第二十八話 賭け
安全を確認しながら、ネイがまた少しずつ扉に近づいて行く。その少し後をサラが続く、いよいよ一か八かの賭けになる。扉がうまく開いた場合も、ラストホープ内の他のセキュリティが働き、人間居住区の異常に気付かれることは予想される。セキュリティが働くまでいくらかのタイムラグ的な時間があるのも計算に入れているが、キーカードを通してからは非常に迅速な行動が求められる。
ネイは少し息をつき、ミスのないようにキーカードを開放センサーに通した。
「……オッケーです! 皆急いで!」
幸運にも扉は開放でき、今のところセキュリティが利いている様子もない。サラがそれを確認するとすぐに、携帯端末でアキヒト達、後詰のメンバーを通話で呼んだ。
時間は限られている。
後詰のメンバーはマリアと一人の男性村民を残して、全速力のダッシュで扉に近づき、速やかに内部へ入って行く。マリア達は成功時と不測の事態があった場合、アテナと通信を取るために待機することが事前に決めてあったようだ。
ネイ達とアキヒト達後詰は合流し、人間居住区まで続く一本道の廊下を急いで進んで行く。戦闘型アンドロイドに防御の壁となってもらう形で隊列を整え、できるだけ急いだ。廊下はそれほど長くはないが、重厚な合金で天井も側面の内壁も無機質に囲まれており、色も寒色がかったグレーで寒々しい。
そして、ここまで順調だった作戦の進行は、容赦のない機銃掃射をアンドロイドが防弾盾で防ぐ音で遮られた。陽の明りが差してくる居住区の入り口付近の広がりに、四足歩行のセキュリティロボットが感情のない狙いをつけた機銃を向け、立ちはだかっている。
進行を妨げる相手は二機。こちらの武装型アンドロイドも廊下通路に二機隙間なく展開し、防御盾で機銃を防ぎ皆を守りながら、セキュリティロボットとの距離を詰めていく。相手も揺らぎのない機銃掃射を続けるが、他に武器を装備していず、攻撃に間隙がところどころある。アンドロイド二台は正確に標的を狙える距離まで近づくと、間隙を計算し、こちらも機械的な狙いによる大口径ハンドガンを使用した攻撃を行った。
それぞれのガンで数発ずつ撃った銃弾は、セキュリティロボットの急所に違わず命中し、破壊された。完全に動かなくなったようだ。
「他ノ脅威ハ現在認識シテイマセン。隊列ヲ戻シ作戦速度ヲ加速シマス」
頼もしい新たな仲間に守られつつ、アキヒト達は歩を速め、陽が差し込んでくる方向へできるだけ急いだ。セキュリティロボットの破壊と同時に、ラストホープ内のセキュリティシステムも作動している。残された時間はもう少ない。
「これは……!?」
開かれた居住区にたどり着くと、アキヒトは驚きの声を上げずにはいられなかった。以前、ザーフェルトと共に確認した、壁を拡張する前のラストホープ人間居住区とは、環境がまるで変っている。この居住区一帯だけは、寒々しい合金の壁で囲まれているものの、アテナビレッジを思わせるような、人間が住むのに適した建物の存在や草木や花が植えられた和ましい風景が広がっている。
「いや……今はそれどころじゃない。マリー! 生体センサーとコンパクトモニターを使ってくれ!」
アキヒトと同様、この環境に驚き戸惑っていたマリーだが、アキヒトからのはっきりとした指示を聞いて我に返り、
「うん! すぐやるわ!」
これ以上ない素早さで小型コンピュータ端末を開き、居住区内の人達がどこにいるかを確認するため、生体センサーシステムを起動した。
このシステムは人間や動物など、ある一定以上の大きさを持つ生体を認識し、検知範囲内でモニターに光として映し出すもので、その生体が出す呼気、体温による熱放射、その他の生体固有の波動関数パターンなどで、生体の種別を特定できる。
今使用している生体センサーシステムは、あらかじめ検出パターンをヒューマンに設定している。そして、この救出作戦に参加している人間及びバイオノイドは、モニター内には検出されない。個別パターンをシステムに登録しているためだ。
「光が重なってるところもあるけど、人数は七、八人。ここから三十メートル弱位北の引き込まれてる小川の近くに皆固まっているわ!」
救出対象の人々の正確な位置をマリーがモニターから割り出すと、アキヒト達は周りに新手のロボットが来ていないか注意を払いつつ、迅速にそれらの人々に近づいて行った。
セキュリティの警報は鳴っているが、まだ新手は来ていない。小川のほとりで固まって過ごしていた人々に、ここまでは何事もなく近づくことができた。だが、ラストホープの人々の中には突然の状況と警報に恐慌を起こしている人もおり、それを落ち着かせる必要が先に立つ。
ネイがどうしようかと、ラストホープの人々を見ていると、
「アキヒト、サラ、あの人を見て下さい」
そう指し示したのは、アキヒトとよく似た輝く目を持ち、片足が不自由で杖をついて立っている一人の男性だった。
タツキだ。