第三十四話 天の川
アキヒトはハチギ山には慣れている。サトルもイノシシ狩りに参加することがあるので、山道はそれほど苦ではないが、マリーにはかなり辛い登山であるようだ。標高が比較的低い低山だが、三、四合目辺りで既に肩で息をしている。
「ハチギ山を登るのはちょっと楽しみにしてたんだけど……こんなにキツイのね……」
それでも懸命に先を行く男二人の後をついて行っていた。マリーには慣れない登山でもあり、しかも村の誰しもが行ったことがない頂上まで今回は登るのだ。何十年も未踏であった頂上までの山道は消えかけていて、山に慣れているアキヒトでも、道が見えない中腹からはなかなか登るのに苦労している。マリーなら尚更だ。
「ふう~やれやれ、何とか登り切ったみたいだな」
登る体力が尽きかけているマリーを、二人でかばいながら進んでいると、サトルは村のコントロールタワーほどではないが、二階建ての家程の高さがある、金属で作られた塔を見つけ、見上げている。
「頂上は初めてだったから結構きつかったなあ。マリー、あの中で休めそうだぞ」
アキヒトの呼びかけにこくりとうなずくだけで、マリーは喋る気力も残っていない。サトルは通信管制塔の改良作業に取り掛かるより、マリーに休息を取らせる必要があると考え、塔への入り口扉を開こうとした。……が、何十年もここへ来て開くことがなかったそれは、手で開こうとしても開かない。
「……まあそうか。じゃあこれを使ってみるかな」
扉が開かないのは想定の内だったようで、サトルは潤滑剤が入ったスプレーを、扉の外周り部分にまんべんなくしっかりと吹き付け、剤を馴染ませた後にもう一度扉を開けてみた。非常にスムーズに開いた。
中に入ると、ハチギ山の食料資源となる動物達などを管理する、生体センサーが組み込まれているコンピュータ端末が動いている他に、それよりやや大型のコンピュータがそれとは別で一台ある。
「能動型ね。ぐっすり眠っているみたいだけど、アテナがくれた図面通りここにもあったのね」
塔内の涼しい部屋に入り、マリーは気力体力を取り戻してきたようだ。メカニックガールらしく、室内にある設備が何であるかを分析している。
「まあ作業は後にしよう。夜になっちまうが食事と仮眠をここで取ろう」
塔内は三人が休むには十分なスペースがある。山の頂上から見える陽は傾いており、休息後、夜から作業を始めることにした。
「まあこんなものね。設備の改良工事より、ここまで来るのが大変だったわ……」
サトルとマリーのメカニック親子にかかれば、設備の改良は造作もないことだった。事前にシステムデータを組み込んだ、広範囲を探知及び認識するレーダー装置を作製していて、工事はそれを能動型コンピュータに取り付け、動作確認をするだけだったからだ。これで、能動型をアテナが起こして働かせれば、ラストホープからのロボットの来襲に備えることができる。
「どの道、もう夜も遅いな。目的は済んだから、ここで朝まで寝て山を下りよう。夜の山道は危なすぎるしな」
アキヒトは山で何度も狩りをして慣れているので、二人を安全に案内するためについて来ている。サトルもマリーも、もっともな意見を聞いて一晩を塔で明かすことにした。
とはいうものの、仮眠を数時間取った後なので、アキヒト達はいずれも眠気が今はない。眠気が来るまでサトルは塔内の設備を詳しくチェックすることにした。
「お前たちは星空を見てみたらどうだ? ここから見える星はたくさんあって綺麗だと思うぞ」
そうサトルが勧めるのは、マリーとアキヒトに最近できた何んとなしな距離を無くすために気をまわしているからだ。アテナの分身であるネイが生まれてアキヒトに近づいて以来、マリーが不機嫌でもあり、時折寂しい顔をしているのを、父のサトルはとっくに気づいている。
「ああー、それは面白そうだな。行ってみるか、マリー?」
何故かその時、アキヒトが自然に右手をマリーに差し出した。マリーは「うん」と返事をすると、当たり前のことのようにアキヒトの右手を握り、空一面に広がる天の川を見に出ている。
「…………」
サトルはその様子をチラッと横目で見ていたが、微笑みを浮かべつつ設備のチェックを黙々とこなし始めた。
アテナの予想が完全に当たった形で、イシュタルからはしばらく動きが何もない。それを幸いとして、アテナビレッジではラストホープに対する防備をできるだけ急いだ。使うことはないと思われた村の武器庫から、使えそうな武器を引っ張り出し、ハチギ山のレーダーシステムと連動させる形で山に備え付けたり、来襲が予測される東ゲートの防衛力を上げるため、そこにも武器を備え付け、ゲートをより強固にする改修をできるだけ行っていた。
また、サトルの左足も治療日数を重ねることにより治ってきて、十日後には、全力で走ることは叶わないまでも、ジョギング程度に軽く走れるまで回復している。このことには、サラもアキヒトも手を取り合って喜んだ。
だが喜んでばかりもいられない……。タツキ達を救出した日から半月と幾日か経ち、一台の輸送用ロボットが東ゲートにやってきた。
イシュタルの使いであるロボットの応対は、東ゲートを守備していた武装型アンドロイドの内の一機が行っている。ここまでで新たに生産できたアンドロイドは五機で、今の状況をあらかじめ予見していたのもあり、いずれも重武装が可能なタイプである。
「私ニハコレガ何カ分析デキマセンガ、ラストホープカラノロボットガ持ッテキマシタ。ロボットカラノ直接的メッセージハアリマセンデシタ」
戦闘能力は高いものの、フューエルタンクのアマテラスが言っていた通り、ザーフェルト程の高度な思考判断能力を、新たなアンドロイドには持たせることができなかった。イシュタルの使いを応対した彼は小さい通信機器のように見える何かを、コントロールタワーに持ってきた。彼にはこれが何かを類推するのが難しいようだ。
「やはり来ましたか……。ありがとうございます。預かりましょう」
それを受け取ったネイには、その通信機器がどういう意味と機能を持つものなのかは、およそ理解できている。まず、付属のマイクロメモリーを端末に読み込ませ、モニターに情報を映し出した。
「……すぐにみんなを集めましょうか」
メモリー内にあるメッセージをネイと見たサラは、村の全員を招集するために通信マイクを使い、緊急放送を行なった。