよね。
ちゃんと威力を調節できるように練習しないと。
えーと、スキルは……【魔法威力アップ・特大】【魔法効率化・特大】【魔力自動回復・特大】は凄いスキルだよね。
どれも魔法を使うのに便利なスキルだね。
【インベントリ】は収納スキルっと。異世界と言えばだね。定番スキルだ。
【異世界商店】、これは本当に凄い!
日本の物が手に入るってことだよね?
それにオーダーメイド機能を使えば欲しい物を自由に作れる!
……お金があればの話なんだけどね。
【キャラクターチェンジ】はちょっとよく有用性が分からないけど……あ、大人にもなれるのなら良い感じだよね。
子供の体じゃできないことも多いし。
石板から手を離すと、文字は消えた。
「神父様、ちゃんと見たよ」
「確認できましたか。何か質問はありますか?」
質問かぁ。
色々聞きたいけど聞き方次第ではステータスがバレるよね。
「ジョブってなぁに?」
「それはその人の適性のある職業のことですね。適性があるというだけであって、必ずその職業にならなければいけないというわけではありません。ただ、ステータスに書いてあるジョブになりたいのならステータスにそのジョブが書いてあるのは強みになりますよ」
なるほど、別にそのジョブにならないといけないってわけじゃないのね。
「称号っていうのは?」
「その人が凄いことをしたり、偉いことをしたり、悪いことをした場合につくものですね。人によっては神様たちや精霊たちの祝福がそこに載ることがあります。だけどだいたいの人は称号欄には何も無いことが多いですね」
ふむふむ。
創造神サンクレール様っていうのはこの世界で1番偉い女神様のことだよね。
その愛し子っていうのは……何のことだろう?
愛されてるってことだよね?良いことだ、多分。
「神父様ありがとう!ばいばい」
「はい、ばいばいです」
神父様はにこやかに見送ってくれた。