第九話 洗い出し
数日後、村の全体会議が開かれ、そこでラストホープ拡張計画の対応が話し合われた。村民全体の驚きと恐怖は大きかったようだが、アテナから冷静な説明を受けるにつれて、それは次第に収まっていった。
会議の結果、こちらからも使者をラストホープへ送ることに決定した。それにはアキヒトとザーフェルトが選ばれた。ザーフェルトは選ばれたと言ってよいが、アキヒトは自ら志願して使者になったと言ってよい。
「母さんと、それに……父さんが暮らしてきたラストホープを見てみたい」
こう立候補したのだが、母親のサラは、始め非常に心配し反対した。だが、アキヒトの決意は固く、引き止めることはできないと悟ったサラは、
「ザーフェルトとよく相談しながら行動してちょうだい。無茶はしないのよ」
と、不安を持ちながらも使者になることを許した。
それからまた数日経った。
アキヒトとザーフェルトは、まだラストホープへ出発しておらず、アテナビレッジ内でいつも通りの生活をしていた。ただ、出発の日は近く、準備はほとんどできている。
サラも今までどおりコントロールルームで、アテナに対して情報を打ち込み送ることで様々な相談をしていた。
(アキヒトがラストホープに行くのも、もうすぐね……。言っても聞かない子だから、もう引き止められないけど心配だわ……)
色々な情報を打ち込みつつも、息子をずっと心配しているサラは、たまに上の空になるようだ。
そういう状態で作業を進めていたが、ふと、イシュタルからのメッセージが入った、マイクロメモリーに目が止まり、端末に差し込んだ後、アテナにこう話しかけた。
「アテナ。このマイクロメモリーをもう一度詳しく解析してくれない?」
サラの頼みに、アテナは少しの間、考えていたが、
「それは解析済みではありますよ。データを取り込んで、色んな分析を既にしています」
と、いつものように冷静に答えた。
「……うん。わかってるんだけどね、アキヒトのこともあって気になったの」
少し沈んだ感じで言ったサラの言葉をアテナはすぐに理解し、
「息子を心配する母親の心情ですね……。分かりました、もう一度、そのメモリーを違った角度で洗い出して、何か変わったことがないか見てみましょう。今のところイシュタルから送られてきたデータ類はそれしかないわけですし」
アテナはマイクロメモリーの詳細な分析を始めた。分析は詳細だったが、アテナの能力を用いれば、一瞬ですむものだった。
「……洗い出しをしてよかったと思います。二、三点の復元できそうな画像データの痕跡があります。これは私も見落としていました」
「えっ……」
驚いたサラの目の前のモニターに、復元された画像が映し出された。それは、サラをもっと驚かせた。
モニターに映し出された画像では、サラにとって馴染みが深い景色と、人物が確認できた。人物に至っては、馴染みが深いというより、サラにとって最愛の人が映っている。
「タツキ……!?」
その人物は、ラストホープの居住区で細々と命をつないでいるタツキだった。周りには、何人かの他の人間も確認できる。タツキが映っている画像は静止画像だったが、片足が不自由そうであるのも見て取れた。十五年前にアテナビレッジへ逃げようとした時にセキュリティロボットから受けた傷によるのだろう。
「この画像データは、最近のもののようです。なぜ、データの痕跡が残っているメモリーをイシュタルが送ってきたのか判断しにくいですが、タツキが生きていることは事実でしょう」
アテナはサラの心を考えながら、画像についての説明をした。タツキのことを知っているのは、サラが情報を入力していたからだ。
「タツキは生きている……」
サラはタツキの画像を見て、まだ呆然としている。最愛の人の生存が確認できた喜びもあるが、様々な感情による動揺も判断を鈍らせ、次の思考に移れないでいた。アテナはその様子を見て、助言をした。
「サラ。タツキを確認できた、あなたの心情は分かるつもりです。ですが、呆然とばかりもしていられません。このデータに対する対応策を考えていきましょう」
アテナの言葉を聞いてサラは我に返った。
「そうね……。ザーフェルトと、それに……アキヒトがもうすぐラストホープに向かうことになっているし、そのことも踏まえて考えないと……」
少しの間、コントロールルームに静寂が走った。誰も喋らないと、非常に静かである。
「どうします? 二人にこの画像のことを伝えますか? ザーフェルトはともかく、アキヒトにこのことを伝えたら、彼の性格上、無茶なことを考えないか心配ですが……」
アテナの意見はサラの心配している所と同じだった。父親が生きていることを知り、それが壁を隔てて間近に居る所まで近づけるとなると、アキヒトは何か無茶をするかもしれない。
「アキヒトには私から伝えるわ。無茶なことをしないようにも言っておくし、アキヒトにこのことに関して頼みたいこともあるから」
サラは何かを決めたようだった。それが何かはアテナにもはかりかねたが、サラの決意を尊重することにした。