第三十話 人間らしく
追手のロボットは三機。こちらの武装型アンドロイドの方が、それでも戦闘性能で勝るが、連携した機銃掃射を防御盾で受け止め続けており、攻撃に移れる間隙がなく、大苦戦中だ。頑丈な防御盾を装備しているが、その耐久力もずっとは続かない。
一人、盾として奮闘し苦戦している彼を助けようと、隊列の中団からやや後方にいた男性村民二人が、ハンドガンで援護射撃を行った。連続した射撃で命中し、二機のセキュリティロボットを破壊できた。
残り一台、まだ他の追手は来ていない。ここまでのラストホープの反撃は、これでも想定よりかなり小さい。救出作戦メンバーは誰しも死地に赴く決意を持っていたが、先ほどのアキヒトへの不意な攻撃以外で、驚愕するような事件はなかった。幸運と言えるが、まだ油断はできない。
ロボットの機銃掃射は変わらず正確な照準でこちらを狙うものの、やはり一機だけであり、間隙を縫ってこちらが反撃し破壊するのはたやすかった。皆を守り切ったアンドロイドと男性村民も、タツキの移送を支援しつつ脱出を急ぐ。
電動クルーザー三台は、いつにないマリアの手際の良さで、扉のすぐ近くにすでに停めてあった。すでに半数以上の救出対象者がそれぞれに乗り込めている。もう一息だ。
「アナタ達モ追手ガ来ナイウチニ乗ッテ下サイ! 急イデ!」
普段の、のんびりしたマリアからは想像ができないような声だ。タツキを背負ったアンドロイドもクルーザーに乗り込むことができると、車を急速発進させ危地から脱した。
「何とかなったな……でも、あっちもすぐ追って来るんじゃないか?」
アキヒトはその不安を持っていたが、
「いえ、ラストホープはプログラム通りの防衛はできるものの、能動的に考えて私達を追える思考能力を持った存在は少ないんです。追って来るにしても時間がかかるはずです」
傍に座っているネイが冷静に答え、不安を取り除いた。ただ、そのネイも流石に疲労の色が濃い。
ラストホープでの救出作戦は成功した。非常に幸運なことに、一人の死傷者も出すことなく無事帰路に就くことができている。
「いやあ、あんたには返しても返しきれない借りができたなあ」
がっしりしたアンドロイドの背中を、タツキは節くれた手でさすっている。この背中に彼は救われたのだ。
「礼ニハ及ビマセン。村ニ戻ッタラ少シ休息ヲ取リマショウ。コレカラヨロシクオ願イシマス」
命の恩人のアンドロイドは実に丁寧だ。その返答にもタツキは嬉しそうで、
「ああ。あんたとはうまくやって行けそうだ」
と、まだアンドロイドの背中をさすりながら豪快に笑っている。やはりアキヒトの父である。タフで明るい男だ。
タツキが乗っているクルーザーには、アキヒトやサラは乗っていない。状況が状況だっただけに、最も手近な車に乗り込んだので結果的にそうなっている。長年夢見た親子水入らずの団欒は、もう少し後になりそうだ。
ここまでで長い時間が経ったような気がしていたが、まだ正午を少し回った頃を携帯端末の時刻は示している。濃密だが非常に短時間の救出作戦だったようだ。だが、誰もかれもが命がけの危地から脱出できたことで、緊張感が解けていて、車の中で昏々と熟睡している人もいる。
「……俺も今日はもうクタクタだ……」
アキヒトの瞼は自然に下がり、まどろみからすぐ熟睡に落ちてしまった。
「私も疲れました……村までお願いしますね……」
運転手にそう伝えるとネイも眠りに落ち、スースーと可愛らしい寝顔で寝息をついている。
ネイの予想通り、ラストホープからの追手は来ず、アテナビレッジへの帰還は順調に進んでいる。車の進行スピードに従って流れる、初夏のエネルギーを感じる自然の景色も、みずみずしい緑がどんどん現れ過ぎていく。緊張から解かれた、村の外の景色を見るのが初めての村民達の中には、行きの道のりで楽しむ余裕が全く持てなかったそれを物珍しく見ている者もいる。疲労で寝続けている者もいるが、安心感はどの車内にも一様に広がっている。
何時間か車を走らせ続けると、アテナビレッジの東ゲートがだんだん大きくなりながら見えてきた。疲れで眠っていたネイとアキヒトも、はっきり目を覚ましていて、
「あのゲートをくぐればアテナビレッジです。皆さんの第二の故郷になります。これから協力して人間らしく一緒に暮らしていきましょう」
ネイが車内にいる、ラストホープから救い出した人たちに自分の考えを含めた言葉を伝えた。それには、彼らにとっては生き方としての思想の内に無い言葉も含まれており、「人間らしく……」と、呟き反芻している者もいる。
電動クルーザー三台が東ゲートを通過すると、ゲートは自動的に閉まっていった。ここに来るまでに、マリアが自身の通信機能を使い、救出作戦の成功と今の状態の詳細を知らせていたので、アテナも後にどうするか判断ができていたのだろう。
三台の車は村のコントロールタワー近くの広場に停められ、乗員もそこで順次降り始めている。彼らが降りると、そこで待ちかねていた村民全員から熱い祝福を受け、抱擁やお互いに涙を流し、無事を喜びあっていた。
「あんたがタツキか。俺はサトルだ。いい目をしてるな。アキヒトとそっくりな目だ」
サトルはタツキの顔をしっかりと見ながら、彼と力強い握手を交わしている。
「あんたもいい目をしてるな。アキヒトの面倒を今まで見てくれてありがとう。これからよろしく頼むよ」
男らしいさっぱりとした挨拶をタツキが返した。それを見ていたサラとアキヒトは、夫と父としての彼の頼もしさを充分に感じ、今までにない心強さを二人とも持つことができた。