第二十五話 寒中の偵察調査
今回の偵察調査では、長旅でよく使っていた大型電動クルーザーではなく、それより二回りほど小さいタイプの車を使っている。あらかじめ、衛星写真でどのくらいラストホープが拡張されているかは、おおよそ分かっているので、偵察は長くても一日がかりで済むはずだからだ。したがって、長い用意はいらない。
「思ったより拡張工事が進んでいるわね……」
アキヒトが運転している横の助手席で、マリーがプリントした衛星写真を見ながらそうつぶやいた。
「あいつらは皆ロボットだからな。休みなく工事ができるから、進行も早いんだろう」
特に感情を混ぜることもなく、淡々とアキヒトがつぶやきに返事をした。
「まあ、詳しいことは直接見てみないと分からない。じゃあ飛ばすよ」
「うん。急ぎましょ」
流線形のボディを持ったこの車はスピードが出て小回りが利く。アクセルを目一杯踏むと、音も少なくモーターから動力が生み出され、素晴らしい加速をしていった。
目的地には正午より前に着くことができた。ここにも雪がうっすら積もっていて、それが、何もない西側の平野にはどこまでも続いているが、東には重厚な遮る合金の壁が作られつつある。
「……もうこんなことになっていたのね」
休みなくそれぞれの作業を機械的に続けるラストホープのロボット達を見て、マリーは少し恐れを感じている。全てが無機的に動いているその光景は、彼女にとっては非常に不自然なものに見えるようであった。
「ああ……。壁もどんどんできてきている。ただ、ここまで壁が移されてくるとすると……」
テレスコープの機能を使い、偵察映像を録画しながらアキヒトは考えていたが、
「父さん達がいる人間の居住区が、前に偵察した時より、もっとラストホープの奥になることになるな」
ザーフェルトと一緒に、過去にラストホープに向かった時の記憶と照らし合わせ、位置関係を割り出した。
「そうなるとタツキさん達を助け出すのは、さらに難しくなりそうね。少し前だったら、壁のすぐそばに居住区があったんだけど……」
マリーもテレスコープであたりをよく眺めながら考え続けている。
「そうだな……。だけど、何か糸口があるかもしれない。もう少しあたりを移動しながら詳しく見てみよう」
幸いまだ時間の余裕はある。彼らはあと数時間使い、近づきすぎない安全な距離を保ちながら、何かのほころびがないか調査を続けることにした。
小さい粉雪がしんしんと降っているが、重厚なラストホープの壁の存在感と降雪が合わさり、アテナビレッジで暮らしてきたアキヒト達には、それが非常に冷酷な寒々しさに感じられた。
寒さをおしてアキヒト達は辺りを調べ続けていると、
「あれ……? もしかして?」
テレスコープで隈なく周りを見ていた二人は、ほぼ同時にあることに気づいた。
木々や住居、また小川の引き込みなど、およそ重厚な寒い壁周りの工事に似つかわしくない、逆に言えば人としての暖かみが感じられる場所が、ある部分の壁際に作られつつあるようだ。さらに決定的なことには、「居住区予定地」と読み取れる、二進数の羅列で書かれた看板が確認できた。それは、テレスコープの変換機能で二人には解読できている。
「どう見てもあの部分が新しい居住区になるように見えるな……。だけど、俺が以前偵察した時は、こんなに人間のことを考えた場所ではなかったが?」
アキヒトは自分の目が信じられず、懐疑的な感想を持っている。
「でも、事実だよね。もう少し何かないか、あそこを中心に調べてみましょ」
初めてラストホープを見るマリーは、アキヒトほどは負の先入観を持っていない。冷静に判断し、調査を続けている。
さらに調べていると、居住区への小川の引き込みを行っている辺りの壁に、その規模にしては小さな扉が下部に付けられているのにマリーが気づいた。
「あれは扉だよね? 見間違いじゃないよね?」
アキヒトにも確認を求めると慌てながら、
「えっ!? ……ああ、どっから見ても扉だな。居住区の近くに扉……?」
と、見とめてはいるものの、見ているものがまだ信じられずに彼はいる。
「私たちの偵察を見越した何かの罠なのかしら? それにしてもあからさま過ぎるよね」
マザーコンピューターイシュタルに対しての猜疑心はマリーも持っている。それだけにその場所は、彼らに混乱をもたらすものだった。
「分からん……。判断できないな。でも事実だ。映像を持って帰って、アテナやみんなと相談してみよう」
調査を続けている内に時間もかなり進み、辺りが暗くなりかけている。アキヒト達は撤収し、アテナビレッジへ帰還することにした。
村に帰還すると、早速アテナに仔細を報告し、彼女の判断を仰いだが、
「なるほど……。イシュタルはそう考えていますか……」
アテナはそうとだけ答え、後はその場では何も詳しいことは言わなかった。だが後日、会議を開き、村のみんなに今回の偵察結果から、ラストホープ人間居住区の特定ができたことを報告し、救出作戦の概要を練っていることも周知させている。
そしてまた、いくらか月日が経った。
春も半ばでセキレイなどの小鳥がしきりに鳴いている。花の香りと色も艶やかになってきた村内を走る青少年が一人。
「何かあったのかい? 急に呼び出して?」
その日のアキヒトは、今まで続けて来た通り、サトルの工場で大詰めの労働をしていた。救出計画に必要な新しいアンドロイドの仲間と車の数は揃いつつあり、続けて来た労働の成果が実ってきている。そうした中、コントロールタワーにいるサラから急な連絡が入ったので、サトルに断り急いでタワーまで来たようだ。
「あっ……、アキヒト……」
サラは珍しく狼狽していた。呼びかける言葉も少ない。そしてサラの隣を見ると、サラによく似た……というより、いつもモニターで見ているアテナのイメージ映像をより若くした美しい女性がすらりと一人立っていた。アキヒトはその女性に見とれた。ほとんど一目ぼれに近い。
「よく会っていますが、初めましてですねアキヒト。私はアテナの分身と言えばよく分かるでしょうか…。あなたのお母さん、サラと同じようにして生まれたバイオノイドです。最も私は自らの意志で生まれましたが」
「えっ……? えっ……?」
彼女の美しさと、半ば理解ができない自己紹介に、アキヒトは混乱するばかりだ。