〈ニ〉
シノを背に乗せ、目指すべき町、ファイサへと続く街道沿いをひたすら歩いていたルテの足が急に止まった。
「おわあ!危ないじゃないか!急に止まるなあ!」
さすがのシノも抗議の声を上げるが、ルテは悪びれる様子もなく、前を見据えている。
「あれを見ろ」
「んっ……。あれは……なんだ?検問?」
「おそらくな」
「こんなところで一体何のために。まさか……ね」
「いずれにしても、厄介ごとに巻き込まれるのはごめんだな」
言うが早いか、ルテが身を翻して街道を外れると、シノとルテの姿は、深い森の中に吸い込まれていった。
昼間でもなお薄暗い森の中を一人と一匹が進んでいく。
「さて、迷わないようにしないとね。頼むわよ、ルテ」
そう言ったシノに不安そうな様子は微塵も感じられない。
「ふん、この程度の森。目を瞑っていたって通り抜けられるさ」
プライドを傷つけられたらしく、ムキになって言葉を返す。
「冗談よ。もう、怒らないでよ」
シノは、そんなルテの意外と子供っぽい一面が大好きだったので、ついついからかってしまう。
ルテは、自らの言葉の通り、迷う様子は微塵もなく、一直線に前に進んでいく。
「問題は、森を無事抜けられたとして、町に入る方法があるか、ね。それに……」
シノの表情は、先ほどまでとは打って変わって、真剣なものになっていた。
「さっきの検問はなんだったのかな」
「いかにも急ごしらえという感じだったが」
「なにか、きな臭いことになってなければいいけど……ね」
「どうやら、そう簡単に世の中思い通りにはいかないようだな」
「えっ?」
「あそこをみろ」
シノは、ここで初めて自分たちが小川沿いを歩いていたことに気づいたようだ。ここだけ森が開けていて、太陽が覗いている。ルテの示す方向に目を向けると、確かに遠くに何か見える。
〈なんだ?〉
視力で劣るシノにはまだそれが何か分からなかったが、何か嫌な予感だけは全身で感じていた。やがて、シノの目にもはっきりと見える距離に近づく。
〈ああ……やっぱり〉
「ヒトだ」
無慈悲にも現実を突きつけるルテの声が、頭の中に反響している。額に手を添え、うつむき加減にシノが呟く。
「どうやら、かなりきな臭いことになってきたわね」